Is it true? 息が切れてくる。 おーい、もう限界だ誰か助けてくれああいえ助けてください。足、足もつれてきたよちょっと。 そんなことを思い始めた頃、漸く待ち望んだ機械音が鳴った。 徐々に動きを止める足場で膝に手をつき、全身の力を抜いた。呼吸をする度に肩が上下する。肺を満たす空気が冷たく感じる。額から顎へと滑る汗を見ながら、こんなに運動したのはいつ以来だろうとぼんやり思った。 「お疲れ様です」 「るっせ…おまっ…!なんだこれっ…!ああもう…」 「…どう見ても平均値そこそこですね」 「はっ」 数日に続く体力テスト(と、私は呼ぶ)に、汗水を垂らす日々。どれをやっても平均そこそこ。むしろ柔軟は平均以下!今やった持久走(と、私は呼ぶ)だって、対した値は出ない。当たり前だ。が、それでもやると言って聞かなかった大道寺を、これで黙らせることができただろう。変な疑いをかけられても面倒故だし、全力でやりきってやった。ざまあみろっ…!! やっと落ち着いたところで顔を上げると、綺麗な弧を描いてどこからかペットボトルが飛んできた。慌てて掴み投げられた方向を見ると、目の合う人物は一人だ。その人物と右手にあるドリンクを交互に見る。だけど、自然と寄った眉間の皺はなかなか戻りそうにない。 「…別に何も入ってませんが?」 「分かってるよ」 「人の好意を明白な態度で踏みにじりますよねぇ、貴女は」 「煩い」 小さく舌打ちをして、そのキャップを開ける。別に疑ったつもりはないが、一瞬手が止まったのは事実だった。 内に溜まる苛立ちに心中で悪態をつき、部屋を出るべく自動で開く扉をくぐった。声がかからないということは、もう今日はこれで終わりだろう。というより、ここまで平凡な結果じゃ気も萎えるか。お前のいう研究対象は只の一般人だよ。馬鹿らしくて、地味に笑えてしまった。 「……。」 なんでこんなに、慣れてんだか。 順応性ってやつなのかな。一概に慣れたとは言えないが、暗黒星雲を歩くということに違和感を感じなくなっていた。 窓から見る、無駄に高い視界にも慣れた。夜景は普通に綺麗だった。というより、元の世界よりも全体的に綺麗なんだ、ここは。 …つまらないな 抜け落ちたような感覚。 何もする気が起きなかった。目の前に突き出された現実になんとなく答え続けている。 なんか、疲れたなあ。 本当は、こんなことしてる場合じゃないんだ。さっさとここを抜け出す方法を見つけなくちゃならないのに。…なのに、どうしてもこうも、何をするのも面倒臭いんだろう。 それでも、頭から離れないことはある。というより、考えずにはいられなかった。 (皆、どうしてるだろう。) 何してるのかな。 ケンタと宇宙は会ったのかな。 キョウヤとトビオはどうなったのかな。 まどか元気かな。 帰りたいな。 戻りたいな。 私こんなとこで何してんだろう。 再び襲ってきた疲労感に溜息をつくと、前方から来る足音に気づいた。ひとつではないそれは、どうやらこちらに向かっているようだ。…別に、気にすることもないか。そう思い視線を落としてすぐ、聞き慣れた声が耳に入った。 「あ、美羅じゃん」 「よお」 「ん、…あぁ、ダンキ君か」 「ダン!」「レイキ!」 軽く手を挙げて挨拶をすると、レイキが大幅でこちらとの距離を縮めてくる。 双道兄弟とは、ここに来てすぐ仲良くなった。ぽんぽーんと自然に続く会話は、なんとなく学生的なノリを思い出す。てか、また二人で被って言うもんだから、マジでダンキに聞こえたよちょっと。 「なんで俺の名前は呼ばないんだよ!」 「ダンとレイキでダンキ。ちゃんと呼んでるじゃんか」 「納得いかない!」 目の前で騒ぐレイキは、どことなく遊と似ているような気がした。ダンの方は一応最後まで名前を言い切っているとかなんとか文句を言っているが、ここは敢えてスルー。