落ちた!!



「銀河にそんな過去が…」
「ケアトスー…」
「いつも明るい銀河からは想像がつかないわね…」
「ケアトスー…」
「銀河…僕達に何も言わないでいなくなるなんて…」
「ケーアートースー…」
うるせえ


怒るこたないじゃー…ん。


「コミュニケーションブレイクダンスーウゥー…」
「歌い始めた?!」



快晴の下、成す術もなくずるずると地面を引きずられていく。ベンケイ、いや痛いって。ちょっマジで服擦れてるって。


「美羅、諦めたほうが…」
「ケーアートースー…」


一人古馬村へと帰ってしまった銀河を追いかけ、私達は今、古馬村へと続く森の中を歩いている。結局、あれ以来銀河と会えていなかった。銀河…大丈夫だろうか。
心配な気持ちはもちろんあるけれど、何を言っても今向かっている所は、私の故郷でもある。嬉しくないはずがない!!

だけど、

「ケアトスー…」
「はぁ…」

ケアトスは、B-pitに留守番だと言われてしまった。ダメージがひどく、治療にも時間がかかるらしい。一緒に帰れると思ったのに…いや、一緒じゃないのに私一人で帰るなんて嫌だ!!嫌なんだって!!

「美羅の引きずられた跡が、なんか川みたいになってるんだけど」
「涙じゃな、涙」

誰もいないB-pitの作業室に、ひとり残るケアトスを想像し、思わず涙が出そうになった。その切なさは、セピア色の背景で右下に『完』という文字まで出てきそうなそれだ。なんてこった切ねえ。

何度目かも分からず、びえびえとしてしまったところで、まどかの大きな溜息が響いた。


「全く……はい」
「え?」


ぼんやりとした視界に映った、見慣れた影。呆れ顔のまどかの手にあるそれが何かを理解すると、一気に全身に力が戻ってきた。

「ケアトス!!」
「そんな顔されちゃ…見てらんないわよ本当」

受け取って確かめてみると、それは間違いなくケアトスだった。受けた傷も欠けた部分も、全部綺麗に直っている。


「やったああ!!ありがとまどか!!」
「いい?あくまでもケアトスはまだ修理中。簡単に崩れるからね。バトルどころか回すのも禁止よ」
「なんだっていいさ!良かったー!」


まどか姉さん素敵すぎる…!!背後に後光が差して見える。本当に、本当に、ありがとう…!!
手のひらのケアトスをそっと握ると、じんわりとした暖かさが胸に広がっていく。なんだか懐かしさまで感じてしまった。確かめるように何度も握って、触って、見つめて。少しひんやりとしたこの感覚が好きだ。やっぱり、一緒じゃないとな。


今度は絶対、守るから。


ニッと笑って、両手で包んだケアトスを額に押し当てた。
約束だ、絶対。一緒に強くなろう。




◇◇◇




「……で、その古馬村ってところにアイツはいるんだな」
「多分…」
「多分?どういうことだ?」
「僕、銀河が行きそうなとこ、そこしか知らないから…」

ケアトスとも無事合流?し、後は古馬村に行くのみ。
久しぶりに会える。氷魔に、北斗に、なゆに、皆に!ケンタ達の会話を聞きながらも、足取りは軽くなる一方だった。

しかし、正直道が合っているかは分からない。まあ、いずれ辿り着くことはできるのだろう。だって、この空気や木漏れ日が、なんとなく懐かしい気持ちを思い出させてくれる。つまり、きっと近づいてはいるはずなんだ。
緩みっぱなしの口元が、また緩んでしまった。


「行ってみなくちゃ分かんねえってことか…っておい、てめえは何ニヤニヤしてやがんだ」
「にししー!なんでもー!」
「美羅、そんなキョロキョロしてたら転ぶわよ」
「平気平気…っとばっ?!」


あ、やべ。
そんな三文字が脳内に浮ぶのと同時に、体はぐらりと傾いていく。

ちょ、読めすぎていた展開。脳内でそんなことを吹き出していたら、ぐっと何かに支えられる感覚がした。それが誰かなんて考えずとも、この位置から私を支えられるのは一人だけだった。


