真夜中のバトル 星が煌いた。その光を受け、地面までもが淡く光っているようだった。 響く笑い声、響くベイのぶつかり合う音。 でもこちとらな、全然サッパリしないんだよ…! アンタとこんな風に別れたくないんだよ…! 「…氷魔「お姉さんバトルー」 「…氷「次!次は私と!」 「…ひ「俺が先ー!!」 「…「バートールー!!」 これの相手を……一人でしろとっ…?! 拳に力が、入りました。 「ッあーー!!!」 「「?!」」 勢いよく指差した方向を見る子供達。ああ、古典的な技だ。 背にかかる声を振り払い、走り出す。今のうちに氷魔を探すぞ…!! 「あ、逃げられた!」 「ああ〜…」 「ねえ、皆―――」 一人の少女から続く言葉を、私は知らない。 ◇◇◇ 「もう始まってますかねー…」 遠くに聞こえる、賑やかな声。 村外れの草原で、ひとり寝転がり耳を澄ませる。降り注ぐ月明かりに、思わす目を逸らした。時折頬に触れる草が、くすぐったい。 「何やってるんですかね…本当」 誰に言うわけではなく、呆れてしまって、思わず声に出してしまった。 銀河は、どうしているだろう。 あの日村を飛び出して以来、銀河はまだ一度も村に帰らない。それでも、安心はできるんだ、だってここは銀河の本当の故郷だから。 どんなに言葉を交わしても、時間を共有しても、何故不安は尽きないのだろう。 彼女はまだ一言も、ここを帰る場所だと言わない。 それを言葉にできない自分は、ひどく情けなく感じた。 彼女のためには、きっとその背中を押すべきなんだろう。それができない、そうしてあげたいと思うのに。きっと今彼女の腕を引き、振り向いた表情に言ってしまう言葉、は――― 「「行かないで」」 綺麗に重なった声。 「え…?」 振り向いた先の彼女を、月明かりがどこか大人っぽく映し出していた。 「勝手にどっか行っちゃダメだよ、氷魔さん」 「なゆさん?」 体を起こし、なゆさんと視線を合わせる。走ってきたんだろうか、少しだけ息を切らした少女の髪が、風に揺れていた。 「お姉さん、ずっと氷魔さんのこと探してたよ」 「そう…ですか」 彼女は知っているんだろうか、美羅さんのことを。言葉が続けられなかった僕の代わりに、彼女はにこりと笑っていた。 「お姉さん言ってたよ、信じて待つことも、約束なんだって」 「約束?」 月明かりが、彼女を照らす。 「お姉さんは帰ってくるよ、だって家族だもん!」 そうか、知ってるのか、なゆさんも。 疑うことを知らない、純粋で真っ直ぐ瞳。 それに映る、迷っている自分。 「それにお父さん言ってたよ、人の絆は簡単にきれるものじゃないって!」 全身で光を浴びるように、彼女は両手を大きく広げた。 なゆさんだって、寂しいに決まっている。それなのに、こんな風に慰めてもらってしまうなんて。美羅さんだって、どれだけ悩んで導いた結論なんだろう。 悲しくて当たり前だ。 だけど信じているから、進めるんだ。 黙っている僕に、小さく首をかしげる、 大事なことを教えてくれた、小さな、"妹" 「なゆ」 「えっ」 「ありがとうございます」 「…うん!」 何だか、ふっきれた。 彼女に会おう。 「子供の情報網をなめんなよ氷魔!」 「え、皆さんどこから!?」 「なゆー!準備できたよー!」 「本当?じゃあ行こう氷魔さん!」 「え…?」 自分よりも小さな彼らに手を引かれ、ある場所へと駆けて行く。 その表情はどこか、楽しげだった。 連れられるがまま、歩みを進めていく。 開けた場所に出たところで、ふと誰かの声が聞こえた。 だんだんと見えてきたシルエット。