天馬vs獅子 「なんだって、サジタリオを?!」 翌朝、B-pitに駆け込んできたケンタが話した内容は、サジタリオを返して欲しければ銀河をメタルタワーに連れて来いという首狩団からの脅しだった。 「俺は逃げも隠れもしないぜ。そのメタルタワーってのは?」 「ちょっと待って!」 行く気満々の銀河に、まどかが静止の声をかけた。ペガシスのメンテがまだ完全じゃない以上、バトルは危険すぎる、と。 「今はそんなことしてる場合じゃないんだ。行こう、ケンタ」 「う、うん!」 「ああっ!待っ、」 「まどか」 引きとめようとするまどかの横に立って、首を振ってみせる。 「無理だよ、あれは」 「…もう!」 私達も急いで二人の後を追いかけた。 ◇◇◇ 微かに聞こえる、挑発的な声。 「あ、始まっちゃうぽいよ」 「全くもう!!」 メタルタワー内部を駆け巡り、辿り着いた屋上へと続く扉越しに聞こえたキョウヤの声は、勝負の始まりを意味していた。まどかと共に駆ける足に力を入れ、開いた自動ドアをくぐった。 「ダメ!ペガシスのメンテは、まだ完全じゃないのよ!」 突如視界に飛び込んだ光に、目を眩ませて視線を泳がせれば、なんだか高い位置にいるそいつと目が合った。…高いとこ、好きなのかもしれない。 「…よお、久しぶりだな」 「その節はどーもー」 どの節だどの節。 そうは思いながらも軽く手を振れば、挨拶なんて対して興味もないんだろう、特に返事はなかった。ニヤリとしたその表情は崩さずに、キョウヤは目の前の獲物を見つめる。 「あれを見な」 キョウヤの指し示す方向には、今にもサジタリオをこの屋上から落とすぞと云わんばかりに、外へと腕を突き出すベンケイの姿。 随分と卑怯なことをしてくれるじゃないか、首狩団。実際やらないとしても、脅し文句には十分すぎる。 「そ、そんな…」 目に涙を浮べ、叫ぶケンタを気にすることなくキョウヤは言葉を繋いでいく。まどかの必死な声を押し切り、銀河は前を見据えた。 「一騎打ちを挑まれて逃げるわけにはいくもんか!…俺のベイ魂が叫ぶんだ、あいつと戦えって!」 「それでこそ、俺が本気を出して戦うのに相応しい相手。容赦なくぶっ潰す!」 隣のまどかを覗き見れば、眉を吊り上げて怒りの表情だ。思わず苦笑いしてしまうも、続いて聞こえた溜息に、私も手に力を入れた。 「もう、どうなっても知らないから!」 まさかとは思うけど、まさかってのはある。いざとなったらその時は、私がサジタリオを助けよう。壊されてたまるもんか。 ケアトスにそっと触れて思い出す、あ、そういえばこいつも修理中じゃん。 …ご、ごめんまどか。 心の中で謝って、いつでもシュートできるようケアトスを手のひらに収め、腰のランチャーを取りやすい位置まで持ってきた時だった。 隣に感じた、人の気配。 「美羅」 それぞれがスタジアムに向かうなか、そっと耳打ちされた。 「もしもの時は、サジタリオのこと…頼む」 「…任せといて、そのつもり」 「サンキュ」 「…だからアンタは、気兼ねなくバトルしなよ!」 「!、ああ!」 宿命の好敵手の、ファーストバトルだ。 「「3」」 「「2」」 「「1」」 「「ゴーシュート!!」」 強い風が吹き荒れる中、バトルはスタートした。心配そうに見つめるケンタとまどかの視線の中、レオーネは駆け回るペガシスとは真逆に、中央に陣を取る。 「レオーネが攻めてこない…どういうこと?」 「これがレオーネの、盾神キョウヤの戦い方ってこと」 「確かに。あのベイは典型的なディフェンスタイプね」 パソコンで調べながら頷くまどかに、ケンタは再び疑問を口にした。 「でも、自分で攻めない限り勝てないよね?」 銀河だったらそれさえ承知で攻めて行きそうな気はするけど、そうじゃない。 「あの姿に油断してかかっていったら、それこそレオーネの思う壺。