知った過去と知りたい過去


さっっぶ!!

とりあえず、自分の居場所は氷魔にも伝わったし、まさかの自分行方不明説は回避できただろう。

しかし、しかしだ。


「こ、こ、こ、こんなに寒いなんて思わなかったたたた」


あの時見た映像同様、季節の意味を忘れさせるかの如く、雪が降り続けている。おまけに風も冷たい。防寒とは無縁の今の格好じゃ、凍え死ぬのも時間の問題だ。

だけど、積もる雪の中に小さな足跡を見つけた。やっぱり、なゆはここにいるんだ。
それなら、寒いのだって我慢できるよおおお、うわあああ寒い。なんとしても見つけなくちゃ。なゆだって、いつまでもこんなところにいられないだろう。


「っでも…」


寒いいいいいいいい!!!ダメだダメだ!!寝ちゃダメだクララ!!……違う!!それクララ違う!!作品違う!!

ダメダメダメ、落ち着け自分…!!!


意識を保つためにも、脳内は訳の分からぬ大戦争状態だ。
震える体を抱えながら、なんとか雪道を進んでいく。すると、小さな足跡が前方の洞窟へと続いていた。これは、間違いないだろう。気力で前へと進み、小さな足跡の横に自分の足跡をつけていく。洞窟なら、まだ寒さも凌げるだろう。凍え死にルート、これも回避だ。

(…なゆはちゃんと上着着てるかな?!大丈夫かな?!)














「おおー…」

洞窟へ入り、思わず息を零す。
ひんやりとした空間に、自分の声がいくつも跳ね返り響き渡った。辺りを囲む氷の岩々に自分の姿が滲んで浮かんでいる。その神秘的な光景に目を奪われていると、ガラッと音が響いた。

突如、天井から落ちてくる、透明な固まり。


「……。」


引きつる口元から、微かに白い息。
砕けた氷が冷気を放ち、身震いする。


「早く…」


なゆを見つけて帰ろう…。
いや、無傷で出れんのか…?







◇◇◇







「きゃあ!」

落ちてくる氷の塊を、間一髪で交わす。何度も転んで何度も地面についた手は、寒くて、赤くて、痛くて。もうずっと止まらない涙のせいで、頬っぺたまでずっと痛い。

「お父さんっ…」

呼んでみても、自分の声しか聞こえない。それがまた悲しくて、声を上げて泣いてしまった途端、響く音。頭上から降ってくる氷の塊に、もう動くこともできなくて。

ぎゅっと目をつぶった、瞬間、


せえーーの!!


何かに抱きかかえられるような、地面を擦れていったような感覚。
その意味に気づいて、我に返った。


「あ…、お…」
「あはは…ヒーロー参上!」


何度も、息を切らして、笑顔で、必死に、
こんなにもアタシを気にかけてくれた人。


「ひっ…ひっぐ」
「おお大丈夫か?!怪我したか?!」
「わあああん!!お姉さああん!!」
「ぎゃあー!泣く泣くな!」


名前も、知らない。
なのにこんなにホッとして、また泣いてしまった。



◇◇◇



「大丈夫、大丈夫だよ」

なゆを抱えて頭を撫でていれば、だんだんと落ち着きを取り戻してくれたようだった。怖かったよな、こんなところにひとりで。私だって、怖かった。いや、実際マジで本当に。

でも、それだけじゃないんだろう。
泣きながら、時折うわ言のように口にした言葉に、なんとなく分かってしまった。この子にも、ずっと抱えていたものがあるんだ。だから何度も、大丈夫と言い続ける。理由もなく、大丈夫って聞きたいんだって、そう思ったから。



でも、流石にここは危険すぎる。どうやら竜牙たちはいないようだし、不幸中の幸いというやつだ。帰ろうと続けるが、なゆは弱弱しくもかぶりを振った。え、なんでだ。


「だってまだ…見つけてない」
「何を?」


躊躇うように視線を泳がせた後、意を決したようにはっきりと口を動かした。


「伝説のベイブレード…」


……んん?


