孤高の戦士たち


「いっけーリブラ!」
「来るなっつの!」


前方を走る遊、そしてケアトスとリブラをなんとか必死に追いかけた。迫るリブラを躱してはいるが、…ちょ、どこまで行くのこれ。つかなんで遊の奴息すら切れてないんだよ…!!

木々を通り越し、視界に眩しいくらいの光が飛び込んできた。森を出たんだ。そう理解はしたけれど、自分にはやっと遊が止まってくれたことの方が重要だった。

「ぜえ…ぜえ…」
「ミラランって、意外と貧弱?」
「意外とね…」

最近怠けてたからなあ。元々体力はない方だし。改めてその必要性を実感した。なんて、今更だけど。
ぶつかり合う金属音に、伏せていた顔を上げ、にやっと口元を歪めた。
さてさて。どうしようかな、これから。



真っ直ぐに向かってくるリブラを、よけて、よけて。バトりながらここまで来たんだ、ケアトス達だってもうそんな余裕があるわけじゃない。

どうしたら勝てるか。
どんな手が有効か。


「ミラランニヤニヤしてない?」
「してるさ。盛大に」


楽しいなあ、バトルは。
こうやって楽しい瞬間だけは、勝っても負けても構わないなんて、結構都合のいいことを思ってしまったりするんだ。もちろん、始めから負ける気はないのだけど。

矛盾してるけど、それは本心。
どうしても引っかかるものがあるのは、まあ、仕様がない。

もし遊に勝つことができたら、その時は私が、

スタートを出せばいい。


「…なーんて、勝ってから言えってよな!」
「え、何々?!」
「ケアトス!必殺転義!」


え、嘘?!という遊に笑みを浮かべてから、両手を広げた。舞い上がる風に、もう一度にやりと。さあ行くよ。久々に、大暴れしてやれ。


「ディフュージョン・リップル!!」


ぽつん、と波紋が生まれる。
次々に広がる多くの波紋が、異なる波を作り出していった。その波に乗り、不規則に揺らいでいるケアトスが向かう先は一つだ。
当然それを理解している相手は、驚きもしなければ、困ったりもしない。只、満面の笑みが浮かんでいるだけだった。


「すっごいすっごい!!」
「もっと褒めて!」
「んー、78点かな」


思いのほか辛口評価じゃん。


「じゃあ僕も……リブラ、ソニックウェーブ!!」


(来た!!)


ぴん、と一瞬だけ空気が変わった。
それもそのはず、みるみる地面が砂へと変わっていく。分かってたことだ、だからこそ試したいことがある。

一度目を瞑ってから、ゆっくりと開き直した。もうケアトスの目の前には、背後とは違う砂の地面が迫っている。

想像を、形へ。
集中するように、片手を前へと突き出した。


「ケアトス、レインフォール!」


個々で分かれていた波が、一つに集まって弾け、雨のように降ってきた。
不思議そうに首を傾げる遊の髪から、微かに雫が滴っている。そのままゆっくりと滑る雫は、突如響いた大声と共に勢いよく振り払われた。


「うええ?!なんで走ってんの?!」
「水辺はマイホーム!!」


上手くいったあああ!!うわあああ感動!!
古馬村にいた時から、ずっと気になってはいたんだ。水中は無理でも、こいつ、浅瀬だったら結構走れるんじゃ、と。
予想はビンゴ。地面に降り注いだ雨は、只の演出なんかじゃない。砂の上に水の膜さえありゃ、もう水辺と一緒だ。難所だった砂だって、水をかければある程度は固まる。それもさっき、砂を触って思いついた。


驚きの表情から一転、気づくと遊は興奮したように目を輝かせていた。多分、タネが分かったんだろう。


「なるほど、そういうことかー!」
「そういうこった」
「すごいやミララン、やっぱり強いや!……だけど、残念!」


ぱちんと鳴らした指に、降り注ぐ雫からふっと視界が開けてくる。夢中になっていて気づかなかったが、向かう先のリブラは仄かに光を帯びていた。


さっと、血の気が引く。


「ふらぐ…!!」
「リブラ、ラストジャッジメント・インフェルノ!!」


咄嗟に身構えた矢先。
一色に染まった視界で、ぶわっと体が浮き上がるのを感じた。
直後、体を包んだのは先ほどまでとは違う空気。肌に感じる冷たさ。反射的に顔を上へと突き出し、大きく息を吐いた。


「……。」


前髪から滴る雫に顔を顰めると、声を上げて喜ぶ遊が視界に飛び込んできた。














「だーいしょーり、大勝利ー!」


声色高い歌も、今じゃ不貞腐れる要因にしかならなかった。未だ滴ってくる雫に、前髪を掻きあげた。なんであんなところに都合よく湖があるのか。肌に張り付く服が、なんとも不快である。しらーっとした視線を向けると、可愛らしく首を傾げられた。


「風邪引かない?」
「夏だからな」
「疲れた?」
「全然」
「悔しい?」


前を見据えていた視線を、ぎぎっと音を立ててずらした。変わらず可愛らしい笑みに、にへらっと口元が歪む。いや、むしろ歪めた。


「あのままだったら、勝負は分からなかった」
「ふむふむ、ミラランってば意外と子供っぽい」
「やかましい」


正直、何が起きたのかさっぱり分からなかった。だからこそ、釈然としないんだ。悪い意味で、負けた気がしない。遠くで敗北を告げる自分の番号がしっかりと読み上げられ、それは妙に頭に響いた。





上空に浮かぶ飛行船を何気なく見つめ、遊と共に島の中心部にある決勝の舞台へと足を進めた。
海を離れ森を抜け、スタジアムでもある岩山には、もう既に人がたくさん集まっているはずだ。


