一歩 「準備はよろしいですか?」 「ああ!いつでもいいよ!」 口元に笑みを浮かべ、放つ言葉の語尾が私も氷魔をついつい上がってしまう。 私がそうなる原因は分かりきってる。スタジアムの大きさに唖然とすることもさながら、胸の鼓動がずっと激しい。どうしよう、バトルなんて…嬉しすぎる!! 氷魔から借りたランチャーを片手に、私はその手を前へ突き出した。 ああ、この感じ、すごく懐かしい 「僕のベイは、クレイアリエス。美しいベイでしょう?」 氷魔の手の中、その存在を示すように光を見せるアリエス。その視線を自分の手元に戻せば、負けじと光を見せる、まだ出会ったばかりのベイ。 そういえば、こいつの名前は何て言うんだろう? それに、こいつは一体どんなベイなのか。氷魔は一体どんな戦い方をするのか。想像するだけで胸の鼓動がより早くなる。 「「3、2、1、」」 「「ゴーシュート!!」」 勢いよく手元から放たれたベイ。 知りたい、どんな動きをするのか、どんな戦い方をするか、どんな姿をもっているのか、見せてほしい! 「さあ、どこからでもかかってきてください!」 両手を軽く広げ、氷魔はアリエスを中央へと留まらせる。そんな目の前の光景に鼓動がまた、早くなる。大きなスタジアムの中、その小さな体には想像できない動きを見せるベイ。好き、本当に好きなんだ。今私は、好きなようにバトルできるんだ! 私の気持ちを映すように、放たれたベイは自由に大きな孤を描いていた。 さて、どうしたものか。勢いよく飛び出したはいいものの、当然私はベイをコントロールなんて全然できないし。真っ直ぐいったなーアリエス。 だからといって、このまま周りを駆け回ってても埒が明かない。 氷魔曰く、どうやら防御型のベイのようだが、へえそうなのか。防御型っていうと、どうも中央に集まるイメージがあったからイマイチぴんとこなかったけど、そうか…防御型か…。 アリエスも防御型だし、なおさらこのままじゃ駄目だ、うん。 試しに、念じてみよう (動け動け動け動け…!) 「どうしました?」 動 か な い ね あー…えー…なんでだ?! どうやったら思ったように動くんだ? ええい!! 右右左左上下上下!!(ん、上下?) 「………。」 動かないいいい!! 「来ないのなら、こっちから行きますよ!」 穏やかな姿を変え、真っ直ぐにこちらへ向かってくるアリエス。ま、まずいってこのままじゃ!! 「うえっ?!あっ…!!」 動き回るベイを確実に捕らえようと、迷わずに駆けるアリエス。い、いきなりスタジアムアウトなんて嫌だ!!まだバトりたい!! 「よ、避けろ!!」 「!」 「えっ…」 い、今…… 「う、動いた…」 ギリギリのところでアリエスを交わしたベイ。い、今…確実に前方に働く力とは違う力で動いたよね…?偶然なんかじゃなく、確実にアリエスを避けたその動き。なんだこれ、す、すごい…!!もっかい、もっかい念じてみよう。 私のベイが急に避けたから、アリエスは今中央からスタジアムの端まで場所を移した。今ならスタジアムアウトが狙えるかもしれない。 「よし、いけ!」 と、力強く言葉を放ったはいいけど、私の目に映ったのは、 「え?」 「はっ?!」 アリエスとはまったく逆の方向に行く、私のベイ。 「ちょ、ちょ!!」 う、嘘だろ?!な、なんで…?! 氷魔も驚いてる様子だし、私だってビックリしてる。すごいチャンスだったのに…!さっきの動きは何だったんだ?なんで今度は動かなかったんだ? ぜ、全然分かんないぞこのベイ…!! その後もずっと、私のベイは、氷魔の攻撃は避けるものの自分から攻撃を全くしようとしなかった。 なんで、何がおかしいんだ!? この状況は正に、私がベイを動かしているのではなく、ベイがひたすら動いて、私がそれを見ているだけ…みたいな。 