それぞれの道 {合言葉は、GO!バトルブレーダーズ!} 「ナンバーワンブレーダーを決めるトーナメントか…、確かに、全ブレーダーの夢なんだけどね」 そう言ってまどかがテレビを消すと、場を包んでいた賑やかな音が消え去った。 裏を知る、ってのは少し変な言い方かもしれないが、実際、影で操る暗黒星雲の存在を知っているからとても手放しで喜べる状況じゃなかった。 「暗黒星雲か…」 「まさか、こんなことで実現するなんて」 「なんだか納得いかんわい!!」 「まあ、奴等の狙いは検討がつく」 全員が不満を示す中で、既に真っ暗な絵しか写していないテレビを眺め続ける奴が、一人。振り向いたかと思うと、口にはだらしなくストローが咥えられていて、一瞬拍子抜けしてしまった。 いつもよりぼんやりしがちな理由を聞いたところ、本人曰く、暑さには弱いらしい。確かに、今日は気温も高いそうだ。片手に握られた炭酸飲料は、気泡が浮いてて少し綺麗だと思った。 奴等の狙い。それは俺も分かってる。大会に強力なブレーダーを集め、竜牙と戦わせて、相手のパワーをエルドラゴに根こそぎ吸収させる。 口に出してそう言うと、皆が頷いた。 「そんな危険な大会認められないわ!私、WBBAに掛け合ってくる!!」 「無駄だ。既に各地で予選大会が始まっちまってる」 「何だかんだ言ってノリ気だよなあ。WBBAも」 キョウヤと美羅の言葉に、まどかは不満そうに足を止めた。 俺も、今更止めるってのは無理だと思う。既に始まったとか、今更とか、そんな難しい問題ではなくてだ。一度ブレーダー魂に火がついた奴等を、止めることなんてできるわけない。 このままじゃあいつ等の思う壺じゃない?!、というまどかの言葉はその通りだ。 だけど。だけど、だ。 「けど、そこに行けば奴がいる」 この大会は罠とか、落とし穴とか、そうじゃない。 俺にとって、これはアイツと戦うための、辿り着くための道なんだ。 「最短ルート」 声の方向を向けば、促すようににんまりと口元が上がっていた。それに頷き返して、真っ直ぐに前を見据える。 「これは竜牙を倒すチャンスでもあるんだ」 負けるわけにはいかない。アイツには、絶対。 なんとしてでも、辿り着かなくちゃいけないんだ。 だからこそ。 「俺はバトルブレーダーズを目指すぜ!!」 今俺にできることは、それだ。むしろそれしかない。いいじゃねえか。逃げるどころか示されるんだったら、真っ直ぐそこへ向かっていける。 「ちょっと…ねえ!美羅も何か言ってよ!」 その言葉に、自然と視線が美羅に集まった。予測してなかったのか、目が合うや否や、五人分の視線から目のやり場に困っている。 考え込むように視線を上げ、頭を掻く仕草。そういえばよく見る。癖なのかもしれない。 すっと視線が戻ってきた時には、なんともまあ、へらりと。 「いやあ、楽しみだなあ。バトルブレーダーズ」 「おいおい全然楽しそうじゃないぞい」 「美羅…」 場にそぐわなすぎる言い方は、がくっと全員の力を抜けさせた。あのキョウヤでさえもだ。 にひひっと笑ったかと思うと、まあ、と美羅は言葉を繋げた。 「私も出るよ、バトルブレーダーズ」 また少し、空気が強張った。 「そうこなくっちゃな」 釣られてニッと笑って見せると、美羅もあのニッとした笑みを見せてくれた。 と、思ったんだけど。 ふと胸に過ぎった、何か。 まどかの慌てた声と、美羅の曖昧な返事が耳を通り過ぎていく。不思議に思って首を傾げてみても、心を擽る妙な違和感が拭えなかった。 「えっと、バトルブレーダーズの参加資格は五万点以上…俺は三万ポイントも足りんわい…」 うな垂れるベンケイの言葉に、ハッとした。そうだ、只出場できるわけじゃないんだった。 