逃げたら追いかける




{ーー38番、失格!}
「よっしゃ!」
「くそお!」

コツンという金属音を裂くように、DJの声が響き渡った。
これで何人目…ってのは覚えてないけど、結構バトったな。ニッとして、ケアトスを手の中に収めた。いい感じで全勝ーーっ!!


走り去ってしまった相手同様に、自分も足を進めていく。そろそろ、皆と会ってもおかしくないんじゃないだろうか。大分人数も減ってきたみたいだし。…ヤベ、考えたらなんか変な汗出てきた。


(こんなこと、今までなかったのにな…)


怖いわけじゃない。
場の空気もあるのか、所謂妙な緊張感だ。


頭を振り、吹く風をめいいっぱい吸い込んだ。目に映る緑は、木漏れ日できらきらとしている。この島全体が舞台だっていうわりに、こうしてみると全然静かだ。

どうせなら、海岸沿いにも行ってみたいな。
島の地図を広げ、位置を確認。
さっき偶然見つけた宝箱の中には、この島の地図が入っていた。RPGみたいで結構感動してしまった。儲けもんだ。頭も使わなくちゃねえー。

「そういうのは嫌いじゃ…ん?」

なんだ、あれ?
足を止めて、少し先の地面を見た。


地面へと映し出される木々の影。
それは風で小さく揺れている。
そんな中、妙に動かないその影。
他と比べて、形も大きさも違う。



ぽん、ぽん、ぽん



(おおーー…?)



頭で光ったライトに動かされ、ぐるんと上を見上げてみる。


つまり、それって。


ニヤッと、笑った。













「よっ!!」
「っ?!」

勢いよく振り向いた表情は、予想通りで少し笑えた。見開いた目とか、普段じゃあんまり想像できない慌てっぷりだ。してやったり!!
よっと力をいれ、調度いいところに足をかけた。

一方、目の前の彼は私の姿を確認するなり、心底安心したように息をついた。


「美羅さんですか…驚かさないでくださいよ」
「にひひっ!よおー氷魔!」


さり気なく差し出された手を掴み、上手く勢いをつけて太い枝に腰を下ろした。
木登りは久々だ。だけど上手くいって良かった。

一気に高くなった視界は予想通りの美しさで、ぐっと伸びーっと。それと同時に聞こえる、溜息。


「見つかってしまいましたか…」
「見つけちゃいましたねー」


にししっとその顔を覗き込む。多分、まだ誰ともバトってないんだろうな。てことは、キョウヤ戦はこれから。…いいところで会ったのかもしれない。

大して落胆している訳でもない俯いた表情は、ちらりと視線上げ、一瞬にして重みのある空気を纏った。


「……やります?」


探るような視線に、思わず息を呑む。だけどそれは一瞬で、すぐにその重みから抜け出すことにした。


「…いや、今はいーや。まだいろんなバトル見たいし」


その言葉に、氷魔は安心したようにそうですねと返してくれた。無意識だろうか、アリエスへと伸ばしていた右手をすっと降ろす。皆本気だなあ、勝負事に。ま、それは自分も同じではあるけど。


「随分派手にやったみたいですね」
「ん?ああー…まあね」
「相手の方に同情しますよ」


バトルの選択肢がなくなった今、氷魔も気が抜けたのか自然と別の話を切り出してきた。

空を仰いで、ニヤリとした笑みを浮かべてしまう。やりすぎたとは思わない。女だから、ねえ。さしずめ、あいつ等の言葉で返すなら「男のくせに」だろう。

「なーんも悪いことしてないよ」
「だといいんですが」
「おいおい」

若干笑いを含んだ言葉が気になるんだけど。信じてないな、この野郎。
大体何を言われたのか想像できるのか、氷魔はそれ以上詮索しようとはしなかった。まあ、喋ってもただのぼやきになるし。氷魔のこういうところは本当良い奴だと思う。こういうところは。うんうんと、ひとりで頷いてしまった。


