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「美羅お姉ちゃーん!!」
「うおおっ?!」

振り向きざまでずしりとのしかかってきた重みに、ぐえっと間抜けな声と共に倒れこんだ。反射的に手を広げて構えたけど、全く意味がなかった。やられた、まさかこんな大人数だとは思わなかった!


「お姉さんお帰り!!」
「元気そーだな!」
「聞いてよ!俺さーベイで」
「見て!身長2pも伸びたの!」
「つか本当にお姉さん?まさか…偽者か?!」
「!、お姉さんならやりかねない…!」
「え、じゃあつまり……」








「「「お前誰だ!!!」」」
「なんでそうなんだよ!!!」


上に乗られたままは非常に辛かったけど、思わずツッコんでしまった。直後に重なる笑い声も、なんだか不思議と昨日も聞いたような気分。包まれてた、当たり前の日常だったからさ。変わらないなあ、皆。

「あ、やっぱりお姉さんだ!」
「ねえ聞いて聞いて!」
「分かった分かった!順番に聞いてやっから!取りあえず退いてくれ!」

埋め尽くされた視界に夕日が飛び込み、へらりと表情を緩めれば、ぐっと可愛らしい表情が近づいてきたわ。


「おかえり、美羅お姉ちゃん!」


こげ茶の髪が、くるりと揺れた。


「ただいま」


訳もなく、肩の力がどっと抜けてしまった。取り敢えず、唖然としたままの銀河達をどうしようか。




◇◇◇





「それにしても驚いたよ」
「何が?」


既に暗闇に染まった空に、星がきらきらと瞬いている。そんなわけだから、隣に座り込む彼の表情を確認するのは決して難しくなかった。

辺りに立ち込める香ばしい香りを堪能しながら、もぐっと右手の焼きたてバーベキューを口にすれば、銀河も釣られてもう一口と口にした。それによって、少しだけ生まれる間。


「なんていうか、全部?」
「アバウトー…」


押しかけてきたこともそうだけど、実は同じく古馬村から来ました。なんて、突然の告白もしちゃったからね。まあ、当然か。

ニッと笑うその口の端にはちらりとたれが付いていて、なんだか無性におもしろい。黙っといてやろ。…しまった、串に刺す順番間違えたな。最後まで残ってしまったピーマンを、多少顔をしかめながらも完食。


「つか、私も言わせてもらおうじゃないか」
「何を?」


きょとんとした顔は、依然付いたままのたれでアホ面に磨きがかかってる。ぱちぱちと独特な火の音と、騒ぎ走り回る子供たちの足音が妙にマッチしてる。バーベキューって言うより、もうキャンプファイヤーでもしてる気分だ。

「どこの誰だっけ、心配かけさせろなんて格好良いこと言ってたのは」
「いっ?!あ、あははー…」

口元を歪ませ、しらーっとした視線で頬杖を付いてやると、乾いた笑いを零しながら銀河は視線を逸らした。


「…なーんてな、冗談だよ。でも、本当に良かった。ちゃんと会えて」
「ありがとな」
「どーいたしまして」


にひひーっとお互いにゆるい笑みを浮かべると、いつも通りだな、なんて改めて安心感に包まれた。













「父さんに言われたよ。負けたときが、一番強くなれるチャンスなんだってさ」
「へー…」

誰に言うというわけでもなく、星空を仰いだ呟きに私も上を見上げた。


「すげえよな」
「確かに」


ぼんやりと、思い出す恐怖。

今までは、負けることが怖いなんて考えたこともなかった。今は、少し違う。
負けたら失うものがある、強くなければ守れないものがある。そんな当たり前の事実を、あんな形で気づかされるなんて思いもしなかった。
強くなると誓ったけれど、それはそうせざるを得ないからであって、チャンスなんて良い言葉で表現できるものではなかった。



「だからさ」



雰囲気の変わった声に振り向くと、星空を映した瞳が一瞬揺れ、ゆっくりとこっちに向き直った。



「大丈夫だから」



周りの騒ぎにも負けずに、真っ直ぐに飛んできた言葉。声量が大きかったわけでもないのに、すんなりと通ったそれ。

ニカッと笑ってしまった。



「分かってるよ。銀河は強いからな」



ほんのりと暖かい風が頬に当たり、もう一本食べちゃおっかな、肉多めで!なんて考えていたら、目の前の彼は何故か納得いかなそうな表情で固まっていた。


「うーん…なんて言えばいんだ?なんていうか、そういうんじゃなくてな…」


唸りながら頭を掻く銀河。何が言いたいのだろう。多少ぽかんとしながら頭を働かせても、答えは出そうもない。


「とにかくさ」


バッと顔を上げた銀河には、有無を言わさぬ何か力強いものがあった。だけど、すごく優しい表情だったような、



「大丈夫だから」



そんな気がした。



「…ん、分かった」
「よし」
「銀河」
「ん?」
「たれついてる」
「嘘っ?!」






◇◇◇





「ところでさ」
「ん?」

他愛のない話を繰り返し、お腹も心も満たされた現在、銀河が不思議そうにある一点を指差した。同じくそちらに視線を向け全身を襲った寒気。「ひっ!!」と漏らした声は、後悔してももう戻らない。


