くすぐったい視線




「………。」


おい誰か、


「(じーーっ)」


答えてくれ…!


さほど賑やかとは言えない大通り。真っ直ぐに道なりを進んでいくなか、数秒の間隔をもって後ろをちらりと。
体全体で驚きを表してくれたその人物は、慌ててビルの隙間へと身を滑り込ませた。数秒待ってみると、ちらりと顔だけ出して、こっちの視線に気づくとまた引っ込めた。(いや、目合ったよ。)


とりあえず、再び道なりを歩き始める。
えっと、これは、あれだ。


辺りを見回してみるが、残念ながら今の状況を納得させてくれる人物は見当たらなかった。

つまり。




(私か……っ!!)




何故に追われてる…?!
随分を熱い視線じゃないですか奥さん…!!

理由はどうあれ、何だかこの状況軽くショックだ!意味もなく。
振り切ることはできた。ポイント狩り辺りだったら、さっさと撒くつもりだったのに、あの姿を見てしまったら次にするべき行動が分からなくなってしまったわけで。

見間違うわけないよなー…、あんな個性的な、ね。



よし。




ぴたりと、足を止める。




走るか。



ダッと地面を蹴った直後、「あ!!」っと後ろから響く声でさらに確信を得た。聞き間違いはないな、だって、とっても綺麗な声だ。

曲がり角をぐるりと曲がって、すぐの壁に背中を預ける。徐々に音を増す駆け足に、腕を組んでからすっと息を吸った。


来る。

来る。



来た。



わっ!!
ぎゃーーっ!!!


あまりにも上手く行き過ぎた展開に、座り込んだ彼へ向けて大満足の笑みを浮かべた。








「っぷはっ…死ぬかと思った…!」
「わりわり!」


隣に座る少年、暁宇宙は肩で息をしながらも、なんとか落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。手渡した缶は既に中身を飲みきってしまったようで、それを握っていた右手は勢い良く下げられていた。いやあ、まさかこんなに引っかかってくれるとは逆に予想外。


「悪かったな!なんかこう、本能がやれと言ったんだよ!ああしろと!」
「恐ろしい本能の持ち主なんだな…」


両手を合わせてから、気づかれないようにふうっと息をついた。
あのままにしとく訳にもいかないし、側の公園のベンチまで来たのはいいとしてだ。
さて、なーんで追われていたのかな。視線を外して悶々と考えていると、今度は間近で、再び効果音がつきそうなほどの視線が送られていた。


「ど、どうした?」
「お前、中田美羅だよな?」
「ん、そうだけど」


その答えに、宇宙はぱあっと星が煌いたかのような笑顔を見せた後、一瞬考える仕草をして(あ、可愛い)、あの真っ直ぐな瞳で私の瞳を射抜いてくれた。



「男?」
「見える?」
「いや、見えない」
「男だよ」
「やっぱり!!」
「嘘だけど」
「嘘なのか?!」
「どっちでしょー」
「えええ」
「女だよ」
「えええええ!」



流石に外見で男に間違えられたことは、ない、…はず。やっぱりってなんだよ、やっぱりって。


「お前、すっげー強いんだろ?」
「どうかなー?そうだったらいいな」
「周りの奴等が言ってたぜ!でも、そんなに強い奴だったらもしかして本当は男なんじふぇないはっへひへーほ!」


純粋な瞳で言ってくれるぜこの子。
片手を伸ばして頬を引っ張ると、おお、伸びる伸びる。ふにふにだ。男に間違えられるのは別にそこまで気にしないけど、何だか皆まで言わせるのは癪だったんだ。

「何すんだよ!」と、両手で頬を抑える宇宙が食って掛かってきたが軽くスルーして、ぐっと伸びをした。ああ、結局追ってきた理由まだ聞いてないや。


「んで、暁宇宙はどうして私を追いかけてきてたんだ?」
「俺のこと知ってるのか?!」
「もちろん。惜しかったねさっきの大会」


再び星を煌かせた宇宙に、耳やら尻尾やらが見えたのは黙っておこう。何この子超可愛い…!!
ハッとして首を振った宇宙は、立ち上がって私の目の前に回り込ん来た。その動きを目で追っていると、





「そういうことなら話は早い!、俺と勝負だ、中田美羅!!」


「えええええ」





唐突な挑戦状を叩きつけられた。
一呼吸置いてからのリアクションを気にせず、やる気に満ちた表情で早口に言葉をまとめていく彼の言い分は、こうだ。


「大会で優勝したお前に勝てば、つまりは俺が一番ってことだ!!」
「えええええ」


そういうことかーい。
妙に納得して、思わず苦笑いを浮かべてしまった。素敵な結論だ。あー…なるほど。
確かに、さっきの大会で優勝を収めることはできた。まあ、皆いなかったしな。

ぼそりと言いそうになった言葉を、何とか飲み込んだ。



理由は納得。
まあ、そういうことなら。
断るわけ、ないし?

