影踏み 目が覚めても、暗かった。 まず瞼を開けて思ったのはそれ。続いて、思い出したかのように後頭部を襲う鈍痛に顔を顰めた。めっちゃ痛え…!! 頭を抑えつつ体を起こすと、部屋として機能するには少し狭い空間だった。第一印象の通り、ぼんやりと暗い。自分が横になっていた簡易ベットの他には、これといって特に何もない。窓もない。唯一の救いは、自分の真横にはちゃんとケアトスがいてくれたということだ。 「………え、っと」 記憶を辿っていくと、行き着くところはどうもまずい、気が。確か、暗黒星雲の下っ端さんに囲まれて、現在進行形で頭痛くて……くっそ手加減なしかよあいつ等覚えてろよ…!! 大体なんでこんなことになってるんだって、そりゃあ……。 ぽりぽりと頭を掻いて、ぼんやりと見える無機質な天井を仰いだ。 「…やばくね?」 まいった、ここなんか見覚えがあると思ったらあそこだ。渡蟹とかが捕まってたとこっ…! 状況を把握したら、胸のあたりが急に苦しくなってきた。どうしよう、どうしよう。 とりあえず、と思って手にかけた扉は予想通りビクともしない。上下左右全部試したけど駄目だった。ですよねえ…。 窓もないし、脱出経路が完全絶たれていることを理解する。するべきこともなく、もう一度硬いベットに座り直した。 (油断してたなあ…) つーかここどこだよ、窓がないってことは地下か…?!…にしても暗いなあ。 手持無沙汰故に人差し指で壁をなぞってみると、ひんやりとした感触が妙に心地よかった。だけど、落ち着く要因にはなりそうもない。 そうだ、いっそ扉ぶち壊していくか。そう思って腰に手を伸ばしてからランチャーがないことに気づいた。…、しまった、取られたか。 ………。 どうしようっ…!!! 深い溜息と一緒に頭を下げると、ふと視界に光が差し込んだ。反射的に顔を上げると、随分と身長差のある、可愛い子と美人さんがいるではないか。 「あー!ミララン起きた、やっほー!」 「……。」 「…ヤッホー……」 ひらひらと手を振りつつ、ああ、やっぱり暗黒星雲か…と再認識した。 にこにこと駆け寄って来る遊の後ろに立つ人物に視線をずらすと、その美しさか現状に対してかは分からないけど、思わず溜息がつきたくなった。まさかここで会うとは。 スラッとした立ち姿。 細められた綺麗な目。 流れるような銀。 紛うこと無き翼っ…!! 良い高さにあったため、思わず凝視してしまった素敵な腰から視線を上げていくと、バッチリと目が合った。普段なら飛び跳ねるほど緊張しただろうけど、それどころじゃなかった。緊張するどころか、体を襲う寒気というか、苦しさは継続している。無言のまま視線を交わしていると、こいつは気にしないで、と遊からの言葉が入った。 「それよりミララン、ここどこだか分かる?」 「わっかりたくねー…」 「暗黒星雲本部でーす!」 「だよねえ…」 両手を広げて笑う遊は、多分何も知らないんだろう。…よかった。でも歓迎されても困るんだよ、こっちは。 項垂れて目線だけをずらすと、二人が入ってきた扉が開いたままなことに気が付いた。 「おじさんが、ミラランに話があるんだってー」 「……。」 「僕たちはそのお迎えー!」 やっぱり、そうだよな。 本当冗談じゃない。 なんでこうなるんだ、ほっとけよこんな餓鬼のことなんて…!見当のつく話の内容に焦りを感じると同時に、苛立ちも募ってくる。以前感じたことのあるぞくりとした感覚を思い出して、頭を抱えた。そもそも暗黒星雲に捕まっていられるほど暇じゃねーんだぞ!! よし、行くか…! 「ミララン…っわ!」 覗き込む遊の肩を押して立ち上がり、そのままたった数メートル先の唯一の出口まで走った。派手に後ろに倒れた遊には悪いけど、大人しく連れられてくわけにはいかないんだ。 内心謝りながらも、あと少しという距離に少しだけ安心した時だ。 体全体が、後ろに引かれる感覚。 しかも右手が、 「いたたたたたっ!!」 痛。 