準備完了


「ったく、なんでこんな…」
「似合ってますよ?」
「ああ?!」
「ああもうお前ら煩い!」


今に喧嘩でも始めそうなキョウヤと氷魔にそう言い、一歩前を歩く翼に何気なく視線を送ると、同意見のようで顔を顰めていた。さすがは本職、というべきなのか翼の姿はなんとなく様になっていた。

暗黒星雲本部内。俺達の姿は、暗黒星雲正にそれだ。服だけ剥いで外に置き去りにしてきた暗黒星雲を思い出し、軽く同情しつつも、やるべきことのために気合を入れた。なんとか潜入までは上手く辿り着けたが、翼曰く、この広い本部内で美羅の場所を掴むというのは難しいらしい。割り当てられた部屋にいるというなら別だが、そうでなかった時の場合は当てがない。まずは今の美羅の様子、そして場所を掴むことが目標だ。会うのは、それから。


「あまりこそこそするな、逆に目立つ」
「それは分かってるけど…」


誰に見られているわけでもないのに、やはり人目が気になって仕様がない。つか、俺全然似合ってねえな…!あー良かった。



「ここからは二手に別れよう。一時間後、彼らが待っている場所で落ち合おう」
「はい、まどかさん達も心配ですし」
「ああ。何かあったらすぐに脱出してくれ」
「簡単に言うな…。まあ、分かったよ」
「それじゃあ…。俺とキョウヤは下の階。銀河と氷魔は上の階を頼む」
「気をつけろよ」


そう言って別れた後、背後から「お前が一番問題を起こしそうだからな」「てめえ…」というやり取りが聞こえてきたのは、気づかなかったことにしておこう。うん。
隣で苦笑いを溢す氷魔と頷き合い、俺達も足を急がせた。前に暗黒星雲に来た時は、正面から向かっていったけど、今回は違う。極力揉め事は避けて、アイツの元にたどり着きたい。…翼にキョウヤが着いていったのは、正解かもしれないな。





◇◇◇





「もう大分上まで来ましたけど…」


似たような格好の奴らがいるだけで、美羅の姿はどこにもない。外から見て分かってはいたが、とにかく建物が広い。何階あるのか考えるだけでも気が滅入る勢いでそびえたつこの建物は、大規模な組織を名乗っているだけではあるというか。

しかも、美羅を見つけるどころか、上へ上がるにつれて、段々と人気がなくなっているような気がする。地図でもあればいいのにな、という文句はもう覚えてるだけで六回目だ。氷魔が道とか覚えててくんなきゃ、多分もうとっくに迷っていただろう。


「でも、音は上げてらんないよな」
「同感です」


横で頷く氷魔の瞳は力強くて、今までの迷いは見られなかった。

正直、美羅がいなくなってからの氷魔は、意気消沈していたというか、とにかく心配で仕様がなかった。確かに、昔から脆い部分はあったけど、あそこまで落ち込んだ氷魔を見るのは久しぶりだった。それだけ、アイツの存在は大きかったんだろう。で、美羅はそれを知ってたから、敢えて頼むなんて言ったんだろうな。全く、人が悪いぜ。


「…もう大分前ですが、古馬村にいた頃、美羅さんに銀河の話をしたことがあるんです」
「俺の?」
「ええ。僕を励まそうとしてくれたんでしょうね。幼馴染はきっと戻ってくるって、そう言ったんですよ」


俺が過ごしていた古馬村で、美羅も過ごしていた。そう思うと、なんだか不思議な感じだ。長さは違えど、美羅も俺と同じように、あの森を走ってあの川で遊んで、あのスタジアムでバトルして。同じ景色を、見ていたんだ。そんなの前に聞いたことなのに、今更また、そんな話がしたくなった。アイツと暗黒星雲の関係性ばかりでいっぱいだった頭に、他愛のない話したいことがたくさん溢れてくる。


「早く、会いたいですね」
「会うさ。そのために来たんだからな」


いつか見たアイツのようにニッと笑うと、氷魔もあの困った笑みではなく、「ですね」といたずらっぽく笑っていた。

よし、そろそろ行くか。お互い足を進めようとした、瞬間。



「おい!侵入者だって!」



どうやらピンチのようだ。


「え、え、え?!俺達か?!」
「お、落ち着いてください!と、とにかくどこかに」


聞こえてくる足音から逃げるよう、どこかの部屋に転がり込んだ。特になんの部屋ということはなく、言うなら休憩室のようなそこは、誰がいつ入ってきてもおかしくはない。


「どうする…外にも行けねえし、このままここにいるってわけにも…」
「銀河、ここ、どうですか?」
「…冗談だろ」
「スパイものには付き物ですよ」


良い笑顔で言われたそこは、よく、テレビなんかで見るあれだ。天井裏とでもいうのか、舞台裏とでもいうのか。…通風孔、だっけか。ギリギリ入れそうな空間は、薄暗くどこまでも続いている。ネジを壊し、蓋をを取り外している氷魔は既に行く気満々とみた。だけど、実際それしかなさそうだ。








