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ベイパークに響く賑やかな声。沢山の子供達に注目されながら放たれたペガシスは、相手のベイ三機を一気にスタジアム外へと吹き飛ばした。
歓声と同時に、感動にも似たため息が漏れる。


「ケンタ、お前どこでこんなすげえ奴と知り合ったんだ?」
「めっちゃくちゃ強いじゃん、一度に三機も吹っ飛ばすなんて!」
「これくらいで驚いてるようじゃ、まだまだ。なんたって、銀河はあの首狩団を全員まとめて倒しちゃうくらいなんだから!」
「あのバトル、見ててスカっとしたなー」


ケンタが自信満々に言うなか、隣でバトルを見ていた私も感想を述べた。本当、あそこまで真っすぐに駆け抜けてくペガシスの姿は、まさに天馬だった。
周囲で驚きの声が上がる中、銀河と視線が合った。

「あ、美羅もバトル済んだのか?」
「おう!」

ピースサインで返せば、銀河もニッと返してくれた。今日も今日とてベイバトル。毎日いろんな人とバトルできて最高だ。
そんな時、銀河の武勇伝を話し続けるケンタの視線が、私へと向いた。

「それに、なんとこっちの美羅は、あの首狩団のリーダー盾神キョウヤに勝っちゃったんだから!」
「え、いや、それは…」

しどろもどろに口を動かすも、その声は周囲のざわめきによってかき消されてしまった。
勝ちは勝ちでも、あれは、恐らく勝ちではない。

どう説明しようか、と苦笑いする刹那、


「どうやったら、首狩団に勝てるの?!」
「うわあ!ちょ、ちょっと!」
「シュートの仕方教えてくれよ!」
「ちょ、まっ!」
「女の子でも強くなれる?」
「そこは自信もて、大丈夫」


銀河と共に質問攻めに合い、何だか困った状況に。でも、嬉しくないって言ったら嘘になる。なんとなく照れくさい。

「まいったなこりゃー…」
「あはは…」

お互い苦笑いを浮かべつつ、バトルをすることを勧めれば、一気に雰囲気はそちらへと傾く。やっぱり、話を聞くだけじゃなくて、実際のバトルが一番楽しいからさ。

「銀河と美羅でバトルしてみてよ!」
「え?」
「お?」

ふと誰からそんな言葉が出れば、皆がそれに賛同して声を上げた。

「いいぜ!な、美羅!」」
「もちろん!」


おお、と声が上がり、向かい合ってベイを構える。


「行くぜ!」

「ゴーシュート!!」













「はあーっ疲れたー…」
「ベイブレード最高!!」
「バトったー!!」


ぐっと伸びをする。
ベイパークを出て、いつもの河原へ来た私達は、相変わらず草原に背を預けていた。
疲れたけど、楽しかったー…。

「二人をベイパークに連れてった甲斐があったよ」
「ああ、ありがとな」
「ありがとー」

ケンタが言うには、私達に伝えたかったらしい。この街にいるブレーダーは、皆が皆首狩団のような奴らじゃないよって。
それでこの街の様子を知った銀河も、暫くここに留まると決めたそうだ。嬉しそうなケンタを見ると、ついこっちまで笑顔になる。


「…この街で、とびっきり強そうな奴も見つけたしな」


そう付け加えた理由に、先ほどとは真逆、ケンタの表情が曇った。

「…でも、本当に大丈夫なの?」
「?、何が?」
「キョウヤだよキョウヤ!」

立ち上がってキョウヤの恐ろしさを力説するケンタを横目に、ふわっと欠伸を噛み締めた。ああ、ポカポカした天気だ。

「どうだったんだ、美羅」
「…ん、何が?」
「キョウヤと戦ったんだろ?相手を叩き潰すまで止まらない…狩りを楽しむ野獣?なのか?」
「うーん…」

まどろんだ頭を覚醒させて記憶を辿る。狩りを楽しむ野獣か。……異名凄いな。
確かに獅子という名はピッタリだと思うけど、野獣ともちょっと違う気がする。何だかんだで、戦いにおいて冷静というか、クールな面があったのは確かだろう。