「あはは!あっりがとキョウヤ!」
「しっかり前を見ろバカが」
「にひひー!!」
「おい誰か止めろこいつ」


呆れ顔のその背中を軽く叩いてみれば、あからさまに嫌そうな顔をされた。失礼、おまえ、失礼。


「チッ、……あ?」
「ん、どうしたキョウヤ?」


肩から手を降ろし、キョウヤは険しい顔で辺りを見回した。それに釣られ、同じように辺りを見回してみるが、そこには変わらず森の緑が続いているだけだった。キョウヤの異変を察知したベンケイが、不思議そうに首を傾げる。

「キョウヤさん?」
「……視線」
「視線?」
「…いや」

再び足を進め始めた皆を横目に、もう一度広大な緑に視線を向けた。ざわざわと風が葉を揺らし、静かに音が響いている。


「美羅ー行くわよー」
「おう」
「後ろ向きで歩かないの!」
「おう」
「美羅!」


私の目には見えないけど、
もしかして、


(視線って……、)





◇◇◇





「さ、皆で食べましょう」
「いただくぞい!」
「あ、ベンケイずるいよハムのところばっかり!」


大分歩いてきたけれど、まだ古馬村へ着く気配はない。多分道違うような気がするんだよな……いや正しい道も結構曖昧ではあるのだけど。
うん、そしてサンドウィッチはすげえおいしい。

「それにしても、こいつらとは違って美羅は全然疲れとらんようじゃな」
「あったりまえよー」

今に生きている、あのひどい山道での特訓を思い出した。頑張った、本当に頑張った。毎日のように、登ったり、山菜取ったり、走ったり、山菜取ったり、山菜取ったり、山菜………いや、もう止めよう。辛い思い出の大半には、山菜が添えられている。間違いなかった。

歩き慣れているというのもあるのか、確かにそこまで疲れは感じていなかった。そういう意味では、良い特訓だったのだろう。
いつの間にか始まった、三人のハムサンドウィッチ争奪戦をBGMに一人しみじみと頷いておいた。

すると、輪には混ざらず、少し離れた位置でひとり背を向けるキョウヤが視界に入った。


「キョウヤ?」
「あ?」
「食わないのか?」


隣に並びそう言えば、キョウヤの手にはしっかりと握られた…ああ、持ってるのね。流石だね。
それならばと、遠慮なく自分もサンドウィッチを頬張った。

その間も、風は緑を揺らして、生まれる音が耳を擽っていく。いいなあ、こういうの。怒られそうだから言わないけど、遠足みたいだ。葉が光を散らしていく。その穏やかな風景に、またにんまりとしてしまった。


「随分嬉しそうだな」
「んー?」
「アホ面に磨きがかかってるぜ」
「いやいやそんなー」
「なんで照れんだよ」


ゆるゆるの自覚はある。でも、別に今はいいんだよ。実際嬉しくて仕様がないのだから。そもそも、今の平和な時間や、これから古馬村の皆に会えるという事実を前に、顰め面をしろという方が無理な話だ。

先日の嵐がまるで嘘のように、心は穏やかだった。

ん?、そういえば待てよ。

頭を過った嵐に、言いそびれていた言葉を思い出した。


「…あ!、あのさ」
「あ?」
「その節はどうもね!」
「どの節だ」


おお、ナイスツッコミだ。
流石キョウヤだ。そんなリズム良く帰ってくるとは思わなかったさ、ちょっと吃驚だぜ。驚きだぜ。

「暗黒星雲の件さ。なんか、キョウヤにはいろいろと世話になったようで…」
「ああ…」
「私という名の荷物もちだったとか?」
「違え」

皆に迷惑かけちゃったからな。正直、あまり覚えてはいないのだけれど。それも申し訳ない。特に、キョウヤは私を運んだりなんやり、いろいろと気遣ってくれたことは聞いていた。…申し訳ないことをした。



「助かったよ、ありがとう」
「…見たのか?」



気まずそうに眉を顰め、小さくその口が動いた。
何をってのは、聞かなくても分かってしまう。

だから息を吸って、そのまま言葉にした。


「見たよ」


大きく伸びをしてから、キョウヤを覗き込む。返事のないその表情は、変わらず険しいままだった。暫くその顰め面に視線を合わせていたが、風に揺れた髪が擽ったくて、思わず笑ってしまった。
あれを見て、キョウヤはどう思ったんだろうか。いや本当、怖いよねえ。深堀したくないから、それを問いかけるつもりはないけれど。