ベンケイ同様に肩を落とすケンタは、あと四万ポイント。皆は驚いていたけど、俺だって一万ポイントも足りない。 順番的に美羅へと答えを求めれば、未だにストローでジュースを啜りながら『36520』という、また中途半端な数字を映すポインターを突き出してきた。………約、一万五千ってとこか。 「くそお!あいつ等無茶な条件だしおって!!」 「無茶でも何でも、やるしかない」 「なら、次にお前らと会うのはバトルブレーダーズの会場だな」 先ほどまで口を閉ざしていたキョウヤが、楽しそうにそう言った。腕を組んで、見ただけでも上機嫌なのが伺える。珍しく笑うキョウヤに皆も少し驚いていた。 キョウヤ曰く、大会に参加すれば、大道寺の野望をぶっ潰した上に、最強ブレーダーの称号まで手に入る、と。なるほど、確かにこんなにおいしい話はない。 キョウヤの視線が、カチンとぶつかった。 「覚えておけ銀河、お前を倒すのは竜牙でも遊でもない。この俺、盾神キョウヤだ!!」 「キョウヤ…!」 「安心しろ。お前を倒した後には、竜牙ともきっちり決着をつけてやらあ」 「悪いが、それだけは譲れないぜ。お前のレオーネにも、竜牙のエルドラゴにも、勝つのは俺のペガシスだ!!」 ペガシスを握り、ぐっと突き出した。嬉しくて堪らないんだ。確かに、いろんなものが渦巻く大会だ。だけど、こうして最高のライバル達を戦える。熱いバトルができる。その事実が、どうしようもなくバトルへと駆り立てる。 もちろん、戦いたい相手は竜牙やキョウヤだけじゃない。ずらした視線の先、気の抜けた表情にもだ。 「もちろん、お前にもな!」 「…そりゃー大変」 たっはー、と効果音付きの笑顔。 飲み終えたのかコップは手元を離れていて、残ったストローだけが口元でぶらぶらしていた。 「…あ、あのね、銀河」 見かねたのか、無言のままキョウヤが思い切りそれを引っ張り取り上げ、ゴミ箱へと投げ捨てる。恨めしそうにキョウヤを睨む美羅を視界の隅に収め、呼ばれた声に振り向いた。 「僕も、バトルブレーダーズに出る!!」 「ケンタ?!」 辿り着けないかもしれない、僕なんか通用しないかもしれないと言葉を濁しているのに、それは真っ直ぐに伝わってきた。 自分もブレーダーだからこそ、どこまで行けるのか試してみたい。そのケンタの言葉に、胸のあたりが一気に熱くなった。燃えてきたんだ!ブレーダー魂がっ!! 「もし三人と同じ舞台に立ったら、その時は全力で戦ってよね!」 「当ったり前だぜ!」 「全力でいいんだな。…後悔するなよ?」 「泣くなよー、ケンタ」 ケンタが頷くと同時、ぶるるるる…と独特の唸り声。 「何だか燃えてきたぞい!!俺もやってやる、目指すはバトルブレーダーズじゃい!!」 よし、と一呼吸。 これで、揃った。 「ちょっと皆!自分が何言ってるか分かってんの!それって、罠の中に自ら飛び込んでいくってことなのよ!!」 「もちろん、分かっているさ!」 「だけど、もうこの気持ちは止められない!」 「ベイ魂に火がついちまったのは、俺達も一緒なのさ!」 「そんな…」 さあ、出発だ。 「ちょっと!ちょっと待ってよ!」 夏真っ盛りの、じんわりとした暑さが全身を包む。横に並んで歩き続ける自分達の前に、まどかが息を切らして立ち塞がった。悪い、とか、ごめん、とか。心配ばかりかけているのは分かってるけど、今回もまた、それだ。 「ねえ!本当に行っちゃうの?!」 「お土産買ってくるよ、まどか★」 「なんでそうなるのよ!」 キリっとして親指を突き出す美羅の冗談に、まどかはツッコむ余裕もないみたいだ。いや、アイツの場合本気かもしれないが。 反対を求めるように向けられた目に気づいて、うっと一瞬息を呑んだ。