動き出した策略 「……なんで」 感動とも取れる感情が、一気に混乱へと傾く。 おかしい、おかしいぞこの状況!!自分と向かい合う少年は、確実に、あの竜牙だ。 竜牙ってこの時、確かまだ眠ってるはずじゃないの?おかしくね?え、今って本当にどのあたりなんだ。 ふと、頭に思い浮かぶ。龍に飲まれ自分を見失った竜牙の姿。 向き合ってる竜牙は、まだ自我ある状態だが、なんだろう、威圧感っていうのか、それがビシビシと伝わってきた。 「…誰だと聞いている」 不機嫌さを露わにした瞳が、私を捕らえる。 思わず一歩下がりそうになったが、ここで下がっちゃ駄目なんだ。脱チキン根性!! 困ったように、なゆは交互に私たちを見つめる。そもそも、なんで二人が一緒にいるのだろう。分からないことだらけの状況だが、気持ちを落ち着けるためにも、一度ゆっくり息を吸った。 「…それはこっちのセリフ。お前こそ誰だよ」 どう見たって良い状況じゃないのは確実。竜牙の後ろにある、この場に似合わないヘリ。なんでか今はいないけど、きっとあいつ、大道寺もいるはずだ。竜牙はともかく、あいつが出てきたら絶対厄介だ。 背中になゆを押せば、不安そうな瞳と目が合った。とにかく、隙を見て逃げる。引き止めないようだったらそのまま普通に帰る。うん、そうだそうしよう。 「随分と威勢がいいな」 「そいつはどうも。で、この子になんか用?」 「貴様には関係のないことだ」 「じゃあ私も私の都合で動いていいかな?この子と帰らせてもらうよ」 「それは困りますねえ…」 「っ?!」 動かしかけた足がぴたっと止まった。 こここ、この声って…!! 「遅くなって申し訳ありません、竜牙様」 「へ…」 変態メガネキターーーー!!! うわあうわあうわあ…あの姿、髪、サボテン、オレンジジュース…いや今は持ってないけど。 別の意味で焦ってきた。だって…ねえ?!逃げたい逃げたい超逃げたい…!! 「誰だか知りませんが、その子にはまだ用があるんですよ。帰ってもらっては困りますね」 「こ、この子に用ってなんだよ」 「貴女には関係のないことですね」 二度目かよ泣くぞ畜生!! つか、ついにこいつ来ちゃったよ。竜牙様だーいすきハートな大道寺来ちゃったよ。どうするよ…どうしよう…!! 「おい貴様」 竜牙がそう言って手を振り上げた。 「ブレーダーだな?」 「え、」 「戦え」 「………え」 自然と右手が、腰のケアトスへと動く。 「戦うのはこいつだがな」 しかし、竜牙の声と同時に一歩踏み出したのは、ヴォルフを構えた大道寺だった。 ん"ん"ッ??!! バトル?!いや、なんでだ、ふざけろ。情けない話、勝てる気がしない。当然と言えば当然なのかもだけど、当初はあの銀河でさえ手こずってたんだぞ?! 「じょ、冗談…受けないよその」 「黙れ。別に頼んでるわけじゃない。命令だ」 「そういうわけです。さ、貴女のベイ、構えてもらいましょうか」 ぬかるんだ地面に一歩。目の前でまた、一歩。 ダメだ、このままじゃ逃げられない。頭をフル回転させるも、いい方法が思いつかない。後ろを振り向けば、変わらない不安そう瞳と目が合った。 !!、 …そうだ、今はこれしかない! 「分かったよ。戦えばいいんだろ」 竜牙と大道寺をひと睨みして、私もケアトスを構えた。チャンスは…一回。 「初めからそうすればいいものを」 大道寺は正面、竜牙は前方斜め、なゆは後ろ。 「では、いきますよ」 よし、大丈夫だ!! 「「3」」 足に力が入る 「「2」」 突き出した手が下がる。 ぬかるみに足がずれた跡。 「1」 一転した視界に映る少女の手を掴む。 「ゴー…っな?!」 小脇に抱えた少女をよそに、泥を弾かせ走る。 「完璧すぎるだろこれ!!」 「おおおお姉さん?!」 世の中には、逃げるが勝ちっていう良い言葉もあるんだよ。人間やろうと思えば何でもできるもんだ。なゆだってそれなりの歳だから、脇に抱えるのは無理かと思ったけど大丈夫そうだ!ありがとう山の生活!筋肉ついたよきっと! 「チッ…敵前逃亡ですか?!」 聞き捨てならないそのセリフに、離れた位置で思わず足を止める。 「ッいいか!私は楽しいことが好きなんだ、楽しくないことは嫌いだ!つまりアンタとのバトルは楽しそうじゃない。よってなげる!!以上!!」 勝敗を一番気にして、 恐怖に満ちたバトルなんて、 「したくねえんだよ!!よく覚えとけ!!」 それだけ怒鳴って、もう一度走り出した。 ◇◇◇ 「チッ…逃がしません!」 「待て」 「竜牙様?!」 「あの小娘に言うことは言った…十分だろ」 それに、なかなかおもしろい収穫があった。 「大道寺。あの女、調べろ」 前に来たときはいなかった。なかなか、楽しいベイを持っているじゃないか。 「さて、後はあの小娘。どう動くか、見ものだな」 所詮は、可能性の一つに過ぎないが。 ないよりはいいだろう。それだけのこと。 ◇◇◇ 「ここまで来れば…なんとか…」 息を深く吐いて、なゆを地面へと降ろした。その表情はだポカンとしている。まあ、そりゃそうだよな。 「大丈夫?」 「う、うん…」 結局、なんでここに竜牙がいるのか、一体なゆに何の用だったのか。何も分かんなかったけど、まあ逃げれただけでよしとしよう。いや本当に。 なゆも大分落ち着きを取り戻したみたいで、周りをきょろきょろとし始めた。 「大丈夫、もう追ってこないよ……あー…多分」 屈んで視線を合わせるも、なゆは生返事に俯いた。 「ねえ、あいつに何言われたの?」 「え」 「用って、なゆは何のことだか分かってるの?」 「…何でもない!」 後ずさる、その姿は。 やっぱり何か言われたんだ。 「あのさ、」 「ごめんなさい…」 「え?」 「ありがとうお姉さん。今日は、帰るから」 「ちょっ、なゆ?!」 小さくなる背中を見つめるしかできないのは、今に始まったことじゃなかった。 ヒーローって、なんとなく好きだった。そう、ただなんとなく。でも、実際この世界に多いのはヒーローより勇者じゃないのかって思い始めたのは最近。自分もきっと勇者の一人。 どんな理由があっても、ヒーローは逃げないんだぞって話。誰でも皆、逃げるコマンド使用してるよねって話。 20100719 ← ×
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