お前は来るな




「ケンタ、気持ちは分かるけどさ…」
「……。」


あの激闘から次の日、大道寺を追って行った銀河はまだ帰らない。一方キョウヤの方は、今はB-pitで眠っており体も心配はなさそうだ。

「朝からずっと座りっぱなしじゃん」
「…うん」

そんな中、銀河を待ち続けるケンタは今朝からずっとB-pitの入り口前で座り込んだ状態だった。私も一緒になって座り込み、もう何時間も経っているが、銀河の姿は全く見えない。

何を言ったところで、ケンタは絶対動かないとは思うけどさ。ここまで沈んでいると、少し心配だ。


「…お前まで倒れんなよー」
「うん、ありがとう」


立ち上がってわしゃわしゃと頭を撫でたら、そう返事が返ってきた。どこまで行っちゃったのかなー銀河。ヘリを走って追いかけるなんて、本当無茶にもほどがある。追いついても追いつかなくてもすげえよ。


……よし、一回キョウヤの様子を見に行こう。そろそろ起きても可笑しくないはずだ。
ケンタの背中を一瞥し、思わず苦笑いを浮かべてしまった。偉そうなことを言ったが、実を言うと私も、落ち着かなくてじっとしてられなかったりするんだ。



















「あ、キョウヤ起きたんだ。ちーっす」
「!、お前は…」

扉を開けるとそこには、何故か照れた様子のキョウヤ。そして、焦っているベンケイ、笑っているまどかがいた。

「なんか随分おもしろい光景なんだけど」
「あ、美羅!」
「何々?どしたの?」
「なんでもねーよ」

ちっ、と吐き捨てるように言ったキョウヤ。うん、憎まれ口叩けるほど元気なら、もう心配いらずだな。良かった良かった。

「とにかく、寝ずに看病してくれたベンケイに感謝することね」
「チッ…」
「ああ、なるほど」

はっはーん、なるほどな。ベンケイの好意に照れてたってわけか。やるなあツンデレ!さ流石!


「なにお前、照れてんの?」
「うるせえ」
「あ、それに美羅にも感謝しなさいよ。看病してくれたのは美羅もそうなんだから」
「お?」


ニヤニヤとした笑みを送れば、まどかからのまさかのパス。いやいやそんな。ベンケイと比べたら私何にもしてないよ。強いて言うなら、頬の傷に触ろうとしてベンケイに止められたくらいですよ。

「大したことしてないよ。私はベンケイと違ってばっちり寝てたし」

信じられないといった様子で目を向けるキョウヤに、手を振って笑いかけた。すると一瞬ぽかんとしたあと、なんだかばつが悪そうに目を逸らされた。(んん?)


「キョウヤ?どーし、」
「まどかちゃん、美羅!銀河だ!銀河が帰ってきた!!」

「えっ!!」
「お!」


上の階から、小さくケンタの声が聞こえる。どうやら、銀河が帰ってきたみたいだ。ああ、良かった。なんだかホッとして、どっと力が抜けてしまった。すると、ベンケイがその横を通り素早く部屋から飛び出した。まどかもそれに続くように扉に手をかけたところで、「あ」と悩むようにこちらへ振り返った。

「行ってきなよ。キョウヤはちゃんと見てるからさ」
「う、うん!お願いね!」
「はいはーい」


ぱたん、と扉が閉まった。


「おい」


くるりと振り返れば、なんとも苦い顔と目が合った。傷が痛む…わけではないと思うのだが。

「キョウヤさんのお目付け役。まだ動くなよー。治りきってないんだから」

にっしっしっ、と笑ってやった。まどかが心配していたのは、恐らくキョウヤが抜け出すことだろう。無理もない、キョウヤならやりかねないし。実際どうだったかは、イマイチ覚えてないけどさ。

「…それは、てめえだろ」
「ん?」

いつまでもキョウヤに上を向かせるのは悪い気がしたので、近くのイスに座り、視線の高さを合わせる。真っすぐ合う視線に頬杖をつくと、キョウヤは居心地が悪そうに口籠っていた。なんだよ、珍しいじゃん。


「…あの女に言われた」
「まどかに?何を?」
「その傷…」


ちらりと向けられたキョウヤの視線の先。あ、と思って頬の絆創膏を触れば、キョウヤは顔を伏せてしまった。

そういえば、すっかり忘れてたな。

「…痛むのか」
「そんな柔じゃない。気にすんな」
「……。」

(あちゃー…。)

まどかもそうだけど、こんな時どう伝えればいいのだろう。これはバトルでできたものであって、全く持ってキョウヤのせいではない。強いて言うなら、私がもっと強ければ良かったって話なだけだ。
黙り込んでしまったキョウヤから視線を外し、思わず頭を掻いてしまった。こういうのって、どうも苦手だ。


傷全部に絆創膏なんてつけたら、そりゃ恐ろしい姿になるよ?!なんてまどかに力説して、今は頬に絆創膏が張られている程度だ。
いや、本当はこれも取って良かったんだけどね。女の子が顔の傷なんて見せるもんじゃない!!と、今度はまどかに力説されてしまった。でも絆創膏も傷も変わらないと思うんだ。なあ、どう思うまどか氏。


「…傷、残るのか」
「いやいや!そんな大げさな傷じゃねーよ!」


短いような、長いような。
少しの、間。



「…悪かったな」



目が、点になった。

え、あのキョウヤが…?!
驚きのあまりキョウヤを凝視すれば、なんだよと不服そうに返される。
思わず口元がにやけて、笑い声が漏れてしまった。

「…んだよ」
「あ、いやごめんごめん。ありがとう。大丈夫だから。そんな気にしなくても平気」
「…そうか」
「それにさ!頬に絆創膏って、ちょっと格好良くない?」
「はあ?」

重たい口調から一転、間抜けな声を上げたキョウヤ。

ずっと思ってたんだけど、頬に絆創膏格好良いよね!!実はこっそり気に入ってしまった。いや、こんなことまどかには絶対言えないけどさ!!なんかヒーローっぽくね?

