サバイバルバトル


「ふっかああああああつ!!!」


上の階から、皆のすっ転ぶ音が響いた。


「ケアトス!直った!!」
「おー、良かったじゃんか」

B-pitの短い螺旋階段を駆け上がり、一階に顔を出せば、予想通りそこには皆が勢揃いしていた。
転んだ際に落としてしまったのか、ケンタが慌てて商品を元の位置に戻している。あ、わり。


「にひひっ、ベンケイ!早速私の餌食に…練習相手になってくれ!」
「言い切った?!本音既に言い切っちまったぞい?!」


おおっといけない。ハッとして口を押さえたけれど笑みが隠し切れなかった。久々のバトルだもの…フフフ、気合入りすぎてどうにかなりそうだぜフフフ。

「よいではないかよいではないか…」
「いやーーー!!!」
「美羅のキャラが迷走してる」

じりじりとベンケイを壁際に追い込んでいくと、突然銀河は「あ、」と何か思い出したように声を上げた。何事かと皆で振り向けば、ニコリと良い笑みが浮んでいた。


「美羅に会わせたい奴がいるんだ」


ベンケイが涙目でキョウヤに縋り付いてる。畜生、逃げられた。銀河の行こうぜという誘いに、私は変わらず悪い笑みで頷いておいた。

























「よっ」
「ヒィイイカルルルウウ!!!」

いつもの河原まで来ると、そこにいたのはヒィィイイカルルル!!!だった。
会いたかった…会いたかったよヒカちゃん!!

「久しぶり!元気?」
「ああ。美羅も相変わらずだな」

思わず飛びつけば、ヒカルはしっかりと受け止めてくれた。嬉しすぎるよ姉さん。そして睫毛長っ!!肌綺麗!!

ヒカルとは、ケンタとのバトルの一件以来会っていなかった。おかげでちゃんと話もできなかったし、バトルもできなかった。もう本当にそれが悔しかった。


「ハハ!なんかすげえ良いことした気分」
「銀河ありがとおお!!」


あれっきりな訳だったから、当然ヒカルと連絡を取る手段なんてなかった。なるほど、こういうことだったのか。銀河にマジ感謝だ。

「早速バトろうよヒカル…って、そっか!言ってなかったよ実は私も…」
「知ってるよ、銀河から聞いたさ。早く言ってくれれば良かったものを」
「にひひ…」

全くだよなあ、と苦笑い。
今更ながらの自己紹介だ。あの時ドタバタしてて言いそびれたからなあ。ケアトスも是非紹介したい。

「じゃあ、ヒカル早速…!」
「まあ待て。今日は、お前たちに伝えたいことがあって来たんだ」
「伝えたいこと?」
「俺にも?」

頷いたヒカルは、ポケットから一枚の紙を取り出した。折りたたまれたそれを広げていくと、チラシくらいの大きさになった。

ヒカルはそれを片手でつまみ、口元は楽しそうに弧を描いている。

「こんな話を知ってるか?」















「「「サバイバルバトル?」」」
「そう、WBBA主催の年に一度のビッグイベントよ!」

まどかが広げたポスターには、先日ヒカルが見せてくれたチラシと同じイラストが描かれていた。きたよ、サバイバルバトル。隣では、銀河も納得したように頷いていた。


「それに、このバトルで優勝したらねー…」
「優勝したら?」
「WBBAがどんな願いも一つだけ叶えてくれるんだって!」


ええ?!と驚く皆をよそに、おお…ヒカルの言った通りだ、なんて私も頷いておいた。情報って結構早くから出回ってるもんなんだ。楽しみだなあ、やっとヒカルともバトれる、かも!!


「よぉーし!優勝してステーキ一年分じゃ!!」
「うんうん、WBBAが食べさせてくれるわよ」


うんうん。ベンケイ普通だ。


「えっとねー…僕はね」
「俺は新しいランチャーが欲しい!!」
「WBBAがくれるわ、きっと」


うんうん。オサム可愛い。


「彼女が欲しいーっ!」
「WBBAが探して…ってええ?!」


うんうん。タカシ可愛くない。


「ト、トイレ!!」
「え?!WBBAが…」
「トイレ貸して!!」
「……ど、どうぞ」


うんうん。


「優勝はアキラ決定ええええ!!!」
「何の話?!」


でも実際、本当に彼女なんて言ったらどうするんだろう。ふと、DJの女装姿なんて想像してみた。

「………。」

数秒前の自分よ、存分に反省してくれ。自分で考えても少し恐ろしかった。WBBA繋がりで翼あたりならまだしも、DJは立派な大人だし。

(って……)