…だけど、それだけで終わらせないよ、レオーネは」 究極のディフェンスタイプと言っても過言ではないと思うけど、守りだけじゃない。攻めの姿こそ、真に怖いんだ。 「…んで、おもしろい」 「楽しんでる場合じゃないよ美羅!」 ニヤっと笑っていうも、ケンタからのツッコミ。まどかはまどかで、心配そうな表情をスタジアムへと向けていた。 「なんだか、嫌な予感がするわ…」 その予感は、的中することになる。 「かかったな」 真っ直ぐに攻めるペガシスが、レオーネに弾かれる。ニヤリとしたキョウヤの表情が、崩れることはない。再度攻撃をしかけるも、先ほど同様、ペガシスはレオーネを動かすことなく、そのまま吹き飛んでしまった。 「どういうことだ?!」 「まだまだ、こんなもんじゃないぜ!!」 それにしても、これがレオーネの本当の力…か。やっぱり、あんな密閉された屋内なんかとは全然違う。レオーネ自体も、すごく生き生きしてるように見えた。 「ねえ美羅、何が起ってるの?!」 「あれは…」 ちらりとまどかへ視線を向ければ、まどかはその視線に大きく頷き、パソコン画面をこちらへと向けた。 「…風よ、これを見て」 画面に映し出されたデジタルな風の動きに、ケンタも今の状況が分かったようだ。レオーネが強い風を巻き込んで、見えない壁ができている。あの時でもすごかったんだから、今はもっとすごいに違いない。 「すごいな…キョウヤ」 「銀河を罠にはめる為、わざと自分に有利な場所を選んだんだな…こんなの卑怯だ!」 そんなケンタの言葉を、キョウヤは気にした様子もなく笑い続ける。 「バトルに勝利する条件はブレーダーの腕。ベイの性能、そしていかに自分に有利な対戦場所を選ぶかだ」 その視線をさらに鋭くさせ、嘲笑うかのように言葉を続ける。 「仲間のためとか、ベイ魂とか、くだらないことに気を取られそいつを見落とした貴様のミスだ!!」 「くだらないだと?!」 如何にも、正論のようで正論じゃないセリフを吐き捨てたキョウヤ。馬鹿だなあ、聞こえはしないが思わず悪態をついてしまった。 「あんな言い方ひどいよ…」 「あんな奴…ブレーダーじゃない!」 「間違ってはいないさ」 「え?」「美羅?!」 大きく見開かれた二人の目。 吹き荒れる強い風が髪を乱し、思わず顔を顰めた。 「まあ、確かに?バトルに勝つだけだったら、それで勝てる」 「そんなの…!」 顰め面を崩して、いつも通りに上がる口角。 「勝つだけだったらだけどね?」 いろんな街を回って、いろんな奴らとバトルして、確かにそう言う奴もいた。 もちろん、そんな奴らに負けたことはないけれど。 荒らげていた声を止め、ぽかんとした表情の二人。もう一度笑いかけてから、すっと息を吸った。 「大丈夫、アイツがああ言ってる限り、銀河はキョウヤに負けない。絶対に」 「美羅…」 適当な勝利の二文字は、簡単に貰える。だけど真剣勝負なら、話は別ってことだ。それにしても、くだらないなんて思ってたらバトルつまんないだろうに。 そんな会話をしていると、キョウヤの必殺転義が響き渡る。 全員でハッとして視線を向ければ、大きく吹き荒れた風に、ペガシスがバランスを崩し始めていた。 強風に飲まれかけているペガシスは、必死にスタジアムを駆け回りそれに耐えている。このままじゃ、飲み込まれるのも時間の問題だ。 「そんな…どうしたらいいの?!」 「うわあああ!!」 びゅんっと吹き抜けた風に、銀河のマフラーがふわりと上空へ飛んでいった。 私達も腕で顔を覆い、なんとかスタジムを見据える。にしても、風が強すぎる。わざわざ天候まで気にして今日の勝負を仕掛けてきたんだったら、そのマメさにキョウヤへ拍手を送ってやりたい。 「ははははーっどうしたどうした!」 