なれるわけないだろ、そんな存在に ベンケイはトビオに、ケンタは渡蟹に危なげなく勝利を収め一回戦を終えた。 そもそも、渡蟹に関して言えば、自らの特訓の思い出に酔っている間に全てが終わってしまっていたわけだが。勝負にすらなっていない。カニすげえな、それを今この場でやる度胸と集中力はちょっと見習いたい。うんうん、とひとり頷いてしまった。 「暗黒卑怯、超真っ黒作戦ってなんだ…」 「さあ…」 「イカ墨で相手の視界でも奪うのか」 「卑怯以前の問題だろ」 キョウヤは溜息をついていたが、いや、意外とイイ線いってるんじゃないかこれ。もし聞けるタイミングがあったら聞いてみよう。実現する気のない目標に、もう一度うんうんと頷いておいた。 三戦目は、早乙女輝と深みんの試合だ。ここも深みんの圧勝で、あっという間に試合は終わってしまった。 そういえば、暗黒星雲の皆とは結局話らしい話もせずに別れてしまった。今更そこに後悔はないのだが、あんな場所でも笑えていたのは彼らがいたからに間違いない。そもそも、暗黒星雲は嫌いでも彼ら個人は好きだからなあ。……これくらいなら、罰は当たらないだろう。おめでとうは、心の中で小さく呟いた。 次は、いよいよ銀河と遊の試合だ。 「竜牙だって?生意気だな!そんなの無理に気に決まってるじゃん!」 「あっ」 「美羅どうしたの?」 「いや、早めに備えておこうと思って」 「え?」 「そういうことは、僕に勝ってから言ってよねッ!!」 淡い光を纏ったリブラを中心に、砂嵐が吹き荒れる。そろそろ来るだろうと思い、両手で帽子を押さえていたので、なんとか吹き飛ばれることは回避できた。しかも幸運にもサングラスで視界が守られた。それだけでもつけてきた甲斐があったぞ!! リブラの生み出す振動弾に、苦戦を強いられるペガシス。 竜牙を倒すという銀河の言葉に、遊はカンカンだ。 遊は、銀河のことは特別敵対視しているところがある。まあ、竜牙とは所謂対となる存在なわけだし、そうなるのも必然なんだろうけど。暗黒星雲にいた時も、銀河の話には「ふーん」とか「へー」とかそんな感じの態度で、その後には「でも竜牙は」という五文字がよく続いていた。…ちょっと面白いと思っていたのは事実だ。 ペガシスは、真空の壁でリブラの振動弾を防いだ。それによって砂嵐が晴れ、再度リブラとぶつかり合う。その白熱した試合に、二人だけじゃなくブレーターDJも客席もどんどん盛り上がっていく。 ……良い試合だなあ。 こんなにも真剣で、でも、何も闇がない試合だ。 思わずにけてしまう口元に力を入れ、なんとか口角が上がりきる前に抑え込む。楽しいなあ、二人とも楽しそうだなあ。 誰もが夢中で、目を離せないでいる。結果を知りたいと思う気持ちと、こんな試合をずっと見ていたいって両方の気持ちが出てしまう。理想的な試合じゃないかと、何だか思ってしまった。そう、本当に全部、こんな試合だったら素敵なのに。 ペガシスの必殺転義、ストームブリンガーがリブラに直撃する。 静寂に包まれた会場に響く、金属音。 銀河の、勝ちだ。 大歓声の中銀河と握手を交わす遊は、とても可愛い笑顔をしていた。 ◇◇◇ 「どうした氷魔?」 「……いえ、何でもありません」 そう言って、氷魔は笑った。 エントランスにて、試合を終えたキョウヤと翼を迎える。こちらも圧勝だ。 着々とできてきた竜牙包囲網に、全員の士気が上がる中、注目が集まるのはこれから試合を控える氷魔とヒカルだ。二人が意気込みを口にするなか、氷魔が、何かの視線に気づいて振り返った。 その意味を、知っている。 そろそろ行こうという銀河の言葉に続き、皆で客席へと足を進めていく。次に試合を控えている氷魔はひとり、控室へと向かっていった。 その背中に、ひんやりとしたものが胸を過る。 治るから、傷ついてもいい。 取り戻せるから、失くしてもいい。 そんなこと、 ある訳ないだろ。 思わず、その手を掴んだ。 「美羅さん?」 ふいに腕を引かれ、振り向いた先にいたのは美羅さんだった。 俯いていたこともあり、一瞬、先ほど感じた嫌な視線の主かと身構えてしまったが、気づかれないようにホッと力を抜く。 彼女の後ろでは、既に銀河たちが歩みを進めておりこちらに気づいていないようだった。 そういえば、こんな風に彼女と向き合うのはすごく久しぶりかもしれない。彼女を暗黒星雲から連れ戻した後も、バトルブレーダーズが間近に迫っていたことがありゆっくり話す時間もなかった。それに、最近はとても賑やかだったから。 少しだけ心が緩みそうになるのを堪え、もう一度その名前を呼ぶ。 しかし、彼女は俯いたままだった。 …どうしたのだろう。 暫くの間をもって、彼女はゆっくりと顔を上げる。 その表情は、初めて見た。 「いやー…」 「どうしました?」 「……いや、なんでもないんだ」 そう言って、彼女は僕の腕を離した。合わない視線に妙な糸が絡みつく。 「気を付けろよ」 そこにあった表情に、思わず今度はこちらがその手を掴んでしまった。両手を取られた彼女は、一瞬目を見開き僕の顔と両手を交互に見やっている。相変わらずの反応だ。 「ひょ、氷魔?」 「心配いりません」 「…だなっ」 ならどうして、そんな顔をするのだろう。 あの余裕の笑みでも、度が過ぎて謝る必死な表情でも、何でもいいんだ。その表情でなければ。どうしてもそれを崩したくて、笑って、彼女の手を握り直した。 「今の僕には、勝利の女神がついてますから」 ポカンとした彼女の両手にもう一度力を入れれば、意味に気づいてくれたのか、ぱちりと開かれる瞳。途端、赤くなった表情はいつか見た日と同じ反応で、また笑ってしまった。 しかし、直後、真っ青になる表情。 それは、予想外だ。問いかけようとした時には、美羅さんはいつもの表情で大きく溜息をついていた。 「お前なあ…」 「はい」 「…変なキャラ付けは止めろ」 そう言うや否や、こちらに気づいた銀河たちが彼女の名前を呼ぶ。ああ、もう行かなくてはいけないのか。手を放しその顔を見ると、今度はしっかり視線が合った。 「気を付けて」 「はい」 大きく頷いて、今度こそ歩みを進める。 負けるわけにはいかない。そう対戦相手の顔を思い浮かべたところで、ふと足を止めた。何か聞こえた気がしてもう一度振り返ると、彼女は小さく手を振っていた。 ……気のせいか。 いってきます、そう微笑み、今度こそ前を向いた。 (どちらかといえば、) (死神だよ、まるで) その言葉は、聞こえない。 ・ ← ×
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