指先で触れる いろいろと言いたいことはあるが、取り敢えずまとめるとこの間は散々だった。 あの日の銀河の言葉が、胸に閊えてすっきりしない。 しかしあのままでいる訳にもいかず、控え室を飛び出し本部へ帰るなり、暫く部屋に立て篭ってしまった。悲しさみたいな、悔しさみたいなぐるぐるとした感情が胸を埋めて苦しい。 でもまあ、いつまでもそうして居る訳にも行かない。翼がいなくなってから、ずっとやり残していたこともあるんだ。 薄暗い扉の前に立ち、両手で頬を叩いた。よし、大丈夫。 「やー!水地おーはよー!」 自動で開く扉のスピードさえもどかしく、そう言うや否や勢いよく扉を押し開ける。薄暗い室内で、丸い背中がびくりと跳ねるのが見えた。 「なに…?え…?うざいよ、そのテンション」 「そんな吃驚した顔で言わなくても」 若干引き気味でこちらを見る水地とは、結構久しぶりな再会だったりする。翼の件があって、銀河の件があって。そんな風に立て続けに事があったから、会いにいくにも行けなかったのだ。おかげで、準備したプレゼントも渡せずじまいだった。 「久しぶりに水地の顔見たからさ、もうテンション上がっちゃって」 「扉開ける前からそのテンションだったよね?」 呆れたように溜息をつく水地だが、その反応もなんとなく嬉しい。自分のことをあまり知らないというのが、今ではとても心地よく感じる。自分ことを、自分の失敗を知られていないということが、安心する。 「…ああ、確かに会ってなかったかもね」と、ぼんやりと頭上を見上げる水地は、多分最後に顔を会わせた日から今日までの日数でも数えているのだろう。…曜日感覚とかあるんだろうか。 「あ、そうだ。これ」 いけない、つい話の流れで忘れてしまうところだった。ポケットから取り出した包みを、水地へと差し出す。不審がりながらも受け取ってくれたそれは、水地の手のひらに収まった。こっちの様子を伺うように、なに、と目で訴えかけてくるから、開けてみてと笑ってみせた。 「…なに、これ」 「ヘアピン!水地の前髪、邪魔かなーと思って」 「え…?」 男物にしては少し可愛すぎるかもしれないヘアピンを眺め、水地は顔を顰める。そして、握り締めたそれをぐっと前へ突き出した。 「いらない」 「えっ」 なん…だと…?! 「…やっぱ、ちょっと女物すぎたかな」 「そういうんじゃない。必要ない」 「でも、前髪なんとかしなくちゃ邪魔じゃね?目悪くなるよ」 「うるさい」 プレゼントした身としては、差し出されたそれを受け取るのも気が引ける。というより、そこまで頑なに拒否されるとは思わなかった。ショックだ。 いつまでも受けとる気配のない私に痺れを切らしたのか、水地が大きな溜息をついた。 「美羅ってさ、お節介だよね。僕はこんなの、必要だなんて言ってないよ」 …たし、かにっ。 良かれと思ってやった行動だけど、考えたら、そうだな。自分の都合を、押し付けたかもしれない。途端、さぁーっと嫌な考えがよぎる。 「ご…めん。もしかして、その、いろいろ…あった、か?」 言葉での返事はないが、前髪から覗く切れ長の目は明らかに不満を示していた。 …あー、分かってたつもりだったんだけどな。自分がお節介だってことくらい。ちょっと、今回は、やってしまった。 「ごめん、確かにお節介だったわ。…今日は、帰るよ」 この場に留まるのも気まずくて、苦笑いで部屋から出てきてしまった。あー、やっちゃった。失敗した…。しゃがみこんでみたはいいが、大変なことに気づいてしまった。ヘアピン、置きっぱだよ。 「…はあ」 溜息が零れた。 ◇◇◇ 「お前、何やってんだよ…」 だらけた体はそのままに目線だけを動かすと、素敵なアフロが私を見下ろしていた。ああ、もふもふフェスティバルだなーとかくだらないことを思った。 「いーけちゃーん…」 「池ちゃんはやめろ」 最近暗黒星雲に入った池ちゃんこと大池トビオとは、なかなか友好的な関係を築かせてもらっている。話してみると、予想以上に常識人だということも分かって、ツッコミの少ない暗黒星雲内では重宝すべき人材だ、うん。 