スローステップ



まあ、この瞬間がいつか来ることは分かっていたし、特別驚きもしない。それでも、何も変わりなく、翼に新たな被害が加わることもなく、ちゃんとWBBAに戻れるということを確認できて少し安心した。

鳴り響く雷鳴は、想像通りの轟音だった。



「漸く尻尾を出しましたね。貴方は何者ですか?エルドラゴのことを調べてどうするつもりです?」
「バレていたなら仕方ない。お前こそ、エルドラゴの力を使って一体何を企んでいるんだ!」


エルドラゴのデータが入っているだろうUSBを握り締め、翼がそう叫んだ。答える気のない大道寺は、それをさらりと躱してしまう。

実はこいつ世界を支配しようとしてるんだぜ…!吃驚だろ…!は心に留め、隣に並ぶ悪い笑みを浮かべた遊を見た。結構翼に懐いてたと思うんだけどな、相当竜牙に惚れ込んでるってことか。それよりも、人に向けてベイを放っちゃいけないよ遊、危ないよ遊。


「僕が相手をしてもいいんだけど。折角だから、すこーしだけ遊んじゃおっかなぁ」


どこからともなく現れた暗黒星雲組が、ぐるりと翼を囲むように円を描く。それぞれ何かしら思うところがあるのか、口々に意気込みを見せている。汚名返上のため挑む渡蟹は、ついこの間の銀河のポイント消失騒動に関わっていたそうで、特に張り切っているようだ。


「……。」
「……。」
「あっー…。ランチャー忘れたわ」
「……。」


本当だし、狙ってやったわけじゃないけど。今にも行けと言わんばかりだった大道寺の視線が厳しいものに変わったので、もうそちらは見ないことにした。
ああ、そういや水地へのプレゼント渡せずじまいだよ。




「アクイラ、メタルウィングスマッシュ!」




次々に暗黒星雲組が倒され、いよいよと遊が身を乗り出したところで一際大きな雷鳴が響いた。と同時に、雷鳴とは別の次第に大きくなる音が私達の目の前へ姿を現す。ヘリの扉は開いた状態で、そこに立つ竜牙は相変わらずの怖い顔だった。


「なんの騒ぎだ!」
「竜牙!」
「竜牙…!」


正反対の二人の声が、綺麗に重なった。



◇◇◇



アクイラとエルドラゴのぶつかり合いが、風を巻き起こす。間近で見た二人のバトルは、やっぱりすごい。激しい戦いになると分かっていたのか、私達以外の暗黒星雲組は皆この場を離れてしまった。


不意に過ぎる高揚感を押さえつけ、息を呑む。改めて、すごいと思うんだ、この世界を。込み上げるこれは、羨ましさなのかもしれない。場違いにもどきどきして仕様がないんだ。遊が竜牙の強さに魅入るのも、こんなバトルを見たら納得せざるを得ない。


決定打がアクライに決まり、勝負の結果が訪れようとしたそんな時だ、

赤が、過ぎる。


きたああああああッッ!!!


どきっと跳ねた胸に急かされ「とうっ」と語尾に星でも付いていそうな声に顔を上げると、そこには例の格好をした不死鳥が。おおおーっ!マント靡いてるすげええ!


「我が名は不死鳥、この勝負預からせてもらう!」


誰も状況を理解できないうちに、不死鳥が素早く翼を抱え飛びたつ。拍手でも送りたくなるような素早い一連の流れに、思わずぽかんとしてしまった。

離れていく翼と、目が合った。何か言いたたげその表情が言わんとしていることをなんとなく分かってしまって、私はいいよと苦笑いで手を振った。また会えるといいね。


「うええー…飛んだ…」


ビルの下を覗き込んだ遊は、ハングライダーで去っていく不死鳥に驚きを通り越して開いた口が塞がらないようだ。

どうだい遊君、不死鳥には憧れないかのかい。







ああ、行っちゃったなあ。

まとまらない空気のまま、建物内へと戻る。もう遅いし、さっさと寝よう。あーあ、明日から翼いないのか、寂しいな。

翼はこれから、銀河達と出会う。
かけがえのない仲間になる。

翼にとってこの暗黒星雲が只の敵のアジトに過ぎなかったなら、所詮私も、その敵のアジトにいた一人でしかないんだろう。それはまあ、やっぱり寂しい。


「……。」


いるべき場所は、ここじゃないのかもしれない。それでも、まだいられるのはここしかなかった。













目が覚める。

すっきりとは違う自然と開いてしまって目に、淡い色を放つ天井が映った。昨夜とは打って変わった静けさが、鼓膜に、全身に、染み込んでいく。
ああ、朝か。微睡んだ意識の中、まだもう少しと布団を引き寄せる。

胸騒ぎのような、只ひたすらに居座る感覚は、ドア越しに聞こえる「ミラランー朝だよー!」という可愛らしい声に薄れていった。



20121124








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