「伝説のベイブレード?」
「アタシが見つけなきゃ…」
「どうして、なゆが…」


だって、そうしなきゃ。
続いたのは、うわ言のように零していた、言葉だ。


「お父さん帰ってこない…!」
「お父さん…?」


止まりかけた涙が、再び地面へぽたぽたと落ちていった。












なゆのお父さんはブレーダーだった。そして、冒険家。
全国を巡っては、珍しいベイの調査や研究をしているらしい。元々、自由奔放な父親だったが、約束は必ず守って年に数回は帰ってきていたようだ。そんな一生懸命なお父さんのことを、なゆもずっと大好きだった、が。


「お父さん、もうずっと帰ってこない」


アタシよりも、ベイが大事なの?寂しくならないの?アタシのこと忘れちゃったの?
不安げに続く言葉が、徐々に涙声に変わる。


「最初から、あんなものなければ良かったんだっ。あんなちっちゃい独楽にアタシ負けたんだ!!」
「違う!!」
「え…」
「そんなこと、ないよ」


悲しいような、切ないような。ただ何かに心が掴まれて、言葉が出てしまった。何も根拠なんてないけど、言わずにはいられなかった。


「お父さん、ベイ好きなんだろ?なゆがそれを嫌いになっちゃうのが、お父さんは一番辛いんじゃねえの?」
「ッでも」
「なゆがお父さん信じなくて、誰が信じてやればいいんだよ」


消えて、溢れて、


「自信持てよ!自分は愛されてるんだって!」
「…っ」
「お父さんが帰ってくることが約束なら、それを信じて待つことが、なゆの約束だろ?」


肺が熱い。唇も、喉も。
言ってしまった。


「!!…ひっぐ、ひっ、お、父っさん…!ごめ、ん…っ!!」


ハッとしたように目を開き、またその表情がくしゃりと歪んでいく。随分勝手なことを言ってしまったが、言いたいことは伝わったと思ってもいいんだろうか。…お父さんの事情は分からない。だけど、いつか帰る先に待つ人が、自分を信じて待っていてくれた方が、嬉しいに決まっている。


ぎゅっと自分に抱き着く少女の頭に、そっと手を乗せた。


「帰ってきたら本人に言ってあげな、もちもん文句も、な!」


頷いたその姿に、頬を緩める。

「話してくれて、ありがと」












伝説のベイブレードを自分が見つければ、お父さんも驚いて帰ってきてくれるかもしれない。理由が分かれば随分可愛らしものだし、これまでの行動も納得がいった。

だけど、気になることがある。


「どうしてここにあるって思ったの?」


確かここは、古馬村のなかで限られた人しか入れないとか、そんな場所だったはずだ。様子を見るに、詳しい事情を何も知らなそうなこの子が、自分の意志でこんな場所に来るとは思えない。
泣き疲れたのか、その目は赤くなっていた。


「怖い顔のお兄さんと、スーツのおじさんが…」
「なっ、」
「ここにあるかもって。お父さんよりも先に見つければ、きっとお父さんも帰ってくるって…」


なるほど、竜牙たちはそんなことを。
でも、伝説のベイってなんだ。だって古馬村にあるのは、ペガシス?フェニックス?いや、まだ他にあるのか?

いや、そもそも理由がない。暗黒星雲がこんな普通の女の子を、善意で手を貸してあげる理由なんて。








これは、ひとつの可能性だ。

何か、目的がある。
今は、エルドラゴの封印が解けた後。
古馬村のあいつ等に対する警戒心が強まっている。
必然的に扉の中へは入れない、入れるのは古馬村の人間。
しかも、利用するなら悪い意味で話を通じる…


全部、繋がった。


「……え」
「え?」
「絶対許さねえッッ…!!」



絶対許さん…!!分かんのかよ、なゆがどんな思いでその伝説を探してたか…!!
こんな小さな女の子を騙して、危険に晒して、泣かせて。思っていた以上に、奴らはとんでもない悪党じゃないか。絶対、許せない。

