覚悟しててください。 慌てるその姿を見て、初めは不審に思った。俯く姿から発せられた声に、今度は驚いた。そして、真っ直ぐに向けられた視線に、言葉が出なかった。 目の前からいなくなった彼女に対して、怒りも悲しみも何も持てず、只々うちに眠る形容しがたい感情に僕は立ち尽くしていた。あの時言いたかった言葉は、今でも分からない。 「よろしくな、翼!」 「ああ」 以前、暗黒星雲として僕たちと対峙した大鳥翼が、今は柔らかい笑みで銀河と握手を交わしている。彼は元々WBBAの一員であるらしく、暗黒星雲にはスパイとして潜入捜査をしていたそうだ。 新たな仲間も増え、銀河も無事不死鳥とのバトルに勝ちポイントを取り戻した。先程までの戦いを物語るように、辺り一面はぼろぼろだ。これで、万全の体制でバトルブレーダースに臨むことができる、はず。 「君たちに少し、話しておきたいことがある」 和やかな場の空気を裂き、仮面でその表情が伺えない不死鳥の視線が僕たちを捕らえた。ふらっと現れさっとどこかへ行ってしまう不死鳥が、こうして僕らの前に居座るというのは違和感があって仕様がない。皆もそれを感じたのか、口を結びほんの少しだけ緊張が走った。 「中田美羅のことだ」 肩が、ぴくりと震えた。 不死鳥は、彼女を知っているのだろうか。 「美羅を知ってるの?」 「ああ。まず、彼女を病院から連れ出したのは大道寺だ」 「!、あの野郎…!!」 「でも、無事であることが分かったなら、まだ良かったわ…」 銀河から連絡を受け、美羅さんを運んだという病院に駆けつけると、そこには既に彼女の姿はなかった。全員で探したけれど、結局、見つからなかった。 心配であることに変わりはないが、まどかさんの言葉は最もである。…よかった。 「君たちは、何故彼女が暗黒星雲に身を置いているのか、知っているのか?」 「それは、きっと暗黒星雲に何かされて…」 「その前提を覆さない限り、恐らく彼女は戻らない」 「え?」 まるで、全部を知っているかのような不死鳥の口ぶりに、固唾を呑んだ。知っているのなら、教えて欲しいことはたくさんある。それなのに、開かない、口。 向けられたいくつもの目に臆することもなく、不死鳥はただ真っ直ぐに僕たちを見ていた。 「人は間違うものだ。ただ、それを間違いと捉えるかは彼女次第」 「それってどういう…」 「彼女と共に行く道を選ぶというなら、彼女の話に耳を傾けなくてはならない。それが、どんなに小さな声でも。君たちはその声に傷つくかもしれなくても」 もしこのままいってしまえば、彼女は、暗黒星雲としてバトルブレーダースに出場してしまうのだろうか。きっと銀河は勝つ。竜牙を、暗黒星雲を倒す。その中に、彼女も含まれてしまうのだろうか。 そんなの嫌だ、嫌に決まってる。 だけど、だったら僕たちはどうすればいい?問いかけに、彼女は答えてはくれない。無機質な仮面の下に隠された視線に、動けずにいた。 ひとりを、除いて。 「会いに行く」 銀河の言葉に、皆が視線を向けた。真剣な表情は、何かを決心したようでもあった。 「…アイツ、泣いてたんだ。俺、全然分からなかったんだ、なんでなのか。だから、全部ちゃんと聞く」 あれから美羅さんと一番コンタクトの多かった銀河は、思うところも多くあったはずである。そして、一番後悔しているのも、恐らく。 その時僕は、何をしていたんだろう。嘆くばかりで、彼女を求めただろうか。…誰だろう。求めた先の掴んだ何かを、怯えていたのは誰だ。彼女との思い出を、幻想にしまいとしていのは、誰。 本当を知るのが怖くて、彼女を一番信じきれていなかったのは―――――― 「でも、もし答えんかったらどうするんじゃ…?」 「ごちゃごちゃ面倒臭え」 ぴたりと、止まった。 「要は美羅をとっ捕まえて全部吐かせりゃいいだけの話だろ。…俺もアイツには聞きたいことが山ほどあるからな」 「キョウヤ…」 「別に助けに行くわけじゃねえ。一発ぶん殴りに行くだけだ。後は勝手にしろ」 その言葉に銀河がふと笑い、その空気が移るように皆の表情が軽くなった。当のキョウヤは、皆の笑みが不服なのか銀河に食ってかかっている。 「相変わらずね、キョウヤも」 「なんだと?」 「世の中ではこれをツンデレというらしい」 「へー」 「てめえら…」 明るさを取り戻した皆の視線が、自然と不死鳥へと戻っていく。ひとりひとりの目に答えるよう、不死鳥は小さく頷いた。 「もう一度だけ聞こう。どんなことでも、君たちは、」 「答えは決まってる!どんなことになったって、本当がどんなことだって、それが美羅の言葉なら、俺はアイツの言葉が聞きたい。…本当は怖かったんだ、本当のことを聞くのが。でも、例えそれが拒否だったとしても、取り敢えずそっからさ!怖くても、アイツの本音を聞かなきゃ始まんないからな」 「ハッ。あんまりふざけた事言ったらぶっ飛ばすけどな」 吹っ切れたような皆の表情に紛れ、僕はどんな表情をしているだろう。 怯えてばかりで、本音を聞こうともしなかった。皆一緒だったんだ、怖かったんだ。僕だけじゃなかった。 たくさんの笑顔、たくさんの言葉。全てが、崩れるかもしれない。もう、以前のようには戻れないのかもしれない。きっと僕は強くない。全てを知って、全てが終わってしまうというなら、何も知らない方がいい。 (だけど、) 僕はいつまで怯えているんだ。 このままじゃ、何も変わらない。 「そうと決まれば早速行こう!」 「ああ!翼、協力してくれるか?」 「ああ。美羅に関していえば、俺に責任がないわけでもないからな」 「ちょっと待って。早る気持ちも分かるけど、まずは用意しなくちゃいけないことがたくさんあるでしょう?」 「氷魔!」 呼ばれた声に、顔を上げる。 「行こう!」 ある日突然、別れを告げられた。それも一方的に。あまりにも突然すぎたそれに、言葉が出なかった。笑い合っていた彼女が、もう僕の目の前にはいない。 敢えて言おう。彼女はもしかしたら、僕たちの敵なのかもしれない。今までのは全部嘘だよと、言うかもしれない。あまりにも不確かで、裏切られるかもしれない、淡い期待。だから、 もう、いらない。 「行きます」 君のいない景色は、もういらない。 (彼女を思う気持ちに、嘘はないから。全てを見に行く、怖くても) 20120308 ← ×
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