視線を上げると、向かい側に立つ氷魔は不安そうな表情でこちらを見ていた。 …気のせいかな、どこかホッとしているようにも見えるんだけど。 「大丈夫ですか!」 「ごめん!なんか思うようにいかなくて!」 ぐっ、氷魔に心配されちゃったよ畜生。 本当になんでだよ…まだ会ったばかりだから?私が弱いから? どんなに悩んでも、答えは出ない。それなのに、こいつは回転を止めることなく、ただひたすら好きなようにスタジアムを駆け回ってる。そんな自由な姿が、今はただ自分を悩ませるだけだった。 私が悩んで悩んで、ただひたすらこいつを見てるのに、こいつには何が映ってる?ただ駆けることしか考えてないみたいだ。いや、駆けるというよりは、水辺で好きなようにはしゃぐみたいな……ってああ、そうじゃなくて!! とにかく、勝手気ままこいつには分かるわけない!!私の気持ちが!! あれ? だったら、こいつに私のこと知ってもらえばいいんじゃないか? そういえば、とにかくこいつのことを知りたいって思ってたけど、逆にこいつに私のこと何も伝えようとしてなかった?私がしたいバトルがあるように、こいつがしたいバトルもあるんじゃ…。 そうだよ、私たちって、出会ったばっかりなんだよ?それなのに私、ただこいつに自分の要望押し付けて、知りたい知りたいって喚くわりに、自分のことなにも知らせないで。 もしかして、動かなかった原因ってそれ…? じゃ、じゃあ私…… 「〜〜っ!!!」 「?!」 声にならない声が出たと同時に、その場にうずくまってしまった。恥ずかしい恥ずかしい!恥ずかしいって!! 私バカじゃん!なんでこんなことに気づかなかったんだよ!それなのにひたすら文句言って……あーー恥ずかしい…! 「ど、どうしました?」 「だ、大丈夫…」 ふらふらと立ち上がる。ああ、絶対顔赤い…。 でも、これで分かった。 私はこいつに、自分のことを知ってほしい。こいつのことを知りたい。 それで、お互いに楽しめるバトルがしたい。 一呼吸おいてそのベイを見つめれば、たちまち中央に移動し、今までの動きを疑うほどおだやかにその身を留め、回転していた。 答えようとしてくれてるのかな…? はじめまして?いや違うな。 こんにちは?これも違うな。 そんなんじゃなくて、言いたいのは… ごめん、勝手して、ごめん。 分かったんだ。アンタとバトルがしたい、二人で楽しいバトルがしたいんだ。私のこと知ってほしいし、アンタのことも知りたい。 だから、とりあえず。 名前を教えて? 「………、」 大きく頷いてくれた、そんな気がした。 一瞬光を見せたあと、ベイはたちまちスタジアムの斜面を上り、その勢いで高く宙を舞った。私も氷魔も、目を見開いてその光景を眺める。 「うわあ…」 しっかりと見えた、多分、氷魔にも。 とても大きくて、壮大で、おだやかに、美しく身を翻すその姿が。 「…鯨……」 「…綺麗…」 あれが、あのベイの姿…すごい…綺麗…。自由に満ち溢れたその姿が、目にしっかり焼きついた。太陽の光が眩しくても、目が離せなかった。やっと見ることができた、やっと見せてくれた。 そのまま真っ直ぐこちらへと落ちてくるベイ、アンタが見せてくれたように、私もアンタに見せたい、本当の気持ち。 まだまだこのバトル、続けたい! もしかして、さっきから攻撃しなかったのは、私の無意識の気持ちを読んでた?それとも、アンタも同じ気持ちだった?…いや、今はそうじゃない。 とにかく、もっとアンタとバトルしたいんだ! 勝ちたいんじゃない、楽しみたい。このバトルを。 今この瞬間を。 降りてくる 降りてくる 降りてくる 「……ケ」 一文字、一文字 降りてくる さ、こっからだよ 分かった。 伝わった。 夢の世界だ、まるで。 こんなに嬉しいことなんだ、通じるって。 