なんとなく見ることができなかった。だけど、答えは初めから決まってる。真っ直ぐに、前を見つめたまま。 「ああ、この町を出たときから、俺たちはただのライバル同士だ」 「だがその前に!」 「思い出のあの場所で!」 「バトルブレーダーズでの再会を誓う、惜別のラストバトルじゃ!」 「行くか!」 思い出の場所、ベイコロッセオ。 ケンタやベンケイにとって、すごく思い入れのある場所だ。真っ先に駆け出した二人を追いかけ、俺達も走り出した。 ◇◇◇ 「あー、きたきた」 天井のない吹き抜けの開放感。中央の舞台まで来ると、聞き覚えのある声が響いた。同じような声色で、隣からぼそりと「あー、いたいた」と聞こえたような気もしたが、ツッコミはしない。 声の主は、顔を確認しなくたって分かる人物。只、場所が場所なだけに驚きだ。 「氷魔!どうしてここに?!」 「貴方の考えることくらい、お見通しですよ」 氷魔は昔から勘のいい奴だけど、そんな読まれてるのか俺、それはそれで複雑な気分だ。 「それより幼馴染の僕に黙って行くなんて、銀河こそ水臭いじゃないですか」 「いやあ…」 「ほーんと、美羅さんもですもんね」 「あはー…わりわり」 氷魔の登場だけでも驚いたのに、その言葉に釣られるように、今度はオサムやタカシ、アキラまでが姿を現した。 「そのバトル、私も入れてもらうぞ」 次に背後から響いたのは、女の子の声。それはつまり「ヒカルウウウウウウ!!!」……だ、そうだ。 ぶんぶんと大きく手を振る美羅の背中越しに、ヒカルの姿があった。す、素早い。反応が。先ほどの強気な言葉とは違い、ヒカルもヒカルで柔らかい笑みを浮かべているように見えた。 そして渡蟹も現れたりなんかして、いつの間にか大賑わいだ。なんだよこれなんだよこれ!! 普通にワクワクするってやつだ。人数が多ければ多いほど、それだけ沢山の奴とバトルできる!! 「よーし!それじゃ皆で、いっちょ派手にやるか!!」 「3」 「2」 「1」 「「「ゴーシューートッ!!!」」」 「それにしても、すごかったねあれ」 「本当に。銀河の奴まさかコロッセオをぶっ壊すとは…」 「まあまあ、いいじゃねえか!」 気づいたときには、もう街の外れだ。つまり、この一歩から始まる。立ち止まると、夕暮れを背にした皆もゆっくりと振り向く。 なんだか、やっと実感が沸いてきた。 「僕、なんかドキドキしてきた」 「なんじゃ、今更弱気か?」 「そんなこと!」 分かりきってはいたけど、大変な三ヶ月になりそうだ。それと、すげえ三ヶ月にも。 「三ヶ月、か」 何やら言い争いを始めたケンタとベンケイを他所に、腕を後ろに組み、ぼんやりとしたその呟きはしっかりと聞こえた。 その表情を見つめると、目は合わない。瞳には夕日だけが映っているみたいだった。 「短いな」 なんか、よく分からない。 「ハッ、てめえも弱気か」 「ほら、私こう見えてデリケートだから」 「関係あんのかそれ」 「にひひっ。でも、ま」 その時、俺は何を思ったのか、分からない。 まただ。何かが、胸を過ぎった。 「本当、短けえよ」 じりっと何かを残す。いつもと違うように見えるのは、夕日に照らされた笑顔だからか。妙に落ち着いたその表情から目を逸らせないでいると、カチッと視線が合った。あ、今度はいつも通りだ。強気で、余裕な笑顔。 「出発、する?」 それが合図のように、きゅっと皆の顔が引き締まる。いよいよ、だ。 「…この先、すっげえ道のりになると思う。だけど絶対」 ぐっと、拳を突き出す。 「三ヵ月後に、バトルブレーダーズで!!」 今、始まった。 歩き出す。 俺たちの、バトルブレーダーズへの道を。 20110805 ← ×
|