ベイが嫌いな子


「お前ひょーまの家にいるやつだろ!」
「だろ!」
「よそもの!勝負だー!!」

「は?」


家から一歩踏み出した途端、何故か悪がき少年団に囲まれました。













「つえー!!お前つえーよ!!」
「当ったり前だろお!私を誰だと思ってるよ!」


修行の成果を発揮して全員叩きのめし、何故かものすごく盛り上がっている。
悪がき少年団は村の子供達だった。話に聞けば、氷魔の家に急にやって来た私がどうやら気になっていた様子。まあ、小さな村だもんな。

圧倒的…とはいえないけれど、あっさりと勝って見せた私に向ける少年達の目は、子供らしくきらきらと輝いていた。
ああ、なんか嬉しいなー!軽い挨拶とかじゃなく、ちゃんと話したことがあるのって、氷魔や北斗しかいなかったもんなー…。


「おねーちゃん強い!」
「しょうがないから、ねーちゃんも仲間にしてやってもいいぞ!」
「にひひ、ありがとう!」


見上げる視線は少しくすぐったいが、とても嬉しい。子供っていーなー。
スタジアムでそんな風に騒いでいると、他の子ども達もちらほらとスタジアムに集まってきた。大した人数ではないのだろうけど、小さな村のスタジアムでは、その光景はなかなか賑やかだ。



「お姉ちゃん!次僕!」
「だめ!次私!」
「皆一斉にやればいいいだろ?」



苦笑いでそう言えば、広いスタジアムを囲むように子供達が広がっていく。
自分より遥かに歳が小さい子達ではあるけど、そんなの関係ない。氷魔以外とバトルしたことがない私にとって、すごく嬉しい状況だ。

一人でガッツポーズをしていると、最早聞き慣れた金属音で我に返る。子供達は既に、スタジアムへとそれぞれのベイを放っていた。


「じゃあこれで勝ったやつが、ねーちゃんとバトルな!」


……あ、私バトれない感じですか?
(さ、さみしい…)


盛り上がるスタジアムの横でため息を付けば、遠くの方でこちらを見ている女の子がいた。おお、他にも子供いましたよ!!
茶色の短い髪が特徴的な、可愛い女の子だった。ベイの里というだけに、村の皆がベイをしていることを氷魔から聞いていたから、声をかけるのに躊躇いはなかった。。

「おーーい!!」
「?!」

手を振って声を掛ければ、その子は大きく肩を揺らした。あ、もしかして吃驚させちゃったかもしれない。
駆け足で女の子の元へと行けば、何だか慌ててる様子。(あ、やっぱり吃驚してる)
目の前で止まって目の高さを合わせれば、女の子は焦ったように、一歩後ずさった。


「ごめんごめん、吃驚させちゃった。君も一緒にやらない?」


その子を安心させる意味でも、自分なりの笑顔で誘ってみた。だって、遠目だけどこの子やりたそうな顔してた。緊張してスタジアムに来られないとかだったら勿体ないじゃん!!


疑うことなく「うん」っていう返事が来ると思っていた。


けど、


「……やだ!!」
「え"?!」
「ベイブレードなんて…やだ!!」


バッサリそう言い放つと、その子は走り去ってしまった。

え……や、やだ?

想定外の答えを前に、成す術なく女の子の背中を見つめる。子供たちが迎えに来るまで、その姿勢のまま動けなかった。




◇◇◇




「じゃーな!ねーちゃん!」
「明日もねー!」
「足洗ってまってろよー!」
「おう、またなー!……ん?」


空が少しずつ赤く染まれば、子供達は家へと戻っていった。(若干意味不明な発言も聞こえたけど)

古馬村は暗くなるのが早い。その分、都会とは違って星が綺麗に見えるから、別の明るさはあるのだけど。

私も、帰ろう!

夕闇を背に、私も"家"へと戻った。
















「すっかり人気者ですね」
「げ……見てたのか」


はい、と微笑みかけてくる氷魔。テンションが異常に上がって、はしゃぎすぎたからな……見られてたのかと思うと、なんとなく照れくさくて視線が泳いでしまう。


「見てたんなら、氷魔も来ればよかったのに」


最もだ。話を聞く限り、子供達の中では銀河と氷魔がヒーロー的な存在だった。子供曰く、氷魔はベイは強いし、大人だし、かっこいいし……


「まあまあ。美羅さん、すごく楽しそうでしたよ」


でもなんかムカツク、だってさ!!ぶはっ!!!

