久しぶり!!


空中散歩ダイビング。

開いた視界は真っ暗だった。いや、正確にいうと意識を取り戻した。だけど、目は瞑ったままだ。
この感覚、なんだか覚えがある。懐かしむような感じとは少し違うけど、あの時も似たような状況だったっけ。

……さん

もしもこれがあの時と同じなら、

……美羅さん

この声の先はーーー
















「…氷魔」
「美羅さん!」
「おおい?!」

は、ちょ!!タイムタイム!!
懐かしいあの笑顔を見るや否や、突如私を包んだ温もり。からの衝撃。起き上がらせた体に力を入れ、なんとか倒れることだけは回避した。

…というか、近いいい!!近いよ少年!!心臓が、心臓が痛い!!……あ、違うこっち右だから心臓じゃねえ!!


「本当に貴女は…」
「へ?」
「普通に登場ができないんですか?」
「…にひっ」


耳を擽る、優しい声。

行き場をなくしていた両手を、お手上げといった具合にすっと上げてみた。本当、全くな意見だよ。

苦笑いを浮かべていれば、ゆっくりと離れていく温もり。それによって、真っ直ぐに合う視線。


何にも、変わらないや。


「お久しぶりです、美羅さん」
「久しぶり、氷魔!」


たった数ヶ月だけど、その数ヶ月は私にとってはすごく長いものだった。だからこそ、今こうして向かい合ってることに、喜びなのか驚きなのか、なんだか不思議な気持ちになってしまう。
小さく笑い合った後、氷魔は困ったように溜息をついていた。


「…それにしても、本当に吃驚しましたよ」
「それは私も!でも助かったー…ありがとな。つか、どうやって助けてくれたの?」


上を見上げれば、それはもう高い位置から落ちてきたことが理解できた。普通ならまず助かるはずもない。いやあ、本当に良かった…!!


「おや、僕の運動神経をもうお忘れですか?」
「…ナルホドー」


そういえば、この細身からは想像できないほどの運動神経を誇っていたっけ。さすが山育ち。敵いませんよ本当。

懐かしさか嬉しさか。
自然と緩む口元に、先ほどの恐怖もいつの間にか消えていた。





「……ん」
「あ」
「…どうやら、ゆっくり話す時間もないようですね」

小さく響いたケンタの声に、驚いて振り返る。そこにはまどかの姿もあり、自分同様怪我はなさそうだった。それにホッと息をつき、もう一度氷魔へ視線を向ける。改めて口にしようとしたお礼は、少しだけ真剣な顔に遮られた。

「それでは美羅さん」
「ん?」
「僕がこれから言うこと、しっかりと聞いてください」
「おう、しっかり」
「ハハッ。実は……」



























「どう思う?」
「どうって…」
「自分のことを、氷山の氷に魔物の魔だなんて」
「ブッ!!」

森の中。三人で丸太に座り、席を外すといった氷魔のことを待っていた。…そうだよねえ…その通りだよまどか!!

「決して怪しい者じゃないって…逆に怪しいよ」
「アハハッ!!!」
「笑うことじゃないよ美羅!」

怪しさ満点の氷魔に、二人は早速警戒し始めていた。いや氷魔、態となのかお前。お腹を抱えて笑いを耐えていれば、ふとさっきの言葉が蘇った。


「実は、皆さんの様子は見させていただいてたんですよ」
「あ、やっぱり」
「お気づきでしたか?…まあ、そういうわけで彼等のこと、少し試したいんです」
「皆はそんな悪い奴等じゃないぞ?!」
「分かってますよ。貴女と一緒にいるご友人が、悪い人じゃないことくらい」
「じゃあ、なんで…」
「興味ですよ。僕にとって彼等は初対面なんですから。ね?」



氷魔は、気絶していた私達を助けてくれたという設定だ。そんな氷魔に連れられて、歩き始めたわけだけど。

「……。」

氷魔には氷魔の考えがある。
だから文句はないけれども…なんとなく納得いかなくて、思わず顔を顰めてしまった。いや、まあ、仕様がないのだけど。

「なんで今度は怒ってるの…」
「さ、さあ…」

邪魔するつもりはないので、必然、初対面という設定にこちらも合わせて会話をする。……なんというか、こう、あの微妙なぎこちなさが…可笑しすぎてッッ!!


「ブッ!ククッ…!」
「美羅どうしたの?!」
「いつも通り、割といつも通りだよまどかちゃん!!」


そんな私達とは逆に、静けさを保っていたこの場所。そこに突如響いた鳥の鳴き声。なんとなく不穏な気配に、二人は顔を強張らせていた。なんだか少し、騒がしくなってきたような気がする。森が騒いでますよ、先輩。

「いや先輩って誰だよ」
「何の話?!」

頬杖をついたまま、なんとなくツッコんでみた。
うーん、いかん、よく分からないテンションになってしまっている。

私のどうしようもないツッコミを掻き消すように、がさがさと音を立てる草むら。
肩をびくつかせる二人。
そして、その音は徐々に近づき、姿を現した。


「「うっうわあああ!!」」
「お」


おかえりー。


「ひょ、氷魔さん…!」
「お待たせ。皆さんのために、これを」


魚はやっぱり、新鮮が一番ですよね。
心の中で地味に頷いてみた。





◇◇◇





「美味しいー!」
「本当にねー」


昼飯を食べ損ねた二人のために、氷魔が大量の魚を取ってきてくれた。多分アリエスのおかげだろう。ああ、久しぶりにアリエスにも会いたい。
美味しそうに食べる二人の横で、私もそれをぱくり。サンドウィッチも美味しかったけど、一個じゃもう消化しちゃいましたからね!!