そっか、サバイバルバトルってことは、もうそろそろなんだ。

しかも、バトル会場では、

「銀河と美羅は何をお願いするの?」
「え、俺?」
「私?」
「うーん…そうだな…」
「うーん……」





「十段重ねのハンバーガーとか、かな」
「世界征服とか、かな」

「アンタ達差が開きすぎよ」



会うわけですね、小さな天才君に。







◇◇◇






「すっげー人数だなー」
「皆大会に参加するの?」
「だろうね」

ポスターに明記されていた集合場所に来てみれば、そこには人、人、人。
人数が多いことは分かっていたけれど、やっぱ生で見るのはすげえや。全部で千人だっけか。

目の前に広がる滑走路には、何台もの飛行機が並んでいた。その光景にさらに圧倒される。人だかりの最前列ということもあり、なんとも視界はクリアだ。
そして、飛行機のさらに奥には『1000』と数字が映し出された飛行船もあった。やっぱ千人か。


ああ、思い出してきちゃったよ。
この飛行機確か……!!


口元を引き攣らせながら、なんとなく機体の下の方を見つめる。高いところ好きだから別にいいんだけどさ。…若干怖いけど。
まあ、大丈夫だろうきっと。そう言い聞かせて、とりあえずの不安は拭い去った。

改めてきょろきょろと辺りを見渡してみると、人の奥の奥の奥に、綺麗な水色の髪を発見。視線をそのままにしておけば、気づいたヒカルが手を振ってくれた。


「ニヤニヤしてどこに手振ってんだよ。気持ちわりいな」
「失礼だなお前!」


声の方向へ顔を向き直ると、ものすごく歪められた視線と絡み合った。畜生盾神さんめ。相変わらずだなこの野郎。

「ヒカルだよ、ヒカル!」
「ヒカル?…ああ、アクアリオの…」
「そうそう!」

キョウヤは、ヒカルとバトルしたことあるんだろうか?聞いたことないや。あ、でも知ってるってことは実力とかは知ってるのかもしれない。強いぞーヒカちゃんも。

私が指差した方向へ、キョウヤはじっと視線を向ける。しかし、動き回る視線が目的の人物を見つけられないことをよく表していた。


「いるか?」
「いるじゃん、ほらあそこ」
「ハア?どこだ?」
「だからあそこだって」


そんなに見つからないのか、わざわざ私と視線の高さを同じにするよう、キョウヤは軽く屈んだ。うわ、なんだこの劣等感。許さん。

「人違いじゃねえのか?」
「そんなわ{さあ、飛行機に乗ってくれ!会場に向かうぜ!}うおっ」

呆れ声のキョウヤに続いた私の声。私の声に続いたDJの声。
一気に押し寄せる人の波に、私もキョウヤも飲まれ飛行機へと慌てて歩き出す。

視界の隅に、同様に慌てているまどかを発見した。



◇◇◇




「ふぅー…すごかった」


なんとか機内に辿り着き、イスに背を預けた。たはーっと息を吐けば、どっと疲れが押し寄せてくる。いやでも、本番はこっからだ。どんなバトルができるだろう、ワクワクが止まらない。

隠しきれない笑みのままケアトスを眺めていると、小さく影がかかった。

「ねえねえ!隣座ってもいーい?」
「ん?ああ、全然どう……ぞ」



固まった。



ちらりとあげた視線が、動かせない。間抜けに開いた口が塞がらない。い、息が。

「やっほー!ありがとねー」

目の前の彼は、そんな私を気にすることもなく、ぼふっと勢いよく隣のイスに座りこんだ。


ぴょんぴょんと跳ねる髪。
くりっとした大きな瞳。
そして、ち、小さい…


「どうしたの?」
「え、いい、いやなんでも」
「ふーん、変なの」


不思議そうに首を傾げ、視線がゆっくりと落ちていくのを見送っていたら、それは私の手のひらで止まった。口元が楽しそうに弧を描いた。


「僕の名前は天童遊。よろしくね!」


にこーーーーっ、と。


だよね……!!!