良い笑顔で言ってたなんて、こんなこと本人に言えないな。一人で笑いを堪えてるもんだから、氷魔が不思議そうな顔を向けてきた。


「美羅さーん?」
「ぶくく…何でもない。あ、そーいえば」
「ん?」


笑いがふっと消え、思い出した女の子のこと。

結局あの後、あの女の子は一度も現れなかった。名前も分からないから、誰かに聞くことできなかったし。だけど、多分名前を聞いていたとしても、それよりなにより印象に残っただろうあの言葉。


「古馬村にもベイが嫌いなことか…いるの?」


なんで「やだ」なんて言ったんだろう。こんなに楽しいのになー…あ、でもそれは人それぞれの考え方か。……最早生活の一部すぎて、好き嫌いの次元じゃないんだろうか。


「ベイが嫌い…ですか?」


考え込むように、氷魔は顎に手を添えた。おー、絵になる。うーんと唸り、きっぱりとした声で氷魔は言葉を繋げた。


「…聞いたことありませんね」
「そっか…」


なんかあったのかなー…ベイで怪我したとか、そういう理由とか。そういえばと自分の手を見れば、なかなかに増えている傷。バトルの最中に、小石の欠片なんかはもろに飛んで来るし、仕様がないといえば仕様がない。しかし普通に痛い。


「何かあったんですか?」


気づくと、氷魔はいつの間にか隣に腰掛けていた。話を聞いてくれるということだろう。ちらりと視線を向ければ、その表情は落ち着いた優しさを映していた。おお、紳士降臨。


「実はさ…」



















「なるほど。そういうことですか…」
「なんなんだろうなー…」


二人で頭を捻らせるけど、出でくるのはうーんと悩む声だけ。氷魔にも、この話で思い当たるような子供はいないらしい。あー…名前聞けば良かったな。


「…何か理由があるんじゃないですか?」
「聞いてみたいけど、ベイ見せただけで逃げたからなー…うーん」
「ですが、本当に嫌いでしたら、スタジアムには来ませんよ。きっと」


あ、確かに。
そう言われると、何だかいける気がしてきたぞ。


「だな!よし、明日聞いてみるか!」
「ふふ、すっかりお姉さんですね」
「やめてくれよ。ただなんとなく気になるだけ」
「はいはい」


少年たちよ、今ならちょっと分かるぞ。
ムカツク、と言って氷魔を軽く叩けば、見事に躱されたっていう話。




◇◇◇





「よっ!」
「っ!!」


昨日と同様に、遠目に見えた女の子。今度は驚かせないように近くから声をかけたけど、あんまし効果はなかったようだ。

「昨日はどうも。昨日と同じこと言っちゃうけどさ、やらない?ベイ」
「……やらない」

走り去ることも、怒鳴ることもなかったけど、そっぽを向かれてそう言われてしまった。いや、でもめげないぞ。


「んー…なんでベイが嫌いなの?」
「………。」


そこまで言ったら、女の子は急に俯いてしまった。小さな肩が、微かに震えている。
!!、も、もしかして泣かせてしまった?!ど、ど、ど、どうしよう??!!


「ご、ごめん!言いたくなかったらいいんだよ」

「……い…ら」
「え?」
「楽しくないから!!」


ガバッと勢いよく顔を上がった顔に、怯みそうになるのをぐっと堪えた。


「……楽しくない?」
「うん」
「楽しいよーベイ」
「ぜんぜんっ」
「そうだ、一回やってみよう。お姉さんと!!」
「やだ」


軽くショックを受けて地面突っ伏す。ライフはゼロだ。小さな子供の全力拒否、受けるダメージが違う。
人目も気にせず涙の川を作りかけたところで、背後から子供達の声が飛んできた。


「あ、なゆだ!」
「え、お姉さん何してるの?」
「大地と会話してる」
「そんなことより、なゆも遊ぼうよ!」
「(そんなことより)」
「い、いいよ…」


なゆと呼ばれたその少女は、焦るように一歩一歩と下がっていく。一人の少年が一歩大きく踏み出し、釣られて一歩下がったところで、聞こえた金属音。それは、ポケットから落ちたものが原因だった。


「なんだよーちゃんと持ってきてるじゃん!」
「ち、ちが…」


なゆは慌ててそれを拾い上げ、背中へと隠した。赤色主体な、綺麗なベイだった。
というよりも、やっぱり。思わずなゆを見つめれば、その視線に気づいたのか、一瞬肩を揺らし走り去ってしまった。


「ちぇーなんだよなゆのやつー」
「お姉ちゃん、大地との会話終わった?バトル!」
「え、ああ…うん」


子供たちに腕を引っ張られながら、スタジアムへと足を進める。だけど、頭は全人集中できていなくて、あの慌てた表情を思い出す。


やっぱり、やりたいんじゃないかな。ベイブレード。





20100619








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