追いついたダンに声をかけると、レイキとは対照的に柔らかい笑みを浮かべてくれた。 「つーか、またこんな深く被ってさっ」 突如伸びてきたレイキの腕を避けることができす、ぱさっ、と小さく音をたてパーカーのフードが外された。室内とはいえ、一気に明るくなった視界が、眩しい。 青地で少し大きめのパーカー。暗黒星雲で用意された服の中で、これが一番気に入った。普段からフードを被る様にしているけど、それはここを離れた時、内部の人に顔を覚えていられたくないからか。それともただ単に顔を見せたくないだけか。誰に、見せたくないんだろう。自分でもよく分からない。 「眩しい…」 「お前そんな格好ばっかしてるから男と間違われるんだぜ?」 「「間違えたのはレイキだけだけどな」」 「……。」 失礼しちゃうぜ全く!!! 男の子だと間違われ、無駄にレイキに絡まれたのはいい思い出だ。お、お前がそんな紛らわしい格好してるから…!と慌てて口篭った彼の姿は、まさしく世に言うツンデレというものだった。…いやちょっと違うかもしれない。 どうせ二人しかいないし、被り直すのも面倒だ。少しだけ乱れた髪を手ぐしで直し、欠伸を噛み締めた。 「二人これからどっか行くの?」 「ああ、ジェミオスの調整にね」 「これから大きなバトルもあるみたいだし」 「ほー…」 「美羅もどうだ?」 「一緒に特訓しないか?」 「んー…。遠慮しとく、眠いし」 大きなバトルとは、あのチャレンジマッチのことだろうか。だとしても、答えは否だ。とても体がそれどころではない。 「そっか、じゃあまた今度な」 「廊下で寝るなよ」 「なめてやがるっ…」 だけど、疲れているのは確かなのでさっさと休もう。二人と別れ、覚束無い記憶を頼りに自室へと足を進めた。 ◇◇◇ 三度ほど間違えて、ようやく辿り着いた自室。の、前にこれまた珍しい人物が。 「やあ翼さん、出待ちかい?」 「…やっと戻ってきたか」 身を預けていた壁から離れ、呆れ顔を向けてきた翼。事情を知っているから何も気にはしないが、任務以外ではあまり翼のことは見かけない。…普段何してるんだろうか。あとツッコミも無しか。 翼との会話にはどこか落ち着くものがある。多分、確認はしてないけどまわりと比べて歳が近いってのもあるんだろう、きっと。 「んで、どうした?」 「大道寺が「行かない…行かないからなっ…!」いいから聞け」 しまった…!翼がいるってことはどう考えても任務関係のことじゃないか…!あの野郎ふざけろ!ろうどうきじゅ…基準法?が泣くぞ切実に!! 「明日の任務は俺とお前で行くことになった。だから、明朝、準備ができ次第エントランスに来てくれ」 「あー…明日ね。内容は?」 「それも明日話す。…どうせ今話したところでお前何も覚えてないだろ」 「うーん…そろそろ世界がチカチカする」 落ちそうな瞼を必死に抑え、明日・朝・エントランスという三つの単語を頭に刻んだ。中途半端な時間だけど、今寝たら朝まで起きない気がする。 要件はそれだけのようなので、無意識に足が自室へと向かう。呆れながらも、大丈夫かと労いの言葉をかけてくれるあたり翼はやはり紳士だ。わざわざ一言断りをいれてから扉を開けてくれた。 「じゃあ翼さん、覚えてたらまた明日」 「確実に覚えててくれ」 「おやすみー…」 「…ベッドで寝ろよ」 扉を閉め、倒れこむようにベッドに飛び込んだ。 ストッパーが外れたように、一気に疲れが襲ってくる。なんかもう、何も考えられない。いろいろ考えたいことがあったのに、フェードアウトしていく視界と節電モードに入った頭では、とても考えられそうになかった。 取り敢えず、遠のく意識に身を委ねるばかりだ。 あ、目が覚めたら今朝食べ残したパンを食べよう。 20120308 ← ×
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