駆け込み乗車はお止めください


「なゆがいなくなった?」
「そーなんだよー!」

隣に目を向ければ、氷魔も驚いた様子だった。

竜牙と大道寺に会って数日、あれから何事もなく日々が過ぎた。あるとすれば、いつもよりなゆの姿を見かけなくなった…ということだろうか。会えたとしても、目が合うとすぐに逃げられてしまったりで、結局話はできていない。

「何かあったんですかね?」

氷魔が心配そうに表情を曇らせる。
…まさか、いや、でも。竜牙と会った日のなゆの様子は普通じゃなかった。もしかして、いや、絶対それと関係ある気がするぞ。


「美羅さん、どうしました?」
「いや、なんでも」


竜牙に会ったことは、氷魔には伝えていない。というより、言えないって。なんて言っていいもんか分からないし、変に心配かけるかと思うと、結局言い出せなかったんだ。
だけど、あの様子だとまたなゆに接触してくる可能性もある。それが分かっていたから、注意は払っていたつもりなのに。

(…油断してたかもしれない。)

もし、今また竜牙達となゆが一緒にいるんだったら、まずいのでは…?!


「っ私探してくる!!」


頼むから、暗黒星雲なんかと絡んでるなよ…!!





◇◇◇





「あ、待っ、美羅さん!」
「…行っちゃったね」

手分けして探したほうが効率がいいでしょう。そう言いたくて伸ばした腕は見事に空を掴む。本当に、どうしてこう突っ走ってしまうのか。既に見えなくなった背に、小さく溜息をついてしまった。


「とにかく、僕たちも手分けして、」
「なあー氷魔」
「氷魔って、美羅姉ちゃんのこと好きなの?」
「は?」


唐突な質問に、思わず間抜けな声が出てしまった。
え、なんだ、いきなり。僕を見上げるいくつかの瞳は、揶揄うように細められている。……相手は子供、冷静に、笑みを作る。


「なんですか、いきなり」


こういった話題に、良い意味で遠慮がないというか。お年頃というか。あっけらかんとした子供達の表情は、僕も昔は通った道なんだろうか。うーん、あまり自覚がない。


「だって氷魔いつも美羅姉ちゃんのこと見てるじゃん」
「それに一緒に住んでるし!」
「…そうですか?」


後者はまあ、事の成り行きだから仕様がない。しかし前者はどうだろう、全く覚えがない。自覚がないから、思い出そうにも何を思い出していいのか。

で、実際はどうなのかと続く言葉。
にっこりと笑み。
白を切るのは、得意技だ。


「さ、そんなことより、早くなゆさんを探しましょう」
「ちぇーそうやってすぐ逃げるんだから!」
「ハハハッ」
「むかつくー!!」


ああ、理由はあったじゃないか。
確かに僕は彼女をよく見ていた。だって、とても警戒してたから。でもそれはもう昔の話。

(なんて、)

実際はどうだ。もう疑いたくはないと思っても、結局は思わぬ形で子供達に指摘されてしまう始末。つくづく、自分は弱いままだ。


軽い自己嫌悪に陥りながら、ふと足を止める。
思い出す子供たちの言葉。


例えば、もし、例えばだけれ、ど。



「………いやいや」



それはありえませんよ、うん。

さて、どこを探しに行こう。迷った末に踏み出したその足が、自然と彼女の後を追っていたなんて、聞かされるのはまだ先の話。





◇◇◇





「北斗!」
「……。」
「北斗!!」
「……。」
てめこら北斗!!!
「何だ五月蝿い!!」
「聞こえてんじゃねーかよ!!」

相変わらずこのツンデレが!!ん?いや、デレ見たことないかも…って違うそんなのはどうでもいい。

「ね、なゆ見なかった?」
「なゆ?」

事情を話すと、北斗顔を顰めうーんと唸っている。すっっっげえ可愛いけど今は黙っておこう、うん。あ、というより。

「……匂いとかで追えんじゃね?」
「俺を犬扱いするな!!!」

期待通りの反応に、思わず大きく頷いてしまった。
北斗さん、満点です。

見かけたら教えてほしい旨を伝え、もう一度走り出す。すると後方から、北斗が何か叫んでいるような気がした。だけど、多分気のせいだろう。今はとにかく、なゆを見つけなくちゃだ!

















今って、いったい物語のどの辺りなんだ…?

