一から気づく全を 「えっと…それじゃあつまり…」 「美羅は古馬村出身で、氷魔さんとも知り合いで、氷魔さんの作戦も分かってたってことだよね?」 「そゆこと。ごめんね」 手を合わせて苦笑いを浮かべれば、皆は小さく笑いを零した。 古馬村へは、もうすぐ。 今度こそ正式な道を通っているんだ、そりゃあ近づいていないわけがない。これまでの獣道とは違い、段々と開けた道となったことで、おおよその位置は掴めてきた。 「気にしてないよ。美羅にもいろいろ事情はあったわけだし」 「そうよ!…あれ?でも、そしたら銀河とは…」 「ああ、それは…まあ、長くなるから後は村に着いてから話すよ」 私が決めることではあるけど、何気なく隣を歩く氷魔の反応を確認してみると、反論の意思はないようだ。 空から突如現れましたということは無しにしても、記憶がないとか、記憶を探してるんだとか、そういう設定は話しておいたほうがいいだろう。 …あくまで設定だからな、躊躇いはあるけど。 どこかで何かが、おかしくなる前に。 実際ややこしいことになってるからさ。 そう心の中で呟き、思わず苦笑いを浮かべてしまった。 「ちなみに、美羅と氷魔さんってどういう関係?」 「はい。一晩を共に過ごした仲です」 「そそぉおおいい!!!」 大漁じゃーーい!!ってか?!いいよもうこのネタ!!短い思考は一気に吊り上げられた。こんにちは陸の世界ってかおおい!!! 「誤解招くから止めような!な?!」 「嫌ですねえ、間違ってはいないじゃないですか。出発前日の夜をお忘れですか?」 「あれカウント?!」 ニコッと効果音がつきそうなほどの笑顔で言ってのけた爆弾発言。誰か本当にちゃぶ台持ってきて。ひっくり返さずにはいられない。氷魔の肩をがくがくと揺らしても、乾いた笑いが漏れてるだけとか、うわムカツク!! 「えっと…なんじゃその…」 「…訳あって居候させてもらってるんだ。そういうこと」 なんとか平常心を取り戻し、一度咳払いをしてからそう言った。そうだ、言うことは考えるんじゃない、感じるんだぜ。大事なことを忘れてたぜ。 とりあえず、納得したように手を叩く三人にふと安堵の息をついた。 「家族だって紹介してくれないんですか?」 「…今はなんとなく嫌だ」 「なんですか美羅さん、ちょっとの間に反抗期ですか?」 「そういうお年頃なんだよ!そして放せええ!!」 ぐしゃぐしゃと頭を撫でる手を必死に退かそうとするけど、それは叶わない、とか。いや、正確には敵わないとか。にしたって、久しぶりだからなのか氷魔も異様にテンションが高くないか。乱れるとかじゃないよ?もう髪ぐじゃぐしゃだよ? 「アハハ!」 「ケ、ケンタ笑うなら氷魔にラリアットの一つでも…!」 ……いや、考えたら実際身長的に無理だな。言ってから気づいちゃったけど、できたらすげえよ!!感動もんだよ!!想像したその光景は、思ったよりもシュールだった。 「…ブッ、あははは!!」 「フフッ、ちょっと、なんで笑ってるのよ美羅!」 「そういうまどかこそ…!」 頭に残る感触も、隣から響き重なる笑い声も。なんだかじんわりと懐かしさみたいな何かを含んでいて、思わず笑ってしまった。あーいいなあ、なんか。 「とにかく、日が暮れる前に行きましょうか」 「おう!そうだね!」 「…このままじゃ、誰か視線で穴が空いてしまいそうですし」 「え?」 ぼそりと言った氷魔の言葉を不思議に思い、進める足はそのままに振り返り。 「…ヒッ!!」 光の速さで、向き直った。 み、み、見なきゃ良かった…!! 後ろに見たもの、それはそれは先ほどまで一言も喋らなかったキョウヤ。そのキョウヤが、ものすごい形相でこちらを睨んでるッ…!! ちらりともう一度振り返って見ても、全く何も変わらない。