好きがあふれて泣きそう 肌寒い風が頬を滑る。僅かだか開かれている窓を一瞥してから、目の前の彼へと視線を戻した。後ろの机――彼の机に頬杖をつき、読書にふけりこちらを全く見ようともしないその姿を眺めた。教室の一角であるここだけは静けさを保っていて、工藤がページをめくる音だけが聞こえてくる。意外にも、指が綺麗だ。 「ねえ工藤」 「なんだ」 「何読んでるの?」 「…お前の方から表紙見えてるだろ」 「まあね」 視線を向けはしてくれないが、呼びかければ必ず答えくれる。まあ、寂しいとは言わないけれどやっぱり面白くはない。折角目の前にいるんだから、工藤と話したいのに。 つきたい溜息を飲み込み、視線が合わないのをいいことに正面から工藤の顔を見つめる。うわー、目つき悪い。何考えてるんだろうこいつ。思い浮かぶ言葉は止まらなく、只悶々を工藤を見つめ続けた。今までは、じろじろ見るなと言われていたが、慣れてしまったんだろうかもうその台詞も聞かなくなった。 …綺麗だなぁ。ちりっと、何かが胸を焦がした。 「ねえ工藤」 「なんだ」 「好きな人を振り向かせるのってどうしたらいいと思う?」 「はぁ?」 なんて、聞くのはずるいのだろうか。 何言ってんだこいつ、みたいな顔でこちらを見た工藤。あ、やっとこっち見てくれた。「人生の参考に」と一言付け加えて早くと急かす。あまり表情に変化のない彼が、こういった話題で見せてくれる少し慌てた表情が好きだ。早く、ともう一度急かす。本当は、なんだかんだで答えてくれるのを分かっているからいくらでも待てるのだけれど。 工藤は顰めっ面で口篭った後、ぼそぼそと呟いた。 「………とか」 「ん、なに?」 「…押しても駄目なら、引いてみるとか」 「…あー、なるほど」 なんとも意外な答えが返ってきた。ふーん、なるほど。私の曖昧な返事が気に入らなかったのか、工藤が慌てたように文句を言ってくる。が、そんな文句を受け取っている場合ではない。私、もう十分に押しても引いてもいる気がするよ。そこんとこどうなんですか工藤君。 「やっほ、涯、名前」 「うわ、宇海だ」 「よぉ」 「何話してたの?」 「…別に」 「え、なにそれ怪しい」 工藤には分からないようにこちらへニヤニヤとした笑みを送ってくる宇海を、今すぐにでも殴り倒したい。何故こんなやつにバレてしまったんだろうか。本人なんて全く気づいてないのに。しかもタチの悪いことに、分かっていながら邪魔してくるんだもんなぁ。もう少しくらい工藤と居させてくれたっていいじゃないか。むっとして視線を送ると、爽やかな笑みで流された。当然、飛んできた星は手で振り払う。 「…でも、お前もそんな話するんだな」 「え?」 しばらく宇海と睨み合っていると、読める状況ではないと判断したのか工藤は本を閉じてそう言った。意外だと口にする割に、表情は普段通りだ。話題が話題だし、そんなに興味もないんだろう。納得して小さく頷いた。 だけど、工藤の次の言葉でそんな余裕な態度はもう取れなくなった。 「好きな奴でもできたのか?」 一瞬の、空白。 息も忘れて固まる私。背を向け、肩を震わせながら机を叩く宇海。その宇海に『?』を飛ばしながら若干引き気味の工藤。 脳内に響く、衝撃音。私にしか分からない、衝撃。 「…帰る」 「は?」 「もう帰る…」 流石に少しブロークンだったよ工藤。分かっていても、地味に心に響くもんだ。…ここまでアウトオブ眼中だったとは。いいんだ、もともと最後までいる気はなかったんだし。どっと押し寄せてきた疲労感に押され、椅子から立ち上がった。なにやら呼びかけてくれいる工藤の言葉も今では音声としてでしか聞き取れない。未だに爆笑している宇海の足を踏み、そのまま進もうとした時だ。右手に、強い力が。 「帰るのか?」 「あー…うん」 「なんで?」 「ちょっと、青春の風に吹かれてこようかと」 「居ろよ」 「え?」 「居ろって」 無言で手を引かれ、流されるままふらふらと元の位置へと戻ってきてしまった。なんだか目で訴えられているような気がしたので、椅子へも座り直した。それを確認した工藤は、再び伏せてあった本を手にする。なんだろう、胸が熱い。痛いほどの鼓動が、頭に響いてくる。なにこれ、どうしよう。工藤に触れられた右手首から、広がるようにだんだんと体が熱を帯びてくる。さっきまでとなんら変わらない距離なのに、まともに工藤の顔が見れなかった。 こんな一言で浮かれてしまう私自身に驚きと同時に恥ずかしさがこみ上げてきて、何も考えられなかった。それでも唯一分かっていたことは、工藤の右手が私に負けず劣らずとても熱かったということだ。 (うわぁ…) このいっぱいいっぱいの気持ちは、一体どうしたらいいんだろうか。自分でも分からなくて、取り敢えずなんだかすごく泣きたくなる。…顔、熱いなぁ。 不器用故に、泣きたくなる。 「二人三脚」企画提出作品 20120312 ← ×
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