これまでにも何度か考えたそれについて、もう一度情報を整理していく。氷魔の話を聞く限り、多分銀河がケンタ達に出会う前か、竜牙と戦って古馬村に戻ってくるところか。
仮に後者なら、話が噛み合わない気がするんだよね。竜牙がまた古馬村に戻ってくる理由なんてないだろうし。だとすると、やっぱり今は、まだ銀河が皆に出会ってない頃、かな。


それとも、私がこの世界に来たせいで何かがずれてしまったんだろうか。


………いや、考えたって分かるわけないんだ。だったら今は、目の前のこと考えよう。


思うままに足を進めてきたが、徐々に道が狭まり、ついには一本道。もうどこを歩いているのか自分でも分からないけど、そのまま道なりに進んでいく。
視界が開けると、見覚えのある光景が広がった。


空まで届くかと錯覚させるような、大きな扉。


これ、知ってるぞ。


「銀河が入った扉だ…」


いや、首痛っ!!!見上げるのも一苦労だ。
そうだよ、この先の祠で、銀河は流星の手紙を見つける。そして、ケンタ達が追いかけてきて、北斗にこの扉を開けてみろって試練を課されて、全員の力を合わせてなんとか扉を……


あれ?だったらなんで、


「扉…開いてるんだ?」


正確には、丁度閉まろうとしているところだ。走って行けばまだ間に合いそう。
え、誰かが開けたってことか?氷魔?、なゆ?、北斗?

まさか、


「……竜牙ッ?!」


だとしたら、なゆもその先にいるかもしれない。でも、確信があるわけじゃない。どうする……



いや、行こう!!多分、いや、絶対それが良い気がする!!



走って、走って、走って、扉をくぐった。


「美羅さん!!!」
「え?」




扉が閉まった。




……なんか、今、呼ばれなかったか?


……氷魔、だよな?
完全に閉まりきった扉を軽く押してみる。当然、動く気配はなかった。




◇◇◇




「美羅さん、美羅さん!!」


閉ざされた扉の叩いてもみても、返事は返ってこない。まして、恐らくこの音も向こうには届いてないんだろう。
ざわつく心をなんとか落ち着けようとするも、できない。まずい状況だ。美羅さんが扉の向こうへ行ったということは、なゆさんも向こうにいるのかもしれない。その考えに、さらに不安が押し寄せる。


向こうは、危険すぎる。天候も、土地も、時には罠だって。

聞いたことがある、神聖な地故に、数々の試練の先に封印されしものもあると。それらが脳裏をかすめ、嫌な想像に頭を振った。そもそも何故扉が開いている。まさか彼女が?いや、彼女にまだそんなことができるとは思えない。


「氷魔!!」
「北斗!」


振り向くと、そこには息を切らした北斗がいた。


「あいつは、美羅はどうした!」
「この先です」
「遅かったか…!!」


遅かったか…、って?


「どういうことですか」
「いや、こっちに走っていったのを見て…まさかと思ってな」


まさか、って?


「どういう意味です?」
「ん?」
「美羅さんがこちらに来たら、まずいことでもあったんですか?」


珍しく、自分でも言葉の端々に苛立ちが滲んでいるのが分かった。気づいてないのか、北斗はそのまま言葉を続ける。


「何を言ってるんだ氷魔。お前も分かってるだろ!この先は神聖な場所だ、よそ者を通す訳にはいかないだろ!」


気づかない。


「よそ者って…確かにそうですけど、、彼女だってここで生活してそれなりの月日が経ってるんですよ?」
「それがなんだ!正体も分からない以上、アイツが怪しい存在なことに変わりはないだろう!」
「ですが!」
「氷魔ッ!!」


気づかない。


「どうしたんだ一体。何故そこまで、あの娘を庇う」


どうして。言葉を飲んだ僕に、北斗は諭すかのように言葉を繋ぐ。


「冷静になれ、氷魔」
「そんなの、」


なんで庇うか、だって?
そんなの、こっちが知りたい。








「…とにかく、お前は戻れ、ここは俺がなんとかする」
「……。」


作戦を考えると言い、背を向ける北斗。その姿を一瞥して、もう一度扉へ向き直る。

暗に、お前にできることはないと、そう言っているのだろうか。
でもこの先には、付き合いは短くとも大切な友人がいる。しかも、彼女は自分の危険な状況に気づいてもいないだろう。
そんなの、待ってられるわけないじゃないか。


「…、っな!」


放たれたアリエスが、激しい音を立て扉を開いた。
直後、北斗の驚いた声が飛んで来る。


僅かにできた隙間を通り抜け振り向くと、北斗が僕の名前を呼んでいた。けど、今は無視だ。


「北斗、僕はこのまま美羅さんを探します、恐らく、なゆさんも一緒です!」


北斗が閉まりゆく扉へ駆け寄ってくるが、この距離じゃ多分追いつけない。


「それよりもまず封印だ!封印がまだ大丈夫かを確認してこい!」
「美羅さん達が封印を解いたりすると思いますか?!」
「信用しきれるのか?!また前と同じことになってもいいのか!!」


少しずつ狭まる視界で、北斗の焦る表情が見える。分かってる、分かってるんです。北斗の言いたいことも、言ってることも。全部、理解している。


「馬鹿な真似はをするな氷魔!!」
「北斗」



あとでたっぷり、謝りますから。



「僕も結構、バカなんですよ」



その口が何か言いかけたところで、扉が閉まる。

僕の行動は正しいのか、間違っているのか。どちらにしても、まあなんとかなるだろう。そう思えてしまうのは、どこかの同居人に随分、影響されてしまったからなのか。


「……さ、」


行くよ、アリエス。



20100726








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