「まあ…なんとも言えないけど、強いのは確かだよ」
「!、で、でも美羅は勝ったんでしょ?」
「いや、あれは勝てたとは言えないよ。明らかに自分にいろいろ有利すぎた」


溜息交じりで言えば、ケンタは尚も勢いづいて口を開いた。

「そう…なんだ…じゃ、じゃあベイは?レオーネってどんなベイだったの!?」
「知らないほうがいいんじゃないか?」
「え?」

ぽかんとしたケンタから視線を外し、それを銀河へと移す。銀河は驚く様子もなく、ただきょとんとしていた。


「だってその方が楽しいだろ?」


ニヤっと笑みを零せば、銀河は一瞬軽く目を見開き、すぐに口元に孤を描いた。

「ああ!その方が燃えるぜ!」

だーよねー。
お互いニヤニヤとしていれば、ケンタが不満そうに声をあげた。


「もう二人してまたそんな!…キョウヤと戦って、銀河にもしものことがあったら僕…」
「俺はそういう奴を探して旅をしてるんだ。それくらいの方が、遣り甲斐があるぜ!」


そのやり取りに思わず笑ってしまい、何気なく視線を前へと向ける。すると、可愛らしくふわりと髪を揺らしながら、女の子がこちらを見つめていた。

しかもかなりの近距離で。

あれ?この子…

視線がバッチリと合えば、にこっと微笑みかけられた。


(やっぱりまどかだー!!!!)


襲い掛かってきた眠気も吹っ飛び、思わずまどかを凝視してしまう。か、可愛い…!!!
そんな視線に気づいてか気づかずか、まどかは銀河の目の前へと忍び寄り、すっと顔を出した。

「…うおおおお?!」
「なになになに?!」
「…可哀想」

驚き仰け反る二人を前に、まどかはそのまま手元からパソコンを取り出しペガシスの解説を始めた。(全然分からん…−0.7%…?)
ウィールの表面に無数の傷が刻まれていることを指摘したまどかに、銀河は漸く言葉の意味を理解したようだ。

「可哀想ってペガシスのことだったのか…」
「ぶっ!いきなり銀河本人に可哀想って…」
「美羅!」
「ハハハッ!!」

まどかの突然の発言って、取りようによってはかなりギャグな気がしてきた。駄目だ、ウケる…!!」
むっと睨みを利かせる銀河だったが、まどかから百機バトルのことを仄めかされ、その余裕もなくなったようだ。


「傷が風の抵抗を受けたら本来の回転もスピードも維持できなくなるのよ。…よって、それは私がお手当てします。それまでバトルはお預けね!」
「ってか、君誰…?」


満面の笑みで言うまどかへ、多分始めに言うべきであっただろう疑問がやっと飛び出したのだった。




◇◇◇



「地下は、私がベイのメンテナンスルームに使ってるのよ」


案内されたB-pitへと足を踏み入れ、螺旋階段を下り地下に行けば、そこはまさにプチ研究所といった場所だった。うわあ、あの機械見覚えあるぞ!なんか光が出るんだよな…

「適当に座ってて、ペガシスのこと詳しく調べちゃうから」
「え?あー…でも…」
「だーめ!今は何ともなくても、小さなことが積み重なるといつか思わぬ大怪我をするわ!これもペガシスのためよ」

え、この機械触っていいのかな…、すごい…キラキラしてる…かっこよ…

「さ、貴女のベイもよ」
「え?」

急に振られた話に、思わずビクッとしてしまった。渋る銀河はどうにか納得させたみたいだ。やるなあまどか。

「さっきのバトル見てたけど、ケアトスもそれなりにダメージを受けてるわ。お手当てしないとダメ!」
「そう?」
「そう!」

きゅっと口元を引き締め、言われてしまった。そっか結構疲れてるんだ、ケアトスも。だったらお願いしようかな。むしろ、ありがたいくらいだ。


「じゃあ、お願いするよ」
「やった…じゃなくて、任せておいて。…私はまどか。天野まどかよ!」








それぞれに自己紹介を終え、早速まどかはケアトスとペガシスのケアに取り掛かってくれた。キョウヤ戦も控えているので、銀河のペガシスを優先してもらえば、どうやら状況は深刻らしい。
砂や屑、埃で汚れてしまったペガシスを手当てしながら、まどかはベイのことについていろいろ話してくれた。少しの埃でも、バランスを崩す原因には十分なりうるらしい。

「わずかな隙間から水が入れば、機体を傷める原因になるし…」

(………。)

