バトルしましょう 夢を見た。 ーベイブレードだ!懐かしいー!ー ー今はねえ、やってないけどねえー 少しだけ大人になって、笑って、当たり前に、好きなものを手放す瞬間。好きだったものを、手放す瞬間。 好きなことをやりたいだけなのに、どうして責められるのか、分からない。人の目が嫌だ、そんなの気にしない、気にしない、けど、 自分の好きなように生きたいッ!! 「あ…夢か……」 飛び起きた自分を出迎えてくれたのは、カーテンから溢れる朝の光と微かな肌寒さ。いつも通りにベッドの柱を掴もうとするも、その手は空を切って、そのまま床へと転げ落ちてしまった。 「ッッてぇー…」 ああ、そうだった、ここはいつもの部屋じゃないんだ。 床に転げ落ちたまま、盛大に溜息をついてしまった。いろいろ悩んで疲れきった夜に続き、まさか朝すら痛みで迎えることになろうとは。 とりあえず、いつまでもこうしてる訳にもいかない。軽く頬を叩き、戦場に向かう気持ちでリビングと思われる部屋へ足を進める。 あれ? そういえば、痛さのせいかさっきまで見ていた夢がすっかり頭から飛んでしまった。 なんだっけ。……まあ、夢なんてそんなもんか。 ◇◇◇ 聞こえてきたのは、軽快な朝独特の音。続いて、美味しそうな香りもしてきた。 「おはようございます美羅さん」 「ほごお?!!」 え、待って、氷魔が着てるそれって…え、エプロン?!に、似合う!!は?!可愛い!! 自分でも今の声がどこから出たかわからないが、奇声だということはハッキリ分かる。落ち着け、追い出されるぞマジで。 気持ちを落ち着けるべく咳ばらいをしてみたが、効果はなく、胸の高鳴りは止まりそうになかった。氷魔ったらお玉片手に首傾げてるし、ああもう朝からありがとうございます!! 「どうかしましたか?」 「あ、いや何でもないんだ!というかごめんね、私も手伝うよ!」 「いえ、一応美羅さんはお客さんな訳ですし。それにもう、ほとんど完成ですから」 「そこはどんどん言ってくれよ!えっと…じゃあ何すればいい?」 やっぱり、このまま氷魔に全部やってもらうのは申し訳ない。居候という立場からしても、私の気持ち的にも。 「ありがとうございます。じゃあテーブルを準備してもらってもいいですか?」 「分かった!任せろ」 それにしても、氷魔って本当に家事が似合うかも…。そういえば一人暮らしって言ってたもんな。何だかすごく慣れてるようだし。……私、何かできたかなあ。料理は、うーんできる気がしない。 そんなことを考えながら支度をしてるうちに、氷魔は朝食を持って傍に来ていた。氷魔の料理、美味しいんだろうなあ…わくわくする! 「「いただきます」」 並べられた和食?料理は、今まで見たことないほど美味しそうなものだった。新鮮というか…とにかくなんか輝いてる。俺に毎朝味噌汁を作ってくれ、なんて決め台詞を言う前に、大好きなキャラクターお手製の味噌汁を飲めるとは…。幸せです。ごちそうさまです。 ご飯は、想像を絶する美味しさだった。お米が輝いている。比喩ではなく。 何度も美味しいと口にしてしまい、その度に氷魔がニコニコと微笑む。しかし、その視線がふと真面目なものへと変わり、じっと見られていることに気づいた。気のせいかとも思ったが、氷魔の視線は外れることはなかった。 「………。」 「……。」 いや、流石に気になるって 「……な、何?」 その表情には人の良さそうな笑みが浮かんでいた。 「あ、すみません!いろいろとお聞きしたいことがあって…食べながらでいいんで、よろしいですか?」 きたな…!!! 昨日は自分の体調のせいもあってか、そこまで深くは聞かれなかった。だけど、今日は確実に深いところまで聞かれるだろうと思っていたが、やっぱりな。覚悟の上だ、作戦は練ってある。 「私の答えられる範囲なら」 一息ついた私の瞳には、多分少しの不安の色を残しながらも、それなりの自信が映っていたと思う。 そう、落ち着いて落ち着いて 「記憶がないんですよね?」 「うん、そういうことみたいだ」 「でも、お名前は分かるんですね」 「それは大丈夫、美羅だよ」 「ここがどこなのかも、分からないと」 「この場所?、町?村のこと?」 「そうです」 「いや、ごめん、分からないや」 「そんな、謝らないでください」 うんうん、いい感じだ。 若干の罪悪感を覚えながらも、なんとか答えていく。内心冷や汗だらだらなのを隠すために、無駄に一言一言に力が籠ってしまったが、一応大丈夫そうだ。 氷魔の困ったような笑顔を見て、つきたい溜息を飲み込んだ。人を騙すのって、こんなに大変なことなのか。それとも、こっちの嘘なんてとっくに見破っているのだろうか。それは分からないけど、心配してくれたその言葉は嬉しいから、お礼だけは、はっきりと伝えた。 しかし、そんな安心感もつかの間。 「では、最後に質問したいんですが…」 そこまで言った氷魔の目が、今までのあの優しげなものから、一瞬にして何かを捕らえるような、正に氷のようなそんな冷たいものに変わった。突然のそれに、思わず息を呑む。 「美羅さんは、ブレーダーですか?」 探るようなその目から、視線を逸らさなかった。いや、逸らせなかったんだ。