ただいま模索中



「まだまだー!!」
「よし、どんどん来い!!」


「お、やってるやってる」


中央の舞台で特訓をしている二人に気づかれないよう、観客席を歩く。と言っても、この角度とあの様子じゃ、普通に歩いてても気づきそうもないから、余裕しゃきしゃきで歩いちゃってるわけだけど。



銀河の風邪騒動から一日経った、あの日。
ヒカルとケンタはバトルをして、そして負けた。実際にそのバトルを見てはいないけど、様子からして間違いなかった。

そして数日。ベンケイとの特訓に向かうケンタの後をつけ、なんとかここまで辿り着いた。正に中世のコロッセオを思わせる、石造りでどこか古ぼけたこの場所。ベイコロッセオ。結構気に入ったかも。

「頑張ってるな…ケンタ」

近くの柱に手を当てれば、吹き抜けた強い風が髪を乱し、思わず目を細めた。






強い風に、彼の顔をふと思い出す。
キョウヤは、今頃どうしてるんだろう。

辛い…ってのは違うかもしれないだろうけど、嫌だろうな、きっと。
いつ帰ってくるんだろう、本当にここら辺の記憶は曖昧だ。どうやって帰ってきたのか、薄っすらとしか覚えていない。


ぽっかりと空いた不思議な気持ちで視線を動かせば、ふと視界に入るケンタの姿。

ケンタの、姿。

…ふむ。キョウヤ、暗黒星雲の強化特訓とか受けてたりするんだろうか。だとしたらどんなのだろう、やっぱりハイテクなんだろうか。シュートの角度がッッ!!とか謎の機械を見て、ふむふむしてたりするんだろうか。

…それとも、今ケンタがつけてるあの筋肉鍛えるのにベタなやつで、体がびーんってなるやつとか…!!

「ぶっ!くくっ!」

手で口元を押さえても、溢れ出る笑いは止められなかった。だ、だってあのキョウヤがそんなのつけてたら…!!似合いすぎだ…!!
ああー遠くて良かった。特訓に夢中な二人は気づく様子がない。


「ちょ、ベンケイ…これは一体」
「筋肉をつけるためじゃ!修行の全てにはちゃんと意味があるんじゃ、疑うな!」
「い、意味…」



ふと笑いが消えて、無意識に前を見据えていた。


意味


なんか、引っかかった。



(…いや、気のせいか。)



軽く頭を振り、止めていた足を再び動かす。

「カニっ!」
「ん…あ、こりゃ失礼」

と、何故か人を踏み潰してしまった。

「痛いカニ!いきなり何するカニ!」
「おお、ごめんカニだよカニ」
「使い方違うカニ」

わあお、いきなりツッコまれちゃった。すげえなカニ。
自然と答えてしまったけど、正直内心ビビり散らかしていた。あれだ、焦り過ぎて逆に静かってやつ。び、びっくりしたー…。
いきなり人を踏んづけたのも驚いたのに、踏んだ相手が渡蟹というのも驚きだ。

いや待て、そもそもなんで踏まれるような位置にいたんだよこいつ。

「ん。なんかすんません」
「謝ってすむ問題じゃないカニ」
「あの、ちなみに地面に張り付いてるのはなんかの趣味ですか?」
「違うカニ!!」

あ、なんだ違うのか。良かったー…話題振ったはいいけど、そうカニって言われた時のことは考えてなかった実は。

「お前!この俺を誰だと思ってるカニ…」
「いや、だからカニだろ?」
「まあ大体合ってるカニね」

おいおい合ってんのかよ。
なんだこいつおもしろいな。

未だへばりついたままのカニに視線を合わせるように、私もしゃがみ込んだ。


「まあ…カニだろ。銀河達から話は聞いたけども」
「お前鋼銀河の仲間か!」
「うん」
「通りで生意気なわけだがカニ。それで、銀河は俺のことなんて言ってたカニ?!」
「そうだな…あ、そうだ。カニはずるくて卑怯で、それで小ざかしいブレーダーだって!」
「それほぼ同じこと言ってるカニ」


ですよねー!私も初め聞いた時は爆笑した。カニさん随分と言われてたからね、見たかったなー銀河と渡蟹のバトル。


「てかお前、何してんの?」
「お前には関係のないことカニ!俺様にしか分からない、素晴らしい計画の第一歩だカニ!」
「ああ、ならいいや。知ったところで意味ないな」
「ひどい」

聞き流して立ち上がれば、そろそろ修行を切り上げて帰ろうとする二人の姿が見えた。
なんでカニがいるのか。まあ、聞かなくても分かるっちゃ分かる。確か、ヒカルと首狩団に余計なこと吹き込むんだよな。

どうしよう、止めとくか。
いや、でも。

考えても答えが出ない。ぎゅっと皺の寄った眉間が、妙に痛かった。


「とにかくッ!俺がここにいたことには、大きな意味があるカニ。つまり、お前なんかに構ってる暇はないカニ。さらばだカニ!」
「あ、ちょ」


振り向いた時には、既にその場に渡蟹の姿はなかった。いや、早すぎでしょうよ。




◇◇◇







すっかり静けさを取り戻してしまったその舞台の中央に、胡坐をかいて座り込んだ。優しい月明かりを感じながら、思わず溜息。

"ここにいたことには大きな意味がある"

「……カニ」

記憶から呼び戻された言葉の語尾を、虚しいながら自分で補ってみた。うん、違和感。


(意味…)


何故か、頭から離れなかった。


誰もいない、石造りのふるぼけたスタジアム。薄暗くなったそこには、月の光が薄っすらと反射していた。
建物内に風が吹き抜け、ごおっと音を鳴らす。どことなく、寂し気な音だ。


「……意味」

嫌に耳に届いた声が、ぐわんと胸にまで響いてきた。


聞きたくない。だけど、聞きたい。
聞きたいって思う気持ちは、うん、怖いもの見たさに似てる気がする。

久々に考えてしまった。

すっと息を吸って、大声で、


「私がここに来た、意味って何かあんのかー!」


正直、いらない。
だって今、十分楽しいし。難しいことは嫌いだ。


分からないまま、確かに進んでいく物語。
私は今、そのレールに乗っている。もう、始まってるんだ。


意味なんていらない。いらない、けど。
気になってしまうのは、だって人間だもの、ってことにしておこうと思う。うんうん。
こんなの、当たり前の疑問すぎて、不思議と苦しくはなかった。悩みっていうのも少し違う気がする。




寝転んだ見上げた先は、いろんな決意をしたあの日の星空と、よく似ていた気がした。




20101222








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