まっすぐに進む



いつから気づいていたんだろう。多分、本当はずっと分かってたんだ。


「犬の相手は任せるから!」
「お前は?」
「狼が出るまで高みの見物ぅー」
「んじゃ私見学」


一万ベイポイントをかけた、チャレンジマッチ。

大勢のブレーダーが集う中、強力なブレーダー、つまり狼がいないかを探し出すのが今回の任務。狼ばっかに見えて、実は犬ばっかりだったりしてね。なんて遊は言ったけれど、それが本当だったらどんなに良かったことか。


翼と遊の半歩後ろを歩きながら、小さく溜息をついた。この会場には、皆がいる。どうしたもんか、どうすればいいもんか。合わせる顔がないなあ、いや本当に。


(ばっくれようかな…)


…なーんて。できたら最初からやってるってなあ。さっさと負ければいいんだ。どっちみち、狼がいないってことは分かってるし。いたとしてもそれは皆のことだ。ばれる前に戻ってこよう。


でも、今回はなんとかなったとしても、次は?


「わっ、おい美羅、急に止まるなよ!」
「え、ああ…悪い」
「どうかした?」


背中の衝撃は、後ろを歩いていたレイキがぶつかってきたものだった。おおっといけないいけない。
首を傾げるダンになんでもないと告げ先へ進むと、翼が難しい顔でこちらを見ていた。一方、腕を大きく振り進む遊の後ろ姿はなんとも楽しげである。


「決めるときじゃないか」
「え?」


翼の言葉の意味が、分かるような、分からないような気でいた。喉に閊えて出てこない言葉がなんなのか、自分でも分からない。只その視線を逸らし、小さく頷くことしかできなかった。


「決勝はやっぱり、僕と銀河だよねー。あ、ミラランは準決勝ね、絶対だよ!」
「へーへー…」


取り敢えず、大人しくしてよう。


















大会は順調に進み、残りの試合もあと少しとなった。
銀河は深海に勝利し、翼もベンケイに勝利した。そして何も変わりはなく、双道ブラザーズはケンタに負けた。敗因となった喧嘩は、正直見慣れたもので驚きもしなかった。


「あ、お疲れミラランー。楽勝だったねー」
「そうでもないよ」


試合を終えた私を迎えてくれたのは、遊のニコニコ顔だった。暗黒星雲のために準備された控え室には、後に試合を控えた遊と翼がいる。ダンとレイキがいないってことは…、帰ったのかな?特訓だ!って張り切ってたし。


正直、全然楽勝なんかじゃない。ケアトスもいないし割と必死な訳だが、それは悔しいので黙っておこう。


「これで残りは、僕と翼とミララン。それに、銀河にケンチー、タテキョーに氷魔だね!」


本来なら、決勝は私以外のこのメンバーでバトルロイヤル形式だったはずだ。
残り八人になると、組み合わせはその都度発表されていくということで、最初は私だった訳だが。

一体どのタイミングで大道寺は動くんだか……と思った直後。

DJの放送で、今後のバトルの方式が告げられた。やっぱり全員参加型だ。てか、どうせなら八人の時点でやれっての!!そんなことを思いつつ、ぼんやりと放送を聞き逃していけれど、次の変更点に目をぱちりと開いた。


{また、主催者側からのもうひとつ提案でして…、今回の決勝は、使用ベイのチェ、チェンジ…?が、可能だ!}


激戦続きの本大会ラストバトルを最高の形で迎えるためにも、消耗したベイの修復、交換は自由、と。


なんて。


多少困惑して言う内容の意味を、分かっているのは私達だけだ。なるほど、決めろってか。言いたくないけど、ビルゴとじゃ皆の相手になるわけない。まあ、ケアトスで行ったりしたら自分から正体をばらすようなものだけれど。

ふと、二人の視線を感じる。
…いやそんな凝視しなくたっていいじゃないか。


「…さーて、始まるまで散歩でもしようかなー」
「…呑気だな」
「ぴりぴりしてても嫌でしょーが」
「ミラランー。もちろんケアトスに決まってるよね?」
「内緒」
「ケチー!」


正直、まだ迷っていた。
やたら引っかかる何かが、未だに分からずにいた。




◇◇◇




んで、まあ。


所謂これは、ピンチというやつでは。


「すみません、お怪我はありませんか?」


かけられた声にハッとして、我に返る。煩いほど跳ねた心臓をなんとか落ち着け、間抜けに開いた口を閉じた。派手にぶつかったもんだなあ。フードが取れなくて本当に良かったよ。

差し伸べられた手が懐かしくて、問いかけられた声が懐かしくて、向けられたその顔が懐かしくて。出かけてしまった言葉を、慌てて飲み込んだ。


うわあああっ…なんで氷魔がこんなところに。普通皆、今頃は控え室にいるもんじゃないのか。


多少びびりながらも、伸ばされた手を掴み、ゆっくりと起き上がった。そういや、古馬村でもこんなことあったな。あの時は確か晴れてて……ああ、私ずぶ濡れだったわ。重なる光景が、ひどく懐かしく感じた。