しがみつく少年達を引きずりながら歩くその姿、は。 「「あ」」 12時の鐘は、まだ鳴っていない。 ◇◇◇ 「じゃあ、俺たちはこれでー」 「しっかりね!」 自分をこの場に引っ張ってきた子供達は、状況を説明することもなくその場を去ってしまった。向き合って暫しの沈黙。同じような表情を浮かべる氷魔を見つめていると、小さく笑いを零していた。 「どうやら僕達、彼らに嵌められたみたいですね」 「…みたい、だな」 何の違和感もなく、切り出された言葉。それに続くように私も言葉を繋げる。 (どうしよう…) (どうしましょう…) 会いたい会いたいと思ってたのに、実際会ってみると、なんて言っていいのか。 ((分からない…)) な、なんて切り出せばいいんだ…?! 「あーもー何やってるんだよ」 「押さないで!」 「良い雰囲気なんだからさ!」 「ふいんきって何?」 少し離れた物陰から、そんな会話が繰り広げられていることに気づけないくらい、いろんな意味で焦っていた。 氷魔の様子見る限り、もしかして氷魔もそうなのかもしれない。 「「あの」」 「あ、氷魔先いいよ」 「い、いえ、美羅さんどうぞ」 なんだこのベタな展開は。これじゃ話が進まないだろ…!! 腹を決めろ自分!! 「氷魔!!私、村を出る!!」 優しげか寂しげか、細まる瞳と、目は合ったままだ。 「だけど、聞いてほしいんだ」 遠くの方から、賑やかな歓声が聞こえる。ああ、何か良いバトルでもあったのかもしれない。楽しい、すごく楽しい世界。この世界で大事なものが沢山できた。守りたいものもできた。 「絶対帰ってくる、必ず帰ってくる!…私の帰る場所はここだから!!」 「!、」 「だから、」 少しだけ、自惚れてもいいだろうか。 大きく息を吸って、躊躇いを断ち切る。 「待っててくれ、私の帰る場所であってくれ!」 いつでも安心できる、そんな場所。 「例え何があっても、もう会えないなんて、そんなことにはしないから」 今の私は、笑えてるんだろうか。 良く分からない。でも、目の前の氷魔は何も言わず、ただ静かに微笑んでいた。 僅かな間。 あの優しい声で、名前を呼ばれる。 「いってらっしゃい」 「……ああ、いってきます!」 そっと、その手を握った。 「さて、美羅さん」 「ん?」 「あれ、どう思いますか?」 氷魔が指を差したのは、村を囲むように広がる大きな崖。その上に、今にも崩れて落ちてきそうな岩。 「あんなん落ちてきたら、星祭台無しだね」 「そうですね」 「あれだけ大きいと、一点を確実に狙わないとだね」 「ええ、それにパワーもいりますね」 バランスを崩し、まるでスローモーションのようにぐらつくそれ。 「アリエスなら、あの岩を砕く力があります」 「ケアトスは、ポイントの真ん中一点を間違いなく打てるよ」 がらりと音をたて、落ちてくる。 「頼りにしてますよ」 「こっちもね」 同時に構えたベイ。それは真っ直ぐに手元から離れ、岩の一点を打つ。まるで花火のごとく砕け散り、飛び散る破片。 目を合わせ、お互い交わした余裕の笑み。合わせた拳が軽く音を立てた。 「じゃあ私たちも始めようか、星祭!」 「はい!」 遠くの物陰で、子供たちは作戦大成功と満足して笑ったそうで。 ◇◇◇ 「だあー!負けたー!」 「やりー!」 ブイサインでケアトスを戻せば、目の前の少年は残念そうに肩を落とした。 「ちぇー…結構いけると思ったのに」 「そう簡単にやられてたまるかよ」 皆が思い思いに、バトルをしている。そんな光景に思わず頬が緩んでしまうと、目の前の少年は残念そうに溜息をついた。 