スタート!!




「じゃあ、行ってくるから」

村の入り口。少しの荷物を持って、自分はそこに立っていた。元々、こっちに持ってきたものなんて何もないもんね。制服くらいか。

「気をつけてね!」
「お姉さんが帰ってくる頃には、俺が村一番の最強伝説作ってるから!」
「あはは!」

寂しくは、ない。
お別れじゃ、ない。

いつでも帰れる場所がある、それってすごい幸せなことなんだって、改めて実感した。

「美羅…お、お姉ちゃん、これ」
「んー?」

少しの恥ずかしさを滲ませながらも、呼ばれた名前。うっ、思った以上に嬉しいそこれ…!

「これ、着けてって」
「これは?」

渡されたのは、ケアトスと同じ配色のミサンガのような腕輪だった。手作り間が溢れてるそれが、なんとも可愛らしい。

「皆からのプレゼントだよ」
「おおー!」

つい、だらしなく頬が緩んでしまう。プレゼントだ、嬉しいなあ。ケアトスとお揃いっていうのも、なんか嬉しいぞ。きっとこいつも喜んでいるはずだ、間違いない。ケアトスの分も合わせてお礼を言うと、満面の笑みが返ってきた。




「気をつけてな、いつでも帰って来い」

そう言った北斗とは、最初はまともに会話もできなかったんだっけか。段々と打ち解けて、それが堪らなく嬉しくて。北斗は私にとって、大事な、

「はい、監督!!」
「まだ言うか?!」

そういえば、最初に村を出ると打ち明けたのも北斗だったな。本当に、大好きだ。土産話たくさん持ってこよう。


「行って来い」
「うん、ありがと」



そして、




「…氷魔」

お互い無言のまま、視線が合う。
今はそれも、嫌じゃない。

旅立つには最高の天気、照らす太陽に、穏やかな風。いよいよ、なんだ。すっと緩む口元。それはほぼ同時だった。

軽く拳を突き出せば、それは氷魔の手の平に見事に収まった。

「次は勝つ!」
「僕こそ、負けませんよ」

その笑顔に、曇りはなかった。





「気をつけてな!」
「頑張ってねー!」
「いってらっしゃい!」


ここから始まる、私の道。
真っ白な道を、歩いていくんだ。


「…いってきます!」


振り返って、大きく一歩。

さあ、行くよ。ケアトスと一緒にいろんなものを見るんだ!!
足取り軽く、道を駆け出した。




◇◇◇




「…行っちゃったね」
「あーあー…さみしくなるな」
「特訓しといて、帰ってきたとき驚かせてやろうぜ!」
「いい考え!」


村へと戻っていく子供達。少しの寂しさを残し、美羅さんは駆け出して行った。涼しい風が、ぽっかりと空いた心に吹き抜ける。
まあ、いつまでもこうしてはいられない。

ただ、できることなら、

「氷魔」
「どうしました、北斗?」
「いいのか?」

どきりと、脈打つ心臓。

「…何がです?」
「何か、言いたいことがあるんじゃないのか?」

あーあ、本当にもう。
挑発的なその瞳に、苦笑いが隠し切れなかった。

「敵いませんね、北斗には!」

駆け出した僕の後ろから、頑張れよ、と聞こえた気がした。




◇◇◇




「…始まりは、ここだったんだよね」

良かった、迷わなくて。ちょっとした寄り道だ。

目の前に広がる、小さな湖。その視線を上へずらし、いったいどれほどの高さからここに飛び込んだのか想像してみる。けど、すぐ止めた。…わ、忘れてないぞあの恐怖…!!

何だか、随分昔のことのようにも感じられる。実際、どれくらい経ったんだろう。あの時はただ、怖くて、訳が分からなくて。今みたいな状況、考えることもできなかった。

結局、分かんないことはそのままだ。
でも、ま。

「それでもいっか!」

いずれ知ることなら、その時に知ればいいんだ。無理に探ろうとしてもきっと届かない。
今、すごく楽しい、その事実だけで十分だ。

手のひらにケアトスを乗せ、その姿を見つめる。そういえば、こいつのことも分かんないことだらけか。…いやまあ、内面は分かってきたつもりだけどさ。

「よろしくな、相棒!」

言葉なんて交わせないけど、伝わった気がした。

その時、背後から届く声。


「やはりここでしたか」
「お?」


この声、は。


「ここに来てるような気がしたんですよね」
「氷魔!」


そこには確かに、さっき別れたばかりの氷魔がいた。その姿は軽く息を切らしていて、走ってきたことがよく分かる。
なんとも早い再会だ。いったいどうしたんだ…?
忘れ物でもしたかと巡らせる頭を他所に、氷魔は口を開いた。


「…始まりはこの場所。初めて貴女を見たときは驚きましたよ」
「!、そりゃそうだな、なんせ空からだし!」


自分自身でも驚きまくってるけど、氷魔も驚いただろう。本当、不思議なことってあるもんだ。

「出会いは一期一会といいますけど、本当にそうですね」
「あの時落ちる場所が違うだけで、出会わなかったかもしれないもんな」

偶然、運命。いろんな表現はあるけど、一番しっくりくるのは…うん、分かんねえや!!


「美羅さんに出会えて嬉しいですよ、僕は」


そんな風に素直に言われたら、照れることすらできないじゃないか。


「私も、氷魔に会えて良かった」


途切れることのない糸。
この絆を、大事にしていこう。


「じゃあ、行ってみるよ」
「気をつけて」


向けた笑顔。



一瞬の隙だった。



「美羅さん」



そっと肩に乗せられた手。近づいた距離。

頬に残った、違和感。



え、



あ、あれ…い、今…




急激に上がる体温。

唖然として氷魔を見れば、にっこりと最高の笑みで。



「餞別です」



全部を理解して、い、いま、氷魔…っ


「う」
「う?」


い、今…!!!


「うわああーーッッ!!!!」
ぐはっ


伏せていた顔を上げ、自分でも何をしたのかよく分からない攻撃をぶち込み、無我夢中で走り出した。


な、な、な、!!??
えーーーーッッ??!!


ひとつ分かった、アイツはやっぱり、油断できない、羊野郎だ…!!!!



◇◇◇



「気をつけてー」


ああ、多分聞こえてないんだろうな、とは思いながらも言ってみた。見事な右ストレート。叩かれた頬を擦りながら、倒れた体を起こした。
あの様子じゃ、どこかで転んでしまいそうな…。まあ、彼女なら大丈夫か。


風が吹き抜ける。

木々を揺らして、水面を揺らして、雲が流れて。


全ての始まりの場所。
本当に、感謝しています。



ある少女は、小さな勇気と強さを知り

ある少年は、自分自身の弱さを断ち切り

ある者は、信じることの大切さを知り


またある少女は、
自分の道を歩き始めた




次に笑顔で会える日を、楽しみにして。

「さ、僕も頑張りますか」

踏み出した一歩。
優しい風が吹く。



また、新たなスタートだ。



to be continued

20100818








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