アイリス


暗黒星雲の潜入捜査を開始してから、数日が経った。やはりというか、そう簡単に情報が得られるはずもない。分かってたことだ。
大道寺から与えられる、極々簡単な任務をこなす日々。特に目立ったこともないこの現状は、暗黒星雲内部の情報を得ようと行動するには些か静かすぎるくらいだった。騒がしいことがあったとしても、それは天童遊が「つばさつばさ!」と勝負をせがむことくらい。


そんな時だ、彼女の情報が入ったのは。


「おじさーん、それなになにー?銀河達じゃーん」

いつものように天童遊と共に呼び出されたその室内の液晶画面には、鋼銀河や盾神キョウヤといった言わずもがな実力者ブレーダーの姿が映し出されていた。


「そろそろ、我々暗黒星雲にも戦力がほしいと思いましてね」
「え!?ケンチー達仲間にするの!?いくらなんでもそれは無理じゃない?」


同感だ。自分一人で十分という遊の言葉は触れず画面を見れば、映し出されているブレーダー達は皆暗黒星雲、竜牙を倒すべくバトルブレーダーズへの参加を目指している奴等だ。この中から引き抜くというのは、まず不可能な話。

鋼銀河、盾神キョウヤ、湯宮ケンタ、ベンケイ、波佐間ヒカル、氷魔、そして…


「…いえ、意外といるかもしれませんよ。一人くらいは」


大道寺が見つめる画面の一角。
それが何を意味するのか、俺には知る由もなかった。只、そこにいた人物は俺も見たことがある。仲間になど、なるはずもない。


(こいつ、一体何を考えてる…?)


嫌に確信めいたその言葉を、その時の俺は只なんとなく聞き流していた。























唖然とした。

これは、どういうことだ。

大道寺から声がかかり、声の張本人と彼女――中田美羅のいる書斎へと足を踏み入れる。横の遊は両手を広げ喜びを表しているが、未だに俺には現状が理解し難かった。何故、どうして?


「本日から、中田美羅さんは暗黒星雲の一員となりました。お二人とも、美羅さんのことを頼みましたよ」


先ほどまで俺達からの逃亡を図っていた彼女は、一体どこへ行ったのか。確かに、地下の部屋で彼女の逃亡を阻止したのは俺だ。だが、あの時躊躇いなく腕が伸びたのは、彼女がこの交渉を飲むはずがないと確信していたからだ。


竜牙の魅力に気づいたんだね?
やはり銀河達では話にならないし?


そんなことではないだろう。
遊の言葉は、単なる希望であって現状を納得させる的確な答えではない。


しかし、彼女のことは知っているとはいえ、初対面ということに変わりはない。彼女が鋼銀河達と共にいようが、暗黒星雲へと寝返ろうが、正直な話俺にはどちらでも良かった。

只、疑問なんだ。分からない。

彼女の表情は、明らかに納得したようなそれではない。無理強いされたことは明白だ。しかし、それは何故?そうまでして中田美羅という存在を手中に収めようとするのはどういうことだ?



「これでミラランと毎日バトれるねー!楽しみだねー!」


呑気なもんだ。場にそぐわない天童遊の声がこの室内に響く。こいつが何も話さなければ、最早誰もこの空間で口など開けないような空気だ。もちろん無意識だろうが、この明るさに現状救われている。

両手を握られる彼女の視線は動かない。苛立ちとも、諦めとも取れるような表情が崩れることはなかった。




その後大道寺が一言二言口にすると、そのまま彼女は一言も口にすることなく部屋を出て行ってしまった。首を傾げる遊もお構いなしに、だ。

話は終わりということで、俺たちも部屋を後にする。なんとなく、早足に立ち去ったその後姿を探してしまった。明確な理由なんてなかった。おそらく、知りたかったのだと思う。彼女を縛り付けるものが何か。

それともただ単に、彼女が仲間を売るような人物というだけだったのか。


(!)


鈍い音がした。

その音を頼りに足を進め、角を曲がろうとしたところで、思わず足を止める。



「……。」



先ほどの彼女への認識は、撤回しよう。
壁と向き合うようにしゃがみ込み、両手で顔を抑える彼女に感じたのは、興味か、同情か。

少なくとも、今後ここを調査する上で無視できない存在となったこと。それだけは確かだった。




20120226








×