「じゃあ、俺は何を叶えてあげればいい?」 「そうだなー…、お前なゆのこと好きなんだろ?」 「はっっ??!!!」 「私倒さなきゃ、二人の仲は認めませんから」 「な、なんて過保護な…」 にやにやを隠せずにそう告げると、真っ赤な顔で少年は「覚えてろよー!」と走り去っていく。可愛いなあ、がんばれ少年、私は君の味方だ。まあ、彼が倒すべき敵も私なのだが。 「お姉さん!」 「お、なゆ」 ちょこちょこと小走りで駆けてきたなゆは、私の目の前で止まり、腕を突き出した。 「やるでしょ?」 その手の中にいるビクシスは、月明かりを綺麗に反射して光を見せた。 なゆにも、言わなくちゃ、ちゃんと。 勝って、言うぞ。 「…もちろん、負けないよ!」 さあ、もうひと勝負! ◇◇◇ 「ねえ、お姉さん」 「ん?」 激しさを増しながらも、まるでじゃれ合うかのようにぶつかり合うベイ。…ケアトス、ビクシスのこと気に入ってるみたいだな。 「アタシが勝ったら、お姉さんに言いたいこともう決まってるんだ!」 「お、何々?」 なゆはにっこりと、笑っている。 「絶対に、謝らないでね」 「え?」 「隙あり!」 一瞬の油断を突かれて、ビクシスがケアトスへ大きくアタックをする。驚きながらも、何とか持ちこたえた。 「お姉さんが決めたことだから、謝ったりしたら嫌だよ!」 もしかして、なゆ、気づいて、 「負い目…っていうのかな?そういうの持っちゃダメだからね!」 皆で待ってるから、そう告げられた言葉で、確信に変わる。なんだ、ばれてたのか、なゆにも。 「お姉さんのおかげでアタシが強くなれたの。だから、泣かない!」 そんな嬉しいこと、言われちゃったらさあ、もう。じんわりと滲む視界。ああ、最近こんなことばかりだ。余計な言葉、いらないだろう。 「ああ、行ってくるよ!」 満足げに微笑む少女の表情に、きっとこれから何度も、救われていくのだろうと思った。 ◇◇◇ 大分夜も深くなり、星の輝きが増していく。 星祭も、そろそろ終演。 (子供たちとのバトルも完了して、思い残すことはない、かな) 賑わいを残すその場を後にして、森を少し抜けた先、草原へと座り込む。見上げた先は相変わらずの大きな星空。こんなに綺麗には、もう暫く見られないかもしれないから、じっくり見ておこうと思った。 それも、理由の一つ。 「美羅さん」 視線は、そのまま、夜空へ。 「よ、氷魔」 「どうです?順調ですか?」 「おー負け無し負け無し」 「奇遇ですね、僕もです」 氷魔からの視線は感じない。多分、見ているものは同じなんだろう。 この世界で初めて出会ったのは、氷魔。あの時出会わなかったら、私は今頃、何をしてたんだろう。 「なゆとも戦いましたか?」 「美羅お姉ちゃんと呼ぶようお願いしてきたよ」 「すごく照れたんじゃないですか」 お互いに、笑い合う。 優しい月明かりに、そっと吹く風。 「楽しかったよ、たくさんバトルできて」 「そうですね」 「…でもさ」 振り向いて、向ける視線。 もうひとつの理由。ここにいれば、会える気がしてたんだ。 「やっぱり、氷魔と戦わなくちゃ、ね」 「ご指名ですか?…光栄ですね」 氷魔もゆっくり振り向いて、絡んだ視線。 見せ合うお互いのベイ。 氷魔に続くように、私も立ち上がった。今回こそ、勝つぞ!! 「ここなら、本気のバトルをしても被害はないですからね!」 「お、同じこと考えてた!気が合うね」 お互いに口ずさむ、カウントダウン。 早くなる鼓動。でも、苦しくない。むしろ逆だ。 「「ゴーシュート!!」」 初めてバトルしたあの時と一緒、楽しくて仕様がないんだ!! 