優しさと知った 誰も口を開くことができず、時間だけが流れていく空間。賑わいを残す会場に不釣り合いなこの空気を打ち消すことなんて誰にもできず、沢山の思うことを口から出せずにいた。 直接美羅の口から話を聞いた銀河とキョウヤの言葉は、あってほしくないと思うものそのものだった。 「僕は」 ケンタの呟きに、皆の視線が集まる。きっとケンタだって不安で堪らないはず。それでも、真っ直ぐな目で私達を見た。 「何か事情があるんだと思う」 その言葉に、銀河が大きく頷いた。 「俺もそう思う。だっておかしいだろ!いきなりこんな…」 「そ、そうじゃい!第一、美羅が暗黒星雲なんぞに手を貸す理由なんて、何もないはずじゃろ!」 「そうだよ」 そうよ、皆分かってる。何か理由があるんだってことくらい。只、その理由が分からないからこんなにも不安になるの。 じゃあ一体何がと繋がる会話が、ひとりの舌打ちによってしんと止まる。自然と集まる視線も気にせず、キョウヤは壁に背中を預けたまま口を開いた。 「胸くそ悪い。…お前らだってもう気づいてんじゃねえのか。アイツが何か隠してるってことくらい」 どうして、今このタイミングで言うのか。 皆がそう思ったことなんて、顔を見ればすぐに分かってしまった。只、誰もそれを口にしないというのは、つまりそういうことなんだと思う。 「確かに、美羅って分からないっていうか、不思議なところもあったけど…それがっ、今回のことと何か関係あるっていうの…?」 「さあな。知ったことじゃねえ」 「でも、何か事情があるのは間違いないだろ!くそっ…一体何がどうなってんだよ!」 思い知らされてしまうの、私たちは美羅のことをほとんど知らないんだって。あの子は何も話さない、それに、私達も強く聞こうとはしなかった。それが今になって、少しだけ後悔する。 私たちの中で、美羅のことを一番分かってるとしたら―――、 「……で、てめえはいつまでそうしてるつもりだ」 座り込み俯いていた氷魔が、ゆっくりと顔を上げた。一言も開かなったその口は、今でも固く結ばれている。突き刺さる視線を避ける姿に、苛立ったキョウヤが目の前へ足を進めた。 「ショックで何も言えねえってか?」 「…そんなこと、ありませんけど」 「どうだかな」 険悪な雰囲気に、思わず息を呑む。 絡まない二人の視線の代わりに、周囲の私達の視線が忙しなく絡み合った。やたらと突っかかるキョウヤの態度に、先程までとは違う意味で緊張が走る。 そこでキョウヤは、誰もが触れたくなかったことを躊躇いもなく口にした。 「お前、アイツが本当は奴らと初めから組んでやがったって、そう思ってんじゃねえのか?」 「ッ…!」 「図星か?」 悲しみとも、怒りとも取れない氷魔の目が、しっかりとキョウヤを捉えた。 「お前…思ったほどアイツのこと信用してねえんだな」 「おいキョウヤ!」 「何が分かるんですか?」 立ち上がった氷魔の視線が、キョウヤと真っ直ぐにぶつかった。銀河の静止も虚しく、さらに険悪な空気が場を支配していく。 「勝手な推測で、分かったようなこと言わないでもらえますか?」 「だったらどうなんだ。お前にはアイツのことが分かってるとでも言うのか?」 「や、やめなよ二人共!」 「貴方よりは分かりますよ、…っずっと一緒にいたんですから」 「ハッ、それでこのざまかよ」 「分からなかったんですか!?…彼女の表情は、仕方なくというそれではなかった」 「それだけで、アイツが奴らの仲間だって言いてえのか!?」 「誰もそうは言ってないじゃないですか!」 さらにヒートアップする二人の言い争いに、最早誰も声をかけられず交互に見つめるばかり。 ふつふつと湧き上がる何かを、抑えることなんてできない。 だから、思わず 「いい加減にしてーーー!!」 叫んだ。 「キョウヤも氷魔もいい加減にして!ここで喧嘩したって何も意味ないでしょう!」 「ま、まど…」 「例え、暗黒星雲へ行ったことが美羅の意思だったとしても!そうなるまでの何かがあったはずでしょう!だから、こんなことしても意味ないの!分かる!?」 「は、はい…」 「今私達は、自分達にできることをするべきよ!それはこんな言い争い?違うでしょ!?…美羅に直接確かめたいなら、やるべきことはひとつなんじゃない」 「!」 「美羅と確実に会えるとしたら…」 「バトルブレーダーズ、じゃな」 「それに、もしかしたら、チャレンジマッチでも会えるかもしれない」 ここで話していたって、答えが分かるわけじゃない。だったら、自分に出来ることをするべき。美羅だって、目指すものが同じなら必ずどこかで会えるはずだもの。 「まどかの言う通りだ。いつまでもここで話し合ってたって、何かが分かるわけじゃない」 「うん」 「じゃな」 漸く話がまとまったようで、その視線が自然と険悪な雰囲気の二人へと向かう。 