お前、そんな危ないことなのに、雨の日こそ外でバトりたがるし川に飛び込むし…
順番待ちのケアトスを見つめ、このことはまどかに黙っておこうと思った。うん。

「皆バトルばかりに夢中になって大切な自分のベイのことを考えてあげてないのよ…」
「「うっ…」」
「二人とも…」

溜息交じりのケンタから目を逸す。
今度からはちゃんとしよう。ケアトス、自重、大事、絶対。

「思ったより時間がかかりそう…ペガシス今日はうちにお泊りよ」
「え?」
「ダメ?」
「あ、いや…」

明らかに困ったような声をあげた銀河だが、相棒と離れるわけにはいかないということで、近くのソファに寝床を確保して落ち着いたようだ。

いい音したな…ふかふかしてそう。

「美羅はどうする?ペガシスの手が空いた時にケアトスも見たいんだけど…」
「構わないよ、うちは放任主義だから」
「ありがとう。美羅も泊まって行ったらどう?」
「いいの?サンキュー!」

わーいとお互い喜び合い、私もこの部屋に泊めてもらうことにした。お泊りって地味にわくわくする。


その後、ケンタもサジタリオのメンテナンスを頼み、まどかにお礼を言って嬉しそうに帰っていった。
夜が、更けていく。



◇◇◇



「…んっ」


ふと目が覚めた真夜中。薄暗さのなか、一箇所だけが光に照らされていた。カチカチと微かに響く金属音と共に。

「…まどか?」

なんとなく気になって足を進めれば、本人のまどかは少し疲れた表情をしていた。振り返り笑いかけてくれた直後、その表情はハッとしてまずいといった具合に変わる。

「…起こしちゃった?」
「いんや、起きた」

近くにあったイスに腰掛けて作業を見つめれば、どうやらケアトスのことを見ていてくれたようだ。

「どう、ケアトスの感想」
「不思議なベイよ…とっても素敵」

銀河を起こさないように、身を寄せてひそひそと話せば、何だかまるで内緒の会話のような雰囲気だ。

「…実を言うとね、美羅のこと知ってたんだ」
「え?」
「前にあった大会で、優勝してたでしょう?」
「ああー…」

なんだ、そういうことか。
訳も分からない焦りに、なんとか落ち着きを取り戻す。

そういえば、確かにこの間この街の大会に出場した。その日の夜だったな、キョウヤと戦って銀河達に会ったのは。

「あの時、すごく素敵なベイだなって思ったの。もちろん、それを所持するブレーダーも」
「なんか照れるな…」

照れ隠しに机に置いたケアトスを指でつつく。良かったなーと言えば、隣からくすりと笑い声が漏れた。


「だから、正直ケアトスのお泊りは私情でもあるの。ごめんね」
「謝らなくていいじゃん、私もケアトス見てもらえるなら嬉しい限りだし。オマケに褒めてもらっちゃってさ!」
「そう言ってもらえると嬉しいわ」


お互いえへへーっとすれば、まどかは少し視線を逸らし、ぐっと伸びをして一呼吸置いた。


「…女の子って、ベイの世界で言ったら実際男の子より断然少ないでしょう?美羅を見てたら、なんだかやる気がでてきたわ!」


再び視線を合わせたまどかの表情に曇りはなくて、本当に、綺麗だった。

確かに、この世界でも、やっぱり男の子よりも女の子が少ないのは事実。自分のそれとは事情が違うにしても、まどかはまどかで何か思っていることはあるのかもしれない。

「確かに、女の子もっと増えるといいよね。でも、今日はまどかみたいなブレーダーに出会えた!きっと、女の子ブレーダー、まだまだいるはずだよ!」
「…そうね!」



どちらからともなく、小さく笑い合った。



「さて、私はもうすこしやるけど…美羅は寝なくて大丈夫?」
「んー、もう少し見てる」
「そう」


邪魔かな、とは思いながらも机に顔をピタッとくっ付けまどかを覗き見れば、メガネ越しではあるけれど、とても楽しそうな目をしていた。

再び静寂を取り戻した空間に響く、微かな金属音。

ふいに心地よさを感じながら、まどろんだ目で作業を見続けた。



女の子同士で交わす、少し現実的な話。そんな夜だった。




20100919








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