互いのベイがぶつかり合い、大きな風が巻き起こった。 「スタジアムは地面全体、スタジアムアウトはなしですね」 「ああ!どっちかの回転が止まるまで!」 様子を探る間もなく、何度もぶつかり合い、離れ、ぶつかり合う。「これならどうですか」という好戦的な言葉に続いて、エターナルディフェンストラックが、ケアトスの攻撃を受け流す。その間に、草むらの中へと身を隠すアリエス。 「なるほど…そう来たか!」 「地形は利用するに限りますよ」 自信ありげに言ってのける氷魔。確かに、これじゃあどこから攻撃されるか分からない。 だけど、こっちだって伊達に修行を積んだわけじゃない。 音を良く聞いて、読むんだ、相手の位置を。長所を生かせ…、私とケアトスの長所は、"外さない"ことだ。アリエスが飛び出した瞬間を狙う。できるさ、私とケアトスなら!! 「行きますよ…アリエス!」 「……。」 よく、聞け。 届いた、僅かに揺れる、草の音。 「ケアトス!!」 円を描いて助走をつけ、上空へと飛び上がる。 「なっ!」 空中から攻めようとしたアリエスと、ほら、正面バッチリ。 「押し勝て!ケアトス!」 重力の力も加わる分、ケアトスの方が不利。だけど、押し合いなら負けてられない! はじき合った二機のベイが地面に着地し、再びぶつかり合う。 「やりますね」 「当然!」 「でも、負けられないのは僕も同じです!」 止むことのないぶつかり合い。その繰り返し。 お互いに伝わる。多分、そろそろ限界だ。 汗が頬を伝う。それを拭う暇もないくらい、ただ夢中で、楽しくて。 笑顔が、枯れないんだ。 「いっくよーケアトス!」 「アリエス!」 最後の力でぶつかり合ったベイ。 激しい風に奪われた視界が、開けた瞬間。 「「あ…」」 並んで横たわるベイには、少しの寂しさも感じなかった。 「引き分け…」 「ですね…」 勝ちも、負けも、ないんだ。 「ぶっ…あははは!」 「はははっ!」 あーー、すっごい、楽しかった!! ◇◇◇ 「ねー氷魔ー」 「はい?」 さっきのことが嘘のように、その静けさを取り戻した場所。今度は二人で寝転んで、その星空に見入っていた。 「私達、負けてはいないけど、星に願い叶えてもらえるのかな?」 「あー…そうですね…」 遠い遠い星空、届くはずのない距離。 それでも、こうやって手を伸ばしていると、届くような気がしてしまうんだ。 「でしたら僕は、美羅さんが無事に帰ってくることを願いますよ」 「ははっ、信用ないなあ」 「違いますよ。信じてるから、ですよ」 …信じてるから、ね。うん、私も。 「じゃあ私もそれを願お!効力二倍、ってね!」 「良いですね、それ」 静かに繋がれる言葉。風が運んできた遠く賑やかな声も、段々と途切れ途切れになってきた。 「貴女はどこに行っても無茶しそうですからねー…」 「ほどほどにしとくよ、多分」 「多分ですか」 こんな時間が、ずっと続けばいい。 これからも、ずっと。 「美羅さん」 「ん」 「気をつけて」 「…うん」 これから、きっといろんな出会いがある。いろんなことがある。 大事に大事に、歩いて行こう。 ふと感じた、右手の温もり。視線を向ければ、氷魔と視線が絡み合う。 「氷魔?」 「…今夜はこのままでも、いいんじゃないですか?」 その温もりは、心地よかった。 「…ん、だなあ」 ああ、届くかもしれない。 無限に広がる光が、綺麗だった。 20100816 ← ×
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