獅子王帰還!


一雨来そう。


街の中心部から少し離れた丘の上で、のんびり胡坐なんてかいて空を見上げていた時だった。
特有の音と共に空を横切る、不似合いな物。

「おいおい…まさか」

もしかして…いや、でも。
なんだろう、嫌な予感がする。若干口元が引き攣りつつも、重たい腰を上げて、高度を落としながら進んでいくそのヘリを追いかけた。









「キョウヤ!」

予想は、大的中だった。
丘を下りて街へと続く道の途中、見慣れた後姿。

良かった、無事だったんだ。
自然と緩んだ口元で、進み続けるキョウヤを追いかけると、その歩みが止まった。お互いに。

「あ…」

ふと、流れる。
見たことあるけど、見たことない映像。なんだか微妙な言い方だけど、そういう表現が一番合ってるんだと思う。思い出せ、今私の目の前にいるキョウヤは、本当にあのキョウヤか?

きゅっと口を結んだ。

「キョウヤ」

ゆっくりと歩み寄ってみるも、その背中が動くことはなかった。

その名前をもう一度呼び、肩へと手を伸ばす。
しかしその手が届くことはなく、強い力に引っ張り上げられた。

何をされたのか、一瞬理解できなかった。ちりっと走った腕の痛みが、現実へ呼び戻す。掴まれたのか、キョウヤに。未だ上がりっぱなしの左腕に、触るなとでも言いたげに力が込められる。


「…キョウヤ?」
「……」
「痛いんだけど」


意味が分からない、とりあえず離してほしい。身長さ故にこの体制は割ときついものがある。とにかく話をしなければと思うが、なんだか会話になるかも微妙な空気だ。そして、キョウヤの纏う雰囲気はなんだか普通じゃない。

「離して、キョウヤ」

想像していた通り、返事はない。分かっていたことではあるから、遠慮なしに思い切り腕を振り払ってみた。だけど、力の差なのだろうか、一向にその腕が外れることはなかった。


「おい!キョウ、」
「お前は」


懐かしい声。
だけど、その響きは重かった。
俯いた姿からは、表情が読み取れない。


「あの時言ったな、負けるな、ってな」


その言葉の意味が分からず、一瞬顔を顰めるも、それはすぐに思い出すことができた。そう、言った。銀河とキョウヤの初バトルの後、確かに私は彼にそんなことを言った。
それが、どうしたのだろう。そう思い視線を向け、息を呑んだ。


「負けなかったぜ、俺は。…どんなに辛いバトルにも。どんな地獄からもな!!」
「わ、」


勢い良く腕を振り払われ、バランスを崩して後ずさる。
あの時とはまるで違う目をしたキョウヤが、そこにはいた。


「ハハハ!!そうさ、全ては鋼銀河を倒すためになあ!!!」
「キョウヤ…お前ッ!」
「やっとだ、やっとアイツに敗北を味あわせることが出来る…」


ぞくりと、嫌な汗が伝う。

こんなに、変わるものなのか。
何度も何度も、同じミスを繰り返す。分かってるつもりが、多すぎるんだ。

正直、甘く見てた。
キョウヤが暗黒星雲へ行き、何かされることは分かっていたはずだ。そして、それは良くないことであることも。だけど、こんなに変わってしまうだなんて、思いもしなかった。
自分の目で見なくちゃ、本質なんて分かる訳ない。勝手な想像で、結局自分の首を絞めていただけじゃないか。

自分に嫌気がさして、思わず拳を握り締めた。

「そういや…お前も標的の一人だったな」

ハッとして顔を上げると、そこには楽しそうに笑みを浮べ、今にもレオーネを構えるようとするキョウヤの姿。


「構えろよ」


変わることを恐れて。
でも、目の前の現実にも困って。

本当にもう…!!!


「やってやろうじゃん!!目覚まさしてやるよキョウヤ!!」


自分のバカ野郎がッッ!!!

合図もなく放たれたベイは、大きく風を巻き起こし、大地を揺らした。










「レオーネ!!」
「ケアトス!!」

初めから全開、キョウヤどうか知らないけど、少なくとも私はそうだ。だってそうでもしなきゃ、レオーネの攻撃が抑えられない。あの時とは比べ物になんないぞこれ…!!くっそー!!本当にもう最悪だ、馬鹿馬鹿!!自分の馬鹿!!大事なことだから二回言う!!