「で、何してんだ?」 「そんな気になります?」 「食堂の机で突っ伏してりゃそりゃ声もかけるぜ…」 そして意外にも兄貴肌だ。優しいぜ。 「食堂ですることなんて、ご飯食べる以外に何があると思う?」 「飯食ってたのか?」 「いや食べてないけど」 「おい…」 机に顎を乗せたまま向いに座ったトビオを見ると、なんなんだよと呆れ顔だ。池ちゃんは何しに来たのだろうか、ご飯だろうか。とりあえずお茶取りに行くなら私の分も頼みたい。 「池ちゃんお茶飲まないの?」 「え、ああ」 「そうか…」 「なんでそこでショック受けるんだよ」 面倒臭いからお茶は諦めたとして、まあ、池ちゃんは聞いてくれそうだが、どうも人に愚痴を言うのは気が引ける。励ましは確かに欲しいけれど、もう少しだけ反省していたい気分だ。 「なんだよ、言えないことか?」 「んーまあ、そういうんじゃないけど。なんつーか、自分の悪い部分にうんざりしたというか」 「今更だろ」 「ぬぉん?」 「どっから出した今の声」 「反省中なう的な」 「ちょっと使い方違くね…?」 ふぅ、と溜息をつくと、視界に影が差し込んだ。何かと思って振り向くと、口元を扇子で覆う美人さんがいた。おやおや、今日の食堂は賑やかだな。 「相変わらず騒々しいな。大池、美羅」 「ああ、深海か」 「おー、深みん」 同時期に来たこともあってか、深海とトビオはなかなか仲が良い。本人達にいうと否定されそうだが、絶対仲良しだろこいつら。 さり気なく話に混ざる深海に、トビオが事の説明をしていた。 「…ふむ。確かに、今日の美羅からはよくない気が感じられるな」 「それ俺も感じるわっ」 「お前の場合は見た感じでだろ」 目を見開いたトビオはスルーし、深海に大丈夫だと一言返す。反省中だと付け加えて。 水地には……ってだけじゃなく、失敗なんてしたくなかったのに。ああ、水地の前髪ってやっぱり何か触れられたくないことだったのかな。だとしたら、すごくデリケートな部分に土足で踏み入ってしまったんじゃないか。あああああ何してんだ自分。もっかい謝る…のはくどいかな、ああでも、ああ…。 「開運の呪(まじな)いでもするか?」 「…いやーいいよ。自分でなんとかしないと仕様がないし。ありがとね」 「お主のそういうところ、嫌いじゃないぞ」 「どーも」 「ま、何かあったら協力してやらないこともない」 「…じゃあお茶持ってきて」 「は?」 「大池、もう一杯」 「は?!」 とりあえず、明日また会いに行こう。 ◇◇◇ おおうっ…最近一日の短さを痛感するぜっ…。 見慣れた扉の前に立ち、固唾を呑んだ。右に設置されたボタンを押してしまえば、あとは自動で勝手に扉が開いてしまう。人差し指でボタンを押…さない程度に触る。うん、たっぷり反省した。大丈夫。正直に謝ろう、嫌な思いさせちゃったんだから。よし、行くぞ。 ピッ、という音と共に開く扉。 そして一歩踏み出すという慣れた行動で続き、室内へと入る。 途端、「やっほー」とそう言うつもりだった言葉の語尾が消えていく。中途半端に上げてしまった右手がなんとも虚しい。いや、それより、も。 ぱちりと開いた目を、もう一度ぱちり、ぱちりと。 「ぷっ…くくくっ!」 「なに?」 不機嫌極まりない水地の表情が、こんなにハッキリ見えたことはあっただろうか、いや、なかった。向けられた視線にも我慢できず、込み上げてくる笑いが抑えられない。 「いやっ…ごめ…ぷくく!」 「……。」 「それ、直してやるよ」 「必要ない」 「そう言わず」 若干乱れた髪と、無造作に付けられた可愛いヘアピンを見比べ、だらしなく頬が緩んでしまった。 ああ、なんて言うんだろうこういうの。昨日までの気持ちが嘘のように、只々嬉しくて堪らない。笑いが止まんない。 「水地」 「…なに?」 「私、水地と仲良くなりたいわ」 「僕は嫌」 そう言わず。 そう言って、やっぱり笑ってしまった。 20121223 ← ×
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