逃亡


「おめでとう天童遊君。さあ、君の願いは何かな?」


ざわつく周囲の視線が一箇所へと集まった。何も変わることなく、遊の勝利という形で幕を閉じた決勝バトル。表彰台ともいえるステージで、遊は満面の笑みを浮かべていた。
一時の興奮が冷め、さして興味もなさ気に向けられていた数々の視線が、ぴくっと反応を示す。
多くの夢を破った末に、出される答えは。




「僕の願いはただ一つ。バトルブレーダーズ!」




(きったー……)


ごくっと、唾を飲み込んだ。
あーあ、と漏れそうな言葉を押さえ苦し紛れに空を仰げば、疑問の視線がいくつか投げかけられたが、気にしない気にしない。


「バトルブレーダーズ?」
「ブレーダーの頂点を決める、最大規模の大会だよ。全国の強いブレーダーを一斉に集めて一対一の真剣勝負でトーナメントをするんだ!」


よほど嬉しいのか、受け答えの早さに少し笑ってしまった。一番側で聞いていたDJも、呆気に取られたような顔をしている。

「一対一の真剣勝負?」
「全国のブレーダーだと?」

あ、釣られた。ケンタとキョウヤ釣られた。
そりゃあ魅力的な大会だろうよなあ。…出れるのかしら。…出たいなあ。


「皆だってそろそろはっきりさせたいよね、誰が本当の一番なのか!誰が最強のブレーダーなのか!」
「「「おーー!!!」」」


ノリで振り上げてしまった拳が、なんだかなあ。ざわつく胸の真ん中あたりが、ムカツいて仕様がないんだ。どこを見てもどこを探しても、同じような奴なんていない。

皆、笑顔で。
やる気に満ちてて。
こんな場違いな顔してる奴、いない。


一人だ。寂しい。


「おおーっと!激闘を終えたばかりのブレーダー達に、再び闘志の炎が点火したーっ!!」



賛成だ、早く実現してくれと口々に言う周囲をぼんやり眺めていると、ステージに立つ遊の視線とぶつかった。偶然という割には、なかなか外してくれない視線に首を傾げると、にっこりと微笑まれた。意味分からん。


「それではここに、「バトルブレーダーズ開催決定ですねー!!

「ううわっ?!」
「何?!」


思いっきり跳ねた心臓のために一息つきたいのは山々だが、そんな余裕もなく、巻き上がる風に誰もが上を見上げた。
うっわ吃驚したああー…っ。
ふざけた登場すんなよ、なんのお茶目だよ、どんだけ注目してほしいんだよ。


「あれは…暗黒星雲?!」
「大道寺…!!」


高度を落とし近づいてきたヘリから、呼ばれた名前通りの奴が顔を覗かせ、ステージへと降り立った。手には例の如く、オレンジュースのグラス持って。


「どうしてお前が…!!」
「どうして?晴れてバトルブレーダーズの開催が正式決定したのです。主催者として、ご挨拶しなければ失礼というものでしょう?」


ああ、うっざいな。
しらーっとした視線を向けざるを得ない。奴の隣に立つ遊も、若干冷めているように見えるのは気のせいだろうか。あ、薄笑い浮かべてる。
釣られて引き攣りそうになった口元は、不意に感じた右手の違和感によりその動きを引き留まった。


(…あらら)


握られた手首の先を辿っていくと、仏頂面な横顔とぶつかった。
慣れっこ、は、嫌だな。



「…大げさだなあ」



主催の件について口論の止まない中、手の主に聞こえる程度に呟いてみた。相変わらず表情は変わらない。黙っていると、頬の傷はやっぱり迫力があるななんて、ふと思った。
別に振り向いてほしかった訳ではないからいいが、只の独り言で終わってしまったのは少し悲しい。


何やってるんだろうな、本当。
守ってもらってばかりじゃないか。だけどこの手を振り払うことができるほど、勝手にも勇者にもなれるはずもなく。


「…自分だっせえ」


どうしようもない不快感は、自分に対してだ。
甘えてんじゃねえよ。
今度こそ、本当にかき消される声。



の、つもりだったのに。



「いででででででっ」



思いっきり抓られた。









遊は暗黒星雲の一員でしたとか。
大道寺は皆の夢を叶えたいだけとか。

(も、どーでもいいわ…)

いいぜ、もうやるならやるで決めちゃおうぜ。がくっと肩を落として、出そうになった溜息は飲み込んだ。
早く休みたいってのもあるけど、それより何より、いつまでもキョウヤに手首を掴まれてるのは申し訳ないんだ。


