狼と闘牛 「俺達…どうすりゃいいんだよ」 「キョウヤさん…」 「あ、おかえりー」 「「??!!」」 薄暗い空間にある光景に、俺たちは、目を疑った。 「あ、ベンケイさん!おかえりなさい!」 先ほどまで仲良く会話していた首狩団の一人が声を上げると、全員が入り口へと顔を向けた。 「おかえりなさいじゃないわい!わしらがいない間に、なんでそいつが当たり前のようにそこにいるんじゃ!」 「いやあ、うっかり」 「うっかりです」 「アホか!!」 首狩団のアジトに居座って、数日のことだ。どうしてもキョウヤが気になって来てしまったそこは、怖いくらいに静かだった。 「キョウヤさん…ベンケイさん…大丈夫なのか…」 「わかんねえよ…あの眼鏡野郎…一体どこに連れて行きやがったんだ!!」 「こんにちはー…って」 「!!、お前は…」 「ありゃ、遅かったか…」 「何しに来やがった!!」 「いや、何となく気になってしまって…」 その後、首狩団はその不安をぶつけるかの様にバトルを挑んできて、勝負をした。 結果はもちろん勝ったけど、只の勝ち負けだけしゃなかった。不安をぶちまけたおかげか、残された首狩団も大分落ち着きを取り戻したようだった。 その後、彼らから話を聞いた。大道寺のヘリが、キョウヤ達を連れて行ったことを。そして、今帰ってきたメンバーの中に、キョウヤはいなかった。 結局、遅かったってことだ。 何もできなかった。いや、できることなんて、もしかしたらなかったのかもしれないけど。こんな考えを持つのは、嫌だけどさ。 とりあえず今は、 「…お疲れ、お前ら」 苦笑いでそう言えば、彼らは悔しそうに顔を伏せた。 キョウヤのことを話し終えた後、一緒にいた首狩団の彼らも帰宅し、この場に残ったのは私と、大道寺の手から帰って来たベンケイ達だけになった。 「でさ、聞きたいことがあるんだ」 「…なんじゃ」 「その大道寺っていう男、何か言ってた?」 「…いや。だから今の俺等には、あいつの連絡を待つしか道がないんじゃ」 手がかりなし、か。 今の私の力で挑んだところで暗黒星雲には太刀打ちできないと思う。だけど、あいつ等は一発殴るって決めたんだ。 「ベンケイ達は、これからどうするつもり?」 「知れたことを。強くなって、キョウヤさんを取り戻す!!」 怒りに満ちた表情で拳を振り上げるベンケイに、思わず気迫負けしてその勢いに一歩下がる。 うん、そうだ。 私も、もっと、強くなる。 ◇◇◇ 「ベンケイー?」 最早来慣れてしまった首狩団のアジトへ足を踏み入れて、早数日。キョウヤが帰って来る気配は、なかった。 返事がないことを不思議に思って首を傾げれば、閑散としたこの場に響いた壁を砕く音。ああ、そこにいるのかとその方向へ足を進めれば、 「ベンケー…何して…」 あれ? ぐらりと、自分の意志と別に視界が動く。 突如引かれた腕に、体が傾いた。 力が加わった方向へ驚いて顔を向ければ、そこにあったその人物に、目を疑った。 「…女性には少々、乱暴でしたかね」 懐かしいとでも言うべきか、あの嫌な表情。 は、嘘だろ…なんでここに…?! 「大道寺…?!」 「お久しぶりですね、元気にしていましたか?」 あまりの困惑に動けず唖然としていたが、恐らくベンケイが響かせているであろう衝撃音で我に返る。 「大道寺ッ…!!」 蘇ってきた古馬村での出来事、こいつらのせいでなゆは…!! 自分よりも遥かに高い位置にあるその目を睨めば、大道寺はまるで効果がないとで言いたげに、鼻で笑った。 「おやおや、いきなり睨みつけるなんて…レディーの顔が台無しじゃないですか?」 「五月蠅い!!」 未だ掴まれた腕をぐっと引いてみるが、それが大道寺の手から外れることはなかった。その力の差に、思わず奥歯をかみ締める。畜生…!! 「なんでお前がここにいるんだ」 「ベンケイとかいいましたか?彼に用があったもので…ですが、良い拾い物もしたようですね」 「は?」 空いた手で眼鏡を押し上げるその動作を見つめ、意味の分からないその言葉の続きを待つ。すると、こいつの口からさらに意味の分からない言葉が紡がれた。 