認めないよ、そんなこと その四角い枠から流れてくる音声が、左から右へ。いや、正確にはまた右へと戻ってくる。嫌に引き攣った口元が、ぴくぴくと動いていた。 右手を伝うピンク色の液体を気にすることもできずテレビ画面を見ていると、その音声以外は無音だった空間に冷ややかな声が入った。 「…潰れてるぞ、パック」 「あー…うん…」 そう、ピンク色の可愛らしいいちごオレのパックは右手で無残な姿になっている。取り敢えずストローを銜えてみたが、ずずっと間抜けな音を立てるだけで、どうやら中身も無残な結末を辿ったようだ。 翼からツッコミを受けた後も、そう簡単にこのショックは治らない。え、なにこれどういうこと? {謎の凄腕ブレーダー!名前、性別、全てが謎に包まれる、フレイムビルゴの使い手!} 「(開いた口が塞がらない)」 「…随分有名になったな」 「ああ…。そうだよ…無口キャラって人気集めんじゃん気づけよ私馬鹿私…」 「…なんの話だ?」 下手にいつもの姿を見られるわけにもいかないし、チャレンジマッチは全て暗黒星雲のスタイルで参加した。ばっちしフード着用で。もちろんいつまでもこんなことしてるつもりもないし、名前なんて毎回適当。 それがまさか、こんな形で話題になるとは思わなかった。なんて面倒臭いことにっ…!普段ならこんなこと、対して話題にもならないだろう。はしゃいでいるのはブレーダーだけじゃないってことか。なるほど、すごいなあバトルブレーダーズ。 なんとなく翼の視線を避けたくなって、フードの先をぐっと引っ張ると、全く見えなくなったその表情から声がかかった。壁に備え付けられたテレビは、既に別の話題で盛り上がっている。 「顔が知られてまずいのか?」 「そりゃあまぁ…。うわ、行きづれえよこれから。下手に喋れもしねえじゃん」 「…お前、なんでこんなところにいるんだ?」 ん、と思って視線を上げるとしっかり目があった。 こちらの返答を待つ翼は、口を閉じて視線だけを送ってくる。その質問に自分でもどう言っていいのか分からず、何気なしに頭を掻いた。 いや、一刻も早く帰りたいんだけどね?! だけど、古馬村を守るためというのは少し違うような気がしていた。脅しのひとつとして出されはしたが、正直現実味が薄い。もちろん、理由のひとつではあるけど。改めて考えると、イマイチ良い答えが出てこなかった。どうして、動けないのだろう。 というより、 「自分で捕まえといてよく言うなー…」 「まあな」 「別に…まぁ、いろいろさ」 「鋼銀河達は、どうした?」 ああ、そういうことか。 何か、上手くまとめられる言葉はないだろうか。いや、あるにはあるのだろうけれど。今の自分には、見つかりそうもなかった。 そうして答えを出しかねている時、メルシーのアナウンスが入った。自分に向けられての、だ。ここのところ、やたらと呼び出しが多いような気がする。眉間に寄った皺を手でほぐし、そういうことだから、と手を上げた。翼は不服そうな表情をしている。 「お前は…何を隠しているんだ?」 「お互い様、だろ?」 呆気に取られたその表情に、思わず笑いが込み上げてくる。大丈夫、邪魔するつもりは一切ないよ。ああでも、翼がいなくなると暗黒星雲内の華が減るな。その時に、自分がそこにいるかは定かではないけれど。 未だ表情が戻らない翼に、いっぱいの笑顔を向けた。 「心配してくれて、ありがと」 さ、行かなきゃ。面倒くさい面倒くさい。 翼に背を向け、部屋を出る。気分と比例して、足取りはどんどん重くなった。 ◇◇◇ 「…で、もういいの?」 「はい、結構ですよ」 憎たらしい笑みを浮かべる大道寺に背を向け、やたら綺麗な扉に手をかけた。ああ、やっと戻れる。覚えた内容を伝える相手を思い浮かべ、今頃はお菓子でも食べてるのかな、なんてぼんやりと思った。 「そういえば美羅さん」 踏み出しかけた足を止め、小さく振り返る。距離が空いているにも関わらず、崩れない笑顔が見えてムカツいた。なんだよ、もういいって言ったじゃんか、何の用だよおい。 「…なに?」 「最近は、以前と比べて随分と任務を引き受けてくれますね」 「嫌だって言ったはずだけど?」 「まあ多少はあるでしょう。ですがこの変化は、貴方が暗黒星雲としての自分を、認め始めたという風に受け取ってよろしいんでしょうか?」 ほう。へー。 扉を開け、振り向いた。 「全っ然ッ!!」 ああ本当に嫌になる!! ◇◇◇ 「心配してくれて、ありがと」 そう言って去った彼女は、一目で分かるほど嫌そうに足を進めていった。そこまで嫌なら行かなければいい、と思いつつそうできないのは俺も同じだった。 やはり、彼女は彼女なりの理由でここにいるのだろう。見当はつかない、が。仲間との仲違いか、俺同様潜入調査か。そんな理由を考えてみても、結局真相は分からず。改めて考えてみると、何も知らないのだ。 放っておけばいいものを、どうもそうはいかない。普段からどこか危なっかしい彼女から目を離すのは、時に自分にさえ危害が及ぶ時がある。 そして、俺の対して面白みのない反応でも、彼女は話しかけてくるから。何より、この暗黒星雲内でそんな風に笑いかけてくる彼女を可愛がりたく…というか、世話を焼きたくなるのは仕様がないと思う。 …妹分、と思いつつ、手玉に取られているような気がしないでもなかったりするが。 一歩先を行かれているような、そんな感覚。 …どんな理由であれ、あまりここに長居はしてほしくないな。 思うところはたくさんあったが、取り敢えず、さっきの笑顔はフードなしで見たかった。 帰ってきた美羅からの報告内容は、俺と美羅と遊で明後日の大会に出ろというものだった。大きな大会らしい。 変わらず不機嫌な美羅の顔が、今回は本当に嫌そうだったことが気になった。 20120621 ← ×
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