ニヤッと、孤描いた。



「いいよ、受けて立つ!」



また星が煌いた。



◇◇◇



「……。」
「そんなむくれるなって!」


結果は全勝。
こっちは楽しかったけど、あっちとしてはそうでもなかったみたいだ。そりゃそうか。
にししっと背中を軽く叩くと、はぁーっと溜息の後にだぁーっ!と声を上げてくれた。おもしろいな、この子。


「何で上手くいかないんだよー!」
「シューティングスターアタック?」
「そうそれ!」
「あんなの、私だってできないよ」


ベイパーク内は、人で賑わっていた。
連戦で正直まいっていたから、バトルを続けようとする宇宙を無理やり隅の椅子に座らせた。間近で見てみるとやっぱりすごいもんだ、よく飛ぶしよく跳ねるし。
銀河の必殺転義を完成させようとしてるってことは、ケンタとはまだ会ってないのかもしれない。

薄ぼけた記憶の中で、これから彼が編み出すであろう必殺転義を思い出す。真っ赤な、光。


(こりゃ、強敵になるかもな…)


何だか嬉しくなって、声は出さずに笑ってしまった。早く見たいなあ。


「こんなんじゃ銀河に追いつけないぜ…」
「頑張れよ、一番弟子」
「む…」
「自称」
「うるさい!」



再び頭を抱え始めた宇宙を一瞥し、出かかった言葉。
だけど、いいや。
別に最後まで言わなくても。いつか気づくだろうし。


「宇宙は、そうだな」


首を傾げた彼と視線は合わせずに、それはスタジアムへ。


「別に銀河と、お揃いじゃなくてもいんじゃね?」
「で、でも、それじゃ銀河に追いついたことになんないだろ!」
「でもさ、宇宙のシューティングスターアタックが完成した頃には、既に銀河は別の必殺転義編み出してるかもよ?」
「うっ」


正に今気づいたと言わんばかりに大きく揺れた肩。項垂れる姿に、にししっと笑いを零す。



「同じ道だと、抜かすのも並ぶのも疲れちゃうって」



私が言うとどうも真面目さが欠けるかもしれないが、まあ、そう思ってるんだから仕様がない。
追いかけるのが嫌い訳じゃないんだ。






俯いていた表情が、いつの間にか上がっているのに気づいたのは数秒後だった。
だんまりな宇宙へと視線を戻すと、意外にも近距離にあった瞳に驚いた。先ほどとは違った感じでまじまじと至近距離で見られ、その近さに驚きながらも、なんとなく目が逸らせない。



「ど、どうした?」
「美羅ってさ、綺麗だよな」
「ハッ?!」



な、ななな、なんだと?!
未だ整理のつかない頭で目の前の彼を見つめると、何の恥ずかしげもなく、さらりとした表情を浮かべていた。


「なんかこう、真っ直ぐというか…」


「うん、何か綺麗だ」と、再びそんな恥ずかしいセリフを言ってくれちゃった宇宙は、それはそれは満面の笑みを浮かべていた。

そんなこと、言われたの初めてだ。っえー…天然こわー…。
これは、褒められてるんだよ、な。

無意識に顔に集まった熱に、頬を掻いた。嬉しいけれども。
視線を彷徨わせた後、くしりゃりと表情が崩れる感覚が。


「ありがとっ」


ああ、上手く笑えてないな絶対。
なんだこれすっげー照れる。口元が引き攣るような感覚に、嬉しさと恥ずかしさみたいな何かが混ざり合っていった。



そして、妙な間。
何の反応もない宇宙に視線を向けると、ぽかんとして固まっていた。石の如く。え、お前何見てるんだ。ん、なんで?


「宇宙?」
「、え、あ、うわわ!!」
「ちょ、大丈夫かお前」
「いってー…!!」


盛大な音を立て、勢い良く後ろへ倒れた。
うわ、痛そう。じゃなくて、なんだ急に、どうしたんだ宇宙。


「何してんだ?」
「ななな、なんでもねえ!」


慌てて両手をぶんぶんと振るその表情は、それはそれは真っ赤に染まっていて。
その姿を見た途端、思わず吹き出してしまった。


「大丈夫だって、誰にも見られてねえよ」
「え?!あ、そそ、そうだな!」
「、随分間抜けに落ちたなぶぶっ」
「笑うなーー!!!」


込み上げてくる笑いに、そろそろ腹筋が痛くなってきた。お、なかなか鍛えられたんじゃないかこれ。
笑いと騒ぐ宇宙を抑えるためにも、何とか開いた口から「まあ」と話を切り出した。ぴたっと止まった宇宙に続いて、私も息を整えた。



「宇宙にしかできないこと、やったほうがいいよ」
「俺にしか…?」
「うん、そっちの方が格好良い」
「俺にしか……



…え?」



再び止まった宇宙の目の前で、ひらひらと手を振ってみるがアウトオブ眼中のようだ。二回目といっても、流石に驚く。
軽く握っていた拳すら、力を抜くことを忘れているようだ。


(分からねえ…、タイミングが分からねえ…)


どうしようかと頭を掻いたところで、時計を見ると、もうそれなりにいい時間だった。
次の街にも行かなきゃいけないし、そろそろ行くか。名残惜しいけど。かーなり名残惜しいけどっ。


「宇宙!」
「…え?!あ、おう!」
「なんだそりゃ。私そろそろ行くよ。次の大会もあるし」
「ええっ?!…あ…分かった」
「頑張れよ、一番弟子!じゃな!」


ぽんっと肩に手を乗せてから、入り口へと足を進める。数歩歩いたところで呼び止める声が聞こえた。首だけ振り向くと、そこには未だ慌てた表情。




「また会えるよな?!」




ニヤリと、笑った。



「今度は決勝戦でな」



扉をくぐってから気づく。あ、もしかしてここってあの街なのかもな。待ってればケンタと会えたかも。ぼんやりとそんなことを思った。




(格好良いーー!!)




ベイパークに響いた彼の声を、私は知らない。



20111010








×