ほら、勘違い あ、中田美羅じゃん! そう届いた声に顔を向けると、少し先の店頭のテレビに食いつくよう集まっている子供達がいた。 「かっけー」「俺もバトりてー!」とか、こっちまで届くくらい口々に行った後、誰か一人の「大会始まるぜ!」に全員で駆け出していった。 …大会か。うん、非常に気になる。 だけど、なんとなく足はそのままさっきまで賑わっていた位置へ。画面を眺めれば、マイクを向けられた人物はいつもよりどこか緊張した顔つきで笑顔を浮かべていた。 {えー…前回の鋼銀河君に続き、今回は中田美羅さんにお話を伺いたいと思います!} 急に出された自分の名前に一瞬驚くも、すぐに納得した。ああ、そっかあの時のやつかー…、思い出した。なんだっけほら、ブレーダーDJが司会してた、なんかあれなやつ。 {今人気急上昇中のブレーダーに、突撃取材だ!} 「そう!それだ!」 ビシッと画面を指差すと、横を過ぎた人に不思議そうな目で見られた。…ちょっと恥ずかしい。おずおずと視線を躱し画面へ向き直れば、簡単な挨拶をが交わされていく。少しは慣れたんだろうか、さっきよりどこか緊張が解れているように見えた。 {数少ない女の子ブレーダー!、繰り出す技は水の舞。自由気まま、且つ大胆。そんなバトルスタイルで人気の美羅選手だが、何かバトルで心がけていることはあるのか?} {そうですねー…、そりゃあやっぱり楽しむことでしょ。自分も、もちろん相手も。というか、それが一番大事かな。自分にとっては} ああ、らしいな。 釣られるように、俺も自然と笑ってしまった。 {なるほど。男女差がなく支持を得てるのは、そんな理由もあるのかもしれないな} {あはは、光栄です} {すばり、今注目してる選手は?} {注目…、そうですね、…皆すっげえ強いけど…今一番力をつけてるのは、ケンタかな。湯宮ケンタ。そういった意味では一番気になる。うかうかしてらんないですね} なるほど、確かにそうかもしれない。 ケンタはぐんぐん力をつけてるし、美羅だけじゃなく、俺だってうかうかしてられない。三ヶ月後には、皆どんだけ強くなってんだろう。 ……あーっ!!三ヶ月って長いな!!そう思って頭を掻いても、画面は乱れることもなく、普段通りのやる気があるんだかないんだか分からない好敵手の顔を映している。 どこで撮ってんだろうなー…これ。 {じゃあ、最後の質問いいかな?} あ、もう終わりか。 束の間だったけど、一人旅にこういう機会は地味に嬉しい。沢山バトルできるのは嬉しいけど、今まで毎日会ってたような奴らと、同じ目的のためとはいえしばらく会えないんだもんな。…ああ、氷魔とかもどうしてんのかなー。 氷魔がこれ見てたらさぞかし喜んだだろう、なんて少し思った。そして美羅は心底嫌がっただろう。 うんうん。 {それじゃ、最後の質問!バトルにおいて、美羅選手が信頼するもの「銀河?」 「え?」 明らかに、画面越しではない声だったぞ。首だけずらして見ると、肩の荷物をずるっと下ろして目をぱちぱちさせている姿、が。 お互い何も言えずにそのままでいると、美羅の視線が徐々に俺の顔から外れていく。そしてそれが俺の正面に行き着くや否や、びしっと引き攣る口元。 {美羅選手、どうもありがとうございましたー} 静寂を裂いたDJの声なんて、今じゃとんだ逆効果だ。 「……。」 「……。」 えー、と。 どちらからということなく、くしゃりと顔が歪んだ。 「「えへへ」」 とりあえず、言い逃れはできなさそうだ。 ◇◇◇ 「そりゃ災難だったなー…」 「いやもう、マジで…」 がくりと項垂れた背中から、痛いほどその苦労が読み取れた。その俯き具合と比例して俺の口元も徐々に引き攣っていることを、多分美羅はまだ気づいてないんだろう。 「アイツ…親かよっ…私のっ…!」 「まあ、氷魔だしさ」 「…氷魔だしな」 そこで、お互いに長めの溜息をついた。 どうやらここに辿り着くまで、いろいろと大変だったらしい。 美羅の口から発せられる、「ちゃんと食べてますか?」「まさか野宿なんてしてませんよね?」「夜遅くまで出歩いてませんか?」という氷魔の言葉が、音声付きで容易く想像できたことに自分でも呆れてしまった。 いやまあ、心配する気持ちも分からないではないが。 未だに脱力しきった様子の美羅に、取り敢えず別の話題を振ってやらいないと…!本能的にそう感じた末、思い出したのはやっぱりさっきまで散々美羅が恥ずかしがっていたテレビの内容だった。 あ、そういえば。 「美羅の信頼するものって、なんなんだ?」 ぱちっと数回瞬き、ああ、と納得したように、美羅は気だるげに丸めていた背中をを少し伸ばした。 「さっきの?」 「ああ」 「さあね。自分って言いはしたけど」 「へー……、え?」 やっぱり、どこまで本気なのかさっぱりだ。 