星祭前夜


「星祭?」
「そ、星祭!」


聞きなれない言葉。
星祭、星祭…?

「何それ?」
「ええ?!お姉さん星祭知らないの?!遅れてるにもほどがあるぜ?!」
「そういうもんなの?!」

そっか、遅れてるのか私……っていやいや、そうじゃないだろ。
聞いてみると、星祭とは古馬村に古くから伝わる、お祭りのことらしい。補足してくれた氷魔曰く、内容はまあ、所謂七夕みたいなものということだ。まだイメージは持てないが、子供たちの様子を見る限り、皆すごく楽しそうだった。


「時が経つにつれ、いつしかその習わしが星ではなく、ベイバトルで勝った者が対戦相手にお願いを叶えてもらう、という風に変わったと聞きました。なんともベイの里らしい行事でしょう?」


なるほど、すごいなベイの里!!
この里にとってベイブレードの存在は、本当に大きいものだ。分かっていても、その事実に何度も驚いてしまう。


「まあ、遊びみたいなものですよ」
「いつなの、それ?」
「明日の夜」
「唐突だなおい」

いや、実際唐突でもなかった。最近村が妙に賑やかだったし、なゆもそわそわしていたし。

「そういうわけだから、明日はお姉さんも氷魔も覚悟しとけよ!皆で挑むからな!」
「お、そういうことなら負けられないな!」

明日のバトルも楽しくなりそう!!
思わず、私もわくわくしてきた。


「明日お姉さんに勝ったら、お姉さんに付き合ってもらうとか言ってるやついるから、ヨロシク!」
「うわ、もったいねー願い!」


折角の願い大事にしろよ。子供というか、何だか可愛い願いに笑えてしまった。憧れの対象として子供に好かれるのって、決して嫌なことじゃないよね。私ヒーローとか大好きだし!!

「ハハッ…まあ取り合えず、その子の名前と住所教えてくれますか?」
「お前何する気だ?!」












さ、皆で準備を進めましょう。その氷魔の声を合図に、それぞれが走り出して行く。
村の装飾とか、道具運んできたりとか…、分かる、こういうのって準備も何気に楽しいんだよなあ。


賑わう広場の真ん中で、大きく空を仰ぎ見る。

「私、村を出るよ!」

決めたんだ。
明日のバトルで、一旦お休みだ。


息を吸い、その視線を送る。


「…本当、賑わってるな」
「え、…あ、ああ、そうですよね」


あの日以来、ずっとこの調子だ。氷魔、笑ってるようで笑ってない。まず目が合わない。
北斗が勝手に言うとは思えないし、私のことではないとは思うんだが、どうにも違和感だらけだった。


「な、氷魔」
「さ、僕たちも仕事しましょう!」

明らかに、逃げられてる、よな?
先を歩く氷魔を一瞥し、自分のそのあとを追いかけた。



◇◇◇



「やってるか」
「おお北斗!おつー!」


広場に使う装飾品を運んでいると、北斗がとてとてと近寄ってくる。なんか頭に折り紙の星とかつけられてるんですけど…!!可愛いなおい!!

「どうだ、なかなか楽しいだろ」
「本当、明日が楽しみだ!」

あの発言をしてからも、北斗の態度は全く変わらない。逆にそれが嬉しかった。北斗なりの気遣いなのかな、なんて思ったり。


「そういえば氷魔はどうした?」
「男は力仕事ー、だそうで」


ふと、氷魔の件を話すべきかと思ったが、やっぱり止めにした。後で自分で聞いてみよう。逃げられなければの話ではあるけど。


「星祭の話は聞いたか?」
「ああ、何かだんだんと形が変わってきたんっしょ?」
「あの話には続きがあるんだ」


一度氷魔の件は置いておくことにし、北斗の話に耳を傾ける。
すると、北斗の体に何やら布が巻かれていることに気づいた。……腹巻?北斗の話が耳を通り抜けていくなか、その布に刺繍された文字を見る、と。


「その話というのは「ぶっははははは!!監督!!監督っておまグハッッ


腹、タックルって、お前ッッ……。
腹を摩りながら視線を投げるも、当の本人は気にした様子もなかった。こ、この野郎!!こんな武力を行使する監督はダメだぞ!!