頬を伝う汗が隠し切れないとか、笑えねえええっ。 てか、そうだよなあ…普通は怒るよな…。約束とはいえ、皆のこと騙してたわけだし。 後ろを歩く三人の話し声に紛れて、小さくぼそりと。 「怒ってるよな…キョウヤ…」 「そうですか?」 「いや、どう見てもそうじゃん」 「ふーん…」 いや、なんだよその反応。キョウヤは怒ると怖いんだぞ、そして照れると可愛いんだぞ。ツンデレなんだぞ!! 今も尚キョウヤと視線を合わせたままの氷魔。考えるような仕草をしたかと思えば、今度は笑ってるし。え、何どうしたの。 「…あ。氷魔もしかしてキョウヤに惚れた?」 「なんでそうなるんですか」 ですよねー。いや、冗談も言いたくもなるよこんな状況じゃ。それにしても、氷魔のこんな苦い顔はそう見たことないぞ。レアだレア。 「………。」 悪いのは、自分だし。 ……どうしようか。 青すぎるくらいの空を仰ぎ、頭を掻いた。 ◇◇◇ 「おい、本当にこの先に村なんてあるんだろうな」 「はい、この吊り橋を渡れば、古馬村はもうすぐですよ」 ぎしぎしと音を立てる吊り橋に六人。怖がるまどかの手を引き、あともう少しで渡り終わるというところで、勢い良く駆け出したベンケイ。当然のように、吊り橋はさらに揺れるわけで。許さん、許さんぞ。 「ちょっとベンケイ!」 「揺らさないでよ…!」 「アイツ締めたろか…?!」 まどかとぎゅっと手を握り合い、その背中を睨んでおいた。怖いだろうが、馬鹿野郎ッ…!! 駆け出した背中を追えば、ベンケイは何かに見入る様に立ち止まっていた。その隣に立ち視線を辿れば、ああ、着いた。 「ようこそ、ベイの里。古馬村へ」 その言葉に、四人は目を輝かせて駆けていく。先の光景は、ずっと色褪せなかった記憶と変わらない。思わず零れそうになった笑い声に、きゅっと口元に力を入れた。 続けて進もうとした足は、突如後ろにかかった力により後方へ。「おっ」と声を出してバランスを崩しかければ、腕を引いた張本人が支えてくれた。 「氷魔?」 「おかえりなさい、美羅さん」 「!、」 帰って、きたんだ。 「ただいま!」 初めての響きが、じんわりと胸に広がった。 ◇◇◇ 「ここが、銀河の故郷…」 「たっだいまー!!!」 「うるせえ」 「がはっ」 何も変わってない!! 全然変わってない!! 空気も、町並みも、景色も!! ほらー、前に皆と書いた壁の落書きもバッチリ残ってる。叩かれた頭の痛みも気にせず、その落書きをすりすりとなぞってみた。『ヒーロー伝説、せいさく途中けい過』特に意味も考えずに書いたなあ。この疎らな平仮名がね!懐かしいなあ、うへへ。 『何者だ…』 「「「「?!」」」」 溢れる喜びを抑えきれずくるくると回っていたが、突如聞こえたきた声にその動きをぴたりと止める。こ、この声は…!! 『一刻も早く立ち去るがいい。さもなくば、その身に大きな災いが降りかかるであろう…』 響く一言一言に、だんだんと口元が上がっていく。もうこれ以上ないってくらいの時には、その影は建物の陰から姿を現した。 「きゃっ!」 「な、何じゃい!!」 「貴様…何者だ!!」 「…脅かしっこはなしですよ、北斗」 飛び降り、目の前でハッキリとする姿。 「…何故よそ者を連れて来た。氷魔」 「「「「ええええーーっ?!」」」」 「犬が喋った?!」 「彼の名は北斗、僕と同様、銀河の幼馴染です」 「そんなことはどうでもいい、だいたい……ん、!」 バッチリと会った視線。 険しい顔から一転して緩んだ表情に、私も思わず一歩前に身を乗り出しまう、 「まさか、美羅「きゃああ!!何このわんちゃん!!可愛いー!!」うわわ?!」 直前だった。 進みかけた足を止めて、思わずその光景に爆笑してしまった。まどかにすりすりーっとされる北斗は、そりゃあもう慌てまくっている。