「ベイ諸共、お前も吹っ飛ばされちまうかー?」 キョウヤの勝利を確信してか、今まで黙っていた首狩団が次々に声をを上げていく。でも、本当に自分まで吹っ飛ばされそうな風の勢いだ。 「このままじゃ…」 ふと顔を上げた銀河の目線の先は、先ほど飛んでいった、白いマフラー。ハッとしたのを見れば、それは確実な勝ちを表していた。 「よし」 「え?」 「オラオラ!余所見してる暇はねーぞ!」 風に押されて、ペガシスがスタジアムぎりぎりまで追い詰められてしまう。 「この勝負、俺の勝ちだ!」 「いや、まだだ!」 一斉に銀河へと集まる視線。銀河の一言って、何だか力がある。銀河が"まだ"って言ったら、今までの劣勢も嘘みたいに思えてしまうんだ。 「戦いはまだ終わっちゃいない。勝負はベイが止まる瞬間まで、決まらないんだ!」 真っ直ぐ、真っ直ぐにペガシスはレオーネへとぶつかりに行って、 宙を舞った。 その状況に、次々とキョウヤの勝利を表す声が上がっていく。 「格好つけて最後はスタジアムアウトかよ…だっせえ」 声をあげて笑うキョウヤに、ケンタも銀河の負けを感じてしまったんだろう。 「ごめん銀河…僕のために大切なペガシスを…」 「何言ってんだ、ケンタ」 空気が変わった。 吹き飛ばした、不安。 「俺のペガシスは、まだやられちゃいないぜ」 「はあ?ふざけんな、てめえのベイはたった今飛ばされて…」 「上空はスタジアムアウトになんねーだろ!」 そう言えば、キョウヤはハッとして上を見上げた。 青い光を纏って、真っ直ぐに降りてくるペガシス。正に、光。 「ペガシス、シューティングスターアタック!!」 天馬の強烈な攻撃を受けた獅子は、スタジアム外へと飛んでいく。 敗北を示す、金属音が響いた。 キョウヤはその光景に、信じられないという様子で崩れ落ちた。 「貴様…始めからこれを計算して!!」 「どんな大きな台風も、その中心は弱いものさ」 ニヤリと笑みを浮かべる銀河に、キョウヤは再び視線を落とした。 唖然としたベンケイの手からサジタリオが落とされ、それは銀河の足元まで転がってくる。 「約束通り、こいつは返してもらうぜ」 銀河の、勝ちだ。 ◇◇◇ 「すごい、すごいよ銀河!まさかの大逆転で、あのキョウヤを倒しちゃうんだもの!おかげで、僕のサジタリオも無事帰ってきたし、本当にありがとう!」 「いやー…まあ、いいからいいからー!」 「そういえば、美羅大丈夫かしら?」 「!、ああ…」 「何の用だ…」 何故か廊下で引き返して、また屋上に戻ってきてしまった。未だ座り込むキョウヤ、何も言えずに首狩団が心配そうに見つめている。 「……。」 顔を上げたキョウヤの表情には、怒りとか苛立ちが映っていた。 本当、何しに来たんだろう私。 何も言えずに、只足を進めてキョウヤの目の前に来るまで、キョウヤは何も言わなかった。突っかかる気力もないのかもしれない。時折聞こえる首狩団の静止の声は、聞こえない振りだ。 合わない視線。相変わらず、風は強い。 「あのさ…」 分かった。なんで来たのか。 思い出した、この嫌な予感。このあとキョウヤは…。 何も言っちゃいけない。分かってる。分かってるんだ。 …だけど、心配なんだ、なんて我が儘。 だから一言だけ。 「負けんなよ」 「…はっ?」 「じゃあな少年!!」 なるべく笑顔で、キョウヤの頭をぽんと叩いて、その場を駆け足で後にした。そういえば、なんだかキョウヤに対しては言い逃げしてばかりな気がする。 扉をくぐったところで、スッ笑顔が消えた。 どういった意味で取られたかは分かんないけど、まあ、いいや。 負けないで、負けない、 負けるな、キョウヤ。 20100926 ← ×
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