「…何か今、失礼なこと考えてません?」
「滅相もない」



その時、自分達ではない誰かの声が聞こえた。



「…お?」
「おやまあ」


真下から聞こえた声に顔を向けると、そこには見知った顔があった。その人物の視線を追うと、またもや知った顔があった。

「ほお…」
「奇遇だな」
「少しは楽しめそうだな」
「フッ、楽しむのは私の方さ!」

向かい合ったかと思いきや、すぐさまベイを構える二人。
キョウヤvsヒカル戦来た…!!!
思わず身を乗り出してしまうと、慌てて氷魔に腕を掴まれた。けれどお互いに、視線はずっと逸らせなかった。


「ウィンドアクアリオと、ロックレオーネ。…おもしろい戦いになりそうですね」


この二人のバトル、何気に好きなんだよなあ。風と水。台風と大雨。良い組み合わせだと思う。うっっわ、ワクワクしてきた!!

声のない合図に、それぞれの手からベイが放たれていった。



















「…!、うおっ、…お!」
「美羅さんが反応してどうするんですか」

呆れ声には、緩んだ笑みで返しておいた。仕様がないじゃん。これがわくわくせずにいられるかってんだ。
しかも、キョウヤの「いいアタックをしやがる」発言には反応せざるを得ない。キョウヤにそんなこと言わせるなんて、やっぱヒカルすげえ…!!そしていいなあ、私もヒカルのアタック受けたい。



……。



「……いや、決してやましい意味ではなくてだなあ」
「?」

苦笑いで否定はしておいた。一体誰にだ。
そんな間にも、バトルは進んでいく。


「悪いが一気に決めさせてもらう。これはサバイバトル、後に余力は残しておきたいからな!」

「氷魔はちょっと、余力残しすぎだよね」
「そんなまさか」


見つめる先で、獅子が真っ直ぐに獲物へと向かっていった。でも、確かそれは、


「?!、チッ、幻影か!」


目を奪う、アクアリオの幻影。

すっげ…。
幻想的ともいえるその幻は、次々と浮かび上がっては形を崩していく。

じっと、痛いくらいに集中した。

よく目を凝らすんだ、そしたら絶対見切れないことはない。若干形の違う影を追って、そこをケアトスで………


って嫌だなあ、何バトッてるんだ。
にやけるな、自分。

頭の中で描いていたシュミレーションを終わらせると、キョウヤが大胆にも自ら生み出した風で、全ての幻影を消し去っていた。
お互いに消耗が激しいこともあり、そろそろ勝負がつく。

さあ、これが最後の攻撃。
じりじりと様子を伺う両者。

良いバトルだからこそ、悔しいなあ。
そこに割って入っちゃったりする、邪道も、


「なっ?!」
「何?!」


いたんだよなあ、三人ほど。


「ロックレオーネに、ウィンドアクアリオ。悪いが二人とも消えてもらうぜ」
「お前等を倒せば俺等にも箔が付くってもんだ」
「卑怯だぞ!」
「悪いなあ、これもサバイバルバトルの戦い方だからな」


まあ、分かってはいた展開だ。
重なり合う嫌な笑い声に、どっと肩の力が抜けた。

「あーらら…」
「可哀相ですね」
「だな」

どっちが、とは聞かない。
突如乱入した三機のベイに驚くも、流石二人というか、怯む気配はない。それどころか火がついたようにも思える。

消耗しているとはいえ、それを理由にやられる二人ではない。乱入ベイは簡単に吹き飛ばされた。よろけながらも逃げ去った乱入者たちを、キョウヤとヒカルも釣られて追いかけていく。