「貴女ですよ」 一瞬、頭が真っ白になる。刹那、ぞわりと全身に何かが走った。 言葉の意味が分からない、なのに、何故かとても怖いと、そう思った。 「率直に言いましょう。竜牙様は貴女に興味があります」 「は…?」 いけない、あまりのショックに呆けてしまった。嫌な予感しかしない。溢れ出る怒りと同時に、変な焦りが全身を巡る。 「特に、貴女のそのベイに…」 「ケアトス…?」 「ほお、ケアトスというのですか」 「っ!」 揚げ足を取られるような感覚に、背中に汗が伝った。まずい、何だかまずいペースだ。未だ解けない腕が、その気持ちをより加速させた。 「来てもらいましょうか」 「え…」 「暗黒星雲に」 「なっ」 今までで一番の警報。 これは、なんか、まずい…!! 唾を飲み込む音が、嫌に体に響いた気がした。背中の汗が、気持ち悪い。 「…と、言いたいところですが」 切り出した言葉に、大道寺はふっと頭を振った。 「私は紳士ですからね、約束は守らなくては」 「約束…?」 どうやら、連れて行かれることはなさそうだ。訪れた安心感も一瞬で、抜けた力に慌ててもう一度身構えた。約束って…なんだ? 「今優先すべきはキョウヤ君ですからね、キョウヤ君に言われたんですよ、…貴女には手を出「キョウヤさんじゃと?!」 大きな足音と共に、コンテナの陰から現れたベンケイ。思わずお互いビビッてしまった。さすがベンケイ、キョウヤさんには反応するのねキョウヤさんには。 だけど、ナイス!! 隙を突いて大きく腕を振り払えば、反応できなかったんだろう。簡単に腕が外れた。 そのまま、ベンケイの側まで走り寄り、思わず息をついた。 「チッ」 「おお、美羅!お前おったんか!」 「ま、ね」 勝ち誇った表情でニヤリとすれば、ベンケイは訳が分からないといった具合に頭に"?"を浮かべた。 しかし、大道寺の存在に気づくや否や、その顔は険しいもの変わる。 「!、大道寺…お前もまだおっかんか…ダークブルを渡した今、もう用は済んだはずじゃろ?!」 そうか、さっきの音はダークブルの…。 嫌なタイミングで来ちゃったもんだな、自分。 「やれやれ、ここまで邪魔が入ってしまっては仕方がありませんね」 「何が言いたかったのかサッパリ分かんないけど、……今は用ないよ!」 今すぐ勝負を仕掛けられない自分が悔しい。今戦っても、負けるだけだ。 握りしめた拳が痛いが、その事実は間違いないだろう。 だけど、 逃げたくない。 これで逃げたら、こいつから二度も逃げたことになる。そんなの、嫌だ。 ゆっくりとケアトスを構えようとした、その瞬間だった。 「おやおや、今貴女と戦う気はないですよ」 その言葉に一瞬動きを止めれば、それを見逃さなかった大道寺は言葉を続ける。 「私はこれで帰らせていただきますよ…、今日のところは、ね」 くるりと背を向けた姿に、悔しさながら安心感も覚え、思わず舌打ちをしてしまった。 こつこつと響く足音に顔を伏せる。 「ああ、そうだ美羅さん」 なんだよ、まだなんかあんのかよ… 顔は上げずに目線だけを上へと向ければ、振り返ったその表情が、ニコリと笑った。 「彼女、なゆさん、お元気ですか?」 ぶちっと、何かが切れた。 「ッてめええ!!!」 ざけんなざけんなざけんなッッ…!!! 気づいたら我も忘れて、ただ大道寺に殴りかかりに行こうとしていた。只、それはベンケイに押さえつけられたことで不可能になる。 微かに保っていた冷静さも、不安も、あの一言で全部吹き飛んだ。 「どうしたんじゃ?!落ち着け美羅!!」 「ふっざけんなあああ!!!」 邪魔だ、邪魔だ!!勢い良く腕を振ってみても、自分よりもずっと逞しいその腕を外すことは恐らく無理なのだろう。それでも、ただ暴れていた。 「フフ…それでは、また」 「待ちやがれ!!大道寺!!」 「美羅!!!」 あいつ等はやっぱり、分かっててなゆを…!!許せねえッ…!!! 「離せベンケイ!!」 目が熱い、体が熱い、喉が痛い、拳が痛い。只、どうしようもない怒りと苛立ちが溢れかえって、抑えきれない。 