ラストチャンス


「はっ?!何それふざけっ…」
「ふざけてませんよ。確かめて来てください。彼の力を」


にっこりと悪い笑みを浮かべた大道寺に、顔を顰める。いつも通りに呼び出され、いつも通りに任務を聞く。そこまではいつもとなんら変わりないのに、その内容に動揺を隠せなかった。


「急に何?つか、試すって…この前私バトったじゃん」
「銀河君は日に日に力をつけています。現在一番の脅威である彼の力を、確かめすぎということはないでしょう?」
「自分で行けって。それか遊あたり。一回勝ってるんだし」
「今回は、貴女がどれほど力をつけたかも知りたいんですよ」
「……はあ」


思わず溜息に近い相槌を打ち、後ろ手で頭を掻く。なーに言ってんだか本当に。別に私の力量なんて興味もないだろうに。あれなのかな、やっぱりベイの世界なわけだし、私にもそういう方面で特別な能力を求めてんのかな。只の学生ですが何か。

…まあでも、不思議ではあるよな。生まれた時からベイに触れてきたような皆と、なんでもない私がこうしていい勝負をしてるのって。条件が良かったとはいえ、あのキョウヤに一度だけ勝っちゃった訳だし。銀河に勝てたことは流石にないけど。
…やっぱ、こいつになんかあんのかな。
視線の先。ケアトスへ問いかけても、答えなんて分かるはずなかった。



銀河とバトルかあ…。一対一だったら、いつ以来だろう。戦いたいかといえば、うん、そうなんだろう。こんな状況じゃなければ、嬉しかったんだろうな。

「遠慮したいな」
「駄目です」
「ちっ」
「そうですね…。じゃあ、勝ってください」
「は?」
「銀河君を倒してきてください。貴女には、その力があると思います」
「思いますって…」


嘘くさい期待をされたって、嬉しくもなんともない。所詮竜牙と比べたら、私も銀河も同じような餌にしか見てないくせに。


「本気ですよ?銀河君に勝ってきてください」
「んなこと言ったって…」
「自信ありませんか?でしたら、そうですね…」


その軽く考える仕草にイラっとしつつも、言葉の続きを待つ。大体、言っちゃ悪いけど銀河に勝つとかどんだけ大変か分かってないよコイツ。おう、諦めろ諦めろ。


そもそもなんでこんな時に、と考えを巡らせたところで気づいた。そうだ、そろそろバトルブレーダーズか。
…こんな直前にバトルなんてしていいんだろうか。何かが起こるとは思えないけど、万が一があったら大変だ。怪我とか、ペガシスの破損とか。そういえば銀河、ポイントは取り返したのかな。


ぼんやりとそんなことを考えていると、
大道寺が口元がにんまりと笑った。



「何も失いたくなければ、勝ってください」



一瞬だけ音が消え、アイツの口から出た言葉が何度も頭に響く。「は…?」と口を突いて出た言葉は、意味を理解してそれだけに留まった。眉間に皺が寄り、思わず奥歯を噛み締める。


どこまで行ったって、所詮駒。
仲間だなんて言ったって、結局は良いように利用されているだけなんだ。分かってる。分かってるけど、それでも、ここじゃなきゃ駄目なんだ。

私は、只の弱虫だ。

何も変わらないでいてくれるのは、きっとここしかない。例えそれが研究対象としてでも。




また向かい合うことになる。どんな顔をすればいいんだろう。どんな顔をされるんだろう。

今更、戻れないんだ。

だったら、



「…ひとつ、頼んでもいいか」



これが最後。
これでもう、終わりにしよう。




◇◇◇




「熱い…」


目の前に広がる火柱を見つめ、額を伝う汗を拭った。
スタジアムの中心に燃え上がる火が、ベイバトルによって起ったものだなんて正直信じられないが、その側で二機のベイが回転しているのだから信じざるを得ない。