背中に回された右手首をがっしりと握られ、逃げることすら敵わない。こんな大きな手が、遊なわけがない。 もう目の前は部屋の外だというのに。痛えから…!!訴えるように振り返ると、嫌になるくらい綺麗な目に、さらっとした表情だった。 「…手荒な真似はしたくない」 大きく何度も頷くと腕の力が弱まった。手首は繋がれたまま、だが。 これで完全に、絶たれた。 逃がしてくれる気がしたんだ、翼なら。なんだよお前、スパイなんだから少しくらい手抜けよ暗黒星雲の仕事なんて。あ、あと声綺麗ですね。 溜息をついて、遊のぽかぽか攻撃を受け止めた。 ◇◇◇ こつこつ。 こつこつ。 こつこつ。 ぴたっ。 「「……。」」 「…分かったよ」 両隣に並ぶ二人の視線が突き刺さり、仕方なく足を再び動かした。遊に至っては、明るげに話していた口を態々閉じたくらいだ。 まいった。無機質な長い廊下を歩き進める中で、思うのはそればっかりだ。天井を見上げても、床と壁同様に無機質な色が続いている。…そっか、前来た場所とは違うのか。 しかも、翼がいるってことは既に建物の一部は派手に崩壊しているんだろう。再び楽しげに始まった遊の話を聞き流しつつ、自分よりも高い位置にある顔を覗き見ると、うわっ本当に綺麗だなー…。あまりお目にはかかれない褐色肌に目を奪われていると、バチッとその視線が合った。 「なんだ?」 「名前、なんて言うの?」 「…大鳥翼」 「そっか。私美羅、よろしく」 「…そんな場合じゃないと思うけどな」 「まったくだ」 「ちょっとミララン聞いてるのー!!」 前へ回り込んだ遊に行く手を阻まれ、自然に足を止めた。おおっと、申し訳ないことをした。軽く頭を撫でながらごめんごめんと告げれば、腕を組んで可愛らしくむすくれている。でもごめんね、何の話をしてたのかはさっぱりなんだ。 全く、と私達の前を後ろ向きに歩いていく遊に、翼は若干呆れているようだった。…後ろになら、逃げられるかもしれない。右脇にスペースが空いた分そちらに寄ってみると、美少年に眉を顰めたられたので止めた。タイミングか、やっぱり。 「で、僕が言ってたのは、ミラランが仲間になったら楽しいだろうねーってこと!」 「え?」 「そしたら毎日バトれるし!」 「ちょ何それっ、仲間?なんねーよ?」 「ええっ?!ならないの?!」 「五月蝿いぞ坊や」 「翼は黙ってて!」 どこからそんな話が…?なんだそりゃ、なるわけねーじゃん。まあ、話の出処は予想がつくが。仮にそういう話を大道寺が言ってたとしても、私からの同意なんて得られるわけないのは分かってるだろうに。 翼からの視線に気づいてはいたが、口元に手を当て考えを巡らせた。大分頭が冷えてきた分、あの部屋でよりも頭が回りそうだ。遊達を迎えに寄越させるくらいだから、仮に暗黒星雲に留まらざる得なくなっても、今後も遊達とは関わっていけるってことだよなあ。それは多少身の安全は取れている思っていいのか…?どういうつもりだ…? 最後までついて行く気はさらさらないけど、どういう意図で言ったのかは気になる。 「それに……ってうわっ!」 「カニッ!!」 先ほどまでいなかった人物の声と遊の声に顔を上げると、勢いよくぶつかったのか二人が仲良く倒れ込んでいた。渡蟹は遊の下敷きにされる状態で。 あ、これ今だ。 「いったー…ちょっとカニッ!どこ見てんのさ!」 「な、何事カニ!?」 ナイスタイミング…! 体重を後ろへ傾け、一歩だけ後ろへ下がり足に力を入れた。一番難関だろ思われた翼も、今はこっちに見向きもしてない。 じゃあなお三方。 どうか次に会うのはこの建物の外でと願うよ心から。 「お前等…さっさと起き……っ!」 「だって翼、…ってあー!」 伸ばされた腕に今度は捕まらない。誰も視界に入らないのを良いことに、全速力で駆け出した。 20120123 ← ×
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