食事は楽しく!


「ほら」
「おお!ありがとー!」


すっと差し出されたそれを受け取れば、そこには買ったときと至って変わらない姿の帽子があった。
すごい、あんなにぼろぼろだったのに。ここまで直せるなんて、流石ヒカル!何気器用そうだしな!

「いやあ、本当に感謝!」
「お互い様だ」

よっ、と帽子を被り直せば、うん、やっぱりこれ被り心地最高。しばらく手放せないな。

にひひっ、とその存在を確認するように頭を叩けば、目の前のヒカルがどこか遠い目をして笑っていることに気付いた。

「…なんか、嬉しそうだね」
「え、そうか?」
「にやけてる」
「っと…」

ハッとして口元を押さえたヒカル。でもそれも一瞬で、すぐに楽しそうな笑みに戻り腰に手を当てた。

「なあ美羅。鋼銀河という男を知ってるか?」
「銀河?」
「ああ、ものすごく強いブレーダーだそうだ。…って言ってなかったな、私もブレーダーなんだ」

そう言って出されたアクアリオが、太陽に反射してきらりと光った。
急に出された銀河の名前に一瞬驚いたが、そっか、いよいよなのか。

「知ってるよ、鋼銀河。むしろ友達だ」
「本当か?!」
「おうとも」
「そんなに強いのか?」
「強いよ、かなりね」

そうか、なんて言ってヒカルはまた目を輝かせた。

「私の夢は世界一のブレーダー。強い者と戦うために、この街に来たんだ。その銀河とのバトル、楽しみで仕様がない」

へえ…と頷き、私も釣られて口元がにやけてしまった。どうもこういう時、自分は釣られやすいみたいだ。
私もヒカルとバトりたいし、黙っとくのも変な話だ。腰のケースからケアトスを取り出して、こっちも紹介しようとした、


「あ!こんなところにおったわい!」


のに。



「…お前か、何の用だ」
「勝手に出歩かれては困るんじゃい!」
「いちいちお前の許可を取る必要があるのか?」
「ぐっ…おま、「ベンケイ…

アンタそれなんてタイミング…!!
ケアトスへ伸ばした手は見事に止まり、思わずその顔を睨みつけてしまった。

「ん?…のわあ!美羅?!」
「ん、なんだ知り合いなのか?」

先日のことがあってか、微妙に怯えた声を出したベンケイを、もうひと睨み。この野郎…狙いすぎだろタイミング!!


「ベンケイ……」
「な、う、あ…と、とにかく!行くぞヒカル!!」
「あ、おい!」
「あ!!てめこら!!」


ヒカルの腕を引っ張り、そそくさと走り出したベンケイ。その後を追うも、途中で横断歩道を渡れずに困っているおばあさんがいたので、とりあえず止まって手伝ってあげた。うん、お年よりは大切に。


いやあ、良いことをした。



「あ」



笑顔でおばあさんと手を振り合った頃には、既に時遅し。
そうだ私、ベンケイのこと追いかけてたんだ。

「うっそーん…」

すっかり忘れてた、にゃろうこれも作戦か馬鹿野郎。ええと、確かどこに行くんだっけ。記憶を辿ってみるも、その名前が微妙に思い出せない。ベイ、ベイ…なんだっけ。

溜息をついて頭を掻いてみても、答えは出なかった。…諦めてB-pitに帰ろう。もうそろそろ銀河も起きてるだろうし。
ぐっと体を伸ばしてから、来た道を引き返した。



◇◇◇



「言うこと聞かない人には、このケーキあげないから!」
「ええ?!頼む、俺昨日の夜から何も食べてないんだよ!」
「心配すんな銀河、お前の分はしっかり私が食べるから。だから黙って寝とけ」
「だからなんでお前はそんなに機嫌悪いんだよ!!」

悪くないよ、ちょっと拗ねてるだけだよ。ちょっとした反抗期だよ。

銀河の問いには答えずにそのまま頬杖をつけば、まどかが目の前にケーキを置いてくれた。あ、すげーおいしそう。



すっかり元気になった銀河が、部屋から抜け出そうとする。ケンタが必死に止めるも無駄だったようで、扉を開けた瞬間、タイミングよく部屋に入ろうとしていた私に見事に扉が直撃した。

別にそれに対しては何も思っちゃいない。むしろ吹き出しかけたくらいだ。でも、その後に見た銀河の表情があまりにも生き生きとしてたから、なんとなく悔しかったので首根っこを掴んでベッドへと引きずり戻しておいた。


「ちぇ、銀河ばっかり」
「ん?」
「こっちの話ー…」


こりゃあ銀河とのバトルが終わるまで、ヒカルとはバトルできそうにないな。いいなあ銀河…って、こんなこと思ってもどうしようもないけど。ソファに預けた背中をずるずると落とすと、まどかに行儀が悪いと怒られた。


「しっかしこれうめえなー!こんなに美味いケーキが食えるなら当分風邪で寝ててもいいや」
「うん、同感」
「ねえ、どうやって作ったの?」
「普通に焼いただけよ、ちょっと砂糖は控えめだけど」

先ほど同様、私も一口ぱくり。
うん、本当においしい。氷魔のもおいしかったけど、やっぱり女の子は違うなあ。


「何事も、塩ひととつまみの心遣い!ちょっとした手間と工夫で素材の良さを引き出すところは、ベイも同じかな」


塩ひとつまみの、かあ。そういえば、古馬村にいた時も、氷魔がそんなこと言ってたような言ってないような。そうだ、それで私も料理手伝うって言ってそれで…。


「ベイも?」
「そう、ベイもよ」


そうそう、確か一回キッチン占領して昼食の用意してたら塩と砂糖間違えるどころか、塩10倍入れちゃってなあ。味見がてらに氷魔が一口食べたら、顔真っ青になっちゃってなあ。


「ああー!ベイって聞いたら俺もベイしたくなってきた」
「ダメよ、ケーキあげるから大人しくしてるって約束でしょう?」
「ぶー」
「あははっ!」


砂糖加えたらなんとか誤魔化せると思って、迷いなく入れようとした瞬間、無言で叩かれたっけ。後頭部強打だった。

あれ以来、キッチンに立たせてもらえなくなった。いや、なんとかなると思ったんだよね。にしてもあの時の氷魔の顔!!自分が作ったものとはいえ…あの絶望にも近い表情は…っ!!

「よし、さっさと風邪を治して、俺も早く皆とバトルするぞ!」
「ぶっ!…くくっ!!」
「いやここ笑うところじゃないだろ美羅」

あ、ごめんと軽く謝ってからケーキを口に運ぶと、なんだかまた笑えてきてしまった。いや本当、あれは面白かった…!!


皆が首を傾げるなか、必死に笑いを耐える。だけど、銀河がさり気なくケンタのケーキを盗み食いするのを見た瞬間、抑えられずに思わず爆発してしまった。


「あーっ!僕のケーキ!!」
「ふ?はんのほほだ?」
「あははははは!!」
「おかわりちゃんとあるから!」
「あーおもしろ!」
「全く…そういえば美羅、その帽子は?」
「あ、これ?格好良いだろう」



20101220








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