「…すみません、言いすぎましたね」 「ハッ」 「そうと決まれば、俺たちのやるべきことはひとつだぜ!」 二人を取り巻く空気が穏やかものへと変わったところで、銀河を筆頭に控室を後にしようと足を進める。キョウヤの不機嫌な表情は変わらないけれど、先ほどより刺々しいものではなかった。 …やっと収まったわ。 全く、皆ベイの腕は強いのにどうしてこうなんだか。なんて、思わず苦笑いを浮かべてしまった。 「…まどかさんは、強いですね」 歩きながら、ふと氷魔がそんなことを言った。だけど、それは少し違うの。 「私が強いんじゃなくて、あの子が強いのよ」 だから、信じていられるの。 「とは、言ったんだけどね」 皆に任せてなんていられない、私だって、今すぐ探しに行きたい。 今、何をしているんだろう。出発の日の写真を視界に収め、ゆっくりと目を閉じた。 ◇◇◇ 目を閉じると同時に、世界が傾く間隔。 もう一度目を開ける頃には、そこは違う世界になっていた。 ぐじゃぐじゃに色が混ざり合い、テレビの砂嵐のような無数の線に視界がくらりと傾く。 何か声が聞こえたような気がした。何を言っているかは分からない。自分の力とは関係なしに体が揺らされ、不快感は増せど言葉にはならなかった。 気がついたときには、体が地から離れる感覚がした。定期的に揺れる体から、何かに運ばれているような、そんな気がする。 そこからは、何かが起こっているということしか分からなかった。揺蕩うような感覚で、どのくらいの時間が経ったのかも分からない。随分長い時間が経ったように思う。 あ、今ならいけそうだ。 中途半端に起きていた頭が覚醒するのを感じて、いつの間にか閉じていた目を開けた。 「あ、ミララン起きた。翼ー、ミララン起きたよー」 「ショタ…」 「え?なになに?」 「なにも…」 開けた視界いっぱいに映った可愛らしい顔と大きな双眼に、浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまった。 うわあ、体がだるい。起き上がるのも面倒で首だけ動かすと、どうやら自分の部屋のようだ。あれ、どうしたんだっけ。 「大丈夫ー?」 「うん。てか、何がどうした?」 「倒れてたんだよ」 倒れてたって…そっか、だからこんなに気分悪いのか。 答えてくれた翼の声に、もう一度首だけ動かすと随分呆れた顔をされていた。イケメンは何しても似合うなあー…というのは、今度は零さず胸の内に留めておいた。 「軽い熱中症だろ」 「ミラランってば、ちゃんと放送聞いてたー?今トレーニングルーム空調壊れてるってメルシー言ってたじゃん!」 「え、そんなのいつ入った?」 「昨日だよ」 聞いた記憶がない。ああ、もしかして水地のとこにいた時かもな。あそこはほとんど放送も何も入らないし。ほんと、切り離されてる。 トレーニングルームに入ったとき、確かに珍しく誰もいないし暑いなあとも思ったけど、そのうち涼しくなるかと思ってそのまま特訓してたんだよね。そういうことか。 「あー…悪い、もしかしてここまで運んでくれた」 なんとなく記憶にある、運ばれる感覚はそういうことか。何気なく時計を見ても、自分が感じていたより時間はほとんど経っていなかった。 「途中からな」 「途中?」 「ミララン、竜牙に感謝しなよー」 「竜牙?」 「アイツがお前のこと運んできたんだよ」 「ほ?」 予想だにしていなかった人物に、思わず変な声を出してしまった。 いやはや、竜牙ってあの竜牙さんだよね?吃驚だ。 「竜牙格好良かったなー!ミララン羨ましい!」 「おいおい…」 ここに来てから、竜牙と話したことはまだ数えられる程度しかない。悪い奴ではないだろうとは思ってたけど、そっか、普通に嬉しいな。うん、もしかしたら邪魔だっただけかもしれないけど。 それにしても申し訳なかったなー…。あとでお礼言わなきゃ。 「竜牙って只強くて格好良いだけじゃないんだもんなー。今日の試合もすごかったし!」 「え、竜牙チャレンジマッチ行ったの?」 「うん、もう圧勝だよ。ま、当たり前だけどねー」 竜牙がチャレンジマッチに出始まったってことは、そろそろトッビーとか深海が暗黒星雲に入るってことか。 餌が揃い始める、のか。 どうにかなんねえのかな。つか、アイツに喰われるとどうなるんだっけ。壊れるのか、それとも、もう直んねえのかな。もしそうなら、なんとかしたいな。 …ああ、てかその前に。 「…なんだ?」 もうそろそろ、翼さんともお別れか。寂しいな、暗黒星雲の華が減るよ。 確実に進んでる物語の中で、私は結局どうするんだか。教えて貰えりゃ、苦労はないのに。 「べっつにー。それより、ありがとね二人共」 「ううん、ちゃんと休んでね」 「変なところで抜けてるからな、お前は」 「へーへー…」 20120831 ← ×
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