君に伝えたいこと 「……よっ」 「よ、よお」 まさか会うと思わなかったのは、どうやらあっちも同じのようだ。ぱちりと合った視線から、待つこと数秒。徐に片手を上げて声をかけると、銀河も同じような反応を返してくれた。 久々にチャレンジマッチに参加でもしようかと思った矢先がこれだよ。世界は狭いもんだ。 お互いこれから試合ということもあってか、銀河は何か言いたそうにしているが口をぱくぱくと動かしているだけだ。不謹慎とは思いながらも、その姿に少しだけ笑ってしまった。 「負けないよ」 「え!?あ、おう…!」 まあ、頑張ろうじゃないか。 ◇◇◇ 静けさが戻ったスタジアム内からは、次の場所はどこだとあちこちから関係者の声が聞こえてきた。チャレンジマッチ期間も、そろそろ終わる。運営側も、最後の頑張りどころといったとこなのだろう。 結果は負け。 二位のポイントはもらえたが、まだ五万ポイントには届かない。そろそろ本腰入れて取りに行かないと出場権すら危うい。当然、優勝は銀河だ。いやー、あれは強かった。 そんなことを考えケアトスのメンテナンスをしていると、かちゃ、と扉の開く音がした。振り返った先には不服そうな銀河の姿があって、唐突なそれにかける言葉を失う。真っ直ぐに私を見る今までにない雰囲気に、思わず息を呑んだ。 「俺、やっぱ分かんねえよ」 凛とした声が、室内に響く。 何が、なんて聞くわけなかった。今まで通り、何も変わらない表情を貼り付けた。 「悪い、なんつーのかな…」 「お前、何をそんなに怖がってるんだ?」 え。 がしりと、心臓を掴まれたような気分だ。肺も締め付けられ、呼吸さえなんだか苦しい。引き攣る口元から吸い込んだ息が、まるでずっと息を止めていた時のように新鮮に感じた。 ばくばくと煩い心臓と、今にでも倒れたくなる疲労感のような何かが体にのしかかる。 「何が嫌なんだ?何を怖がってるんだ?」 ああ、それ以上聞きたくない。耳を塞ぎたくなる衝動に駆られるも、固まった体がそれを聞くはずがなかった。一歩一歩と距離を縮めた銀河とは、もう手の届く距離だ。 「…本当は、何がしたいんだよ」 力強い黄褐色の瞳が、ゆらゆらと揺れた。 「今の美羅は、只いろんなことから逃げ回ってるようにしか見えない」 銀河の言葉を最後までちゃんと聞いただろうか。分からない。気づいたら、軽い衝撃と共に視界が反転していた。両手に握る銀河の胸倉に、ぎりりと力が入る。見開いた銀河の目には、ああ、ひでえ顔してるなって自分がいた。 「っ逃げてるって?…ふざけんなよ…何が分かるんだよ!!」 「言いたくねえことだってあると思う!だけど分かんねえよ!分かるわけねえよ!何も言ってくれなきゃ!」 「私はっ…!」 ああ、苛々する。 目元が熱くなるのを感じながらも、止められない。 湧き上がる感情に、セーブが効かない。 「私は、いつか一人になるんだよ!ずっと先かもしんないし、明日かもしれない!いちゃいけなかったんだよ!」 なんでだよ、なんでこんなことになってんだろう。 どうして私は駄目なんだろう。 どうして私はこの世界に来たんだろう。 すっごく楽しいことがあっても、結局良い結末なんて待っていないのに。ここに、私という存在はどんなに足掻いたって残るわけないのに。 羨ましいんだ。憧れていた皆の姿が、今は羨ましくて堪らない。どうして私は駄目なんだろうって思わずにはいられない。追いかけても手に入らないものばかりだって、分かっていたはずなのに、気味が悪いくらいにこの世界に焦がれていた。好きだったんだ、大好きなんだ。なのに、なんで。 (ああもう、最悪だ) 一度蓋を取ったら、もう止められなかった。一番深くまで沈めておいたはずなのに。口に出すとまた分かる、認めるしかない。 自分が、どれだけ、それを、 「怖くないわけねえだろ!!」 ぼろぼろと零れる涙が、銀河の頬に弾いたような気がした。 まだ皆といたい、ここにいたい。同じがいい、皆と同じがいい。只それだけなのに。それだけが、叶うはずないなんて。 情けない自分の声に、沈黙が続く。滲んだ視界に、銀河のことなんて映せるはずがなかった。 「…俺には先のことなんて分かんねえよ。無責任なことなんて言えるわけないし、言うつもりだってない」 落ち着いた銀河の声が、だけど、と続く。 「お前言ったな、いつかは一人になるって。だけどまだ、お前の側に俺達がいる。だったら、」 「伸ばされた手くらい掴め」 真っ直ぐな瞳が、自分を射抜く。唇が震えて、言葉が出なくてただ噛み締めた。 自分がこれから何をすればいいのか、分からなくて涙が止まらない。 視界に映る赤が、じわりと滲んだ。 20121216 ← ×
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