脳内はすっかり大反省会中だが、当然キョウヤにはそんなことは知る由もない。その目は、只ぎらつくばかりだ。

「どこ見てやがる!!」
「えっ?!」
「ざまあねえぜ。食らいやがれ、獅子風牙乱舞!!」


頭に上ってた血が、一気に逆流して。
さーっと血の気が引いた。


「……。」


ケアトスは、無事だ。
な、ならいいんだけどさ…。
一瞬だけ巻き起こった風が治まり、吹き荒れた髪がぱさりと音を立てて戻る。

恐る恐る頬に手を当ててみると、嫌な感触が。

「…うっそーん…」

風牙乱舞によって襲いくる風圧が、かまいたちとなり見事に頬を切った。ちくりと地味に響くその痛みが、嫌でもはっきりと分かる。

さ、さすがにちょっと、怖かった。
なんか汗かいてくるし、しまいには若干笑えてきてしまった。

だけど、うん、なんとか落ち着けた。

我武者羅に攻撃しても、なんも意味ない。落ち着け自分、こんなんじゃバトルにならない。
止まることない攻撃、防御、攻撃。激しい攻防が続くが、ケアトスが有利だなんて思える瞬間は一瞬たりともなかった。

「はぁっ…はぁ…」
「まあ、こんなもんか」
「、は?」

頬が痛い。ついでに体も。

レオーネが巻き起こす風、それにより弾く石、あらゆる物が的確に腕や足を切り裂いてくる。狙ってるのかどうかは分からないが、必殺転義を何度も食らい、私もケアトスも割と限界だった。

「今のてめえなんざ、たいしたことはねえ」
「そりゃ…どうもすみませんね!」

残念だけど、確かに、そうかも。
下手に笑みなんて浮んできたけど、実際笑えないって。やっぱりキョウヤはすごい。この短期間に、これだけの力をつけたんだ。それが暗黒星雲によるものだと分かっていても、その強さは純粋に尊敬だ。

何か突破口を考えつつも、頭の片隅でそんなことを思ってしまう。すると、キョウヤの表情が険しいものに変わった。


「だからよ…」
「え?」
「なんでてめえは笑ってんだよ!!」


思わず、間抜けな声を上げてしまった。何、が?唐突な発言に何も言えずにいると、キョウヤは今まで見た中で、一番怒りに満ちた目をしていた。


「…今の俺にとって、こんなバトルは無意味だ。終わらせてやるよ」


さっと距離を取ったレオーネ。
あ、まずい、これは。


「獅子王!!爆風破!!」
「う、わっ!!」

一気に向かってきたその竜巻に体が飛ばされ、背中に強い痛みが走ったところで、私の意識は途絶えた。




◇◇◇



「……ん」


ぼんやりと開けた視界。
薄っすらとした暗さに、どんよりとした雲。

覚醒しない頭で辺りを見まわし、ゆっくりと体を起こす。途端、ちくりと痛みが走った。腕を突き出し視界に映せば、所々に切り傷がある。


はて…?


「あッ!!」


はて、じゃねえよ私!!キョウヤだよキョウヤ!!そうだ、戦ったんだ、それで…!!
再度視線を周囲へ向けるが、そこには限りない静寂。おまけに、雨でも振り出しそうな空気だ。

記憶を頼りに思い出してみると、キョウヤの獅子王爆風波を食らって、背中に何か当たって、そこから記憶がない。

「…となると」

恐る恐る今まで寄りかかっていた背後に目を向ければ、そこには少し崩れた大きな岩があった。…いや、洒落になんねーよマジで。

そういえばと思って頬を触ってみると、その手には何も付かなかった。
あれ?と思って今度は擦ってみると、ひりっとした痛み。そして手の甲を見てみると、薄っすらと赤いものが滲んでいた。


「あんにゃろー…」


大きく息を吸い、吐いた。


「派手にやりやがって…」


これからどうしよう。取り敢えず、絆創膏を恵んでもらえないだろうか。

うん、まどかに恵んでもらおう。
目的地を定め、勢いをつけて立ち上がる。そういえば、まどかにはなんだか頼りっぱなしだ。申し訳ないなーと思いながらも、やっぱり頼ってしまう。ごめん、姉さん。頼りにしてるよ。

数は多いけど、幸いにも傷自体は浅い。血も固まってるし。それに、古馬村での傷と比べたらこんなのどうってことない。動けるし、笑えるし。


「…にしても」


キョウヤは、これからどうなるんだろう。いや、このまま行けば、多分銀河と戦って正気を取り戻すんだろうけど。


思い出す、狂気にも近い瞳。

これで、良かったんだろうか。
本当に、これで。


止める方法はあったんじゃないか?何とかして、避けることはできたんじゃないか?

ベンケイの件だってそうだ。首狩団の件だってそうだ。ストーリーを大きく変えない程度にさ、何かできることはあったんじゃないのか?



ねえ、誰のせい?


