ぽつり


「左回転?!」
「そんなベイ見たことねえぞ?!」


最上階へと向かった銀河を追いかけ、僕達もなんとかそこまで辿り着くことができた。
そこで目にしたものは、大きな爆発と共に現れた、竜牙。睨み合う二人の間には、とても言葉には表せないような威圧感があった。


銀河は、怒りを露にして竜牙へと向かっていく。そして、海面から現れた大きなスタジアムで、バトルは始まった。スタジアムで暴れるエルドラゴ。普通のベイとは違うその動きに、僕たちは目を疑った。左回転だなんて、聞いたこともなかった。


「でも間違いない…あまりに回転が速すぎて、肉眼じゃ確認できないのよ!」
「そんな…!!」


しん、と静まり返る空気。
そんな時、何故か頭の中に響いた"大丈夫だって"。

(あ……)

その余裕そうな発言は、僕からのではない。不敵に笑う口元から、紡がれる言葉。
まどかちゃんも、ベンケイもキョウヤも、皆ここまで無事に辿り着いた。だけど、美羅の姿はまだ見えない。

あの後どうなったんだろう…大丈夫かな…。





そんな不安は、目の前で形になる。





「気が付きましたか」
「!!」「なっ…?!」


突如後ろから響いた声に、驚いて振り返った。そこにいたのは、高い位置から僕らを見下すように言葉を続ける大道寺。でも違う、問題はそこじゃない。

「美羅!!」

頭が混乱してしまった。焦りとか怒りとか、一気に混ざり合って自分にもよく分からない。只、大道寺の脇に抱えられた美羅が、そこにはいた。


「数あるベイの中で、左回転するのは唯一…」
「ふざけんな!!そいつに何をした!!」


何事もなかったように話を進める大道寺に、キョウヤは一歩踏み出した。直後響く、乾いた笑い声。

「いやですねえ…単にバトルをしただけですよ」
「とぼけんな!!」
「美羅!聞こえる?!美羅!!」

まどかちゃんの声にも、美羅は反応を示さない。どこかぐったりとしていて、様子がおかしいことは明らかだった。


「それにしても、キョウヤ君も悪い人だ。ちゃんと忠告して差し上げなかったのですか?」
「…お前まさか!!」
「そのまさかですね、きっと」


言葉の意味が分からない。忠告って、何?
キョウヤは一体、何の話をしているんだ。

「キョウヤさん…?」
「…チッ…!」

視線を向けると、キョウヤは悔しそうに拳を握りしめていた。その行動とは裏腹に、表情はすごく焦っている。
全然状況が分からない。でもまずは、美羅助けなくちゃ。ざわつく胸に急かされ、一歩踏み出し声を張った。


「美羅を返せ!!」
「言われなくても。ほら、どうぞ」


え、

ぞわりと、全身が震えた。
大道寺は余りにあっさりと、躊躇いなくその場から美羅を突き落とした。

一気に全身を襲った恐怖に、一瞬足が動かなかった。さぁーっと血の気が引いていく感覚。
美羅は、重力に逆らうことなく落ちてくる。いけない、このままじゃ…!!
必死で一歩を出そうとした僕の視界から動く、一つの影。地面とぶつかってしまう寸前のところで、キョウヤはなんとか美羅を受け止めていた。


「おい!おい美羅!しっかりしろ!!」
「美羅!!」
「てめえ…!!」


よ、よかった…。

その無事を確認して、ホッと力が抜けるのも束の間。もし間に合っていなかったら、そんな想像がまた胸をざわつかせた。僕たちが助けるとを分かってて、こんなひどいことを?だけど、怪我じゃすまなかったかもしれないんだ。その事実が、皆の表情をさらに険しくさせた。