「アイツとさ、戦ったんだ」
「……。」
「全然敵わなかった」


絶望した、なんて言い過ぎだろうか。
私はあの場で、何もできなかった。もっと心が強ければ、もっと腕があれば。冷静になった頭で嘆いたのは、自分の弱さだ。そして、それは今まで自分が意識していなかったもの。その甘さを理解した。

正直、勝ち負けはどうでも良かった。
全ての原動力は、楽しい、だったから。


「私さ、勝ちたかったよ」
「……。」
「初めてさ、あんなに勝ちたいって思ったの」


いろんな部分で、完全な敗北だった。だからこそ、逆にスッキリしてしまったのかもしれない。
キョウヤの険しい視線を浴びながら、きつく目を閉じてもう一度ぐっと伸びをした。


「…バトルは楽しくなくちゃ。そう思ってたけど、それだけじゃないのかもって、ちょっと思った」
「……。」
「勝つってのも大事なんだな。もちろん、それだけじゃないけど」
「……。」
「勝たなくちゃダメだったんだ」


じゃあ、徹底して勝ちにこだわるのか。
答えは否だ。

だって、原動力は簡単には変わらない。
そもそも、変える気もないんだ。


「だから私は、」


どうせなら、目標はでかく。
吸い込んだ空気は、よく澄んでいた。


「決めたんだ、楽しんで勝つ!これが私のバトル!楽しくないのは嫌だし、負けるのも嫌だ!」


ちょっとやることが増えただけだ、何も変わらない。これまで同様派手に楽しむけど、本気で勝ちも取りに行ってやる。
やりたいことが沢山あっても、悪いことはないはすだ。



「我が儘かもしんないけど、それが私のバトルだ。だって、そんなバトルができたら…」



そんなバトルは、



「最強じゃね?」



楽観的だろうが理想主義だろうが、それが自分であれば仕様がない。この結論に至るのに、時間はかからなかった。むしろ天才だと思ったね!!さらに思いっきり楽しんでやろうじゃないか!!


零れた笑みをそのままに映せば、驚いたキョウヤと目が合った。その表情は、ちょっと予想していなかった。数秒の間。そこでふと、どきりとする。……、私なんか、余計なことまでぺらぺらと喋ってなかったか?口勝手に動いてなかったか?


「……。」
「……。」


未だ表情を崩さないキョウヤに、頬が熱くなるのを嫌でも感じた。


「わ、わ、悪いキョウヤ!なんか私ぺらぺらと…」


え、うわ、恥ずかしい。なんか、最早何を言ったかも自信なくなってきた。え、そんな変なこと言ったかな。気が付いてうわあああ!!って、こういうのなんだな。うわ、なんか恥ずかしい。
思わず視線を外し、口元を片手で覆う。苦し紛れに、熱い頬もぐっと潰しておいた。


「……いいんじゃねえか」
「え?」


頭上から降ってきた声に、視線を向けた。



「てめえがそう思うなら、それでいいんじゃねえか」



呆気に取られる間も失うくらいに、また別の意味で頬が熱くなってきた。どうしよう、なんだこれ。嬉しくて仕様がないんだけど。


それに、

キョウヤも、こんなに穏やかに笑ったりするんだ。


「…ハハッ!」
「…なんだよ」
「格好良いなー!キョウヤは!」
「はあ?」


にやにやとキョウヤを見つめれば、大きく顔を逸らされてしまった。そうはいくか!!照れてるでしょ、盾神さん照れてるでしょ!!

逸らすキョウヤと、回り込む私。

「おいてめえ、いい加減に…!」
「キョウヤさんかっわいー!」

不思議な追いかけっこに終止符を打ったのは、


「てめえ……、ッ!」


キョウヤの頭に直撃した、何か。


「うわ、大丈夫?」
「チッ、…なんだ?」
「木の実…?」


心底イラついた様子を見ると、結構痛かったんだろう。うわお、ドンマイ。


「木から落ちてきたのかな?」
「そんな威力だったか?」
「そっか。ってか……」


目の前に木々は広がっているが、当然真上にはない。それに、すごいスピードで真っ直ぐ飛んできたような…?
顔を見合わせて、お互い頭に"?"を浮かべてみた。なんだ、この不思議現象。


「…なんだったんだ?」
「さあ…「あばよ!!
ご勝手に!!