口元緩むな、ほんと。 「さ、楽しもうか!」 分かってる、こっからだよ。 「ケアトス!!」 「っ!」 大きな光で包まれたスタジアムに、風が吹き荒れる。髪がなびくのも、今は全然気にしない。声を荒らげた氷魔のアリエスが、間一髪でケアトスを避けたのが見えた。 砂埃舞う中、少しずつ開けてきた視界。スタジアムには未だ二機のベイがしっかりと回転していた。 「よっしゃ!行くよケアトス!」 「そうはいきません!アリエス!」 なんだこれ、すごい楽しい。激しいぶつかり合いを繰り返す、ケアトスとアリエス。回転力が弱まりながらも、何度も火花をが飛び散る。 今、私は本当にバトルをしている。本物のバトルをしてるんだ。その事実に、何度も、何度も、胸が高鳴っていく。もっとやりたい、もっと続けたい、目の前に広がる夢を、憧れを回し続けたい。 僅かに開いた口から、何度も笑いがこみ上げる。すごい、すごい、もっと、もっと遊びたい。 でも、ずっとというのは無理な話。ぐらりと一瞬傾く機体。このままじゃ先に止まるのはケアトスだ。 もうそろそろ、決めないと。 決められるさ、今なら!! 「行くよ、ケアトス!」 真っ直ぐ、真っ直ぐ、真っ直ぐ、アリエスへと向かう。氷魔も、もう避ける気はないみたいだ。押し勝ってみせる。 激しい風が巻き起こった、瞬間。 カツン、と小さく響いた音。 その先には、 「ケアトス……!」 早足でケアトスの元へと駆け寄り、膝をついて、そっと拾い上げる。スタジアム中央では、アリアスが弱々しくも回転を続けていた。 「どうやら、僕の勝ちのようですね」 ああ、負けたんだ。 でも、 「……美羅さん?」 目の前のキラキラが、 収まらない…!!! 「すっごい楽しかった!!」 なんだこれ、すっげえワクワクした。身体中が熱くて、何度も無意味に腕を揺らしてしまう。私、こんなことできるんだ、こんなことしていいんだ、すごい、すごいぞ。 「これだからベイは止められないんだ!あぁー!楽しかったー!!」 勝ち負けとか、そんなの今はどうだっていい。好きなもの全力でできた、それってとても最高だ。 ありがと、ケアトス。それに、 「ありがとな!!氷魔!!」 「なっ………ふ、あはは!」 突然声をあげて笑い出した氷魔。 一瞬驚くも、体の熱は収まらない。興奮冷めやらぬだ。え?でも何々? 「あ、いや、すみません…つい…」 笑いを堪えながら、氷魔は言葉を繋いだ。思いっきり笑ってるのに上品に見えるのは何故だろう。そこで、ハッとする。な、なんだか私随分と騒いでしまったんじゃないか。なんか、すごい、はしゃぎすぎた?! それが素ですか?と笑いながら零す氷魔が、さらに、にこりと。 「そっちのほうが素敵ですよ」 「え?!」 「心から思ったことを素直に言葉に出来るのって、素敵なことだと思います」 美羅さんどうも、ずっと緊張してて言葉を選んでるようだったので。氷魔はそう言葉を続けた。 その言葉に自然と頬が緩んだ。だから、ニッと笑ってみせた。 「ありがと!!」 手のひらのケアトスも、それに反応してくれた気がした。 「戻りますか。もうお昼時ですし」 「はいはい!今度は私も手伝うから!」 「はい、ぜひお願いします」 お互い微笑みながら、その足を進める。 分からないことはまだたくさん。嘘つかなくちゃいけないことも、まだたくさん。だけど、確実に自分の中で何かが変わった。 それが何なのかよくは分かんないけど…今はどうでもいい。今はとにかく、楽しくて仕様がない。嬉しくて仕様がない! 空に輝く太陽が、とても綺麗に目に映る。 踏み出した一歩は、前よりもずっと軽かった。 20100605 ← ×
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