去っていくその姿が完全に見えなくなり、遠くの方でヘリが飛ぶ音が聞こえたところで、やっとベンケイは腕を離してくれた。 もう奴がいないと分かっているからこそ、一気に力が抜けた。叫び疲れてそのまま膝をつき、冷たいコンクリートの地面を睨みつける。 「美羅…」 「畜生…畜生!!!」 なめられた、完全に。 叩きつける音が、静かに倉庫に響いた。 ◇◇◇ 「あ、よー美羅!今までどこ行ってたんだよ」 「……。」 「美羅?」 「え、ああ、何?」 無意識のうちにとぼとぼと歩いていれば、ベイパークへと戻ってきてしまったらしい。どうしようもない苛立ちが、治まることはなかった。 自然と出てきた笑顔をそのまま貼り付ければ、先ほどまでニコニコとしていた銀河の表情が、真剣なものに変わったような気がした。 「美羅…お前、」 「銀河!大変だよ!」 遮ったケンタの言葉に、今だけは感謝した。 「もうあいつらに関わらない方がいいよ」 「うん」 「だけどあいつ等、無視したら何するか分からないぜ?」 ケンタを通して、銀河へ勝負を挑んできたベンケイ。その勝負を受けるべく、もう一度首狩団のアジトまで来ていた。数時間前の出来事に、苛立ちが加速する。 本当は来るべきじゃなかったのかもしれないけど、何かしていないと気が済まなくて結局また戻ってきてしまった。 「次はまどかが狙われるかもな」 「ええ?!」 「なんて、冗談だよ!まあ、でも気をつけたほうがいいな。もちろん美羅も…」 皆の言葉が耳を通り抜けていく。 視界に映る地面は、影がやたらと、黒く見えた。 今までにない苛立ち。何も出来ない自分と、許せないあの行動。挑発だって分かってたのに、完全に飲まれた。ぎりっと歯を食いしばる。 ぐるぐる黒い渦が、 「美羅!」 「うわっ!!」 突如何かが頬に触れたような気がして顔を上げれば、ちくりと痛みが走った。 「いはいんはけほ…」 「大丈夫か?」 びろーんと伸ばされた頬のせいで、上手く喋れない。地味に痛いんだが…。 とりあえず離してほしいので、こくこくと頷けば、銀河は手を放しニカッと笑った。 「ハハハッ、おもしれー!」 「おま…」 ヒリヒリとした頬を撫でれば、銀河にぽんっと頭に手を置かれた。よく分からずにその瞳を見れば、背景に不思議そうな顔をするまどかとケンタがいた。 「うん。こっちの方が、絶対良いって」 「は…?」 「さ、行こうぜ!」 くるりと踵を返し歩き始めた銀河。その背中を見つめたまま、思わずぽかんとしてしまった。 もしかして、元気付けられた…? 「…ハハッ」 誰にも聞こえない程の声を漏らせば、何だか気持ちが軽くなった。 焦るな、まだ、これからだ。 すうっと息を吸って、数歩先を行く彼らの元へと走り出した。 ◇◇◇ ドゴンッ!! 「「「?!」」」 突如響いた音。驚いてその方向を見れば、倉庫の厚い壁を突き破り、ひとつのベイが目の前に現れた。 その時できた穴は、先ほどから道のいたる所にあった、牛型。 (ベンケイだ…!) そのベイ、ダークブルがまるで案内するかの様に動き始めれば、銀河がそれを追って走り出し、私達もそれを追いかけた。 「待ってたぜ…銀河!」 「牛の穴凹はお前か?」 落ち着いた気持ちで、その様子を見つめる。すごいな、ベンケイの攻撃力。正直、大道寺からもらったベイっていうのは気に食わないけど。でも、それはベイのせいじゃないもんな。運命っていうんだろう、きっと。 「勝負だ!!」 「ああ、受けて立つぜ!!」 ベンケイの気迫に負けることなく、銀河はただ楽しそうに、すごいと素直な感想を述べた。わくわくするとまで言ったから、ベンケイ既にぽかん状態だ。(可愛いかもしれない…) 気を取り直した二人の間に、真剣な空気が流れる。 物陰から見守る私達。 突き出した腕。 どちらからということない掛け声。 バトルが、スタートした。 「きゃあ!」 「すっごいなー…」 ドゴンッと鳴り響く音に、思わず感動してしまった。力と力のぶつかり合いに壁が着実に壊れていっている。 どちらが優勢ということなく勝負は進み、それぞれの力がぶつかりあった時だった。 