スタジアム越しに向い合う宇宙と、毒島の戦いはそろそろ終盤戦といったところだ。

この追い込まれた状況に、興奮を隠しきれていない毒島を果たして宇宙はどうするのか。先ほどよりも攻撃力を増したエスコルピオが、サイバーへと襲いかかる。


ここに来れば銀河に会える。流石、暗黒星雲の情報網は伊達じゃなかった。
バトルの行方は分かっている。いやー、宇宙やっぱ強くなったあ。見届けたい気持ちもあるが、そうもいかない。ここに来る途中、怖いお兄さんに連れて行かれる可愛い女の子を見たからね。放っておけるわけないじゃないか!!


「!、なんだお前っ!」というお兄さんをぺいっ。
「なっ…!?」って驚いてるお兄さんをぺいっ。
「や、やっちまえ!」とベイを放つお兄さんにケアトスをシュート。

ぱちりと目を開いた可愛い女の子に、ひょいと手を差し出す。戸惑った女の子が、私と手のひらを交互に見やる。


「お姉さん…誰?」


お姉さん、正義の味方だぜ。一度言ってみたかったんだ、これ。



























「あの…貴方が銀河さん?」


宇宙が毒島との勝負に勝ったとこで、漸くアイツの手からこのベイパークが救われた。

子供達も皆、やっと自由にベイバトルができると笑い合っていた。そんな中、宇宙があんまりにも嬉しそうに俺のことを見るから、なんとなく照れくさい。今日のヒーローはお前だろうに。
後ろ手で頭を掻いていると、ひとりの女の子が俺を見上げていた。


「そうだけど、どうかしたのか?」


えっと、と一瞬考える素振りをしたその子に首を傾げる。あのねとその子が言葉を続けようとした時、すぐ側にいたケンタが口を開いた。


「そういえば、ユイちゃんどうやってここまで来れたの?」
「そうだ、お前確かアイツ等に捕まって…」


なるほど、どうやらこの子はユイちゃんというらしい。それにしても、捕まってただなんて物騒な。とんでもない奴等だぜ、アイツ等。


「あ、お姉さんが助けてくれたの」
「お姉さん?」
「えっと髪がこれくらいで…背は銀河さんよりちょっと小さくて…」


身振り手振りで説明される人物を、頭で思い描く。この子を助けてくれたんだし、悪い奴ではないんだろうけど、なんでこんな場所にいたんだ?この町に住む子供達も、そんな人いたかと首を傾げている。


「それでその、お姉さんが銀河さんに伝えてくれって」
「俺に?」
「バトルしてほしいって」


バトル?と声を揃えたケンタと宇宙に続き、俺も同じようなトーンで返してしまった。唐突、というか。
もちろん勝負を断る理由はないし、いつだって受けて立つけど、なんだってこんな回りくどいやり方なんだ。直接来てくれりゃ話も早いのに。


「でも、バトルするかは銀河さんに決めて欲しいって」
「え?」
「随分謙虚だな」
「正直、戦っていいのか分からないって」
「分からない?」



「だけど、銀河さんが決めた答えなら、多分正解だからって」







重なる声。


その言葉を、俺は知ってる。



「場所は?!」
「えっ、えっと、ここを真っ直ぐ行ったところに前は工場があったんだけど、今は廃墟になってるの。大きいからすぐわかると思う!そこで待ってるって…」


その言葉を聞き終わらず、走り出した。皆が何か言っていたかもしれねいけど、正直耳に入ってなかった。行かなくちゃいけない、俺は行かなくちゃいけない。


なんなんだよ、なんでこうなるんだ!!
やっぱ待てねえよ。バトルブレーダーズまでなんて駄目だ。今だ、今しかない。

知りたいんだ、全部。もう、何も知らないで見逃したりしたくないんだ。
なんで何も言ってくれないんだよ。ふざけんな、絶対に捕まえてやる。


勝つ、絶対に!!





20130208








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