どうよ?なんてキョウヤに尋ねれば、一瞬ぽかんとした表情の後、肩を竦めて小さく笑われた。わあ、その笑い方は可愛いかも。

「…変わった奴だぜ」
「にしし!そりゃどーも!」

そういえば、キョウヤの普通に笑った顔なんて初めて見たかもしれない。そのことにまた、笑ってしまった。



ふと空気が緩んだところで、さて、と気持ちを切り替える。キョウヤには、聞きたいことが沢山あった。少し尋ねずらい内容でもあったので、ある意味二人きりというのは好都合だった。

「そういえばさ、ちょっと聞きたいんだけど」
「何がだ」
「暗黒星雲で、何があったの?」

一瞬目を見開いたその姿に、何かがあったのは間違いないのだと確信を得る。
僅かに流れた静寂に、緊張感ようなものが走る。その意味もよく分からないが、キョウヤの顔が強張るのを見ると、なんだかこちらにまでその緊張感が移ってしまった。

数秒の間。その口がゆっくりと開いた。


「…何もねえよ」


いーや嘘つけーーいッ!!!!
焦らされた分、ツッコミどころかずっこけそうになったじゃないか!!
いや、落ち着け、相手は怪我人だ。ハリセンくらいなら許されるかと思ったが、話が脱線しそうなので頭を振る。咳払いで気持ちを落ち着かせ、もう一度口を開いた。

「…んー…じゃあさ、なんで昨日私を庇ったんだ?」
「……。」

無言ってことは、やっぱり庇ってくれたのは勘違いじゃなかったのか。
庇ってくれた理由も気になるところだが、その前にまず、なんで私が庇われなくちゃいけないかだ。


理由として考えられるのは、あれか。少し前に大道寺に言われたこと。興味があるだとか、来てほしいだとか。……うーわなんか自分で言って恥ずかしいというか寒気がしてきた。

「大道寺に言われたんだ。私…ってか、アイツはケアトスに用があるんだって。…もしかして、それ知ってて庇ってくれたの?」

手持ち無沙汰故に、思わず足をぶらぶらさせながら問いかければ、キョウヤは尚も真剣な表情を崩さず、眉間に皺を寄せた。


「…大道寺がお前を狙ってるのは事実だ。…お前は知ってるのか?その理由」
「いんや、全然」
「…そうか」


そしてまた、何かを考えるようにキョウヤは黙り込んでしまった。一番私が悩むべきなんだろうけれど、何故かキョウヤは、私以上に真剣な表情をしている。それに首を傾げてみても、特に意味はなかった。

それにしても、なんでまた暗黒星雲に興味なんて持たれたんだろう。笑えねえよ、流石に。実力が認められて竜牙の餌候補にされる程、自分が強いだなんても思えないし。

(…やっぱこいつに何かあんのかな)

まどかによってメンテナンス済みのケアトスを見れば、メタルウィールがきらりと光った。



……。

いや、ねえな。きっとねえーよ。だってケアトスだよ?確かに謎が多いベイではあるけどさ。相棒として言わせてもらう。こいつがそんなミステリアスな奴には思えない!!
その輝きは、ドヤ顔に近い何かを思わせた。






「なあ」
「ん?」
「…お前は行くかの。奴等のところへ」


重く響いた声の意味は、私には分からない。だけど、奴らというのは暗黒星雲のことで間違いないだろう。銀河達も行く気満々だろうし、何より私の目的の一つでもある。


「行くよ、当然」


にししっと笑って腕を組めば、キョウヤはまたばつが悪そうに眉間に皺を寄せた。それはちょっと予想外で、思わず間抜けな声を出してしまった。


しかも、それに続いた言葉。



「お前は行くな」



「え?」
「てめえだけは、行くな」


おいおい私限定?
なんて笑うこともできなかった。行くな、って。なんでだ?

「なんで?私だって戦えるし。ブレーダーだよ?」
「関係ねえ。行くな」
「…大道寺が狙う理由と、何か関係あるの?」
「どうでもいいだろ、そんなの」
「よくねーし!笑わせんなよお前!」


いや、実際笑ってなんかいないけどさ。キョウヤの真剣な瞳が、突き刺さる。なんでそんなに、必死なんだ。キョウヤは一体、何を知ったんだ?
不確かな物だけが増え、すっきりしない気持ち悪さがそこに積み重なっていく。


「なあ、なんでだよ」
「うるせえ」
「理由も知らないまま、黙ってここにいろってか?!」
「ああ」


進まない話に、カチンッと来た。
理由を教えてくれる気配もないし、だからって行くなって言うのも止めない。


そんな我が儘が

通じると思うなよ

現代っ子がああああ!!!!!


「まあ私もだけどね!!」
「はあ?」

がっしゃーーん!!と心の中では盛大にちゃぶ台をひっくり返した。

「…とにかく、私は行くよ」
「バッ、ざけんな!」
「ふざけてない。私にも私の目的がある。…だから、行く」

椅子から立ち上がり、まだ何か言おうとする彼に手を翳して、その文句をかき消した。どの道、理由を聞いたところで行くことに変わりはないのだけれど。

私には、私の目的。


「キョウヤが言えないなら、自分の目で確かめるしかないじゃん」

それにさ、

「…あいつは一発殴るって、結構前から決めてるんだよね」


ニッと笑ってそう言ってやった。


そこは譲れないなあ。大事な目的だ。

呆気な表情の彼から盛大な溜息が漏れるのは、あと数秒後。


それでも、行くよ。


20110105








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