「続きというのがな、その日一度も負けなかった者は、どんな願いでも星に叶えてもらえるというやつだ」
「贅沢だなー…。対戦相手では飽き足らず、星にまで叶えてもらうのか」
「なに、強い者へほんの少しのご褒美みたいなものだ」
「そういうもんか」


そんなことを話していれば、聞こえてくる子供たちの声。少し離れたところでは、何人かが大きく手を振っていた。


「よし、行ってくるよ監督」
「監督と呼ぶな!!」


いいじゃん、似合ってるよ監督。




◇◇◇





涼しい風に、かさかさと揺れる葉音。

目が安らぐような、新緑。


「さて、これはどういうことかな氷魔君」
「さて、一体何のことですか美羅さん」


おっかしいなー、なんで私ここにいるんだ。
子供たちに呼ばれて、仕事を手伝おうとしたら氷魔が現れて、一緒に来て欲しいとのことで。

「氷魔!お姉さんは渡さないぞ!」
「嫌ですね、そんなんじゃないですよ」


何か軽いにらみ合いが始まって

「男の嫉妬は見苦しいぞ」
「子供が何言ってるんですか」
「お姉さん、氷魔さんの笑顔…怖い」
「気にするな、いつもあんなもんだろ」


既に一部がビビり散らかしていたから、もう自分たちだけで準備を始めようとしてたんだ。そしたら、ふいに氷魔が「あ」と遠くを指さし、その動きに皆が気を取られていたら、誰かに腕を引っ張られ、て。


「…、よくよく考えると大人気ないなお前」
「僕も子供ですからねー」
「よく言うよ」


まあでも、氷魔と二人で話す時間は欲しかったし、良かったのかもしれない。
なんて言い出そう、そう悩みつつも開きかけた口は、氷魔の言葉に重なり形を成さなかった。


「美羅さんは、この村に来れて良かったですか?」
「え?」


何、言ってるんだ?
風に揺れる葉が光と影を作り、氷魔の顔にそれを映していた。


「当たり前だろ、ここに来れて良かったに決まってるじゃん」


にっこりと微笑まれる表情は、どこか暗かった。


「ですけど、やっぱり記憶が戻ったら、元のほうがよくなりますか?」
「え…?」
「今の貴女じゃ弱い。僕にも、勝てない」


ああ、確かにそうだ。まだ氷魔には一度も勝てていない。なんだよ急に、そう言いたかった言葉は、どこか怒りを含んだ瞳を見て、飲み込むことしかできなかった。


「それなのにどうして…僕を…」


苦し気に細めれた目に、気づく。
ああ、そうか。



「置いていくんですか…」



ばれてたのか、全部。


思えば、今の私は銀河と同じなのかもしれない。氷魔に勝てない、それでも、村を出る。真っすぐに見つめられ、その視線を逸らすことができなかった。分かっていたじゃないか、優しい彼を、こんな表情にさせてしまうことくらい。


分かっていたうえで、


「決めたんだ」


自分でも驚くくらい、真っ直ぐに言葉が出た。


「記憶、探すんですか?」
「…それもある、かな…でも実際は外の世界を見てみたいんだ」


記憶探しというよりは、記憶作りっていう言葉のほうが合ってるのかもしれない。決して、言えはしないのだけれど。


「…これは例え話です」
「うん?」
「美羅さんが外の世界を見て、記憶が戻って、大切な場所を思い出して、そこに行くんです」
「うん」
「思い出したくても、ずっと思い出せなかった場所。懐かしくて、嬉しくて…」


自分よりも少し高い位置にある瞳を、見つめる。
その瞳は、ゆらゆらと揺れていた。



「貴女は僕のことなんて、忘れてしまう」



違う、氷魔が心配してくれていることなんて、起きるわけがない。
だって、戻るはずの記憶なんて元々ないのだから。今の私とって、帰ることのできる場所は、ここしかないんだから。


「……。」



言えるわけ、ない。



「すみません、おかしなこと言ってますね。少し…頭を冷やしてきます」
「ッ、氷魔!」


追いかけるよりも先に、氷魔は森の奥へと走り去ってしまった。
この罪悪感は、嘘つきの代償だ。




◇◇◇




結局、氷魔は帰ってこなかった。
夜が明けて、もう夕方にもなるというのに、氷魔は一度も姿を見せない。

「何してるんだよー…」

寝転んだ野原で、夕日の眩しさに顔を覆う。
明日、村を出る。気持ちは変わらない。だけど、氷魔とこんな別れ方はしたくない。

私にもさ、言いたいこと、たくさんあるんだよ。


日が傾いてきた。もう少しで、星祭が始まる。
氷魔は、そこにいるだろうか。
立ち上がり、村への道を辿った。









村の人達が集まり、綺麗に飾りつけられた広場。
周囲には火が灯され、オレンジに滲む薄暗さは如何にも祭という雰囲気を醸し出していた。
空には星が、綺麗に輝いている。


それでも、

(氷魔…!、……氷魔!)

会いたい人が、見つからない。


「よし、それじゃあ早速始めよう!」


場を取り仕切る男性の声に、周囲が賑わい立つ。



「星祭、スタートだ!」



時計の音を気にする、パーティーは始まった。



20100813








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