砂の城


スタジアムで響く金属音が、なんだか遠くに聞こえるような気がする。逸らせない視線に、もう一度笑顔を浮かべた。話したいこと、たくさんあったのにな。全部消えちゃったよ、だせえ。


「美羅!お前やっぱ来てたのかよ!」
「吃驚したー…、謎のブレーダーって美羅のことだったんだね!」
「でも、なんでそんな格好…?それに…」


それぞれがそれぞれで、驚いた顔をしてくれた。笑顔を浮かべる銀河とケンタは、首を傾げながら徐々にその表情を変えていく。氷魔はさっき会ったからね、薄々感づいているのかもしれない。



「なんで、遊達と一緒に…?」



覚悟してこの場に立ったはずなのに。なんでこう、がたがたなんだか。
何気なく観客席に目をやると、小さく身を乗り出しているまどかと目が合い、おかしくって笑ってしまった。もっといろいろ話したかったなあ。…なんて、今更言う資格はないのかもしれないけど。何を言っても、まどかはきっと怒るだろうな。


あと、



「おい」



ある意味で、こっちも大丈夫だろうか。



「てめえ、なんで何も言わねえんだ」



こうして睨まれることにも、随分慣れたもんだ。だけど、それ以上によく気にかけてくれていたこと、分かってる。首狩団を始め、皆がキョウヤを慕うことも頷けた。


いろいろ考えて、思って、こういう結果になった。
後悔はあるよ。でも、選んでしまったから。



「そんなの決まってんじゃーん!ミラランも、暗黒星雲の一員ってことだよー!」



こうやって、皆と会ったんだ。



「は?」
「ちょっと遊、それはいくらなんでも…」
「本当だよ。ね、翼?」
「ああ」
「おいおい…。美羅も何か言ってやれよ」
「美羅…?」


言葉に言葉が重なって、ちょっとずつ現実に近づいてくる。徐々に不安げに染まる表情に、今更胸が痛くなった。遅えっての、馬鹿。


「おい、なんとか言ったらどうだ!」



もっと、"強い人"でありたかった。







キンッ、と金属音が響く。


「…いいのか?よそ見してて。これじゃ、優勝は私で決まりだな」


慌ててスタジアムへと戻される視線。同じように、DJも実況を再開したようだ。すいません、仕事できませんでしたよね。
何か言いたげに外された視線も、苛立った視線も、いろいろある。それでも、ずっと外れないその目が、ひどく揺れていたのが分かった。

何をどう話していいのか、分からない。傷つけないようにって思っても、所詮無理な話なんだ。その優しい心を傷つけないわけがない。喉に閊えるいろいろな言葉は、結局ここにしか行き着かなかった。


「ごめん、氷魔」


そんな目をしないで。




◇◇◇




このメンバーのことだ、当然穏やかに勝負が決まるはずもなくあっちでこっちで大乱闘状態だ。

「勝負中は余計なことを考えるな」というキョウヤの言葉は、遊を思うケンタに対しての言葉だったけれど、皆もそれに習うように、誰も暗黒星雲についての話はしなくなった。そうだ、よそ見してて勝てる相手なんて誰もいないんだから。


初めに氷魔が脱落し、次に銀河の必殺転義が遊と翼、本人諸共巻き込んで三人共スタジアムアウトとなった。残ったのは、私とケンタとキョウヤ。ずるい気もしたけどね、キョウヤの獅子暴風壁を利用しなきゃあれは防げないし、ケンタと一緒に側でしっかり避難させてもらった。



「キョウヤ…」
「勘違いするな、別にお前らを助けたわけじゃない」
「分かってるよ。いやーツンデレに磨きかかったね!」



間髪いれずに、レオーネがこちらへと向かってくる。真っ直ぐにサジタリオへと向かうレオーネはどうやらそちらに狙いを定めたようだ。……あ、確かこれ、ケンタが吃驚しててモロにくらってスタジアムアウトになっちゃうんじゃなかったっけ。

考えるや否や、気がついたらその間に割り込んでいた。自分でもあまり準備できていなかったから、見事にケアトスは吹っ飛んだ。
足元に転がるケアトスに苦笑いを浮かべてから、こちらを見つめるケンタにもそのまま笑い返した。
















試合は結局、キョウヤの優勝で幕を閉じた。ケンタは、今度は割って入った私に驚いてスタジアムアウトになってしまったわけで。…すっげー余計なことしたかも。
表彰式には出ないで、そのまま帰ることにした。会えたのは嬉しかったけど、顔合わせづらいし。勝手だけどさ。非常口の方なら、誰にも気づかれず帰れるだろう。


ぐしゃぐしゃと頭を掻いたところで、目の前にぼんやりと見える影。薄暗いこの空間でも見間違う訳なかった。思わず、脱力だ。


「…流石、抜け目ないね」


壁に背を預けていた彼は、ゆっくりと体を起こしこちらに振り向いた。ああ、かなりご立腹のようだ。
必然的に自分も足を止め、キョウヤと向かい合う。自嘲的な笑みしか、もう浮かべられなかった。ばればれですか。