「なんかキョウヤ、すげえこっち見てないか?」
「気のせいだろ…き、きっと」
「あ、なんかこっち来てる」
「いいええああああ!!」


接近中のキョウヤへ指を差し続ける銀河は、ある意味怖いものなしなのかもしれない。反射的にそんな彼の背中に隠れたが、恐怖のあまり視線が逸らせない。ガチッと音を立てて合った視線から、びしびしと伝わる何かが怖い。

ぐるぐると巡る思考を整理する暇もなく、ご立腹なキョウヤ既に目の前で。何か言葉を発しようとした瞬間、視界が黒で埋まった。


「やべえ展開だあああ!!」
「おい、こいつ借りるぞ」
「お、おお」


間抜けにずるずると引きずられながら、何をどうすればいいんだと思考した。十割私が悪いんじゃん、うわ、なんて言おう。つか痛い、膝擦ってる。取り合えず、涙止まらない。








ぱっと視界が明るくなった時には、随分離れた位置まで引きずられてきたことを理解した。きょろきょろと辺りを見渡せば、離れたところで不思議そうに銀河がこっちを見ている。


「おい」
「はい!!」


その声で、現実へログイン。
そうだった、周りを気にしている場合じゃなかった。…ここに来るまでどんだけ注目集めたんだろう、か、考えたくもねえ!!

「びくびくしやがって、言いたいことがあるならハッキリしたらどうだ」
「うっ」

だらだらと零れるのは大粒の汗で、目線が迷子状態だ。み、見れない、チキンだから。ぎゅと握り締めた拳が妙に気持ち悪くて、服の裾を掴みなおして誤魔化した。

深呼吸しろ、深呼吸。
世界が暗転するような感覚を覚えながら、勢い良く頭を下げた。


「ご、ごめん!!」


襲ってくるのは、言ったっていう開放感。だけど、現状が変わらないんじゃ意味ないんだって。

数秒の間も耐えきれない。
返事のないキョウヤに、恐る恐る顔を上げる。

そして、そこにあった表情に吃驚だ。


「はあ?」



苛立ちとかそういうんじゃなく、本当に訳が分からないといった表情が浮んでいた。思わず私も出しそうになった同じ言葉を、ぐっと堪えた。


「だ、だって私がその…皆のこと騙してたからさ…。そ、それで怒ってたんじゃ…」


空しいながらも解説をつけさせていただいた。未だ止まらない大粒の汗を感じながら、飛んで来るだろう怒り顔を想像する。しかし、予想に反してキョウヤは只深い溜息をついていた。


「…お前そんなこと気にしてやがったのか?」
「え、違えの?!」
「別に怒ってねえよ」
「マジか?!」


なんだ、違うのかよ。吃驚させんなってー…。
どっと抜けた緊張感に、頭をぐしゃりと乱した。ん、でもそしたらなんでキョウヤ機嫌悪いんだ?

「キョウヤ機嫌悪そうだったからさ、それかと思ってた」
「バカじゃねえか」
「ああ、もうそれでもいいや」

取り敢えず、心が軽くなった。
キョウヤ怒らせるとか絶対したくねえもん。いや、普段から怒鳴られてるけどさ。


重たい空気から解放され、大きく息をつく。少し輪から離れたこともあり、互いに言葉を止めたら一気に穏やかな静けさに包まれた。うん、怒ってないと分かればこの沈黙も苦ではない。
そんな時、キョウヤ視線が村全体に渡っていることに気づいた。

「…良い村だろ。古馬村」

どうやら自然と見入っていたらしい。無意識だったのか、ぴくっと肩が反応した。

「まあ、まだここに来て一年にも満たない私が言ってもあれだけどさ、本当に良い所だよ」
「そうなのか?」
「ん?そうだよ」

どこを疑問に思ったんだろう。ぱちりと目を見開いたキョウヤは、さっきの険しい顔とは随分違う。少しの躊躇いの後、ゆっくりと開いた口の動きに注目してしまった。


「お前、アイツと暮らし初めてどんくらい経ってんだ?」
「どんくらいだろ。三か月は経ってたか、な?」
「三か月か……」


ぼんやりとした呟きが、ふわふわと浮んでいる。言葉の続きを待ちながら、表情を映していないキョウヤをぼおーっと眺めていると、相変わらず整った顔だった。月明かりも加わって無敵って感じだ。いいな、無敵。どうせなら最強がいいけど。


「銀河とはいつ会ったんだ?」
「ん?ああ確か…あれだよ。キョウヤと初めて会ったあの日。あの後」


なんか珍しく質問ばっかりだ。なんてぼんやり考えていると、またぼそりと零れた言葉が耳に届いた。



「俺の後、か」
「おうよ。それがどうかしたか?」



「ふーん」と、一人うんうんと納得しているキョウヤは、新鮮すぎて逆に何も言えない。流石にちょっと不自然だったから、眉を顰めてしまった。


「キョウ、いでっ」
「なんでもねえよ」


じんわりと広がる痛みに頭を抑えた。いーや容赦ねえ…!!
すたすたと騒ぎの中へ戻っていくキョウヤに文句を言おうとした口を、ぱっと閉じた。ん、何がどうしたんだ?

去り際にちらりと見えた、数分前とは打って変わって機嫌の良さそうな表情を目に収め、もう一度頭を捻っておいた。




20110323








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