そういうんじゃないですから



扉が、開いた。



「ミラランいた!!」
「え?いたよ、ずっといたよ?」


むしろ閉じ込めたのはそっちじゃないかという言葉は飲み込み、遊の言葉に首を傾げると、急かすように勢い良く右手を引っ張っられた。あ、ちょっ、地味に痛い。


何がどうしたのか聞こうにも、慌てる遊の姿からなんとなくまずい状況なのかなと察し、ついて来てという言葉に素直に従うことにした。一応気遣ってくれているのか、走ってるとはいえないスピードで手を引かれていく。

ずんずんと進んで行く遊には見えているようだが、廊下も停電していて、私にはほとんど周りが見えていない。元々シンプルな廊下がひたすら続くこの道は…そう、まるでお化け屋敷みたいだ。


「…肝試しかな?」


の、呟きに返事はないけれど、うん、違うな。

おかしいな、バトルブレーダーズが始まるまでは、特に何も起きなかったと思うんだけど。まあ、それはあくまでも私が知っている一部分に過ぎないが。



そんなことをぼんやりと考えていたら、不意に後ろから自分たちとは別の足音が聞こえてきた。



え、まさか、え?



遊は気づいていないのか、振り返らずに進んでいる。でも、確かにその足音はこちらに向かってきていた。それが、ひたり、ひたりなんておどろおどろしいものだったら、多分私は発狂していた。けれど、それは人間らしい駆け足で、一応冷静は保っていられる。

…怖いものは怖いけれど。だって、お化けは走らないなんて聞いたことないし。それにむしろ、ホラーゲームってこういう……。

そこまで考えて、さっと血の気が引いた。


「遊っ、遊!後ろ!なんか聞こえない!?」
「えっ?!」


そこで漸く足を止めた遊は、音を聞いた途端ぎょっと目を丸くした。「うそっ?!早すぎ!!」という言葉からして、遊には足音の主が分かっているのだろう。その表情からよくない相手であることは伺えるが、それ以上は分からない。残念なのは、足音が聞き間違いだったという選択肢がなくなってしまったことだ。


再び走りだろうとしたときには、足音はすぐ側まで来ていた。これはもう、確実に追いつかれる。背を向けるのもなんとなく怖くて、でも正面から向き合う勇気もなくて、中途半端に前を見たり後ろを見たりしていると、ぼんやりと人影の輪郭が見えた。体が全快ならすぐさま逃げるのに、そう悔やんで両手を握り思わず目を瞑る、と。



「美羅!!」




それは、あまりに聞きなれた声だった。




表情こそ分からないが、肩で息をする数メートル先の姿は、会いたいと願っていたそれだ。いや、違う。会いたくなかった。ここにいるはずない。ここにいちゃいけない。なのに、なんでこんなところに…。


疑問ばかりが浮かぶくせに、同時に、まさかという答えも出てきてはいた。だけど、それはあっちゃいけない。そんな自分勝手な、虫が良すぎる話、思いついただけでも嫌気が差すというのに。



だけど私は知っている。彼らは、どこまでも優しいのだ。



「あの、キョウ「うるせえ黙ってろ!!」ごめん?!」



あっれええ?!なんか怒られた…?!


続くはずだった言葉が出せず、口をぱくぱくさせていると、顔を上げたキョウヤは鋭い視線をこちらへと向けてきた。それに一瞬怯むも、睨まれて当たり前な自分の状況を思い出し、拳をぎゅっと握り締めた。
そうだ、罵倒でもなんでも、私は受け止めなくちゃいけない。しかし、覚悟を決めて一歩を踏み出す私より先に、一歩前に出たのは後ろにいた遊だった。


「タテキョー怖っ!というか、こんなとこまで何しに来たの?!散歩なら他所でやってよ!」
「散歩かなあ、そうかなあ…」


口元引き攣らせつつ、思わずツッコんでしまったが、そんなゆるい雰囲気ではない。実際、今のやり取りでキョウヤの顔に青筋が立った気がする。
だけど、自分でも混乱していて何をどうしていいのか分からないんだ。


「美羅!」


力強く名前を呼ばれ、彷徨わせた視線をもう一度キョウヤへと戻す。こっちを見据える苛立った表情に、息を呑んだ。キョウヤを怒らせたことなんてたくさんあるはずなのに。

言葉の続きに、たくさんのひどい言葉が浮かんだ。聞きたくない言葉だけど、聞きたいとも思ってしまった。優しい彼らに拒絶されたら、多分、心のどこかに未だ諦め悪くしがみついている思いを、捨てられるかもしれない。



だけど、彼の言葉は紡いだ言葉は、予想だにしないものだった。



「俺は違う」


「え?」


「言っとくけどな、俺はあいつ等とは違う。何がなんでもてめえに戻ってきてほしいなんてことは言わねえし思いもしねえ。ましてあいつ等が言う、お前を助けるだなんて的外れなことをしに来たわけでもねえ!暗黒星雲に付くってんならそれでいい」


「ただな、お前が引っ掻き回していったその後始末くらいしてったらどうだ!あいつ等の気持ちが、分からないほどてめえは馬鹿じゃねえだろ!勝手になんでも決めやがって、むかつくんだよ!」