あの時はこんなこと、考えてもいなかったのに。純粋に、只嬉しくて楽しくて―――。



「………。」



言いたいことがあるんだ。
言わなきゃいけないことがあるんだ。
顔を見た途端、馬鹿みたいに溢れてきた。駄目じゃん、私なんて格好してるんだよ。暗黒星雲とか、さ。


不注意でした、と言う氷魔の言葉には答えず、小さくお辞儀を返した。氷魔は不思議そうに首を傾げたけれど、言える言葉なんて思いつかなかった。私の返事がないことにどう思ったのかは分からないが、人の良さそうな笑みで氷魔は続けた。


「友人を探してたんですけど、なかなか見つからなくて」
「……。」
「来てないのかもしれませんね」




私だ。

私のことだ。




体が動かなかった。瞬きすら忘れてた。
きゅっと内側から絞められる感覚。

皆はこんなにも優しい。なんで、言わなかったんだろう。どうして言えなかったんだろう。本当は私、この世界の人間じゃないんだ、すごいっしょ。その一言だけなのに。
こんなに皆のこと大事になってからじゃ、もう言えないよ。眩しい世界も、避けられない暗闇も、もう知りすぎてしまった。

怖いんだ、どうしようもなく怖い。今更、大事なものを賭けに出す勇気なんてない。その暖かさを、たった一言で失うなんて耐えられない。1か0なんて決められない。

募ってくる後悔は、全部全部今更だ。



「もし……私がっ…」


(あ。)


慌てて口を抑えた。もう遅いと分かっていたけれど、言葉を止めた。

視線を上げると、氷魔が驚いた顔をしていた。ああ、バレたね。フードの先を掴み深くかぶるようにして頭を下げた。駆け出そうとした足が、ふいに止まる。掴まれた左腕は、誰のせいかなんて分かりきっていた。


ぱちりと目を見開くその姿に、改めて思う。
なんで、言わなかったんだろ。


「あの…」
「馬鹿だよなあ、本当…」
「え…?」
「試合、楽しみにしてる」



するりと解かれた腕に、今度こそ駆け出した。


分かったよ。悔しい、悔しい、悔しい。

それでも、大切だったんだ。あの瞬間思い出したことが、言葉を止めたことが、ハッキリさせた。
いつかの言葉を、私はずっと忘れてなかったよ。






◇◇◇







「よし、行くぞ」
「言っとくけど翼、銀河は僕がもらうからね?」
「言ってろ」
「なにその態度!」


足早に進む遊の後ろ姿に、思わず苦笑いを浮かべる。あーらら、試合前まで何やってんだかこの二人は。


「おい」
「ん、なんだい翼さん」
「結局どうするんだ」
「内緒っつったろ、始まってからのお楽しみ」
「そうじゃない」


ん?、と思って翼を見ると、相変わらずの難しい顔をしていた。…あー、…銀河達のことか。多分、分かりっこないんだ。言葉でどうこう言えるような、そんな気持ちじゃなかった。ただ、気づいてしまったことは、紛れもない事実。
私の答えが予想できているのか、その表情は怪訝そうだ。


「お前、本当にこれでいいのか?」
「"絶対に裏切らない"んだってよ」
「は?」
「"最後まで側にいる"」
「…なんのことだ?」
「"全てを認める"って。そう言ったんだ」


結末を変えるつもりなんてない。手助けをするつもりもない。ただ、純粋にその言葉に負けたんだ。
それは、只のこの場凌ぎで見通しの良いものなんかじゃない。それでも、確かに残った言葉だったんだ。例えでまかせでも、突き放せる言葉じゃなかったんだ。

矛盾だらけかもしれない、


「…だけどさ」


一番ほしかったものなんだ。




ゲートをくぐり、歓声に飲まれる空間。視界が一気に明るくなった。




きっと、この選択は正解じゃない。




でも、でもさ。

伝わるだろうか。いや、伝わってるよな、そりゃ。納得がいくかどうかは別として。握り締めた相棒はどう答えてくれるだろうか。久しぶりの感触に、握る力を強めた。





「3」
「2」
「1」

「ゴーシュートッ!!」



{さあ、七機のベイが一気に放たれ……ん?あれは…!?}

「!」
「なっ、あれって…!」


勢い良く回る相棒は、そりゃあもうぐるんぐるん勢いを増していく。

向けられる視線を避けることなんてできない。言い訳らしい言葉も、結局思いつかなかった。

只、適当じゃないんだと。自分で決めたことなんだと。だからどうか誰も責めないでと、そんな勝手なことばかり思うんだ。


「久しぶりっ!」


遮るものがない視界は、こんなにも眩しかったっけ。



20120715








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