向けられた天使の微笑みに、軽く目眩がした。


「…中田美羅だよ、よろしく」
「ミラランだね!」


…な、なんだこのむず痒い感じは。
にやけてしまう口元を隠すのに、手で顔を覆った。ああ、なにこれなにこれくすぐったい…!!
嬉しい!!あだ名超嬉しい!!

「どしたのーミラランー?」
「な、なんでも…ぶっ!アハハ!」

ダメだ、笑ってしまう。
震える言葉は見事に崩れた。お腹を抱えて爆笑すれば、一瞬きょとんとした遊も釣られたように爆笑し始めた。


「アハハ!やっぱミラランおもしろーい!バトル楽しみだね!」
「だな!」


まだ通路には人が行きかっており、賑やかな状態で良かった。じゃなきゃ、とんでもなく変な空間だ。
そんなこんなで盛り上がっているうちに、飛行機は出発した。もちろん、座席の下はちゃんと確認済みだ。






{さあ皆、準備はいいか?これから、サバイバルバトルのルールを説明するぞ!}


数十分経ったところで、目の前の小型テレビにDJが映し出された。

{遥か沖合いの無人島、ベイブレー島。ここがサバイバルバトルの舞台だ}

ベイブレー島。
響きが格好良すぎて、すげえ。
窓を覗き込めば、既に島は真下に位置していた。ああ、いよいよなのか。…嫌な汗掻いてきた。


{ルールは至ってシンプル。自分以外の全てのブレーダーが敵だ!}


どっと、どよめきが走った。
参加する全ての人と、バトルできるチャンスがある。流石、年に一度のビッグイベント。なんて贅沢な。ワクワクが胸を過ったが、高い空と真下に広がる島から目は逸らせなかった。ダメだ、気になって仕様がない。もう少し高度落としてもいいんじゃないだろうか、どうなの。


「アハ!皆敵だってー!楽しみだねえ、ワクワクするねえ!どうするミララン?!」
「そーだなー…」
「ん、何々怖気づいちゃった?」
「んなわけねえだろ!」


{島のあちこちには、バトルに役立つアイテムが用意されている。見つけることができるかどうかは、君達次第だ}

{そして優勝者には、WBBAが一つだけ願いを叶えてやるぜえ!}


「「「いえーー!!!!」」」


盛り上がる出場者を声を耳に、緊張から唾を飲み込んだ。本当、落ちてばっかじゃねえの。口元を引き攣らせながら、過去を思い出していく。……こんにちは陸の世界。


「願い事かあ。ミラランは何をお願いするの?」


視線を180度回転。
真っ青な晴天から、可愛らしい笑顔へ。そっちは、と聞こうとして止めた。愚問だったな。くりっとした瞳が急かすので、ニヤリと笑った。

「さぁーな」

まあ、正直な話どうでもいいんだけどさ。沢山バトルできればいいし。改めて考えても、こういう時ってどうも思いつかないもんだ。
…まあその理由は、別にあるのかもしれないけど。数時間後、目の前の少年の口から紡がれるであろう、その言葉を思い出した。


ある意味、これが始まりなのか。


勝敗以前に、手を抜く気はないけどね。遊にだって本気で挑む。


ニッと笑顔を向ければ、遊は楽しそうにふーんと呟いた。身長差故の上目遣いな瞳が、怪しく陰る。


「…本当は?」
「、い?」


怯んでしまった。
先ほどまでの笑顔から一転して、怪しく歪んだ表情。そのギャップに、言葉が出なくなる。見つめ合い数秒が流れ、遊は何事もなかったかのように、楽しそうに両手を広げた。

「楽しみだなあ!ミラランとのバトル!ま、勝つのは僕だけどね!」
「…そ、そんなことねーよ」

慌てて切り返した。
なんだ、さっきの笑顔。小悪魔か小悪魔なのか。


{おっと、そろそろベイブレー島に下りる時間だ。皆、座席の下にあるバックパックを背負ってくれ}


来たッ…!!
その言葉にハッと我に返った。覚悟を決めてそれを背負い、遊が背負うのバッグのベルトもしっかりと前で留めてあげた。流石に次の展開を予想しきれないのか、遊も目を丸くしている。


