家族


「いっけービクシス!」
「負けるかー!」

軽快な金属音に、激しさを増すスタジアム。以前は見られなかったその場に少女は向き合っていた。
片方のベイが場外へ弾き飛ばされ、スタジアムの盛り上がりは最高潮。自分の勝ちを確認した少女は、スタジムで回り続ける朱色のそれ、ビクシスを拾い上げた。




「やっぱなゆ強えーなー」
「えへへ…」

照れくさそうに頭をかけば、夕日が静かに傾く。

「なんで前はベイやらないとか言ったんだよー」
「ちょっと、ね」
「でも、良かったー」
「あ、もしかしてお姉さんに勝てんじゃね?!」
「いやまだ早いだろー」


「だーれに勝つって?」


「あ」
「まずい!聞かれたぞ!」
「もう暗くなるぞー。バトルはここまでだな」
「ちぇー…いずれお姉さん倒すのも遠くないからな!」


ニヤっと笑みを浮かべたお姉さんに宣言し、皆は家に帰っていった。
家、か。


「なゆ、連勝だって?いいなー私も早くバトりてえ!」
「えへへ…まだ包帯取れないの?」
「あはは、まあね」

苦笑いを浮かべたお姉さんの、頭、腕、足…、折れたりはしていないそうだけど、擦りむいたりぶつけたり、傷はまだ治らないらしい。夕日で赤く照らす視界に、その白は綺麗に映った。

でも、出歩けるようになっただけでも良かった。
お姉さんが外に行きたいって言ったときのバトルは……うん、本当に大変だった。あまり知らなかった氷魔さんの過保護な一面をみて、友達皆でビックリしたもんだ。


「…ビクシスは羅針盤座、だな」
「え?」
「知らなかった?」


笑顔で聞いてくるお姉さん。お父さんからもらったベイ、それがただ嬉しくて、詳しいことはなにも知らなかった。……お姉さん詳しいなあ。思わず、尊敬の眼差し。

「(ベイのモチーフが星座だって知って、あっちでものすごい調べたなんて、言えない)」


……なんで目を逸らして汗かいてるんだろう?


「これ、お父さんが置いてったの」
「そうなんだ」
「だから、大事に持ってる」
「ふーん…、な、羅針盤ってなんだか知ってる?」

何かに気づいたように、お姉さんは笑顔で言った。

「羅針盤?」
「おう」
「…なんだろ、分かんない」
「羅針盤ってのは、方位を知るためのものなんだ」

方位…って、方向のことだよね。でも、それがどうしたんだろう。


「なゆが迷わないように、お父さんが置いてったのかもな!」


その言葉に、胸がきゅっとした。
もしそうなら、すごく嬉しい。


「うん、そうかも!」


頬を緩めて、ビクシスを抱きしめた。




◇◇◇




「さ、私たちも帰ろっか」
「…あ、うん」

わずかな見えた寂しさは、間違いじゃないと思う。先ほどの様子とは違って、なゆは眉を下げ横を向いていた。

「家族と一緒にいなくて寂しくないの?」

(家族、ね…)

洞窟内で言った、なゆの言葉を思い出した。
そういえば、考えたことがなかった。寂しいとか、寂しくないとか。
まあ、寂しくないと言ったら嘘になるけど、泣くほど寂しいわけでもない。一番は混乱してて、考える暇がなかったってのもあるけど。


でも、これは分かる。なゆはきっと、いや絶対、寂しいんだって。何だかんだ言っても、まだ小さい子供だ。寂しくないほうがおかしい。


「この前さ、なゆ言ったじゃん。家族と一緒じゃなくて寂しくないの、って」
「え?」


あっ、と思い出したようになゆは口を開いた。


「私はさ、…寂しくないって言ったら嘘になるけど、寂しいわけでもないよ」


先ほど思ったことをそのまま言えば、なゆは目を丸くしていた。自分でもちゃんとは分からないけど、とりあえず確実な理由は一つ。それは是非、なゆにも気づいてほしいことだ。


「だってさ、皆が周りにいるから」
「みんな…?」
「そ、皆。氷魔がいて、北斗がいて、あいつ等がいて…それに、なゆもいる」


訳の分からない状況でも、ひとりじゃないから、なんとか頑張れるんだ。


「だから寂しくねーよ!むしろ楽しい!」


皆が側にいるから、こんなにも笑ってられるんだと思う。支えてもらってる、だから私も、支えたい。


「つまり、なゆも一人じゃない。皆が側にいっから、な!」
「!、」
「それに気づければ、もう無敵じゃん?」


もっと頼ればいいんだ、だって、友達なんだから。
その頼れる人の中に、自分もいれば嬉しいなって、そういう話。

「…ひとりじゃない、よね。そうだよね、うん!」

バッチリ合った視線の中、微かに涙を溜めて、なゆは笑った。





◇◇◇




ちょっとずつ、暗くなってきた。

隣の家のおばさんにお世話になって、もうどれくらい経つんだろう。皆すごく優しくて、大好き。でも、友達皆の話を聞くと思っちゃうんだ。やっぱり、"家族"は"家族"なんだって。

今のアタシには、羨ましいものなんだ。でも、お姉さんが言ってたこと、嬉しくて、泣きそうになった。


「まだ、ちょっと寂しいけど、皆がいるもん。お父さんのこと、ひとりでも待ってられるよ!」


そこまで言うと、お姉さんはどこか寂しそうに笑った。でもすぐ、何かに気づいたように、お姉さんはあの余裕の表情でまたニヤッと笑った。この笑顔、実は結構好きなんだ。



「あれだ、いざとなったら私がなゆのお姉さんになるか!」
「え?」


いつもの優しい冗談だと思った。


「それは良い考えですね」
「うわっ!、…氷魔いたのかよ!」
「はい」

お姉さんの後ろから、ひょこっと顔を覗かせた氷魔さん。(び、吃驚した…)


「美羅さんがお姉さんなら、僕はお兄さんですね」
「お、それ良い考え!」
「なゆさんみたいな妹なら、大歓迎です」
「ひとりで待つことないじゃん、一緒に待とうよ!」
「え…?」


今、なんて言った…?


「あ、でもなゆさん。美羅さんをお姉さんにしたら大変ですよ、何といっても、寝起きが最悪ですから」
「さりげなく笑顔で毒吐くなよ!」
「あ、北斗はなんですかね?」
「(逸らされた…)ペットでよくね?」


いいの、かな。


「一緒に、待ってくれるの…?」


お姉さんと氷魔さんは、目を丸くして、ぽかんとしていた。

「…ダメ?」

しゅんとしたお姉さんが言った。

「お一人で待つなんて、…寂しくないですか?」

心配そうに氷魔さんが言った。


「家族…」
「?」


いいの、かな


「家族って、思っても…いいの?」


ちょっとだけ期待してもいいのかな。我が儘言っていいのかな…?見上げたお姉さんと氷魔さんは顔を見合わせてから、笑った。

「こんな僕たちで」
「よかったら、だけどさ!」

差し出された手が、すごく、暖かくて、泣きそう。

「うん…!」

両手でしっかりと、二人の手を握った。


「よし、じゃあこのまま氷魔の家でご飯だ!」
「あ、なら頑張っちゃいますよ?」
「本当っ?楽しみ!」


一人じゃない、本当の一人じゃない。
頼れる人が、支えてくれる人がいる。



「ところで美羅さん」
「ん?」
「その怪我…すぐ帰るって言いましたよね…?」
「ごめ、ごめ、ごめ!!後ろからなんか出すな!!黒いの出すな!!」
「あはは!」




夕日が映す影が、三つ繋がった。






20100804








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