「お前が何をしようが、俺は構わねえ。気に食わねえのは、お前が何も言わないことだ。ふざけんなよ…俺らには分かんねえだ?それを決めるのはお前じゃねえ!!」



キョウヤの一言一言が、頭に何度も響いていた。

一言一句逃さないようにと、何度も、何度も。


彼はこんなに、饒舌だっただろうか。彼は、誰のためにこんなに息を切らせているのだろうか。銀河?自分?私?追求する気も無い問いの答えを探すよりも、私は目の前の彼から注意を逸らしたくなかった。

だって、キョウヤがこんなにも真っ直ぐに私を見ていたから。私は今、どんな顔をしているのだろう。



「俺はあいつ等とは違う。だから、一回しか言わねえ。後は勝手にしろ」




伸ばされた右手を、




「美羅、俺たちと来い」




私は掴んでもいいのだろうか。




「ちょっとタテキョー!さっきからなに勝手に話進めてんのさ!いい加減にしてよ!ミララン困ってるじゃん!」
「おい、美羅。お前がどうしようが、あいつ等は何度でも来るぜ。何度でも言いに。お前だって分かってんだろ」


ああ、もう。

どうしてそんなに優しくしてくれるんだろう。どうしてそんなに期待させるんだろう。そんなことされても、私は返せるものなんて何もないのに。それどころか、只の不気味な存在なのに。



先ほどの問いの答えは、分かりきっていた。



「…駄目だよ」



ここでキョウヤの手を掴めているなら、最初からこんなことにはならなかったんだ。
確信がないんだ。確信がないから動けないんだ。

許されるかも、受け入れてもらえるかも、その期待が高まれば高まるほど、最悪の結果が色濃く姿を現す。馬鹿だよね、考えすぎだよね。だけど、その僅かな可能性に怯えるほど、皆のことが大好きで堪らないんだ。



今がそうであるように、味方でも、敵でも、
彼らと同じ、普通の、只の、ひとりの"人"として、見てほしい。



ねえ、


突然消えても、その目は変わらない?




「駄目なんだ、絶対、っいつか駄目になる、今は誤魔化せても、いつか絶対言いたくなるっ!期待して、ひとりで怯えて、あぁ違うんだって、何度も思い知らされる!これ以上、皆と違うって思いたくない!」
「はあ?!何も違わねぇだろ!」
「違うんだよ!もっ、全然違うんだよ!」
「はあ?!意味わかんねぇんだよ!」
「ああー!!そうだろよ!!自分でも言ってて悲しいわ!!」
「え、ちょっと待ってなんで急に喧嘩モードなの?!」


遊の言葉は最もだが、喧嘩腰にならざるを得ない。

今まで言えなかったことが、感情が高ぶってしまったせいか、どんどん溢れてくる。落ち着いて話せるわけがない。誰にも言えなかった、私の本音だ。自分がしてきたことが正しいだなんて思わない。むしろその逆だ。それでも、キョウヤの言葉に頷くわけにはいかない。


「なんでそんな皆優しいんだよ!何回私は期待しなきゃいけないの?!それだけじゃない、皆のこと疑ってる自分も嫌になる!だけどまた考えて、結局怖くて何にも言えなくなる!もう最終的にはこんな自分が嫌になる!もおー最悪だ!」
「分かんねえよ!ちっとも!、気に食わねぇことがあるなら、言ったらどうだ!」
「ばっか!そんなのないよ!」
「はあ?!」
「皆のこと大好きだから、こんなに悩んでるんだよ!!」

「だったらッ!!」


廊下に響いた声が、ぐわんと鼓膜を揺らした。



「黙って俺たちと来い!!」



ああもう、やめてくれよ。
そんなこと言われたら、どうしてもそっちに行きたくなるじゃないか。

だけど最低だよね、足、動かないんだ。

こんなにしてもらっても、ちっとも動けない。口を閉ざして見つめ返すことしかできなくて、私は立ち尽くした。キョウヤの表情がみるみる険しいものに変わっていくのが分かる。ああ、ごめん。ほんとごめん。だからそんな怖い顔しないで。苛立ちが最高潮に達した顔だと、私でも分かった。

だけど、次に続く言葉は、ただの罵声とは言い切れないものだった。



「い、つまでも、悲劇のヒロイン気取ってんじゃねえ!!」




聞きなれない単語は、キョウヤからだ。


ヒロイン?


悲劇?


誰が?





私が?






体が軽かった。
気が付くと、目の前にはキョウヤの顔があった。彼は、とても驚いた顔をしている。

私は何故か、清清しい気持ちでいた。いつの間に、私は彼との距離をつめたのだろう。全部無意識だ。でも、言いたいことはひとつである。



「ッッじょーーだんじゃない!!」



彼の肩に手を置き、そう言い放った。

ああ、言ってしまった。いや、言ったことは別にどうでもいいんだ。すっげー単純。やっぱ私、考えるより行動派だったわ。こんなことで、動けちゃうなんて。ほんと、馬鹿だなー。ほんと、ほんと。

なんだか笑えてきてしまって、でも声に出せなくて、口元が歪むのを感じていた。



「キョウヤ」
「っ、あ?」
「後で言いたいことあるから覚えておいてね。つか覚えてろ、絶対。絶対な」



ああ、なんか。
今なら進めそうです。もう少し。




20140223








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