バトルブレーダーズ。
餌。
不死鳥。
決勝戦。



三ヶ月。



なんかもう、面倒くさいな考えるの。自分は一体、何をしてるんだろう。何をすれば、いいんだろう。繋がれた右手を見て、今度はしっかり溜息が漏れてしまった。
何も言うことができない罪悪感とか、この、ぐるぐる渦巻く息苦しさな何なんだ。


いっそ、流れに乗ってしまうか。
激流の只中は、返って楽なのかもしれない。選択されるのは、決めてもらえるのは。考えの放棄は。



楽だな。



「……………。」



ああ、そうか。


逃げてるの、か。



自らの逃げ腰具合に、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
結果的に、それが決して良いものじゃないのは重々承知だ。だけど、逃げたいなあ。
言葉通り、逃げれば勝てるのかは疑問だが。
そもそも何から逃げればいいのだろう。




「美羅ッ!!」
「…ッ?!」




突然響いた声に顔を上げると、視界いっぱいに紫色が広がった。

目が、合った。

それが何かを理解するより早く、反射的に体を大きくずらし、ギリギリかわすことができた。
なんだ今の…?!
恐らくそれの発生源であろう、目の前に広がる崖へと目を向ければ、なんと、まあ、いつの間に。

随分話は進んでたのか、いつ以来の竜皇がそこにはいた。
遠目ではあるものの、しっかりと見えた。明らかに、馬鹿にした笑みが。


「にやっ、ろ…」
「美羅大丈夫?!」


肩を支えてくれまどかに頷き返したが、今ので結構ぶちっと来たぞ。
浮かべてしまった笑みと裏腹に、口元がぴくぴくしてしまう。くそ、どんだけ呆けてたんだ。
それにしても、エルドラゴの目。いやこっっわ。思い出すと、背中が嫌にぞくぞくした。


「…俺とバトルしたければ、貴様もバトルブレーダーズに参加することだ」
「なんだと?!」
「貴様も参加するのか?!」


ざわつく周囲に、遅れた分の会話の流れがなんとなく読めてきた。
竜牙からの挑戦に、銀河が声を張り上げた。


「当然竜牙様は優勝戦にも勝利する……、竜牙様はこの大会で名実共に、ブレーダーの王となられるのです!」
「何じゃと?!」
「皆の夢を叶えたいとか言っちゃって、結局竜牙を世界最強と認めさせたいだけなのね?!」

「もちろん、竜牙にやられる覚悟の上で、参加は自由だよ!」
「ですが、只参加されてもおもしろくありません」
「だよねぇー!」



楽しげに続く会話に、遊からとどめの一言。



「じゃあ、バトルブレーダーズに参加したい人は、ベイポイントを五万点以上集めること決定!」
「「「五万点?!」」」


あまりに突拍子もない数字に、全員が声を荒らげた。あの氷魔でさえ、口を開いて間抜け顔になっている。





「開催は三ヵ月後!」





高らかに振り上げられた手に釣られ、その場にいた多くの人が目線を上へともって行かれた。
いよいよ、言われちゃったよ。思ったより、心臓は穏やかに動いている。


「皆さんの健闘を期待していますよ。…それでは、今日のところはこの辺で」


背を向けた竜牙に対して、少しでも距離を埋めようと、銀河がステージへ駆け出した。
引き止めようにも止まるはずはなかった。


「待て竜牙!三ヶ月も待ってられるか!お前との決着はここでつけてやる!!」
「愚か者が!!」


真っ直ぐにぶつかった互いのベイが風を巻き起こす。勝負なんて見る間もなく、竜牙は素早く手元にエルドラゴを戻し、ヘリへと乗り込んでしまった。


「今の貴様など、倒す価値もない。悔しかったら、バトルブレーダーズを勝ち進んでくることだ」


高笑いで去っていく。
ベタだ。
無理やり飲み込んだ。


「銀河、大丈夫?!」
「あの野郎…前よりパワーアップしてやがる」


嵐が去り、妙な静けさが漂った。
皆が、話している。竜牙と、戦うんだと。



逃げちゃおうか。



「上等だぜ…バトルブレーダーズで待ってるって言うんなら…」



足先だけ浸かって遠くを見つめるより、深く深くに潜ってしまえば、何か変わるんだろうか。でも、そんな姿かたちの分からない運命に身を預けれられるほど、まだ強くはなれないんだ。戦う相手も、抗えているのかすらも、分からない。




「絶対勝ち進んで、アイツを倒してやる!!」




進める限り、進んでおこう。
どうしようもないかもしれないけど、やるだけのことはやるんだ。
やるべきことは曖昧でも、嫌なことはハッキリしているから。



「行くぜ、バトルブレーダーズ!」




命がけで探す”終わり”から

全速力で逃げるために。




「それではここに、バトルブレーダーズの開催、決定だー!!」





20110714








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