あまりにも強い、その瞳から。 「え、あ……」 それでも、何かしら答えなくちゃいけない。でも、なかなか口が動かない。 バカだな。笑って見ていた画面越しとは比べ物にならない。そんなこと分かってるはずなのに。きっとこの表情、画面越しで見てたら舞い上がってるんだろうな、なんて。一瞬でも思ってしまった自分に嫌気がさす。馬鹿にしてるのか、私は。 答えは決めていた。「違う」そう答えるつもりだった。そのほうが怪しまれないと思ったんだ。でも、追い込まれた時人間は、どうしてこうも頭が回らないのか。 「…う、うん」 ああ、言ってしまった。ブレーダーと言っていいのかどうか、いまいちよく分からないけど。でもベイブレード大好きだからさ、未だに大会とか見に行っちゃうからさ! これは事実じゃなくて、希望なのかも。そう思っても、その発言を撤回できるわけもなく、撤回するつもりもなく。 氷魔の表情は、分かりやすく色を変えていった。 「……なるほど。では、貴女のベイは?」 「ベイ?!あー…ベイ…」 しまったな…ブレーダーだと言った以上、ベイがなきゃおかしい。でも、実際に私が持っているベイを言ったら、それはそれで困ったことになる。 (ペガシス…アクイラ…あと…) というか、どっちみち答えられるベイはないんだ、だったら…… 「…お、覚えてない」 これって既に、何かの呪文のような気がしてきた。 ◇◇◇ 「これです」 「あ!」 食事も終わり、服なんかも貸してもらったりなんかしちゃった後、氷魔が持ってきてくれたひとつのベイ。もしかしたら、このベイじゃないですか、なんて言葉とともに渡されたそれは、 (あの時画面に映ってたやつだ…!) この世界に来る直前に見たものだ、忘れるわけがない。 あの時もそうだったけど、それには何となく惹かれるものがあった。気づいたら手を伸ばし、氷魔の手からそのベイを手に取っていた。 「美羅さんが倒れている時、ずっと手に握っていたんですよ」 なかなか離さないもので、困ってしました。なんて笑顔を見せる氷魔。 ……握ってた?いつから? 全く記憶にないんだが。 「どうです?見覚えありますか?」 落っこちてる間は、何もなかっただろ。てことは、落ちた後?でも湖の中で何か掴む余裕なんてあったか? 「……美羅さん?」 いや、仮に掴んだとしても、なんでそんなところにベイがあるんだ、誰かの落し物か?それよりも、あの画面に映ってたベイっていうのが一番気になる。 分かんないことばっかだなー…気づかなかっただけで、本当は最初から持ってたのか? 「美羅さん!」 「うおっわ!!」 「(…うおっわ?)…何か思い出しましたか?」 「いや、思い出すというか何というか…」 「美羅さんのでは…ないんですか?」 私のではない。それは確実に分かるんだけど、何だろう、このベイとはなんだか初めて会った気がしない。いや、実際初めてではないんだけどさ。 「……ダメだ、やっぱりさっぱりだ」 「そうですか…」 そう言うと氷魔は残念そうに目を伏せた。ああ、ごめん氷魔。 「ごめんな…あ、ありがとうね、このベイ」 不思議な名残惜しさを感じながらも、ベイを氷魔に差し出した。だけどその手は、すっと氷魔に戻される。 「おそらくこのベイは、美羅さんので間違いないと思いますよ」 「え?」 「力強く握っていたのが、何より証拠じゃないですか」 ニコっと微笑まれても、えっと、あの。確かに、握っていたっていうくらいなんだから、無関係ってことはないと思う。もしかしたら、この世界に来たことにも何か関係があるのか…? 「そうなのかな…?」 「そうですよ、きっと」 再びその目を下に向けると、手のひらには傾いた本体を揺らし、孤を描くベイ。 このベイと出会えたことに、何か意味があるのかも。そんな気がした。深い考えなんてない。ただなんとなく、直感的に。 「ですから」 どこか楽しそうな声に顔を上げれば、今までで一番と言っていいほどの、喰えないあの笑顔。 「バトルしませんか?」 「は?」 「そうすれば、何か思い出すかもしれませんし」 いやいやいや、私、こいつと出会ってまだ数分ですよ?!試し打ちとかしてみたいじゃないか! 「こうみえて、僕もブレーダーなんですよ」 知ってる!!いや、仮に知らなかったとしても話の流れ的に分かるよ。 さすがにそれはまだ…って思うけど、そうか、バトルか。そういえば全然やってないな。 た、楽しそう…。それに、こいつのことも何か分かるかもしれない。 だったらこの勝負、 「受けてたつ!お願いするよ!」 「そうこなくっちゃ、ですね」 このバトルで、何かが見つかるといいな。全てとまではいかなくても、その欠片だけでも。 ぎゅっとベイを握りしめると、氷魔は楽しそうに笑った。 「…たとえそのベイが美羅さんのではなかったとしても」 何か運命的なものを感じませんか? つくづく、単純だと思う。 でも、だったら信じて見ようかな、運命ってやつを。 ベイができる、そう思うだけで胸がわくわくする。実力なんてないけど、やれるだけやってみたい。 頑張ってみますか!!! 手のひらにあるベイを強く握り締め、歩き出した氷魔に追いつくべく、駆け足で一歩を踏み出した。 20100523 ← ×
|