「今回の所は私が引き下がりましょう。良いデータもいただきましたし。それに美羅さんも、落ち着くのに少し時間がかかりそうですからね」
「どういうことだ!!」


睨みつけた視線も、意に介してないようだった。
それが許せなくて口を開こうとした瞬間、小さく声が聞こえた。


「美羅!」
「良かった、意識はあるのね?!」
「しっかりせんかい!美羅!」


キョウヤの腕の中で、小さく自分の体を抱え込む美羅。遠目じゃ分からなかったけど、その姿はぼろぼろだった。


「……い」
「え?」


「勝ちたい…なんで私は…勝てないッ…!!…ケアトス…!!」


小さく、紡がれた言葉。
腕で顔を覆い、震えていた。

泣いている。

こんな美羅の姿、初めて見た。




◇◇◇




風が、唸る音。


どこで、気を失ってしまったんだろう。
どこまでが、夢だったんだろう。

中途半端に保っていた意識が、少しずつ覚めていく。

からからに乾いた喉に、冷たい空気がすっと入ってきた。それすら痛くて、思わず顔を顰めてしまう。そんな再びぐらついた頭へと、声が入り込んだ。


「しっかりしろ、おい!」
「……、キョウヤ?」


顔を上げると、そこにはどこかホッとしたようなキョウヤの表情があった。
キョウヤがいるってことは、ここは…どこだ?何が現実で、何が夢だったんだ?

未だ覚醒しない視界に、淀んだ空が映っていた。その視界のなかで、痛い呼吸を繰り返す。痛みと酸素で、徐々に体の感覚が戻り始めた。

そして、
手の中の感触に、一気に覚めた。


「……ッ…」


思わず、息を呑んだ。

全部、現実だったんだ。


「美羅!」
「美羅、大丈夫?」


思い出した事実に、ぞくりと何かが這った。
大きく息を吐いて、手の中のそれをもう一度強く握りしめた。冷たい。変わらない感触に頭の中がぐじゃぐじゃに乱される。
確認しなくても分かる。でも、見なくちゃいけない。そっと解いた手の中は、鈍い色で満たされていた。

「ケアトスッ…」

両手でそれを包み込み、顔へと押し当てた。守れなかった、何も守れなかった。じんわり熱くなってきた目元がずっと痛い。


なんでこんなことになるんだよ。


皆が何か言っている。激しい衝撃音がする。風が唸っている。でも、よく分からない。
いろんな音が、耳を通り抜けていった。


















「攻めろペガシス!!エルドラゴをぶっ潰せ!!!」

大きく空間を裂いた声に、びくっと体が震えた。
顔を上げると、銀河と竜牙が向かい合ってバトルをしている。だけど、銀河の様子が変だ。


「ぶっ潰せ!!!」
「もう止めて!!銀河!!」
「父さんを…父さんをバカにするな!!!」


隣で叫ぶケンタの声も、銀河には届いていないようだった。負の感情に飲まれていくその姿に、どろどろと危なげな色がいくつも重なっていくように見える。
銀河が、いつもの銀河じゃない。


「違う…」


「、は?」
「違う…止めろ銀河!」
「な、おい!」


衝動的動いた体が、銀河のもとへ駆け寄ろうとする。ふいに掴まれた腕で、キョウヤがずっと抱えていてくれたことに気がついた。だけど、その顔を見る余裕もなかった。その腕を振り払い、一歩前へ。

「銀河…!!」

届きもしないと、分かっていた。
近づきたくても、近づけなかった。
その理由は、分かるようで、分からなかった。


「違うんだ銀河…!!!」


どろどろに塗りつぶされた色が、彼の姿を覆っていく。止めろよ、もう止めろよ。そんなこと意味ないんだ。そんな目をしなくてもいいんだ。そんな思い、しなくていいんだ。

だから、そんな顔をしないでほしい。

自分が苦しいのは怖い。
誰かが苦しいのは、嫌だ。

もう誰も、苦しむな!!!






「違う銀河!!、流星さ、!!……」






ぴんと、張り詰める。
完全に覚めた頭に、世界が真っすぐ映っていた。



言葉にできなかったのは、
多分、自分の意志だ。



「もう十分だ、終わりにしてやる」



これは、罪悪感なんだろうか。



「竜皇、翔咬撃!!!」



竜皇の声が響き渡る。

これは、なんの感情だろう。
何に対してか分からないそれに、唇を噛み締めた。


















「…ごめん、父さん…!!」

枯れきってしまった目からは、もう何も零れなかった。


龍に呑まれた、天馬。


ぐらりと崩れた世界に倒れこむ。
悲痛な叫びが、耳に残った。



20110120








×