「「……。」」


目配せをして、自分たちもその後を追いかけた。




◇◇◇




「次に戦う時は、こうは行きませんよ」
「ああ、いつでも相手になってやる」


追いかけた森の先。
銀河への挑戦権は、見事に取られてしまった。まあ、言い訳もできなくらいの負けだったし、と苦笑いを浮かべつつ心の中で呟いておいた。

それでも、悔しくないと言ったら嘘にはなる。
だらだらと引きずる予定はないが、自然と眉間に皺が寄ってしまう。これくらいは許されるだろう。


いつの間にか逸れてしまった彼女を思い出して、また溜息が漏れてしまった。どうして同じ場所からスタートして、いつの間にかいなくなってるのか。



「こんなことなら、美羅さんとバトルしておくべきでしたね…」
「美羅?」



ぴくっと反応したキョウヤ。そりゃあもう、猫みたいに。
柄にもなく、少し驚いた。



「…一緒だったのか?」
「はい。美羅さんと一緒に、お二人のバトルは見させていただいてましたけど…?」
「…ほお」



ああ、この感じ。
覚えがある。あまり良い予感はしない、けど。
じっとその表情を見つめると、見事に逸らされた。若干表情が険しくなったのは、勘違いではないはず。
だから、ほんの遊び心。


「あ、美羅さん」
「!、」



「「……。」」



「ああ、なるほど」
「なっ?!…どういう意味だ?!」


さっきの獅子はどこに行ったのか。素早いその動きは、むしろ小動物を連想させるじゃないか。いるはずもない方向から向き直り、小犬のように噛み付いてくる姿に、わざとらしくぽんと手を打った。ああ、やっぱり。決定打すぎた。

知りたくなかったような。知ってよかったような。



とりあえず、は。



「…面倒くさいですねー…本当」
「てめえ人の話を聞け?!」



がくっと抜けた力は、バトルのせいだけじゃないんだろう。確信だった。







◇◇◇







突如、空へ光が真っ直ぐ伸びた。


わあっつはぷん?!


当然ながら、返ってくる言葉はない。
空しさに溜息をついて、頭を掻いた。ダメだ、ツッコミがいない。それにひらがなだったな、今のは。

つか、もう結構経ったけど、ヒカル見失っちゃったな。氷魔とも逸れたし、目配せとか伝わらなければ意味ねーし。
落とした視線を上げ、改めてその光を見る。今度は突然じゃないからびびったりはしない。
只、ちょっと想像は超えていた。


「す、…ご…」


惹かれるがままに、その光へと走った。



















「ッな、んだこれ?!」

目の前に広がったクレーターみたいな穴。只不自然なのは、それが砂だっていうことだ。
これがリブラの力か…。引き攣った口元のまま、手にその砂を取ってみた。当たり前だけど、只の砂は指の隙間から普通に零れ落ちていく。


「っ、皆?!」


もしかしてと視線を動かしていけば、砂に軽く埋もれている三人、ケンタ、ベンケイ、ヒカルを発見。
これはまずい展開だ!!!慌てて駆け下りると、砂に足がどんどんはまっていく。ううわわわわあ。


「だ、大丈夫か?!」
「クッ…何だ、アイツ…」
「一体何がどうなって…」


苦しそうに歪んだ表情を通り越し、場にそぐわない声が響き渡った。



「ミラランはっけーん!」



反射的に、見据えた先。予想通りの笑顔がそこにはあった。目の前に広がるギャップに、心は揺れまくっているが。

「ア、アイツが…」

ベンケイの言葉で、改めて遊の凄さを痛感せざるを得なかった。とんでもない笑顔で、とんでもないことしてるよあの子。


「おっそいよミララン!もうこんな最後のほうじゃんか!」
「え?」


腰に手を当て、頬を膨らませる遊が何を言っているのかちっとも分からない。
もやもやとする記憶を辿っていくけど思い当たる節は見つからない。どこだ、どこの話だ。

それを不服に思ったのか、遊はこちらにビシッと指を差してきた。


「バトルするって言ったでしょ!…ケンチー達にはもう少し頑張ってほしかったけど、ミラランはもーちょっと楽しませてくれるよね!」


ぽかんとして耳を傾ける。

え、つまり、それってまさか…!
今日だけで何度目のなのか、ギギッと引き攣る口元。言葉の意味を理解し始めるのと同時に、後方から声が響いた。振り向くと、銀河とまどか、キョウヤが驚いた様子でこちらへ駆けてきていた。


「邪魔が来ちゃった。それじゃ、行くよーミララン!!」
「え、おい、嘘?!」


条件反射。
遠い昔に習ったそんな言葉が、ふと頭を過る。
背を向けバッと視界から消えた遊を、慌てて追いかけた。





20110603








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