"本当"を見つけた日


目を開けたら、そこは知らない場所だった。だけど、独特の香りから医務室か何かだと推測して、視線をずらす。そうして視界に収まった人物に、思わず笑いが込み上げてきてしまった。


「っはは!…っあー…何してんの?」
「やっと目を覚ましたと思ったらそれですか」


窓から差し込む光は、最後の記憶と変わらない橙色で、少なくとも丸一日経っていることは理解できた。だるさを残す体は、やっぱり回復なんかしていなくて、なんだかそれさえも嬉しい。なんつーのかな、男の勲章?みたいな!男じゃないけど。


「どんくらい寝てた?」
「三日ほど」
「えっ、どこまで本当?」
「眠り続けてたわけではないですよ。意識はあっても、話せる状態ではなかったようですので、記憶にないのも無理はないです」
「ああそう…銀河は?」
「銀河君なら、貴方を病院に連れて行きましたよ」
「それで?」
「我々暗黒星雲が、その貴方をこちらに運びました」
「ははっ!最悪!」


つまりここは、暗黒星雲本部ってわけね。まあ、大道寺がいた時点で分かってはいたけど。なんだよ暗黒星雲って医療方面でも長けてるんだ、半端ねえ。大道寺の眼鏡が夕日を映し、続けて笑いそうになるのを必死に抑え、息をついた。
取り敢えず、銀河の無事が確認できたからそれでいいや。これでバトルブレーダーズにも、ちゃんと出場できるだろう。良かった。

もしかしたら今頃は、翼と戦ってるのかもなー。それとも、ポイントが貯まったお祝いでもしてるかな。あ、それ以前に私がいなくなったのってどうなってんだろう。話通ってんのかな。じゃなきゃ申し訳ないな、お礼も言えてないし。


ふむ、と考え込んでいると、場に不釣り合いな機械音が耳に届いた。反射的に顔を向けると、その音はよく分からない機械からだ。繋がれた線を追っていくと、行き着く先は、考えずとも。あーあ、全く本当に。


「なんか収穫あった?」
「いいえ、なにも」
「だろうな。それでも、認めてくれるんだろ?」
「そうですね」



その言葉が聞きたくて、こんな。馬鹿みたいに。




「あのさ」
「なんです?」
「いろいろ考えたんだけどさ」



縋り付くのは、やめにしよう。




「悪い!ここぶっ潰したくなった!」




どのくらい間があっただろうか、静寂を裂いたのは、不愉快にも大道寺の笑い声だった。


「気でも狂いましたか?」
「本当、大分狂ってたよ。やーっと正気になったわ」
「彼らの元に戻るとでも?今更?」
「いいや、戻んねえよ。ま、行く場所があるわけでもないけど」


自由に動く右腕を回すと、肩がぽきりと鳴った。たたたたた。
分かっているつもりで、全然分かってなかったんだ。随分と馬鹿なことをした。取り返しのつかないことをした。…結局、誰も信じられなかった自分のせいだ。情けない。


「やりたいことができたんだ。だから、もう研究サンプルから卒業したいなー、なーんて」
「ハッ、何を言い出すかと思えば」
「何度も言うけど、私は普通なんだって。むしろこの世界の方が不思議でいっぱいさ。実際に体験するとやっぱ改めて思うわ」


そう言って笑うと、大道寺が顔を顰めた。気に入らない、っていう風に。といっても、前から私こんなんだったしな。従順な犬でもなけりゃ、尻尾だって振ってないし。


「確かに、貴女にいろいろと期待を裏切られていたのは事実ですが」
「だろーな」
「出て行かれても困るんですよ。第一、ひとりでどうするっていうんですか。ひとりで」


何か、変わったんだろうか。今までだったら泣き出したくなるような言葉が、何事もないように耳を通り抜けていく。
そう、私はひとりだった。そう思い込んでた。


「ひとりじゃなかったんだよ」
「はあ?」
「ここに来て、ひとりだったことなんて一度もなかったんだ」


光に飲まれて、空を見て、森を見て、湖を見て、目を閉じた。そして、次に目を開けた時。全部が始まったあの瞬間から、私はひとりなんかじゃなかった。覗き込んだあの心配そうな表情に、確かに私は応えたじゃないか。私をひとりにしたのは、紛れもない私自身だった。私が、目を閉じてしまったんだ。




「…古馬村、ですか」
「うん」


二度目の沈黙が場を支配し、大道寺が考える素振りを見せるなか、窓の外をちらりと眺めた。夕日は大分沈みかかっている。


「…話を変えますが」
「変えちゃう?!このタイミングで?!」


うおおっ…!体に響いた…!
なんってこった!この流れでそう来るとはコイツもなかなかの奴だな!吃驚だよ。
何を言うのかと思って言葉の続きを待つと、大道寺はまるでなんでもないかのように、口を開いた。


「銀河君に負けましたね」
「え?ああ…なんで知っ、」
「覚えてますか?私の言った言葉」


は?と、言いかけた言葉が止まる。脳裏に浮かんだ言葉は、確かに大道寺の声で再生された。"何も失いたくなければ、勝ってください"と。


「っおいおい…それは…」
「彼らに関する任務を、金輪際受けないようしてくれと言ったのは貴女でしょう?もう帰る気もないなら、別にいりませんよね?」
「いるとかいらないとかじゃないだろ…古馬村には手を出さないでくれよ!」
「分かりませんねぇ。何故あの村にそこまで固執するのか」
「あそこは…あの場所は…」
「あの場所は?」


言いたい言葉が、喉に閊えて出てこない。言っていいのかと、誰かに問われているように躊躇う。少し前なら、当たり前のように口にしていたその言葉が、今では口にすることが難しかった。


「大事な、人たちがいるんだ…」
「…家族ごっこですか。ひとりじゃないと言いましたけど、今はどうなんです?家族を裏切った貴方は今、本当にひとりじゃないんですか?」
「っ確かに、皆のこと信じてなかった!最低だよね、おかげでひとりになっちゃったよ!馬鹿だよね、あんなに側にいたのに、本当にひとりになるまで、なんにも気づけなかった!」



間抜けだよな、本当。

だけど。



「…だけどあそこには、こんな私でも家族だって言ってくれた皆がいるんだ。だから、古馬村だけは…絶対手出しさせない」


もう家族だなんて言う資格はないのかもしれない。だけど、無関係なんかじゃない。いらないわけない。どんなに勝手になったって、大事に思う人達が変わるわけないじゃないか。


何度目かも忘れた沈黙が続いていく。逸らさずにいた視線は、アイツが肩を竦めたことにより外れてしまった。



「…少々、頭を冷やすべきですね」
「おいっ、待っ…」



え?

踵を返し、扉から出た大道寺に手を伸ばす。届くことなく扉は閉じられてしまったが、なんだが嫌な音を聞いたような気がする。
静寂に包まれる空間に、自分の覚束無い足音だけが響く。体痛え…と思うのは後にし、扉に手をかけると、案の定、開きやしない。


「あんにゃろ…!」


右足で蹴ったら、叫びたくなるほど痛かった。







◇◇◇





さて、丸一日経ってしまった。いつまでここにいればいいんだろうか。本調子じゃない体じゃ、脱出も難しい。何階だよここ。


「おーい、メルシー」


返事がない。くそう、ついに話相手までいなくなってしまった。
溜息をつく。
突然、視界が真っ暗。

驚いた…、停電だろうか。さて、面倒なことになったなー…。メルシーの回復を待つしかないなと肩を落とし、首を回している、と。


ふと、光が差し込む。

扉が開いた。





20120304








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