強い風が巻き起こり、建物内の木箱が次々に飛ばされていく。それを目で追っていけば、なんて、まずい状況。 「うわっ!」 「きゃあああ!!」 嘘だろ、この展開…?! 自分達の下へと落ちてくる一つの木箱、大きさからして、無傷じゃ済みそうもない。反射的にケアトスへと手を伸ばすけど、駄目だ、間に合わない…!! 「ッペガシス!!」 焦る銀河の声に身を縮めれば、私達の足元をペガシスがぐるんと一回り。巻き起こった風で、頭上の箱が音を立てて壊れた。 「セ、セーフ…」 「助かった…」 サンキュー銀河、と口を開こうとした瞬間。 声が出なくなった。 銀河の頭上から落ちてくる、崩れたであろう石壁や、柱。 瞬間的に思い出された、古馬村の洞窟内でのこと。頭上からの氷、怪我。 「ぎ、」 声が、震えた。 「銀河!!!」 「え?」 届けと思って伸ばした腕が届くことはなく、絶望に近い気持ちに頭が真っ白になった瞬間。 「うおおお!!!」 「のわっ!!」 ベンケイが、銀河を助けた。 「ベンケイ…」 「お、俺は…」 ベンケイ、ナイス…!!ほっと胸を撫で下ろしたところで、思わず力が抜けた。そうだった、焦っていて忘れていたけど、ベンケイが銀河を助ける場面が確かにあった。ここだったのか、良かった…!! 「ベンケイ、お前…」 「いや、俺は……え、ええい!勝負を続けるぞ!」 本当ベンケイって良い奴だな、なんて自然と笑みが零れた。悪ぶってても、やっぱそれは隠し切れないわけだ。正々堂々勝負しているその姿は、それぞれに譲れないものがある、正義のそれだった。 「ブルアッパー!」 勝負が再開し、大きく吹き飛ばされたペガシス。だけど逆に追い込まれたのはブルの方。上空から、ペガシスによるシューティングスターアタックが決まり、驚いた声が響いた。 勝負、あり。 ◇◇◇ 「チッ!!」 膝をついたベンケイが地面を叩き、その音にまどかとケンタが怯えた声を上げる。 「なあ、すっげー楽しかったな!」 「え…たの…」 「最高に楽しかった!お前のブルアッパーすげえ技だな、最初に食らってたらやばかったかもな!」 「本当、すっごい楽しいバトルだった!今度、私ともバトろうな!」 銀河がニッと笑って見せれば、ベンケイは再びぽかんとしてしまった。そのベンケイへと歩み寄り、銀河は握手を求めるように手を差し出す。 そんな様子にベンケイ同様目丸くするまどか達。思わず、笑ってしまった。 差し出された腕を掴めずに、慌てるベンケイ。 暫しの間、 「ぶるるるる……、きっ!!」 そっぽを向いてしまった。 は、か、かわいー!! 首を傾げる銀河を無視し、ベンケイは大きく地団太を踏み声を張り上げた。 「俺は、何としてもお前を倒す。それだけじゃ!…何度だって挑んでやるわい!」 「ああ!」 きっと睨みをきかせて振り向く姿に、銀河は笑みを深くした。 これで一件落着だ。そう思って息をつくと、ふとベンケイと目が合った。なんだろうと思い首を傾げると、ベンケイは思い出したように、口を開く。 「お前…」 「ん?」 楽しいバトルを見た後で、暖かい気持ちにニコニコしながら答えた時だった。 「お前、あの大道…」 ぴしっと、笑顔が張り付いた。 「ベンケイ……」 彼の言葉を遮って、切り出した言葉。 まだ、知られるわけにはいかないと思う。そんな気がする。事情を説明するわけにもいかないし。 そして何より、 「敗者は黙 っ て て も ら お う か …?」 今そいつの話は聞きたくない。 「ぶ、ぶる…ッッ!!!」 自分史上最強にドスの利いた声でそう言えば、ベンケイどころか全員が冷や汗を流してしまったとか。目が光ってた?それは言いすぎだよ。 ベンケイが逃げるように立ち去った後、もう一度息をつく。 まあ、とりあえず。 「じゃあハンバーガーでも食べに行きますか!」 「お、おう!」 「う、うん!」 さっさと、休もう。 とか思ったりした。 20101017 ← ×
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