きっとお互い様


鳴り響く足音の数は、当初のそれよりも段々と数が減っていく。そしていよいよ、自分以外に聞こえる足音は横に並ぶこいつのだけとなってしまった。実力があるのは認めている。心許無いわけでもない。が、できればこれ以上、邪魔が入らずにアイツの元へたどり着きたいと思った。











日付が変わり、その時を待つ。

昨日の情報をまとめると、どうやら美羅はどこかに閉じ込められているらしい。なんだそれ、何やってんだアイツ。

銀河たちが聞いたという大道寺との会話の内容は、正直何のことだが分かりもしない。ただ、研究サンプルという単語には、微かに覚えがあった。聞いたわけじゃない、見ちまったんだ、実際に。
このことは、一度本人に聞いたことがあった。その時は軽くはぐらかされ、俺もそれ以上追求するのが憚られた。今になって、なんで無理にでも吐かせなかったのかと内心舌打ちをする。


とにかく、訳ありってのはよく分かった。俺たちがごちゃごちゃ考えたところで、何かが変わるわけでもない。要はとっ捕まえてさっさと吐かせりゃいいだけの話だ。


「本当に大道寺はいないのか?」
「ああ、間違いない。バトルブレーダーズ開催にあたって、WBBAとの最終的な打ち合わせが今日行われるはずだ。注意するとしたら、あとはメルシーの存在だろう」
「げっ、あの…」


何か苦い記憶でもあるのか、銀河は思い出しながら口元を引き攣らせていた。
大分薄れてはいるが、俺もあの声はぼんやりと覚えている。確かに、俺たちの動きは全て奴に見られていることを覚悟したほうがいいようだ。まどかが上手くコンピューターにアクセスし対抗を試みるらしいが、正直難しいだろう。
当然そっちにも暗黒星雲の奴らが向かうだろうが、まあ、ベンケイやヒカルが一緒なら問題はないか。あの二人ならそこいらの雑魚に負けるわけがない。今は、邪魔が入らなければ絶対に勝ってみせると言った、まどかの言葉を信じるしかねえ。


「なんだか僕、どきどきしてきちゃった」
「気合十分、ってか?」
「かな。なんだか、今なら竜牙にだって倒せちゃいそう!」
「自信を持つのはいいが、調子に乗りすぎるなよ」


ケンタを嗜めるヒカルを一瞥し、ひとり建物へと向き合う翼に視線を移した。僅かに反応の示したあと、その口元が軽く引き締まる。


「なんだ」
「お前がヘマしねえかが心配でな」
「いらん心配だ」


昨日、侵入の際使用したカードで存在を知られた翼は、俺たちよりも先に建物に入り囮役だ。今日で生かすための作戦だと、生きているかも分からないカードを使用したこいつは、思った以上に策士なのかもしれない。その点が氷魔と気でも合うんじゃねえかと思い、くだらない想像に頭を振った。
とにかく、このカードのおかげで昨日はとことん暗黒星雲に追いかけられ散々だった。

背を向け建物内へと進む翼に、銀河が言葉を投げる。引き締まった表情が、ほんの微かに微笑みを映すのを確認しながら、俺たちは物陰に身を潜めた。





◇◇◇





本部内は、翼の活躍もあってか昨日よりも大分ブレーダーの数が少ない。しかし、たった四人で行動しているこっちとでは圧倒的な数の差が変わるわけもなく、立ちはだかる大群に苛立ちが募る。雑魚はいいが、妙に面倒くさい奴らも、なかにはいる。暗黒星雲だからというわけではく、私怨で動く奴らだ。どういうわけか、銀河はよく分からねえけどカニみたいなのと、ケンタは同じ顔した赤と青に勝負を挑まれていた。

気づけば、いつの間にか先へ進んでいるのは俺と氷魔の二人だけとなっていた。
入り口で一度聞いたメルシーの声は、まだ止んでいる。どうやらまどか達が、上手くやっているようだ。




「美羅さんのこと」
「あ?」
「信じてないって、言いましたよね」


大分上まで上がってきたところで、氷魔が唐突にそんなことを言った。前から訳の分からない奴だとは思っていたが、やっぱり分からない奴だ。急な内容に顔を顰めると、なんてことないようにコイツは再び口を開いた。


「貴方に言われて、思わずカッときたのは、多分それが本当だったからなんです。彼女のこと、分かってるつもりだったんですよ。誰よりも。だから、本心を聞くのが怖かった」


自然と視線の下がる氷魔の表情を見ると、それはどこか思いつめているようだった。ただ、薄っすらと笑っていた。


「いけませんね、こんなんじゃ」


その笑みが、なんとなく気に入らないというか。まるで女みたいな弱弱しさに、よく分からないものが背筋に走った。


「…お前、女々しいって言われないか」
「村では頼れるお兄ちゃんですよ」


冗談だろ、と言いたかったが、その言い方が元々冗談めいていて言う気も削がれてしまった。こと美羅のことになると、コイツはよく分からない奴からさらによく分からない奴になる。適当にそーかよと一言返すと、満足したのかコイツは先ほどまでとは違う笑みで俺の顔を覗き込んできた。うぜえ。


「ま、それで貴方に負けたつもりなんて、さらさらありませんけど!」
「はあ?」


何言ってんだ分かんねえ、と文句のひとつでも口にしようとしたところで、突如風を切る音が耳元で響いた。
氷魔との間に割って入ったベイは一機だけだったが、飛んできたほうに視線を向けると、無視はできない数で暗黒星雲の奴らが構えていた。



「放っておいてくれるが、優しさってもんだと思うんですけどね」
「ハッ、どの口で言ってんだよ」
「はいはい。先行っててください」
「自信ねぇなら、残ってやったっていいんだぜ」
「まさか。それに、一番乗り譲る気ありませんか、っら!」


そう言い放つと同時に放たれたアリエスは、次々と敵を蹴散らしていった。本当は真っ先にアイツのもとへ行きたいんだろうが、生憎位置的に氷魔が対峙せざるを得ない状況だ。
向けられた視線に、俺も先を急いだ。














銀河たちから聞いた、美羅がいる部屋は確かこの階だ。
途端、まどかが上手くやったのか明かりが消えた。


ごちゃごちゃ考えたりはしねぇ、遠慮もしねえ。もっと早くこうすれば良かったんだ。アイツは馬鹿だから、力づくで吐かせなきゃならなかったんだ。

何らしくねえことしてたんだよ、言いたいことをここまで飲み込んできたなんて、本当、俺も馬鹿だ。



「ッ、ここか!」



扉を開いた。





20130716








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