映るもの 前略。 知ってますか? バカだって腹出して寝たりすれば、風邪は引くんですよ? 「ぶわっくしッ!」 「バカだろお前!」 「うわ、銀河にバカって言われた!もうダメだ、寝込む」 「俺なんなんだよ!」 「こらこら!全く…昨日の夜何してたのよ?」 本当にバカだったと反省してますさ、そりゃ。結局、昨日はあのままあーだうーだ考えた末、ベイコロッセオで寝てしまっていたようだ。…舞台の真ん中で大の字でさ。 …意外と寒かった。起きた瞬間のあの妙な寂しさは忘れないよ、きっと!!一瞬状況飲めなくて、ラジオ体操始めちゃったじゃないか。舞台独り占めだぜ、そりゃあ気持ちよかったさ!! 「っあー…だり…」 「美羅知ってるか?それが世に言う風邪だ」 「黙れ毛皮を脱いだ熊」 「あんた等一体何の話してんのよ…」 幸いにも熱はなさそうだ、頭も痛くない。只だるいだけ。鼻水が止まらん。 「…んでさ、途中で拾ってくれたのは非常にありがたいけど。場所こっちで合ってんの?」 「うん、バッチリつけてるからね」 「あ、これ今つけてるんだ」 ふーん…。目を凝らして前を見ても、残念ながら私にはケンタの姿は見えない。 ベイコロッセオからB-pitへ帰る途中、二人に遭遇しそのまま一緒にケンタを追っかけている。二人も、最近のケンタの様子がおかしいことに気づいていたらしい。誰かとバトルするみたいよ、という言葉に、ああ、今日なんだと納得する。…ヒカルとバトル…いいなあ…なんて鼻をすすりながら思った。 「本当に大丈夫?」 「うん、そんなひどくないし」 「ま、いざとなったら俺が担いでってやればいいことだしな!」 「……ハッハッハ」 「何その間」 ふと、銀河の肩に担がれてる自分を想像。 …それは嫌だなあ。なんて地味に断っておいた。なんとなくだ、そう、プライドってやつなのだよ、きっと。 そんな会話を繰り返しながら歩いていけば、僅かに響く金属音。 それは徐々にはっきりとしていく。 「あ」「お」「あら」 「サジタリオ!フレイムクロー!!」 思わず、三人で顔を合わせて笑みが零れた。 ◇◇◇ 「だあーーっ!!」 「「「だあーーっ!!」」 「だあーーっ!!!」 「いやなんでアンタも叫ぶのよ」 はて、確かにそうだ、なんで叫んでんだろう私。 「…叫びたかったからだ!!」 「今咄嗟に考えたでしょ」 ケンタの必殺転義が完成してから数日が経った。 必殺転義が完成したあの日は、皆でお祝いしたり早速バトルもしたり。まどかのケーキは本当に美味しかった。うん。 私の風邪もそんなにひどくなく、特に医者に見てもらうこともなく元気になった。この叫びは回復記念だ。そういうことにしておこう。 「ベイは気合じゃー!!」 「「「ベイは気合じゃー!!!」」」 「ヒカルに会いたかったー!!!」 「いや、そこは合わせようよ」 隣で叫ぶ、ベンケイとOTA三人衆。三人が突然、ベンケイにベイの特訓をしてほしいと申し出てきたのだ。そして、いつもの河原で叫んでいる。…いや、特訓としてこれはどうかと思うけど、今はそんなこと言ってる場合じゃなかったりする。いろいろと言わせてほしい。 「ヒカルー!!!」 「また会えるって」 ケンタとのバトルを終えた後、ヒカルはふらりとどこかへ行ってしまった。ショック…非常にショックだ…。畜生…ケンタ、お前はバトルできたからってそんな笑顔で…!! 「可愛いなあおい!!」 「何かおかしくない今の流れ?!」 それに、それだけじゃなかった。 「うおおおお!!!」 「「「うおおおお!!!」」」 ベンケイが、首狩団を辞めた。 正確には、辞めさせられてしまった。ケンタに手を貸していたことが、首狩団の奴らは気に入らなかったみたいだ。ケンタとヒカルのバトル後、ついに首狩団はベンケイに文句を言い放ち、辞めさせた、と。 …ほぼカニせいだとは思うけど。 がっくりと肩を落とした。 ああ、やっぱりあの時カニなんとかしときゃ良かったなー…。 「…僕が言うのもなんだけど、ベンケイはいいの?このままで」 「ん、何がじゃ?」 「首狩団だよ、首狩団!」 「ああ…いいんじゃよ、別に」 キョウヤさんがいない今、俺には何をすればいいか、上手く分からんからのう!そう笑って言葉を繋げたベンケイだけど、実際ショックを受けていないはずがない。 ちらりとベンケイを見れば、その表情は笑顔で、なんか余計複雑な気持ちになった。 「どうしたの美羅?」 「いんやー…本当にもう、カニの奴…」 「まあ、気にするな!」 カニはカニでムカつくけど、止めなかった自分にもイラついた。ああ、なんかもう。 「っあーーー!!!!」 「「「っあーーー!!!」」」 「まだ叫ぶんかい」 ◇◇◇ 「…で、疲れた寝ちゃったわけか」 「本当、今日の美羅はテンションが高いのか低いのか分かんないね!」 「銀河もトイレから帰ってこないし…」 既に夕暮れに染まってきた空を見上げると、大分時間が経ったことを実感した。ちょっとトイレ!とこの場を後にした銀河も、全然帰ってこない。流石に遅いような…何かあったのかな? 「見てケンタ。美羅ってば、熟睡してて起きないわ」 笑顔で頬を突くまどかちゃん。その姿に笑ってから美羅を見ると、ふとある疑問を思い出した。 「ねえまどかちゃん」 「ん?」 「あの時…」 「本当にもう、カニの奴…」 「なんで美羅は、首狩団のもめた原因が、渡蟹の仕業だって分かったんだろう?」 さも当たり前に紡がれた言葉で、普通に流しちゃいそうだったけど、僕は知らなかった。美羅が眠った後、ベンケイに聞いて初めて知ったんだ。 「え?そうねえ…。あ、でも、あの時首狩団の側にアイツがいたじゃない。だからじゃないかしら?」 「あ、そっか、なるほど」 そっか、そうだよね。 確かにあの時、帰る僕らの位置からも、渡蟹と首狩団の奴らが何か話してる姿は見えた。それで気づいたのかも。 …あ、それにもしかしたらベンケイ本人に直接聞いたのかもしれない。何をそんなに難しく考えてたんだろう。 納得したところで、未だ眠っている美羅の姿を見る。ひたすらに叫んでいた先ほどとは打って変わり、穏やかな寝顔に髪が躍っていた。 「…美羅ってさ、不思議なとこあるよね」 「…意外に、知らないこともあるわよね」 「うん。…銀河もだよ、ね」 二人に言ったら笑われそうだけど、二人にはこうなんていうか、僕らには分からない何かが見えるんだ。そう、改めて考えると、知らないことばっかりだ。 なんて、ちょっぴり寂しくなっちゃったけど、そんな考えは、銀河が何故かトラックの荷台から飛び出してきたことにより、一気に吹き飛んでしまったのだった。 20101226 ← ×
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