{じゃー皆、カウントダウンだ!}


「カウントダウン?」
「カウントダウン…」


{3、2、1、GO!!}




ぱかっ。



「ッーーーー!!!」
「アハハハハ!!すごーい!!」


飛行機の底どうなってんだよ。なんて、怖くて考えることもできません。開いた床から、重力に従い皆で落ちていった。





◇◇◇





「…僕は夢見る少年、願いは星の数ほどありますよ」
「ハア?」
はあ?
「あ、美羅!」

パラシュートでふわふわと。
…ちゃんと開いて本当に良かった。

落ちてる時は怖いけど、こんな風にのんびりでならいい。そしていつの間にか遊とは別れてしまった。楽しそうに落ちてったなあー…遊。

取りあえず安堵の息をつきながら、空の散歩を体感していれば、少し先に皆を発見した。氷魔がやたらとキメ顔してるもんだから、思わずツッコんでしまった。


「美羅さんも来ましたか。勢揃いですね。…対戦を楽しみにしてますよ!」


氷魔は笑顔で島へ降りていった。それに返事をして、もう一度視線を戻す。


「強敵ばかりですよキョウヤさん!ここはひとつ力を合わせて…!」
「甘えるな、ブレーダーとして自分の力を試すいい機会だ」
「お、格好良いこと言うじゃん!」


私も、負けてられない。
ああ、わくわくするなあ、楽しみだなあ!!


「思う存分やってやるさ!楽しみにしてるよ、皆!」


氷魔がやって見せたように、見よう見まねでパラシュートを操ってみた。上手くいったようで、どんどん落ちていく。
上から聞こえた「俺たちもだぜ」には、視線だけ向けて笑い返した。






















「とーちゃく!」

しっかりと地面に足をつける。
へにゃりとうな垂れるパラシュートを片付け、辺りを見回した。綺麗なところだ。青い空白い雲。そして青い海!!あと緑!!

惹かれるがまま足を進めたところで、背後から多すぎる足音が響いた。


「いーカモ発見、俺たちと勝負だ!」


振り向いた先に待ち構える人物。一、二、三……十人か。
リーダー格らしき少年の言葉に、後ろの連中もベイを構えていく。なんでもありだからね、こういう展開も予想はしていたけれど。まさかいきなりとは。運がいいなあ。

カモ発言には敢えてツッコまない。そんで驚かせてやれ。

「いいよ、やろうか」

悪い考えに、ニヤッと笑みを浮かべた。
途端、数人から笑い声が起きる。

「マジかよ!一対十で勝てると思ってんのか?」
「まーねー!」
「ああ?」

ブイサインを余裕の態度と取られたのか、その声は怒気を孕んでいた。うん?喧嘩か?買わないぞ。バトルなら言い値で買うぞ。
いきなりの勝負に、正直気分は上がりっぱなしだった。しかし、緩みっぱなしの表情は次の瞬間音を立てて固まる。


「舐めてると痛い目見るぜ!」
「ハッ、相手は女だ。楽勝だぜ」


ぴしっと。続けてぴたりと、音が消える。
頭の中で、ぷちっと何かが切れる音がした。


「………へえ」


今こいつ、なんて言った?




◇◇◇




{……541、542失格!}


「おっしゃー!次行こうぜ!」
「流石ね、いきなり五人相手だなんて」

アイツ等とバトルするためにも、いきなり躓いてらんないからな。そう言うと、まどかは納得したように笑った。
すっげーブレーダーが、まだまだいるかもしれないもんな!楽しみで仕様がない!

武者震いをしつつ足を進めようとする瞬間。突如響く、電子音。

{おおっと!まとめて十人倒したブレーダーがいるぞ!一体何者だ?!}

「十人?!」
「すっげえ!どんな奴だ?!」


そいつに会いたい今すぐに!!
でも、それほどの実力者なら絶対最後まで残ってるはずだ。絶対バトれる、はず!!


{…な、なんと!こっちでも十人まとめて倒したブレーダーがいるぞ!!}


「ま、また?!」
「すげえ!すげえぜサバイバルバトル!」


{…ん?あっとこれはどうしたことか!先ほどの十人狩りの勝者が、何やら怒鳴っているぞ?!}


「なんで?」
「さあ…?」


{こ、こら、ちょ、落ち着いてくれ261番!…261番?!何をそんなに怒って!ああ、ちょっと!暴れないで!261番!261番!!美羅選手!!美羅選手落ち着いて!!}



「「………。」」





「…今、美羅には会いたくないな」
「…そうね」





サバイバルバトル、開始!



20110426








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