「おいひー…」


この感じ!懐かしいこの感じ!
古馬村にいた頃は、子供達とよくこうして魚を釣って食べていた。コツがあるのか、皆異様に釣りが上手かったような気がする。久しぶりだ……そして美味しいな。
ゆるゆるに緩んだ表情で焼き魚を噛み締めていれば、ふと視界に映った氷魔が微かに笑ってるのが見えた。あ、てめこのやろ。




「「「ご馳走様でしたー」」」
「お粗末様でした」

お腹も満たされ、三人揃ってほくほく顔だ。
しかし、この穏やかな時間の中で、氷魔の頭がフル回転していたことは知っている。これからどうするのか、考えはまとまったのだろうか。向けた視線の先は、まだ人の良い笑みが浮かんでいた


「でもすごいよねー。あんな短い時間でよくこんなに釣れたよね」
「釣竿は?」
「え?」
「どうやって釣ったの?」


さて、二人の質問をどう切り抜けるんだろう。ブレーダーというのは隠すと言っていたはずだ。多少ワクワクしながらそれを見つめていると、氷魔は慌てたように笑い、まあいいじゃないかと口にしていた。

ほお、笑って誤魔化すのか。穏便に。
しかしその考えは、次の瞬間消えた。


「…どうしても、聞きたいですか?」
「「えっ」」
「け、結構です!!」
「ど、どうでもいいよね!!」


いや強行突破かーいッ!!
今纏った黒いオーラはなんだ。気づいていたが、お前結構力づくで解決するとこがあるな?
その表情に、二人はすっかり怯えてしまったようだ。確かに怖い。自分にとっても、脅しめいたその表情は久しぶりに見たものだった。…馴れって素晴らしいなと実感しつつ、小さく震える二人に苦笑いを浮かべてしまった。


「そ、それじゃ!私達はこれで!」
「い、いろいろお世話になりました!」


その右足と右手、左手と左足は一緒に出ていた。そんなに氷魔が怖いのか、……そうだよね、全くだよねえ。笑うのだけは意地でも堪えた。


「…この先は薄暗く、道なき道が続きます」
「「うっ」」
「毒蛇に猪に熊もでますけど…三人だけで大丈夫ですか?」
「そ、それでも僕は行くよ!古馬村に行って銀河と会うんだ!」
「銀河?…ああ、人探しをしていると言っていましたね」


態とらしいなあ、なんて、思わず空を仰ぐ。
考えたら私にもこんな白々しい時があったのか。今私が氷魔を見る目と、あの時の私を見る氷魔の目が同じなら、私はかなり怪しい目で見られていたんだろう。…っえー…心が痛い。あいたたたた。


そういえば、キョウヤとベンケイは大丈夫なんだろうか。


あの二人はリアルファイトも強そうだから、心配はいらいないと思うけれど。…どうやって再会するんだっけ?晴天に首を傾げても、答えが降ってくることはなかった。でもまあ、多分大丈夫だろう。


「銀河は今、ある男に負けてすごく落ち込んでる。今度は、僕たちが銀河を助ける番なんだ!」
「なのに、銀河は私達に心配かけないようにって。強がって…」
「なんで何も言わずにいなくなっちゃうんだよ…銀河…!」


ケンタをとまどかの不安そうな声に視線を戻すと、二人とも悲しそうに俯いていた。こんな可愛い二人を泣かせるとは…!!とか、いろいろ言いたいことはあるけど。

とりあえず、は。


「…言ってやらなくちゃな。"心配くらいかけさせろ"って」


いつかの私が言われた言葉だ。そのままそっくり返してやる。そして全力で言ってやる、このバカ!!と。ああ、早く会いたいな。困ったような笑顔を想像して、気持ちは強くなる一方だ。
にししと笑ってみせると、氷魔は少し驚いた顔をしてから、どこか真剣な表情を浮かべた。


「…見つかるといいですね、その方」
「え?」
「皆さんの友達を思う気持ちには感動しました。よろしければ、僕が安全な道までご案内しましょう!」


その笑顔に、曇りはなかった。






◇◇◇





「…この先に川があります。そこを下れば、獣道から脱出できますよ」


氷魔に連れられ暫く歩くと、なんとか森を一望できる所まで来た。

「つ、疲れた…」
「私も…」
「大丈夫かー?」

膝に手をつきぜーぜーと息を整えている様子を見ると、本当に疲れてるのが窺えた。二人共、慣れないのによく頑張った。優勝だ!!!


「っあー…」


広がった視界に、思いっきり伸びをした。森の中も好きだけど、こういう場所は開放感があっていい。そして吸い込む空気がまた一段とおいしい!!

未だ視線を上げられない二人に、広がる景色を伝えようとした、


「!、」


瞬間。









「はあ…ありがと氷魔さん!お陰で…あ、いない?」
「え!そんな…?」
「消えた…?!」
「美羅、氷魔さん一体どこに……美羅?」
「どうしたの?」
「…なんでもない」
「「?」」



"寂しいですけど、一旦ここで"



肩に残る感触とか。
耳元に残る声とか。



"では、またあとで"



離れたかと思えば、
目の前でニッコリと微笑む距離とか。



(急に囁くのは、反則だと思うんだ。あと、あんなに近いのもダメだと思うんだ)



油断も隙もない。私チキンなんで勘弁してください本当。バッカやろー。

熱すぎるその顔を隠しながら、そんな悪態をついておいた。




20110207








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