「いい度胸だな」
「わり」
「で、奴らに何を言われた」
「別に。ただ、ちょっと甘い言葉をね」
「ふざけるな。奴らのことだ、どうせ何か企んでのことだろ」
「…まあ、確かに。でも、それだけじゃねえよ」



ムカつくけど、大道寺の言葉が嬉しかったってのは本当だ。でも、それと一緒に思い出す言葉。皆のこと、仲間と思いきれてないって。それを考えていくと、なんか、どんどん嫌な方へ思考が持っていかれる。


話の内容なんてお互い分かりきっているから、前置きなんて必要なかった。こんな単刀直入に聞いてくるなんて、多分あの中じゃキョウヤしかできないだろう。


「奴らがお前を狙ってんのは知ってんだろ。どういうつもりだ」
「そうだね。正直ちょっと引いてるよ、あそこまで興味津々だと」


大道寺はまだ、私に何か不思議な力があるって諦めてないのがかなり引く。私なんかより、皆の方がよっぽど不思議な存在だよ。潜在能力的な意味で。

不毛なやり取りに苛立ちを隠さず、キョウヤの表情が歪んだのが分かった。




「お前、まさか本気で奴らについたわけじゃねえよな」




「…ま、いつでも本気さ。私は」




そう言い終わるとほぼ同時に、体がぐっと強い力に引かれた。ついでに、ご立腹なその表情がぐっと近づく。掴まれた胸ぐらのせいで少し苦しくはあるが、視線は変えなかった。こんなに怒ったキョウヤを見るのは、初めてかもしれない。


「ふざけんのも大概にしろよ」
「言ったろ、本気」
「てめえ…!」


なんだろう、駄目なんだよな。最近、全然。



「……やっぱ、夢は夢であるべきだったかな、って」



この世界が夢であった時は、なんでも許された。理想も、想像も、勝手に。
本当のことを話して、皆に気味悪がられるんじゃないかって、怖い。そんなこと言う皆も、見たくない。絶対にそうなるって、決まってるわけじゃないけど。


考えちゃったんだよね。皆はそんなこと言わない、とか。皆ならきっとこう言う、とか。それって、私はどっちの皆のことを考えてなのかって。画面上なのか、それとも。
なんかそう思うと、アイツの言葉も納得しちゃって。皆に話せないとかいって、本当はただ、自分の持ってる彼らの理想像を守りたいだけなんじゃないかとか。



「私さ」



ああ、もしかして、目の前の皆のこと、見てなかったんじゃないかって。

それで仲間とか言ってたら、随分おめでたい頭だよな。嫌だなあ、ひとつ嫌な考えを持つと、どんどん連鎖してく。本当とか嘘とか関係なく、全然頭から離れない。


「…本当、最低だな」
「美羅…」



自分でも、もう分からないんだ。
何が本当の気持ちで、何が不安によって生み出された妄想なのか。

只、こうして皆と向かい合うことに、すごく胸が痛い。体を巡るこの気持ちには、いろんな名前がつけられそうだった。多分、今はっきり言葉にできるのこの感情は、罪悪感と後ろめたさだ。



「離せキョウヤ。戻らなきゃ」
「!、まだ何も答えちゃいねえだろ!説明しやがれ!」
「もうねえよ。言えることなんて」
「てめえがどう思おうなんざ関係ねえ、分かるように説明しろ!」
「分かんないよ、分かるわけない」
「いい加減に…!」


「キョウヤ!美羅!」


突如入った銀河の声に、振り向く。走り寄った銀河が慌ててキョウヤの腕を掴んだ。


「何やってんだよお前ら!止めろってキョウヤ!」


銀河がキョウヤを止めてくれたことで、やっと腕が離される。服にできた皺を軽く伸ばして、二人に向き直った。


「大丈夫か、美羅」
「うん」
「ったく探したぜ。さ、どういうことか教えてくれよ!」


優しい言葉を掛けてくれる。
スパイ活動か、何か弱みでも握られたのか、協力できることはないか。こんなに優しい人達のことを、自分は―――。どんな目で見ていたんだろう。


「悪い」
「え?」
「…あー…そうだ。氷魔のこと、よろしくな。いろいろ」
「何言って…」
「暗黒星雲のこと、全部本当。だから、皆とはいれない」
「な…おい!待てよ美羅!」


背を向けて、出口へと向かう。銀河が何かを言ってる、よく分からない。自分の気持ちも、矛盾だからけでよく分からない。只、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「美羅!」


一際強い声に、ふと立ち止まる。
振り返らなくても分かる、赤髪の下の表情が浮かんだ。




「信じてないからな」






「それは…」


嬉しいはずなのに、


「ありがとう」


どうしようもなく悲しかった。










乗り込んだヘリの中で、遊も翼も何も言わなかった。だから、自分がこの時どんな顔をしてたのかは、きっとずっと、分からないまま。


(好きだから矛盾だらけ)


この世界が好きだから、現実を見るのが怖いんだ。



20120810








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