「お姉さん…?」
「!、…え?」
「怖い顔して、どうしたの…?」
「あ、いや」

そうだった。こんなところで怒り溜めても仕様がない。まずは落ち着こう。今はとにかく、戻ることが大切だ。

「アタシ、お父さんをちゃんと待つ」
「え?」
「約束だから!」

その顔に、ふっと心が軽くなる。
初めて見た満面の笑みは、とっても綺麗だった。



手を繋いで歩き始め、なゆの顔を覗き込む。



「ところでなゆ」
「なーに?」
「ベイ、やるんでしょ?」
「あ……」


躊躇い、悩むように言葉を詰まらせる。
少し違う形ではあるけど、その姿にはなんとなく、見覚えがあった。


「なゆ、あのね…」
「ん?」






◇◇◇






「美羅さーん!なゆさーん!」


足跡を追って洞窟に入ったものの、そこからの手掛かりがない。でも、外で彷徨うよりもずっと良かった。出口が一つなら、見つけるのだって不可能じゃない。

「っ!」

何度目かという氷を避け、先を見る。…もしかしたら、洞窟内のほうがずっと危険なのかもしれない。早く、見つけないと。

(お願いします、どうか無事で…)

息を整え、寒さで凍えた頬を腕で擦り、走り出す。もう大分奥まで来たのだから、そろそろ会ってもおかしくはないはず。そう思い、曲がり角から聞こえた声に、ハッとする。

その名前が口にから出る前に、足が止まった。




「私が前にいたところはね、ベイできなかったんだ」
「前?」


無意識に足が物陰へと身を寄せ、声が出なくなる。
前にいたところ、って?
思い出す、緊張した面持ちの彼女。
何度も言葉にしていた、"分からない"という言葉。


「いろんな理由で縛られて。それがまたくっだらない理由でさ……性別とか歳とか…」


彼女は、悪党なんかじゃない。そう信じていたけど、ひとつだけ、どうしても信じられないこともあった。やっぱり、彼女は記憶喪失なんかじゃ、


「やろうと思えばできたんだろうけど、自分にはその勇気がなくてさ」


それとも、記憶が、戻った?


「今は、好きなことができて楽しい!ベイが出来て楽しい!…だからなゆも、折角好きなことできるのに、我慢するなんて勿体ないよ」


もしも、記憶が戻ったなら、


「…、好きだよ、ベイ」
「うん」
「…帰ったら、バトルしてくれる?」
「おう、いつでも!」


どうなる?


「あ、ここでの話は内緒な!」
「なんで?」
「なんでも!」


……どうなる?


零れた息が、白く静かに消えた。


(どうなる、って、)



「ねえ、お姉さん」
「ん?」
「お姉さんは、氷魔さんと暮らしてるんだよね?」
「うん」


ふいに出た自分の名前に驚くも、思わず耳をすませる。


「だったらさ、」


ぞくりと、嫌な感覚。


「お姉さんは」


ああ、気づいてしまった。
止めてくれ、言わないでくれ、



「家族と一緒にいなくて寂しくないの?」




記憶が戻ったんだとしたら、どうなるって。


「え?」
「……。」


簡単なことだ。
全部終わり、それだけのこと。
それだけのことなのに、どうして、

寂しいと思ってしまったのだろう。



行き着いた、ひとつの可能性。

そうか、なるほど。
可能性が確信に色を変えたことに気づき、思わず乾いた笑いが込み上げた。
この感情の名前を知らないほど、子供ではない。ああ、そんなまさか。



「私は、」



続く言葉に、思考が止まる。
聞きたい、でも聞きたくない。

そんな自分の思考とは他所に、突如鈍い音が響いた。その音にハッと上を見上げるも、既に遅い。氷が、落ちる。




「寂しくは「お姉さんッ!!」えっ?」



全身が凍りつく感覚。
刹那、軋むように、動く体。


「美羅さんッ!!」


彼女は少女を突き飛ばして、その手でそのまま頭を覆う。目が、合った。


「ひょ、…!」


その体を抱き、転がるように倒れこむ。
巨大な氷が砕け、その音が痛々しく反響していた。

何とか、間に合ったみたいだ。
腕の中にある温もりにホッとしたのも、束の間。


「!、…美羅さん?美羅さんっ!」
「お姉さん!」


返事のないその姿に、何度も名前を呼び続けた。





20100728








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