だとしたら俺は


歩き出したその瞬間。
扉をくぐったその瞬間。

つい昨日までこんなこと当たり前にしていたはずなのに、その一歩がどうにも重く感じた。傷のせいかどうかなんてことは分からない。


それか若しくは、


「…おい。いつまでついて来る気だ」
「え、だってまどかにキョウヤのこと任されたしさ。ついて行かなくっちゃあれだろ」


当たり前のようについて来る、こいつのせいか。


効果音でもつきそうなほどに、へらへら笑うこいつの心境は、俺にはとても理解できそうにない。理解してえとも思わねえが。わざわざ抜け出してきても、全く意味がなかった。


「…律儀な奴だぜ」
「おう!真面目に適当が私のモットーだ」
「そうかよ」
「そうとも」


崩れないその表情に、呆れにも似た感情がどっとのしかかってきた。そういや、これに訳もなくイラついていた時もあった。……今でもムカツクことには変わりはないが。だが、前よりそうは思わない。とんだ心境の変化だ。

「つかキョウヤ、これどこに向かってんの?散歩ですか。ああ、なるほど」
「違え」

振り向くことなく、数歩後ろから聞こえる声にそう返した。別に行く場所なんてない。それに、何か考えがある訳でもない。強いて言うなら、こいつをどう撒くかってことだ。





それにしても、だ。

これから、本当にあいつ等の所に乗り込む気なのか。
つい数分前まで話していたあの内容が嘘のように、後ろのこいつは笑ってばかりだ。自覚あんのか?敵の本拠地だといって、嘘じゃない。


第一、あそこは。


「お、カモメー」


振り向いた先のこいつは、手を頭の後ろで組み、暢気に横を眺めていた。


(なんでこんな奴が…)


正直な感想。
俺にだって分からねえ。大体、本人さえ知らねえことを、俺が知ってるわけがねえ。
だが、今こいつが暗黒星雲に飛び込むことだけは、確実にまずいことだと分かっていた。さらに言えば、そもそも俺には止める理由も義理もない。

だがあれは、

"無"という理由吹き飛ばすほど、あまりにも。



説得だろうと実力行使だろうと、止めさせることはできたのかもしれない。それなのに、

「結構前から決めてるんだよね」

あの一言で何も言えなくなった。
その表情があまりにも笑ってやがって、余計に。

たったそれだけのことに負けた俺を、自分自身で殴りたい気分だ。


「キョウヤ」
「あ?」
「どした?」


間抜けな表情で、こいつは俺を見つめていた。ああ、そうか、そういえばじっと見っぱなしだったのは俺の方だった。


「…なんでもねえよ」
「そーでスか」


あ、また笑いやがった。
しかも少しにやついてやがる。


「…んだよ」
「いやいやーなんでもー」
「チッ」


改めて思う。出会い頭からそうだ。
こいつは、中田美羅は、

変な女だ。



◇◇◇



止めていた足を適当に進め、気づけばどこかのビルの屋上まで来ていた。

今日はやたらと、大勢の奴らがうじゃうじゃといている。…全部あいつの、鋼銀河のため、か。

「おい」
「ん?」

未だ俺の数歩後ろにいるこいつは、欠伸交じりな返事を返した。


「本当に行くのか、奴らのところに」
「もちろん。なんだ、まだ何かあるのか?」
「もう何も言わねえよ」


どの道、言ったところで何も変わらねえのは目に見えてる。結局俺には、どうしたらいいかなんて分からなかった。

屋上の塀に足をかけ下を覗き込めば、あの時スタジアムに押しかけてきた奴らが、せわしなく動き回っている。それもこれも、暗黒星雲の情報を掴むため。

情報なんて、簡単に手に入るわけねえのに。


「…禁断のベイか。あいつ等はどうしてそんな夢みたいな話を鵜呑みにできる」


そして何より、


「人のために一生懸命になれる」


そんな聞こえもしない俺の言葉を蹴り飛ばすかのように、止まらない動き、響く「何か分かったか?」なんて声。
理解できねえ。何がそんなにあいつらを駆り立てているのか。


「好きだからじゃね?」
「は?」


突如響いた、側にある声。
先ほどまで後ろにいたはずのこいつは、いつの間にか俺の横まで来て、同じように下を眺めていた。

「別に堅い理由なんてないんじゃねーの?」
「…ますます理解できねえ」
「んー…。何というかさ、そいつのことが好きだから、何かしてやりたいって思うんじゃね?見返りとか関係なく」
「は?」
「ま、理由なんてないんだよ。多分」


下へ向けていた視線を隣へ移せば、こいつはまるで勝ち誇ったような、そんな強い笑みを浮かべていた。不覚にも、その表情に何も言葉が出なかった。


「…お前もなのか」
「ん、まーな!」


搾り出した言葉、だった。
また嬉しそうに笑いやがって、意味分かんねえ。


「…それはキョウヤも一緒じゃない?」
「は?」
「理由、ないんじゃね?」


既に何度言ったかも覚えていない、疑問の言葉。こいつは本当に、訳の分からないことばかり言いやがる。思わず顔を顰めれば、気にした様子もなくこいつは言葉を続けた。

「なんなのかは知らないけど、私のこと助けようとしてくれてるんでしょ?」

…ああ、そのことか。
忘れかけていたあの現実が、リアルに蘇ってくる。本当に行かせていいのか、このまま。

「ありがとうな」

ニッと笑った。
屈託の無い笑み、ああ、こういうのを言うのかなんて思いながら、無意識に短く返事をしていた。





頭に流れては消えていく映像。

本当に、なんでこいつが。
こんな、人より少しヘラヘラしてるようなだけの奴が。なんで。

「さってさって、キョーヤ君。それじゃあ早速、暗黒星雲の情報をくれたりすると嬉しいんだけど」

誰かの為。
そんな理由で収まる話なんだろうか。俺を今動かしているそれは、好きだとか、見返りとか、そんな簡単なことじゃねえ気がしてならない。

紛れも無い、焦燥感なんじゃねえか。


「おーい。キョウヤ?」
「お前は」



「お前は、なんなんだ?」



気づいたら口に出していたことなんて、いくら考えようと取り返しがつかない。


只、この笑顔がどんな意味なのか。


「…ブレーダだよ。只の」


俺には分かるはずもなかった。




暗黒星雲。銀河は確実に、そこへ行くんだろう。そしてこいつも。見下ろした先には、変わらなく情報集めに必死になるあいつ等。

問いかけるように、漠然としたもの。俺すら答えが分からない。

なあ、

俺は一体、どうするんだ?




20110107








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