◇◇◇







「なんか俺、ちょーっとこういうの憧れてたかも」
「銀河、冒険ものとか探偵ものとか好きでしたからね」
「おお!」


小さく反響する空間では、下からの光が僅かに漏れるばかりで薄暗い。一定の感覚ごとにある金網越しに下の様子を見ると、俺たちの話が広まってきたのか、大分慌ただしい様子だ。思わずこの方法を取ったけれど、実際同じ格好してるわけだから下手なことしない限りバレなかったかもな。ま、でもこれなら騒ぎに巻き込まれず安心して周れるからいいか。


分かれ道も多々あり、直感で選び進み続けた先。聞き覚えのある声が、耳に届く。思わずお互い、合った目をぱちりと開いていた。声に釣られ進み、ひとつの金網を覗くと、いた。


『本当、大分狂ってたよ。やーっと正気になったわ』
『彼らの元に戻るとでも?今更?』
『いいや、戻んねえよ。ま、行く場所があるわけでもないけど』


美羅だ。

思わず出そうになった声を抑え、耳をすませた。やっと、やっと見つけた。話相手は、恐らく大道寺だろう。この位置からじゃどちらの姿もはっきりとは見えないが、声は間違いない。



『やりたいことができたんだ。だから、もう研究サンプルから卒業したいなー、なーんて』
『ハッ、何を言い出すかと思えば』
『何度も言うけど、私は普通なんだって。むしろこの世界の方が不思議でいっぱいさ。実際に体験するとやっぱ改めて思うわ』


研究サンプル?この世界?
不思議な言葉の羅列に顔を顰めると、暗がりで確認はしづらいが、氷魔も似たような表情を浮かべていた。問いかけたい気持ちはあるが、聞き取りづらい会話に今はお互い耳をすませた。




『…古馬村、ですか』
「!」


途切れ途切れに聞こえる会話の中で、唐突に出された古馬村という言葉に、思わず目をぱちりと開いた。
なんとか二人の姿が見えないかと試してみたが、やはり会話が聞き取れるのみだ。何やら美羅のツッコミやらが聞こえたような気がしたが、なんだかさらに重い雰囲気になったような。



『っおいおい…それは…』
『彼らに関する任務を、金輪際受けないようしてくれと言ったのは貴方でしょう?もう帰る気もないなら、別にいりませんよね?』
『いるとかいらないとかじゃないだろ…古馬村には手を出さないでくれよ!』
『分かりませんねぇ。何故あの村にそこまで固執するのか』
『あそこは…あの場所は…』
『あの場所は?』



古馬村は?


答えが聞きたくて、耳をすませた。



『大事な、人たちがいるんだ…』
『…家族ごっこですか。ひとりじゃないと言いましたけど、今はどうなんです?家族を裏切った貴方は今、本当にひとりじゃないんですか?』
『っ確かに、皆のこと信じてなかった!最低だよね、おかげでひとりになっちゃったよ!馬鹿だよね、あんなに側にいたのに、本当にひとりになるまで、なんにも気づけなかった!』


美羅が何者なのか、俺たちは知らない。昔のことだって、知らない。本人は記憶喪失って言ってたし。何がしたかったのかも、分からない。

だけど、やっぱり美羅は美羅だったんだなって、



『…だけどあそこには、こんな私でも家族だって言ってくれた皆がいるんだ。だから、古馬村だけは…絶対手出しさせない』



嬉しかった。

安心した。



無機質な扉の締まる音と共に、美羅の悔しそうな声が室内に響いた。どうやら、閉じ込められてしまったらしい。今なら、ここから一緒に抜け出せるかもしれない。




「…場所は分かったんだ。一旦戻ろう。確実に、ここから連れ出すために」




無言で頷く氷魔の表情を、知ることはできなかった。でも、多分俺と同じような顔をしてたんだと思う。

聞きたいことがたくさんできた、言いたいこともたくさんできた。漸く繋がりそうなピースは、アイツの言葉できっと完成するんだ。




20120326








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