多分、遊の優勝は揺るがないんだろう。確信に変わった。普通に、今の時点じゃ知る限りでは誰も勝てないな、こりゃ。次に会うときまでにはちゃんと対策考えておこう。また今回みたいじゃ、つまんないし。


「まあでも、ミラランは合格かな」


意味あり気な発言に、ぐしゃぐしゃとその髪を乱しておいた。
















「とーちゃく!」
「到着!」


緩やか斜面を登っていけば、予想通り、私達以外のブレーダーが勢揃いしていた。ヒーローは遅れて登場なわけですね、なるほど、負けてさえいなけりゃすっげー良い気分しただろうに。

必然的に集まる視線に、DJの声が響き渡った。


「さあ!役者は揃ったぞ。いよいよ決勝戦だ!!」


既に待ち構えていた銀河とキョウヤは、遊の姿を確認するなり、顔を顰めた。
結果は島中に知らされているんだ、当然結果が分かってか、こちらにも曖昧な表情を向けられた。あーあー、二人ともバトりたかったなあ。


苦笑いを浮かべていると、ちょいちょいと服の端が引っ張られた。分かり切った犯人に視線を戻すと、目を奪った小さなパー。
ぐいっと突き出され、訳が分からないながらも真似をすると、それは互いにぶつかり、ぱちんっと軽い音を弾かせた。


「いってきまーす!」


ああ、なるほど。

頑張れよ、とは言えず、笑顔で手を振った。
遊の背中越しに見る二人の顔が、先ほどよりも険しくなったような気がして、さらに口元が引き攣ってしまった。


とりあえず、すぐにでも走り出してきそうなまどかのためにも、早くあっちへ行ってあげよう。



◇◇◇



ああ、甘かったな。

なんて思ったのは今更だ。スタジアムをぐるりと歩き、回りこんできたのはいいけれど、あまりの人数で人で溢れかえっている。

当然、割って入る気なんて起きなかった。

仕様がないので、近くの岩を背もたれに腰を下ろした。急に、肩も重くなったような気がする。服も乾ききってないし。襲ってくる脱力感に身を任せ、ぐっと顔も伏せた。運動後の心地よい疲れだ、こういうのは悪くない。

ぼんやりと視線を上げると、スタジアムの方では様々な音が飛び交っている。

涼しい風にもう一度顔を伏せ、目を瞑っても、バトルの経過はなんとなく伝わってきた。遊が大暴れしてるのは、間違いない。



「…バトルブレーダーズ、か」



連想されて出てきた言葉。
それだけ零して、口を閉じた。


明確な数字が、もう少しで示される。
その先にあるのは、始まりなんだろうか。それとも、終わりなんだろうか。


焦れる感情が、只答えを求めていた。それでも、知りたくないとも思う。
喉の奥が詰まるような、そんな苦しさが襲ってくる。といっても、こんなの笑い話の一つでもしていれば、すぐに忘れてしまうような些細な苦しさだ。まだ、大丈夫。

だけど、

不安じゃない、わけじゃない。


視界に収めた手のひらは、泥で少し汚れているが、至っていつも通りだ。
目を凝らせば、なんだか透けて見えるような気がして、怖くなった。感触を確かめるように指先をこすり合わせても、拭えないものは拭えない。


"強くなるから"


そう願ったさ。

だけど、それは……











視界にちらつく前髪を掻き上げようにも、脱力した体がそれを拒否した。

そのままぼんやり眺め続けた影が、急に色を濃くする。視線だけ上げると、前髪の隙間から見えた人物は視線が合うや否や、すぐ側に腰を下ろした。


一瞬目を見開いてから、息をついた。



「…珍しいこともあるもんだ」



残念ながら、手が届くか届かないかの位置ではあるけれど、獅子がこんなに側で身を休めるなんて。

癇に障ったんだろう。苛立ちを露にした視線を向け、盛大な舌打ちでキョウヤは立ち上がった。


「まーまー、座んなさい座んなさい」
「チッ」


変わらず苛立った様子だったが、キョウヤは無言で座り直した。本当、珍しい。
思わず、へらりとした笑みが浮かんできた。


キョウヤがここにいるってことは、負けたのか。いや、正確にはリタイアしたのか。握られたレオーネを一瞥してから、スタジアムへと向き直った。まだまだ、バトルは続いている。


位置的に見えない表情に、視線はそのまま、ふと笑みを零した。


「残念だったな」
「声が笑ってるぞ」



どっと、スタジアムから歓声が響いてきた。



「良かったな」
「……余計なお世話だ」



止めてくれる人がいて。

まどかが止めてくれなきゃ、レオーネはもっとひどいことになっていただろう。パートナーとしては、悔しさ反面かもな。相棒の調子を、見抜けなかったわけだし。そう思うと、なんだか小さく笑ってしまった。



お互い口を開かず、しばらく黙ったままだった。



何気なく見上げた空は、当たり前に変わらない。

今、この瞬間も、いつまで続くんだろう。

あと、どれくらい。
それとも、ずっと。



記憶の終わりにあるもの、それはもしかしたら。



首を振る代わりに、目を閉じた。

走り出したい。
叫びたい。
泣いてしまいたい。

全身から溢れ返りそうだったそれは、瞬時に疲労感へと摩り替った。












スタジアムから、今までで一際大きい歓声が響いた。


「決まったな」
「よし、行くか」


のんびりと、輪の中に混ざっていく。


”強くなりたい”


「……。」


それは、自分が想像する、この馬鹿げた運命にも勝ちたいってことだ。
そもそも、逆らえるのだろうか。


拭いたいのに、あまりに濃い。


「なあ」
「あ?」
「タテキョー、似合ってるよ」
「?!っ、てめ…!!」



蝕む影には、そろそろ気づいていた。





20110614








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