「あ?」「え?」


なにやら、あっちはあっちで問題発生のようです。




◇◇◇




「強引!」
「分からず屋!」
「鼻息荒っ!」
「ベンケイって…」
「「最低!!」」
「おいおい……」


食べ物の恨みはなんとやら。
昼飯のことで始まった口論は、どうやら結構大事になってしまったらしい。
まさかの別行動だ。あっちは二人で大丈夫なのかな…古馬村の側だろ?結構危険なんじゃないか?

二人の数歩後ろで、気づかれない程度に溜息をついてしまった。
さて、どうしたもんだろう。


「いっけー!ブルアッパー!」
「アハハ!似てる似てる!」
「ブッッ!!ちょ、ケンタ!!息つまるかと思っただろう!!」

え、やっば、似てるッ!!ケンタのモノマネ似てる!!思わずごふってなっちゃったよ!!
せめて前振りが欲しかった。突然のことに、完全に油断していた。笑いすぎて腹筋は結構重傷だった。

「…でも、良い所もあるよね」
「!、……うん」
「今日だって、銀河のことを思って…」

ひとしきり笑い終えた後、二人の口からぽつりぽつりと漏れた言葉。お腹の痛みも治まってきたところで、小さく息をついた。


「バーカ」
「うっ…」
「うう」


苦笑いで距離を埋めていけば、しょんぼりとした二人。可愛いなあ…って、違う違う。


「アイツもきっと、今頃同じこと考えてるよ」
「…そうかもね!」
「古馬村に着いたら、会えるよね?」
「会えるさ、きっと」
「うん、先に行って吃驚させちゃおっか!」
「「「おー!」」」


拳を高く振り上げ、いざ出発!

















「いやいやいやいやいや、出発したくない出発したくない」

「でも、この道しかないし」
「時には振り返ることも大事なんだよ?!」
「が、頑張る」
「まどか目が本気だ!!」


本当に数センチの足場。
下に広がる、世界。
崖に沿って歩くこの道を、私はなんと言っていいのか分からない。でもこれだけは分かる。ここ、通っちゃダメなとこだ絶対!!!


「一刻も早く古馬村へつくためにも、行くしかないよ!」
「そりゃそうだけど…」


ケンタの強い視線が、胸を突き刺す。うっ、痛い。


「…分かったよ。まどか、荷物貸して」
「え?」
「まどかが持つより安全だ」
「だ、大丈夫よ!」
「ダメだ。この道通るなら、私にパス」
「うっ…ありがと」


こんな危ない道、山道を通り慣れてなきゃ渡れるはずがない。まどかが持つより安全だとは思い言いはしたが、実際どうだろう。いーや私だって渡れるか不安だよ。


「い、行くよ?」
「うい」
「う、うん…」



一歩



一歩



一歩




「…本当にこの道で合ってるのかな?」
「ケンタそれ今更!!」
「というかこれ、道なの…?!」


崖に沿って、一歩一歩。


なんか見覚えあるぞ、この場面。


…そうだッッ!!
確かこれ落ちて、そして氷魔が助けてくれるんじゃなかったけ?!

いやでも待てよ。それはあくまでも私のいない世界だったわけで、今この状況でどうなるか確証はないんじゃないか?
もしかしたら、今ここはストーリーにはなかった別の崖で、氷魔が助けてくれる崖は、もっと後にある別の崖なんじゃないか?!



嫌な汗が伝う感覚に、

広がる世界。



「下、見ないほうがいいよ…」



ケンタがそう言うと同時に、ぴしっと嫌な音、が。


「えっ!いやああああ!!」
「まどか!!」
「まどかちゃん!!」


崩れた足場から落ちるまどかの片腕を、なんとかキャッチした。だけど、人一人を片手で支えきるなんて。


(…無理だ!!!)


腕の力が抜けると同時に、
空を舞う感覚が。



ダメ、無理、頭真っ白。



こんなベタな展開…

あってたまるかああああ!!!!



20110201








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