その目に問う 「竜牙が帰ってくる?」 「うん」 手にした湯呑を傾けるのを止め、その言葉を繰り返すと、コロッケを頬張る遊は口の端のソースも気にせずうんうんと頷いた。ティッシュを手渡しながらお茶を口にすると、微妙にぬるくなっていた。 「そもそもどっか行ってたんだ」 「みたいだねー」 遅めの昼食を取るべく訪れた食堂で遊に遭遇し、通りかかった翼も巻き込み皆でランチタイム。初めは渋々だった翼も、諦めたのか大人しくコーヒーを飲んでいる。時間がずれている故か、人は疎らで時折テーブル毎の会話が聞こえてくる程度だ。 そうか、竜牙がね。そういえば建物内で見たことなかったな。一応暗黒星雲のトップだし、いろいろ忙しいんだろう。いや、全く予想つかないが。…あー…ポイント稼ぎかもな、実際。 「帰ってきたんだったら、竜牙にバトってもらいたいなー!会えるかな?」 「探しに行けばいいんじゃないか」 「おお、翼にしてはいいこと言うじゃん!」 「……。」 遊と任務、翼と任務。その組み合わせはよくあったけど、三人でというのはない。 ニッコリと納得した遊に、若干呆れ目を向ける翼。この二人も、なんだかんだ打ち解けてきたようで、なんだかこっちまで微妙に嬉しくなる。まあ、私が心配するまでもなく二人は良い感じになるんだけどな。なんて、頬杖をついたまま小さく笑ってしまった。 「ミララン、一緒に行こうよ」 「あー…悪い、このあとはちょっと」 「何かあるのか?」 「んー…まぁ、ちょっとね」 「ちぇー」 「翼さん連れてけ、翼さん」 「えーつばさー?」 「断る」 そんな話をしながらトレーを返し、食堂の出口まで来たところで二人とは別れた。 さて、どうしようか。実は予定なんて全くないのだ。面倒くさいもんなー…。だけど、別にこれといってやることもないし。 (…双道ブラザーズにでも会いに行くかな) 多分、二人ともトレーニングルームにいるだろうし。うん、久々にバトりたいかもしれない。 今後の予定を組み立てながら足を進めたところで、前方から足音が聞こえた。おお、なんかデジャヴだ。少し調子に乗っていた鼻歌を止め、顔を上げた。 「……ぅ、わ」 なんで、こう、あれなんだろうか。 カツカツと足音を響かせる、白。今はこちらを向いていないが、キレ長の目。不機嫌そうに歪められた表情に息を呑んだ。 りゅっ、竜皇さーん…。 あっちもこちらに気づいたようで、向けられた視線に慌てて顔を伏せた。 どうしよう。待てよ、落ち着け。今はすっぽりフードも被ってるし、意外と気づかないんじゃないか?急に立ち止まるのも変だし、よし、このまま行こう。第一、アイツ私がここにいるなんて知らないだろうし。 すたすた 「……。」 すたすた 「……。」 (…あれ?つか、なんで私こんなこそこそしてるんだ?) 見えない位置で苦笑いを零し、歩きながら真横というところで会釈をした。さすがに、この微妙な近距離は緊張する。 よし、上手く切り抜けた! 「待て」 「っ!」 背中にかかった言葉に、足が止まる。あーあ。止めなきゃいいのに。 「来い」 付いていかなきゃいいのに。 思いながらも、できないこのチキンさはよく分かってる。溜息を混じりに、前へ進む背中を追いかけた。 ◇◇◇ さて、どこだここ。 連れられるまま来てみたはいいが、辿り着いたここは、トレーニングルーム?なのだろうか。他の部屋と比べてとても設備が整っている。こんな良い場所あったんだ、へえー。 竜牙がスタジアムの片側へ移動したので、自分はそのまま、竜牙とスタジアム越しに向かい合う位置へと来た。 うーん…バレてるよなあ。これは。 「何故貴様がここいる」 バレてたー。普通にバレてたー。 「まー…あれだ。いろいろあってさ」 広い空間にやたらと声が響いて、言葉を紡ぐのを躊躇う。やっぱり、スルーせずに初めから声をかけるべきだったかな。今更なそれに自然と目線が泳いでしまい、背中がぞわぞわとした。 「…貴様がどこにいようがいまいが、俺には関係ない」 「(じゃあ聞くなよ…)」 「大方、奴らの間抜けさに嫌気でもさしたか?」 「ないね。ないわ」 ククッと笑いを零し、見据えた先には竜皇。 前から感じていた、あの威圧感がなくなったわけではない。それでも、こうして目を見て話せるようになっただけ、成長したのかもしれない。どのへんの成長かはイマイチよく分からないが。 そういえば初めてだ、こんな風にまとも向かい合って話すのは。あの竜牙と話している、その事実はなんだか不思議な気持ちにさせた。 「まぁいい。…今の貴様には、手を下す価値もない」 「あらま」 睨みの効いた視線。 なーんで分かったんだろうな。ケースから取り出したそれを人差し指と中指で挟み見せつけると、竜牙はさらにその顔を歪めた。 綺麗な輝きを放つベイは、所謂新品というわけで。暗黒星雲に用意させた、フレイムビルゴ。もう最近はこいつでしか戦っていない。こんな場所で、ケアトスと戦いたくはないから。 入ってきた方とは別の扉へ、踵を返した竜牙。連れてこられた時点で、もしかしたらバトらなくちゃいけないのかもしれないと覚悟はしてたけど、実際どうだったんだろう。ケアトスとだったら、そうなっていたんだろうか。 ぐっと手の中のビルゴを握り、その後ろ姿を見つめる。 今、私の目の前にいるのは竜皇。あの、竜牙。思い出したように、思いつく。 聞いてみたいことがあったんだ。竜牙に、ひとつ。 「竜牙」 予想外に、歩みは止まった。 軽く振り向いたその姿に、唇を開く。 「お前さ、本当は何がしたかったの?」 君の野望は叶わない。そもそも、あれは野望と言えるのだろうか。君の未来が私の過去であり、未来であり。最後までは見ていないからさ、勝者は分かっても、その後のことは知らないんだ。 誰にとっても良い形でなんて、あるのだろうか。 数秒、もない。 無言のまま、竜牙は部屋から出て行った。…素直に答えられても、私が困るだけか。 フード越しに頭を掻いて、当初の目的の場所へ足を進めた。 20120403 ← ×
|