「……っ」


どうしても、私のせいだと、そう口にすることは出来なかった。



◇◇◇



「ベンケー!」
「ベンケイ…」
「ベンケイ!!」
「いや、寝てるだけだろ」

B-pitに辿り着くも、一階にまどかの姿はなかった。もしやと思い下に降りると、ベットに横たわるベンケイを囲み、三人はそれぞれに何やら悲しみ嘆いている。新手のコントか。三人で一体何を目指してるんだし。

「「「え?」」」
「ぐがー…」
「ほら」

目の前で眠るベンケイから視線を逸らすことなく、声を上げた三人。どうやら三人ともいろいろと勘違いしていたようだ。
恐らく、ベンケイもキョウヤと戦ったのだろう。じゃあ、銀河との決戦は今夜か。


「ベンケイ、大丈夫なの?」
「うん、なんとか…ってアンタが大丈夫なの?!」
「おまっ!どうしたんだよその傷!」
「一体何があったの?!」


振り向いた銀河達が、驚いたように声を上げた。ちょっと吃驚した。あ、そういえばやっと顔合わせたね、お邪魔してます。

「ちょっとね。あ、まどか絆創膏頂戴」
「絆創膏じゃすまないわよこれ!ちょっと待って、今救急箱取って来る!」
「いや、そんなにひどくは…」
「いいから!そこ座ってて!!」

ビシィッと言われたので、思わず近くのイスに座ってしまった。声の圧よ。…うーん、申し訳ない。

「痛そー…」
「見た目ほどじゃないよ」
「お前、それどうしたんだよ」
「転んじゃった★」
「素敵な笑顔で?!」

良かった。ここでケンタのツッコミがなかったら逆に寂しい思いをしたよ。さすが、ケンタ。可愛いなあもう。


キョウヤのことは、言うべきじゃないだろう。これ以上心配かけるわけにもいかないし、ある意味ケンカ?を買ったのは私だ。
ふと視線をずらせば、そこには難しい顔をしている銀河がいた。


「お前、本当に転んだのか?」
「おうとも、丘の上からすってんころりん」


いや、実際丘の上からマジですってんころりんしたらこの程度じゃすまないけどね!効果音可愛いけど地味に痛いよねきっと!

あはは、なんて笑っていれば、まどかが丁度救急箱を持って来てくれた。その姿を目で追っていたからかもしれない、


「っ、まさかお前…!」
「!、ちょっと!!」


銀河がケースからケアトスを取り出す動きを、止めることができなかった。


「やっぱり…ぼろぼろじゃねえか!」
「え?…本当だ!」
「ひどい傷…!」
「お前、その怪我…」
「違う違う、これとそれは別件」


これじゃあ、キョウヤが悪者みたいになってしまう。なんとなく、それは嫌だった。何度も言うが喧嘩を買ったのは私だ。
笑みを崩さず、なんとか言葉を繋げる。


「だったら、ケアトスは誰にやられたんだよ!」
「それは…」
「美羅ほどの実力者が、こんなになるなんてそうないことだよ?!」
「あー旅のブレーダーだってさ。実力があって旅してるブレーダーって結構いる、」
「美羅!!」


嫌な汗が伝う。
真剣な銀河の声に、貼り付けた笑顔が痛い。


「キョウヤだろ?」


もう、自然とは笑えなかった。


「違うって、キョウヤじゃない」
「美羅」
「だから違うって、本当に転んで…」
「美羅!!」


真っ直ぐに見つめれて、



「心配くらい、かけさせろよ…!」



私が負けた。


なんだかもう、何も言えなくて顔を伏せてしまった。馬鹿野郎。それは暗に認めちゃったことになるじゃないか。

「美羅…話して?」
「……待ってる」
「え?」
「…キョウヤは、銀河を待ってる」

やっと絞り出せた言葉は、それだった。











「じゃあ、その傷はキョウヤに?」
「いや、ベイバトルで」
「つまりキョウヤなのね?」
「いや、だから…!」
「許さない…!!!」

ある程度の経緯を話し、まどかに消毒なんかをしてもらった。こうすると、やっぱり傷は浅いけど染みる。

「行こう、キョウヤの所に」
「うん」
「…キョウヤは」

零れた呟きに、二人が振り向いた。先ほどと変わらない真っすぐな瞳で見つめられ、なんだか罪悪感を感じてしまう。

「ん?」
「強いよ」
「…ああ、知ってるよ!」

ああ、なんだか久しぶりに見た気がする。
そのニッとした笑顔に、私も釣られて笑ってしまった。


「とにかく!」
「「「ん?」」」
「キョウヤの目を覚ましてやるわよ!!!」


まどかの言葉に、三人で力強く頷く。
すると、まどかは珍しく怒りを含んだ声で「そして!!」と言葉を続けた。

「キョウヤを倒すわよ!!」
「おう!!」
「いや、当たってるような当たってないような…」
「う、うん?」

やる気満々なまどかと銀河を横目に、ケンタと苦笑いを零す。いや、まあ、合ってる…んだよな?うん?



「乙女の顔に傷をつけておいて、只で済むと思わないでよ…!!」



まどかさん…嬉しいけど怖ええよ。
若干引き攣った笑みを浮かべていれば、言葉とは真逆に、優しく頬に大きめの絆創膏を貼ってくれた。



20101228








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