思わず肩を竦めると、にひひっと独特の笑い声に続けて、美羅は何か思いついたように声を弾ませた。 「でも、自分より銀河の方が信じられるな」 「え?」 まさかの回答に、ずっこけた。 「なんで?」 「だって、銀河の決定は正解だからだよ」 「…え?」 (どういう、意味だ?) 言っていることが、よく分かんねえよ。 そのままの気持ちを美羅に向けると、「あ」の声を境に、途端に美羅の表情から笑顔が消えた。それどころか、さーっと青ざめていくのが分かった。まるで、そう、取り返しのつかないことでもしたかのような顔をして、手で口を覆っている。 そんな姿を見たら、俺もなんだか口を開くのを躊躇ってしまった。でも多分、美羅は俺以上に居心地の悪さを感じている。 僅かな無言の空白を埋めたのは、申し訳なさそうに眉を下げた、美羅の引き攣った笑みだった。 「…わり、何言ってんだか」 俯いて髪をぐしゃりと乱すその声色とは裏腹に、覗き見えた瞳は酷いくらい揺れていて、どきりとした。泣いてるのかと、思った。 そうじゃないと気づくと、無意識に入っていた力が抜けた。 さっきまで狼狽えていたくせに、俺自身が落ち着くと今度は、逆に泣いてくれても良かったんじゃないかと考えてしまう。理由すら、もう聞きづらい。意図してるんだろうか、逃げられた。 前にもあったぞ。こんなこと。 「ああ、なんかさ」 慌てたように付け加えられた言葉に、意識をもう一度目の前に戻した。どこか視線を泳がせてる辺り、美羅もなんとか話を摩り替えようとしているんだろう。いや、今更追求なんてできるはずもないけど。 「夢だったんだ」 「…何が?」 「ここにいることが」 「え?」 何度目か分からない疑問符を口にすると、美羅はどこか遠くを見つめたまま、困ったようにきつく目を閉じた。 「でも、叶えちゃダメだったのかもな」 「なんで?」 「なんとなく」 絶望とも、不安とも違った表情がそこにはあった。ただ、怖いくらい真っ直ぐな瞳が深い黒に染まっている。涙が零れたって、何の違和感もない。 「なんでだ?」 そう聞き返しても、美羅は何か言いたげに曖昧な笑みを浮かべているだけ。 時々、分からなくなる。 美羅が、ものすごく小さく見える。距離感が、掴めなくなる。 それが不満なのか、今度は俺すら分からなくなる。 「叶えちゃいけない夢なんて、あるのか?」 違和感。 拭えない違和感。 これは一体、なんだ? ぽかんと口を開けた美羅は、ハッとしてから喉の奥を鳴らした。それから、大爆笑とでもいうかのようにお腹を抱えて笑い出した。え、なんだよそれ! 「ぷくくっ!…ありがとう」 「なんで笑うんだよ!」 「嬉しいからさ」 「嬉しい?」 「うん、やっぱ銀河好きだなあ」 「なんだそりゃ…」 「うん、ありがとう」 急に真っ直ぐに見つめられて、今度は俺が吃驚した。あれ、美羅ってこんな風に笑うんだっけ? また何か、妙な違和感が絡みついた。 怒ってる?…いや、違う。そうじゃなくて。 「もう行くわ、」その言葉を聞くや否や、よく分からない感情が全身を駆け巡った。一歩踏み出しかけるその姿に呼びかけると、くるりとこちらに向き直ってくれた。首を傾げ、言葉の続きを待ってくれている。 「なんかあったか?」 明るいとは言えなくて、それでも視界を悪くするにはまだ早い金色。いつの間にか、灰色と微妙に混ざり合った光が差し込んでいた。 別に重くもない沈黙を破ったのは、なんだか今日一番と思える笑顔だった。 「なんもねーよ」 なんも、ないんだ。 俺の勘違いか。 「ああ、でも少しお腹空いたかもなー」なんて言葉まで付け加えて、美羅は今度こそ歩き始めた。じゃあ、なんて言葉に俺も同じように返した。 違和感、な。 …女の子は微妙な年頃ってやつなんだろうか。まどかとか、ヒカルだったらまた違ったのかもしれない。そういえば、あの二人も元気にしてるのかな。ああ、そういえば俺も…。 頭に浮かんだハンバーガーに、小さく腹が鳴った。 「勘弁してくれよ…」 視界に飛び込んできた集団に、思わず溜息が零れた。怒りすら湧いてこない。 暗黒星雲って、実は暇なんじゃね? 皆して同じ服着ちゃってさー。仲良きことは素晴らしいですね本当。ざっと見たところ、そこまで手こずりそうではない。いいや、さっさと片付けよう。 というか、なんだよ急にこいつら。 いつかで予想できていた分、まあ、驚きは少ないが。 既にスタンバっている相手にケアトスを構えて、ランチャーに手をかけようとした瞬間。 掛かった、影。 「ん……ッ!!」 (は……?!) 首元の激痛に、世界が歪んだ。 ふざけやがって。 倒れ込む世界にそう悪態を吐いて目を閉じた。 ((何か間違っていたのかな)) 201112118 ← ×
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