正しく、可愛いと可愛いのダブルパンチだ。 「この子なんて種類?!生態の構造は?!」 「まどか、実は北斗の尻尾にはトランシバーが付いてるんだぜ★」 「本当?!」 「嘘に決まってるだろうが!!」 歩み寄ってまどか同様にしゃがみ込めば、北斗とも真っ直ぐに視線があうわけで。鋭い視線、フワフワな毛並み。うーん、もう間違いなくバリバリ北斗。 「ただいま、北斗!」 「…おかえり、美羅」 溜息交じりな優しい瞳に、ニカッと笑った。 ◇◇◇ 「この程度の力しか持たないお前達が、銀河に一体何をしてやれる?」 聖地。封印されたベイの眠る、雪山への道。そこへ行くための大きな扉。 この先にいる銀河に会うなら、この扉をベイの力のみで開いてみせろというのが北斗の条件だった。 三人が挑戦したけれど、個々の力では開くとはできなかった。そんな三人に言っての北斗のけた挑発的な台詞。そういえば、実際この扉が開いてるのを見たのはなゆの時の一回しかない。 「それは…」 「これは銀河の問題だ。お前達が力になれることなど何もない」 ツッコんじゃうのは可哀想だからね。少しむむっとくるその発言の仕返しに、抱きかかえた北斗の両頬を後ろからぐにっと引っ張っておいた。お、伸びる。 力になれることは何もない、か。 そんなことはないんじゃないかと、 「僕たちには何もできない?…そうかもしれない、だけど、違うんだ!!」 私も思うんだ。 「確かに、今の僕等じゃ何もできないかもしれない。でも、側にいてあげることはできる」 「側に、だと?」 「そうだ。側にいて一緒に笑ったり、時には泣いたり…」 不服そうな北斗の頬をもうひと引っ張り。真剣なケンタの表情に、小さく微笑んだ。 「それが仲間だ!!友達ってもんだよ!!」 全員で、頷いた。 「そうじゃ!」 「銀河は一人じゃないんだもの!」 「だから私達、ここに来たわけだしな」 「銀河に開けられた扉なら、俺たちに開けられないはずがない。もう一度行くぞ!!」 北斗を地面に降ろし、ベイを構える三人の傍へと向かう。横に来たところで、ケアトスを取り出した。 「美羅…駄目よ、ケアトスは」 「分かってるよ、大丈夫!」 驚いたまどかの表情に笑いかけ、ぎゅっと両手でケアトスを握り締めた。打つことはできなくても、せめて気持ちを。同じく銀河を思う、アンタの気持ちだけでも、ぶつけてやろうじゃないか! 「「「ゴーシュート!!!」」」 全員の中で響き、重なっていく声。 一点を狙うそれぞれの必殺転義は、真っ直ぐに進み、それぞれに混ざり合い。 大きな力となって、扉は開いた。 思いの力、なめんなよ。唖然とする二人を他所に開かれた道へ。 皆で、一歩を踏み出した。 そういえば、って話。 会いたいと願う奴。無茶ばっかりして前しか見てないソイツは、本当に落ち込んでて。 人に頼れって言うくせに、自分は誰にも頼ろうとしないとか、すっごい馬鹿じゃん。 だけど、もうすぐ会えると分かった瞬間、段々と気づき始めてくる。あの時も、あの時もと、思い出すように浮かぶ光景。 …本当、支えてもらってばかりだったなあ。 そんな銀河を、今度は私達が支えるんだ。 具体的に何ができる?そう聞かれたら確かに困る。答えられないかもしれない。 だけど、側にいるだけ。 心配してくれるだけ。 それだけで十分に力がもらえることを、教えてくれたのは正に君だから。だから言うことは、もう決めてるから。 空が少しずつ晴れてくる。 眩しさを感じながら、目線を上に。崖の上に見える人影。 "おかえり、バカ!!" 翼を広げる、天馬の姿。 浮ぶ笑顔は格好良かった。 20110301 ← ×
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